「ん―――体が軽い! ありがとうトッド」
「お安い御用さ。俺も普段から世話になってるしな」
「漸く、世話になった分を返せてるって感覚なんだけどね、こっちは」
起き上がって体を捻って伸ばして調子を確かめる。やはり疲労がある程度緩和されて体が動かしやすい感じがする。ユーリのヒーリングは傷や怪我の類は直るが、疲労を抜いてくれるわけじゃないのだ。だから疲れていると疲れたままなので、根本的な疲労の解決にはならない。なのでちゃんと疲労を抜く為にマッサージ、食事、睡眠をとる必要がある。
……まあ、実はユーリの生命魔法? みたいなので疲労も抜けそうだなあ、とは思わなくもない。ただやっぱり、ああいう便利なものは慣れすぎると体がそれに適応してしまう。不便なぐらいがちょうど良いと言っている師匠の言葉に今は同意している。
うつ伏せだった状態から起き上がって体の調子を確かめ終わったら、そのまま馬車の床に座り込む。本日はとりあえず鍛錬が終了だ。座学があればソッチに集中するのだが、今日は脳内で先ほどまでやっていた戦闘のトレースを行いたい。師匠の動きの一つ一つ、言われた事全てを反復してしっかりと脳内に刻みたい。
……という所なのだが、今日はトッドが結構ノリノリに話をしようぜ、と来た。それを拒否する理由もないし、いいぜ、とサムズアップで応えつつトッドの方へと向き直る。トッドは俺の同期であり、そして今は並ぶべき目標だ。同い年でありながら俺とトッドの間には隔絶した実力差がある。流石はエレミアのホープとしてここにやってきているだけはある。自分がどうすれば強くなるのか、どう鍛錬すればいいのか、ヴィルフリッド同様最適解を継承した経験で理解している。その為、誰から学ぶことなく自然と自分の鍛錬を積み重ねている。
なんとか少しでもいいから、トッドたちの背に追いつきたいものだな、と常々彼らを見ながら思うが、さて、
「で、話ってなんなんだよ」
「あぁ、別に物々しい話って訳じゃないから安心してくれよ。寧ろ軽い馬鹿話だからさ。ほら、同性の同年代ってここだと俺と兄弟だけじゃん? だから偶には鍛錬以外の事で交流をしようかなあー、って思ってさ」
「あー、それはごめん。今までずっと頭の中が鍛える事ばかりだったからさ」
「良いんだよ、別に。兄弟は大きな目標があるんだろ? オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの騎士を目指すってさ。王族付きの騎士なんてベルカじゃ最大の名誉だぜ? その為に努力する事はなんも間違ってないさ。ただ、最近兄弟も色々と慣れてきて余裕も出て来たからさ、俺もちょっとちょっかいかけようと思ったわけよ」
余裕……余裕出て来たか? そう言われると最近は心に焦燥感を覚える事もなくなってきたなあ、とは思う。昔はもっと強くならないと、もっと頑張らないと……なんて思い続けていた。だけど最近はその考えが薄まった。消えたわけじゃないし、強さにはいまだに貪欲だ。だけど師匠やキャラバンの皆が強くなる為の道を説明して示してくれている。そのおかげで自分が何をすればいいのか、どうすれば強いと言えるのか、どうやって強くなるのか。その道筋が明確に可視化されている。お蔭で俺も強くなる事に対して焦りを感じない。
最近なんて凄く楽しいのだ。
だってこの4年間積み重ねてきた地味な鍛錬、それで作った基礎能力が明確に体の動きに対して応えてくれるのだから。武器を振るう筋力、師匠が要求してくる戦闘中の運動、どちらも基礎能力の積み重ねが会って初めて応じられるものだ。これを最初から実戦訓練で身に着けるぞー! と言われたら、相当無茶だったと思う。というか長時間の訓練に対応できなかっただろうと思う。そういう意味で先にみっちりと基礎能力を付けてから実戦訓練に入ったのは効率的な能力の付け方だと思う。
だからトッドの言葉に頷いた。
「最近は何を覚えても楽しいし、満たされてるかな」
「だろう? だからいい機会だしちょっとした話しようかなー、って」
という訳で、とトッドが切り出してくる。
「お前、結局リッドとイリス、どっち狙いなんだ?」
「……狙い?」
トッドの要領を得ない言葉に首を傾げるが、トッドが横にささっと来ると肩を組んでくる。
