「―――オリヴィエ様ー! オリヴィエ様ー!!」
騎士見習いの青年が駆け抜けて行く。それを黙って見送る。横に立っているソロモンが幻術を使っているので決してバレる事はない。早々にこの魔術師を味方に引き込んだのは正解だったと思う。ソロモン無しではあまりにもアレコレと面倒すぎた。
「探されているよオリヴィエ様?」
「鬱陶しいからこれで良いんです」
「火の玉ストレート! ま、堅苦しい真面目君だししょうがないね」
「そんな事よりも兄上や姉上に媚びを売る方が大事です」
コツ、コツ、コツと王宮内の回廊をソロモンと共に歩く。向かう先は城の外へと通じる裏口だ―――本来であれば護衛を付けていなければいけないのだが、その問題はソロモンがいる事で解決する。この王宮内部で発生している事象で把握できない事はなく、その目は城下全体にも届く。故にソロモンさえいれば安全は確保できる―――父、ルートヴィッヒもソロモンがいるなら城下に抜け出してもいいよと許可を出している。
無論、他にはナイショで。
バレたら義母に蹴り殺されるだろうなあ、あの父は。
義母は―――まあ、複数存在するのだが―――割と父に対して強く出るのとそうじゃないのがいる。その内しっかり母親やっているのが2名、権力闘争に明け暮れているのが数名、そして自らの役割に徹しているのが1名という所か。父が恋愛の末に娶ったのは合計で3名のみ。それ以外は政治等によって追加された者達だ。父も父で大変な立場にあるなあ、なんて近頃は思ったりしている。政治の世界は脚を踏み入れると中々抜け出す事を許さない沼になっている。
……まあ、私は足抜けさせて貰いますが。
そんな事を考えながらソロモンと共に王宮の裏門までやってくる。そこでは一人の侍女が既に待ち構えていた。金髪ハイポニーの侍女はまだ自分と同じ年齢の少女だが、有力貴族から王女殿下に仕える為に―――という名目の下、なんとか将来的に有力派閥に食い込めないかと送り込まれてきた娘の1人だ。
そういうスパイや人質紛いの存在は王宮には多い。ただ彼女はそういうのが嫌で、全てを吐いてくれたのが気に入ったから側使えにした。
びりびりと電気をセンサーの様に展開させる侍女は片目を閉じながら成程、と声を零した。
「そこにいますね、ソロモン様にオリヴィエ様。姿を見せないから案の定抜け出す所だと思いましたが」
「やれやれ、流石”雷帝”の孫と言った所かな」
「もー。オリヴィエ様もソロモン様も何も言わずに消えるのは止めてください。それで苦労するのは此方なんですから」
「適度に評価を削るのに便利なんですよ、抜け出すの」
あの王女はダメだ、と侮ってくれた方が後々楽になってくれる。その上で有力な王族―――兄や姉には裏でコネクションを構築しておく。目ざとい兄姉達は既に裏で自分がしている行動も理解しているし見えている事だろう。そしてそれを止める理由もない。だから此方も適度に媚びを売りつつ活動を継続して、将来に向けて色々と投資している。
「晩御飯までにはちゃんと帰ってきてくださいよ? 侍女長に怒られるのは私なんですから」
「解ってますよシンシア。それではソロモン」
「はいはい、お任せあれ」
シンシアが横に退いて頭を下げると、ソロモンが解除していた魔法を再び発動し、裏門を抜けてベルカ城下へと向かう。
基本的にこの身は生きているだけでも価値がある。
何と言っても聖王核が二つあるのだから。継承権では下位であっても、聖王核を二つ保有する王族と言うのは歴史上類に見ない存在だ。だからなるべくその事実を隠しているし、私と言う存在そのものをなるべく表に出そうとはしない。万が一にでも知られればそれを必死に奪取しようとしてくるものが当然ながら現れるからだ。だからこそ王城に監禁という形で安全を保っている。絶対に奪われないように、知られないように。
無論、それは国の事情だ。
私の知ったることではない。
誰だって外の空気は吸いたい。ソロモンの魔法によって街の娘のテクスチャーを上から張り付ける事によって、特徴的な髪と瞳の色を隠す事が出来る。これとソロモンの警護によって漸く城下街での自由が約束される―――まあ、誰も約束なんてしてないのだが。ただやはり、街に出てくると城の中とは全く違う活気に心が躍る。
