「はぁ―――っ!」
「声を出さない。力まない。気合を入れる声1つが情報よ? 騙そうとして声を出しても騙そうとしている、なんて情報が抜かれるからね。だったら戦闘は淡泊に。読ませず、情報を与えない。私達はそれが一番重要よ」
息を吐きながら一気に疾走する。左手は斬撃、右手は打撃。刃と鈍器という組み合わせはつまり両手で別々のロジックを展開して戦闘しなければいけないという事だ。だがここ1か月間、戦闘を通して師匠が別々の種類の武器を両手で使うのを見て来た。例えばロングソードとランス。メイスとダガー。ライフルとバトルアックス。バルディッシュとハンドガン。
重量、形状、重心、何もかも違う。まともに握ろうとするとバランスが違って態勢が崩れるであろうそれを師匠は見事に振り回していた。そう言う技術があるのだろう。実際教えて貰った。そして目の前で見せて貰った。
だからやる。やった。そうしないと師匠の期待に応えられないから。この程度でつまずくようであれば絶対にオリヴィエに並ぶような男になれないから。彼女を襲う残酷な運命から何一つとして守れないだろうから。だから息を飲み込んで”夜明け砕き”を振るう。師匠が今回握っているのは双剣だ。踏み込みから始まる連続斬撃は目にも止まらない速さと軽やかさを持っている。不思議な体術を駆使する師匠の斬撃は、見切れない。事前にどういう斬撃が来るのかという予測を殺してくる、そういう不思議な技術を使っている。
早く、軽やかで、鋭い。
斬撃と打撃で払うように叩く。だが切り返しの異様な速さが完全なガードを許さない。両手で一回ずつ弾けば返しの斬撃として2倍近い攻撃が襲い掛かってくる。それに対処する為に必死に武器を戻して、後ろへと下がりながら連続で応戦する。
「防戦一方は詰みへの一歩! 私達が守りに入る事は押し切られる事への一歩よ」
「っ、はい!」
故に、強引に連撃を解除する。返しの斬撃を服で受ける―――仕立屋の婆ちゃんが編んだ鍛錬用の服だ。防刃、防弾でシンプルながら手加減している師匠の攻撃を服の下に通さないものだ。
無論、それでも骨が折れたり腕が腫れたりはする。
だが必要な犠牲と割り切って腕で一撃を受け、続いて攻撃に攻撃を合わせて強めに弾く。それに合わせて大きめの距離を取って無理矢理攻防をブレイクし、素早く武器をオートクレールへと切り替える。鞘に納められた名剣は本来の力を長い時の中で喪失している。それでも、その持ち主を僅かに強化する力を持っている。それだけでも身体能力を魔法で強化出来ない俺達にとっては、最高の宝物だ。
鞘に納めた状態のオートクレールを居合抜きの要領で抜刀―――斬撃。振るわれる軌跡が灰色の剣閃で塗りたくられる。まるで遅れて発生するかのように斬撃の跡に灰色が描かれた。それを師匠が両手で刃を交差させるように受けて流す。回避できる所をガードしてくれたのだろう。此方に手札を整えるだけの隙をくれるというサインでもあり、
オートクレールから即座に武器を銃へと切り替える。
アトリエ・イリス制作試作型マルチアクションライフル18号。片手で両手で構えて運用するタイプのライフル、しかもポンプアクション式というレアな構造は見るものを驚愕させるだろうが、師匠からすれば既に見知った武器だ。故に迷う事無く電磁スタン弾を射撃。発射音と共に吐き出された弾丸を師匠が回避する。今度はガードではなく、無駄のない行動を取られた。
「正解! 使う武器に拘らない! 有利なレンジと有利な状況に合わせて武器を握り直す。拘りは実質縛りよ。拘れば拘るだけ視界が狭まって選択肢が減るからね」
「はい!」
声を吐き出しながらポンプアクションを起動、2回目の射撃を行う事を諦めてライフルを捨てながら”夜明け砕き”に武器を切り替える。師匠が手にしているのはメイスが2本、一番凶悪だと個人的には思っているメイス二刀流の流れだ。これほど使いやすくて面倒な武器もないだろう。メイスは使われて初めて解る凶悪な武器だ。まずは打撃だから防御されても流されても弾かれても衝撃が通るという厄介な性質を持っている。その上で軽量だ。つまり素早く扱う事が出来る。その上でサイズが大きくはない為、二刀流運用が可能となる。弱点があるとすれば速度を乗せ過ぎればそれに引っ張られる事、重量が槌程ではないのでそこまで威力が伸びない事だろう。