「おいおい、誤魔化すなよ……イリスはずっとお前に献身的で優しいし、ふとした時にお前に向かって微笑んでるときもあるし。仕方がないなあ……とか言いながら基本的にお前を優先してる所あるよなあ? 来たばかりの頃は真面目すぎるって評価だったけど、今じゃやる事を楽しんでやってる見たいだしなあ?」
ささ、と音がすると反対側にいつの間にかハッターが出現しており、肩を組んでくる。気配なんて完全になかったんですが、と口にしたいがそれよりも早くハッターが口を挟み込んでくる。
「リッドもなあ、まるで犬のようにお前になついてるよなあ、シド。お前に構われてるときはなんとなーく尻尾を振ってる姿が見れるんだよな。リッドは結構中性的で一見男か女か解らない部分があるけどな、あれはあれで結構おしゃれに気を遣う時があるぐらいには乙女なんだぞ? 普段はあんな風に黒だけな分、デートとかで乙女らしい恰好した時のパンチ力は抜群だろうなあ!」
滅茶苦茶ノリノリじゃんこの人。
「で、で? リッドとイリス、どっち狙いなのお前?」
「なあ、お兄さんたちにちょっとゲロって見なよ。絶対にバラさないから。絶対に周りに言わないからさ!」
「えー……」
流石に俺でもこれは解る。ヴィルフリッドとイリス、どっちのが異性として好きかって話をしているんだ。
「身内に対してそんな目は……」
「あーあーあー! 優等生! 優等生の回答ですよこれは!」
「ほらほら、そんな事言われたって実は割と意識している部分あるでしょ? リッドとかスキンシップ激しいもんなー! 結構背中に引っ付かれたり横で抱き着かれて眠ったりしてるじゃんさー!」
「滅茶苦茶うざっ」
「でも自分に対して好意を向けられてるのは自覚してるだろ?」
「……それは、まあ」
ヴィルフリッドの場合割と露骨だし。イリスは……どうなんだろうか? 彼女は彼女で贖罪の為に生きているような部分はある。ただし、トッドの言う通り最近のイリスは滅茶苦茶楽しそうだ。彼女自身自分から色々と実験している姿が見られる。最初は俺の為に、と言っていたが今では自分から好きな事に挑戦しているように見える。ただなあ、申し訳ないけどヴィルフリッドとイリスをそういう風に見たことはない。
「お、俺の事を聞くならトッドから言わないと卑怯だろ!」
苦し紛れにそう言うと、
「え、俺? 里に婚約者いるし文通してるからな。将来的には結婚するし血の相性的に子供を残すのが最適な相手だから文句はないかなー。性格とかも割と好きだし。里を出る前に見た感じ将来的に巨乳になりそうだしなあ! やっぱ胸のサイズは重要なんだわ」
「胸のサイズ?」
「まあ、イリスは将来性あるけどリッドは絶望的だよな。遺伝子的に」
「悲しい事にな。この前気にしてるの見て笑ったら殴られたわ」
「そら殴られるだろうお前」
トッド、婚約者なんていたんだな……と思っているとエレミアなんだからそりゃそうだ、と納得する。エレミアは自分の血を次世代へと残さないとならないんだから最適な相手を用意する事が大事なのだろう。だから若い頃に引き合わせて仲良くさせるの……かもしれない。まあ、トッドを見ていると普通に相手の事が好きだってのが伝わってくる。
「と言っても俺、好きな人いるからリッドとイリスをそんな目で見た事ないよ?」
「……オリヴィエ様の事だろう?」
「うん。何時か必ず助けに行くって約束したんだ。別に報われようとも、振り向いてもらおうとも思わない。でも彼女に襲い掛かる運命に絶対にこの身で立ち向かって助け出すって誓ったんだ。だから好きとかはちょっとなあ……解らないや」
「そういう話じゃない」
「ああ!」
「えぇ……」
一瞬でオリヴィエへの気持ちを否定されてしまった。そう言う事じゃないってどういう事だよ、と首を傾げるといいか、とトッドが腕を回しながら聞いてくる。
「俺は素直な性癖の話をしているんだよ。で、お前はどっちなんだ? 巨乳派? 貧乳派? それとも尻派か……?」
「いいや、待てトッド。このシド、性癖はもっと歪められて実はうなじ派とかあるかもしれないぞ! マイナーだが太もも太いのが良い派とかあるからな……性癖に関しては油断できないぞ。だが性癖は性癖だ……全てを俺達は平等に愛してやらないとならない! という事でさあ、シド! 吐け! 吐くんだ! このハッターお兄さんが16歳のプレゼントの時それとなく性癖にあった所紹介してあげるから」
「でもやっぱり巨乳だろ。絶対揉めたら凄いって」
「まあ、柔らかくて感触も良いしな」
がっはっはっは、と笑っているハッターと良いなー、と言っているトッドを見て首を傾げる。
「胸っても揉むものなの……?」
「……うん?」
「え、だって女の子の体に触ったら失礼でしょ」
「うん? ううん?」
女子の身体的特徴で盛り上がるのはあんまり、褒められた行動じゃないと思うけどなあ。でも、まあ、どうしてもそういう話をするならやっぱりアレだな。
「やっぱり瞳の色とか見てるかな。あまり顔を見つめるとなんか恥ずかしいから出来ないけど、頑張ってる人の瞳はキラキラ輝いてて凄く綺麗だから」
「うーん? うううーん?」
此方の性癖の暴露に対してトッドが首を傾げ、ハッターが唸っているが、ぽんと拳を叩いて納得するように表情を作った。
「なあ、シド。ちょっと質問するけどよ……お前子供ってどうやって出来るか知ってる?」
ハッターの質問に首を傾げた。
「えーと……結婚して一緒にいたら出来るもんでしょ?」
「はい、ハッター君解りました。超解りました。このぴゅあっぴゅあボーイの事が良ーく解りました!」
「え、嘘。マジなのか!? 兄弟って昔は良い所の貴族だったんだろう? なんか婚約者とかいたんだろ?」
「え、うん。婚約者いたけどもう会えないし。将来的に結婚して子供さえ残せばいいよって言われてたけど一緒に暮らしてればその内出来るって……」
その返答にトッドが唸った。こいつら急にどうしたんだろう、と思ったら馬車の外から魔法痴女がやって来た。
「ここに性教育のされていない少年がいると聞いて!!!」
「お前は話が拗れるから去れ! 淫魔よ去れ!!」
「……」
タイラントが無言でやってくると魔法痴女を片腕で掴み、そのまま担いで去って行く。その間もトッドとハッターは地獄の様な百面相を浮かべながら正面へと移動し、肩を寄せ合いながら話し合いをしていた。
「待ってくれ兄貴、俺流石に兄弟が性教育受けてないとか思ってなかったんだ」
「寧ろオズやマリーへの反応を見て気づくべきだったな……全く動じてないから慣れてるもんだと思ってたら欠片も意識してなかっただけとは思いもしなかったぜ……。いやあ、久々にミスったな。俺ら基準で考えてたけどそっか、普通は性教育しなきゃそこら辺の情緒もないわな。がっはっはっはっは―――どうしよこれ」
「お、俺は兄弟と馬鹿話がしたかっただけなのに。でもよく考えたら兄妹もリッドと一緒に水浴びしてて無反応だったな。リッドの奴哀れだなあ、とか笑ってたけどそういう事か……いや、やっぱ哀れだわアイツ」
「おーい、俺なんかしたー?」
なにやら頭を悩ませてるハッターとトッドの姿を見て、首を傾げる。スクラムを組んでいたハッターとトッドは顔を上げると、此方へと視線を向けてきてうーん、と唸った。
「これはやるべきかもしれないなあ」
ハッターがぼやき、トッドがうんうん、と頷く。
「このまま放置してると絶対リッドに理解も出来ずに食われるだろうし、絶対に教えるべきだと思う」
「だよなあ……リッドの奴割と意識してるしな……」
「何を……?」
「まあ、一族的には大歓迎なんだけどな」
「それ。ただまあ、このままだと兄弟可哀そうだしな……」
「だから何の話だよー」
2人だけで訳の分からない話をされると流石に俺が困るぞー、と頬を膨らませていると、ハッターが良しと声を放った。
「シド! 今日は特別授業やるぞ!!」
離せー! 私の出番だぞー! 離せという叫び声が外から来るのを無視する。全員でなるべく外の方を見ないようにしながらハッターの次の言葉を聞いた。
「シド! 初めての性教育だ!! 年齢的にそろそろ食われかねない年齢になってきたからマジでやるぞ!」
「いえ―――!! いや、叫んでる場合じゃねぇんだわ。兄弟は俺が守らないと……」
「なんで俺ここまでぼろくそ言われてるの……?」
なんか急に始まった。
Q.子供はどうやって作るの?
A.え、結婚して一緒に暮らしたら?
Q.裸の女の子ってどう思う?
A.綺麗だとは思うけど?
Q.えっちしたい?
A.したいという意味は解らないけど失礼だと思う
Q.セックス!
A.なにそれ?
シド君(14)の性教育、始まる。関係者一同このままではやばいと直感する。