だがこうやって正面から対峙する場合、選択肢でトップに来るのは
受けても弾いてもダメ―――避けてカウンターを狙うのがベストだ。
「だけどそう思うって事は相手も同じことを考えているわ」
「っ」
ですよねー、と思いながらも此方の選択肢は絞られる。早い、という事は正面から抑え込まれやすいという事だ。だから対処するには”夜明け砕き”の様な素早い武器が必要になってくる。オートクレールで対応すると即座に刃を横から殴って弾いてくるだろう。メイス二刀流はそれなりに本気の手札だ。
だから此方もメイスを叩き落とす事を目的として指か手を狙う必要がある。相手の動きに合わせてソードブレイカーを組み合わせ、小槌を止めたところに叩き込むのが理想。それを素早く判断した瞬間、
走り寄ってくる師匠の両手からメイスが抜け落ちて、足元にあった槍が蹴り上げられた。
「ブラフには注意」
「あ、無理がっ」
反応する前に蹴り上げられた槍が胸に叩き込まれ、衝撃に肺の中の空気を全て吐き出された。その衝撃で吹き飛ばされそうな所、足を片手で掴まれて地面に叩きつけられながら頭の横に奪われたオートクレールが突き立てられた。
「はい、今日はここまで!」
ウィンクと投げキッスを送ってから師匠はオートクレールを手放し、手を伸ばしてくる。それを掴んで、体を引き上げられる。
「ど、どうしようもない……」
「そりゃあまだシドの経験が浅い所にあるわ。私はここら辺の読み合い潰し合い経験しまくってるからなんとなくで次の手が解るからね。でもシドはそうじゃないでしょ? だからここら辺はしょうがないのよ。それでも積み重ねれば積み重ねるだけで経験点は溜まって行く。そしてそれが溜まればシドにも解ってくるわ、最適解って奴がね」
起き上がると師匠が両手で体をばばば、と叩いて土ぼこりを落としてくれる。申し訳なく思いながら成すがままにされていると良し、と笑みで頷かれて頬を両手で包まれた。
「今日もよく頑張ったわね。さっきの双剣に対する対処、後半良かったわよ。ただ腕を食わせようとしたのは減点ね。ああいうやり方はやって成果を出すと癖になっちゃうからね。ユーリで腕ぐらいなら戻せるとしても、お勧めしないわ。次までに違う方法を考えましょ?」
こくこくと頷く。
「咄嗟の事であれしか思い浮かばなかったんですけど……」
「とはいえ駄目よー。自分を犠牲にするやり方は後々確実に自分の心と大事な者の心を蝕むわ。犠牲になって喜ぶ人なんていないし、いらないのよ。だからね、あの場合は何でも良いから隙を作れれば解決できるのよ」
例えば、と師匠は言う。足元には武器が大量にあるんだからそれを蹴り上げて使うとか、盾に運用するとか、或いは逆に超接近で武器の使えないレンジに持ち込むとか。単純に手数の問題なら手数を更に増やす手段を確保するとか。
「ドヴェルグの”夜明け砕き”は非常にバランスの良い武器よ。筋力が育ち切れば速度を乗せて発雷させる事も出来るしね。そうすれば迎撃攻撃で感電からのスタンだって狙えるでしょ? だけどこの武器の長所はバランスの良さなのよね……悪い話、バランスの良さって特化した強さ相手にはさほど強くないのよね」
「ぷえー」
悲しみの鳴き声を放つ。
「だから新しく追加する武器を考えておきなさい? ”夜明け砕き”、オートクレール、そしてライフルだっけ今の所? 超重量級と超軽量級の武器を最低で1種類ずつ追加しておきたいわね……ま、そこはブラックスミスとかと相談ね」
「はーい」
手札が俺と師匠の強みだ。となるとやっぱりもっと手札を増やさないとならないなあ、とぼやく。現状武器は3セット4個。対応できる幅を広げるにはもっと使い込むべき武器を選ばないとならない。ただやっぱ、ここら辺選べる範囲が多すぎて困るんだよなあ、と言うのが正直な感想だった。ライフルの方はイリスから押し付けられてチューニングとカスタムを繰り返されている―――なんかもう、半ばイリスの趣味って感じがある。
最近では銃と弾丸の制作に完全に特化してきている感じもあるし。イリスもイリスで自分のやりたい事、やってみたい事、その道が明確に見つかってきている感じはする。
問題は、イリスの体が義体で、人の体ではないという事だろう。人と同じように機能するが、人の体ではないので肉体的な成長は一切しない―――つまり出会った時の年齢、そのままだという事だろうか。前まではそこまで気にならなかったが、今ではもう結構身長の差もある。イリスを持ち上げれば足が届かないレベルで。ユーリがお揃いですねえ! ってドヤ顔で煽ってたら反撃を喰らってたのが懐かしい。
「ま、今日はここまでだしちゃんとユーリに治療を受けて、その後でマッサージで筋肉を解してきてね。本当ならマッサージは私がしてあげたい所なんだけど今日はこの後仕事があるから」
「あ、いや、師匠の仕事も大事な事なんで。怪我無く、頑張ってきてください!」
「ふふ、大丈夫よ。君に全て教えるって一番の仕事……いえ、夢が私にはあるもの」
だから、とサムズアップを向けてくる。
「全力で頑張っちゃうわね」
「お疲れさまでした!」
本日の鍛錬はこれにて終了。ぷえー、と鳴き声を放ちながら馬車の方へと戻ると、既にスタンバイしていたユーリが荒ぶる盟主のポーズをしていた。
「ユーリヒーリングっ!」
ぴかーん、と輝くとユーリの固有技能によって体が治されて行く感じがした。それを満足げに見たユーリが頷いた。
「どうでしょうかシド? 最近普通に治したらマンネリにならないかと思ってちょっとポーズとかエフェクト付けてみたのですけど」
「その労力必要だった……?」
「必要です!」
「じゃあ荒ぶるユーリのポーズって感じで中々グッドだったよ」
サムズアップを向ければ、ユーリがサムズアップを返した。
なにがなんだか良く解らんが良し! ユーリにヒーリングに感謝して馬車の方へと向かう。師匠に言われているマッサージは疲労を抜く為の奴で、俺もトッドやヴィルフリッドが鍛錬した後には2人にやっている奴だ。割と便利な奴なので、誰でも出来るように教わっている。だから今度もトッドかヴィルフリッドを見つけたらマッサージの方を頼もうかなあ、と思っているとイリスと一緒にいる二人の姿を見つけた。
「おーい、こっち終わったー」
「お疲れ様兄弟。そっちは今日も厳しくされていたみたいだな」
「厳しいけど身になる事ばかりだよ。何をしても発見と驚きと納得の連続で毎日が楽しいよ」
笑いながら力こぶを作る。師匠との毎日は何時も自分の中にある見えないものを引き出されているような、お前はまだだ、まだやれるぞ! という気持ちで満たされる様な心持だ。だから毎日が本当に楽しい。俺は成長できるんだって解るし、これまで積み重ねてきた地味な4年間がこの1か月で力へと変わっているのが実感できる。
師匠が教えて、やらせようとする事が1つ1つ出来るようになるのだ。これが楽しくないわけないだろう。
「という訳で誰かにマッサージ頼みたいんだけど」
「じゃあ僕やるよ」
「肉食動物みたいな顔をしてるからダメに決まってるでしょ」
「だな。兄弟の相手は俺がするわ」
「悪いね」
先頭直後でちょっとぼろぼろの状態なのは事実なので、手を上げて感謝すると、トッドがハイタッチをしてきた。
「気にするな、持ちつ持たれつつって奴だよ。俺も兄弟が家族になってくれたおかげで毎日が楽しいからな。弟分の世話をする兄貴の気持ちも味わえてるしな」
「俺が弟分?」
「末っ子だろ?」
弟かなあ、俺……。
首を傾げながら疑問を呈すると、イリスが溜息を吐きながらジト目で見てくる。
「いやあ、だって一番手間がかかるし……ねえ?」
「本当に申し訳ない」
「あ、いや、別に責めてる訳じゃないのよ! 今はアンタと一緒にいる毎日だって楽しいのよ? そうでもなければ毎日顔を合わせて付き合う訳もないじゃない」
最後の方はちょっと声を落として呟くように何かを言い続けている。それを見てトッドが笑い声を零すと、素早く肩を組んで体を引っ張ってくる。
「よーし、兄弟。マッサージ中の間いい機会だし話をしようぜ……」
そう、
「男の子の話をよぉ……!」
心も体も成長。14歳と言えば中学生、思春期。
皆中学の頃はどんな思考回路してた?