「あー……やはりシャバの空気は美味しいですね」
「オリヴィエ様、オリヴィエ様。そういう言動を学んでくるの良くないと思うなあ、僕」
「何を言うんですかソロモン。言動なんて結局は相手に対してどういう印象を与えたいかという為のツールなんです。人に見られていない所で適当な言動を選ぶ事に意味なんてないんですよ」
「今、僕がいるんだけどなあ」
「……?」
「この数年で凄い強かに育ったなあ、昔はもうちょっとかわいげがあったのに……」
ソロモンの言葉に、城下街を観察するように目的もなく歩きながらふふふ、と笑った。
「えぇ、そうでしょう。私も昔の方がもっと可愛げがあったと思いますよ。ですけど……」
「だけど?」
「えぇ……結局可愛い姿を見せる相手は1人いれば良いんじゃないでしょうか? って結論に至りまして。だったら別に他には塩対応で宜しいかと」
「うーん、恋する乙女は強いなあ……強いのかー……?」
首を傾げるソロモンにふふふ、と笑い声を零す。
そうだ、私だって立ち止まっている訳にはいかない。シドが強くなる為にベルカを出て行った。父がそれを確認してくれた。シドの中にある意思を。そしてシドは今もどこかで、私を救う為に力を付けている。だというのに私が悲劇のヒロインを気取って良いのだろうか? 嫌だ、そんな姿は絶対に嫌だ。彼が再びここへと戻ってきたその時……私は、格好良い私でありたい。
私は彼に向って胸を張れる私でいたい。
私は彼と横に並びたてる存在でいたい。
ただ、それだけ。悲劇のヒロインを気取って待ち続けるのだけは絶対に嫌だ。私は、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。私の好きな人が運命に抗うというのであれば、私自身がなぜ運命に抗ってはならないのだろうか? 何故自分の幸福の全てを捨て去る様な未来を選ばなければならないのだろうか? 何故、全てを諦める必要があるのだろうか? 未来の私の事は一切解らないが、今の私の事は良く解る。それは私がこの世で最も強欲で傲慢な男の娘であり、その血を色濃く継いでいるという事だ。
だからオリヴィエ・ゼーゲブレヒトはハッピーエンディングを諦めない。
……だからと言って、武芸を学ぶという訳ではないが。
それは良い。戦う事は全部誰かに任せる。私自身を守る事は彼に任せる。私が本当にするべきは拳を作る事ではない。言葉や立場を使って道を作り、機会を作る事だろうと思っている。力だけでは絶対に届かない事、出来ない事。それを可能にするべき事を私が担うべきだ。だから政治にかかわる事を選んだ。
目下の問題は王位の継承をどうやって穏便に破棄するか、という点にあった。
理想はシドへの降嫁。シドの血筋が明らかになれば文句は一切出ないだろうが、逆に別の所から文句が出るだろうしなあ、というのが今から見える。やっぱり王位継承権を破棄した上で養子として別高位貴族の家に入り、シドの方も経歴ロンダリングして貴族にするのが楽だろうか……?
現状、目立った行動はとってないから妨害もないが、その内継承権争いしている方の派閥から横槍も来るだろうし面倒に思う。あれで”雷帝”はかなりの有力貴族だ。その孫を送り込まれているという事は将来を見込まれているという証でもあるのだ。目敏い王族は既に此方の懐を探ってきているし、私の妙な行動にも警戒している。
穏便にシドと結婚できる方法を用意してるだけなんだけどなー。
まあ、最大の問題はシドが私以外に女の子を引っ掛けていそうな事だ。彼はそこらへん無頓着で無自覚だが、結構モテる。どこか抜けた所があって優しく、僅かに見せる影はドキっとさせるものがある。その上で長く接していると静かに寄り添うのが好きな人物だと解るのも結構点数が高い。派手を好まず、努力家で、勤勉。
これは点数が高いだろう。そうだろう。流石シド。えへへ。
「オリヴィエ様、オリヴィエ様。顔をちょっと引き締めましょう、ね?」
「おっと、失礼しました。それはそれとしてソロモン、あれって……」
「うん? あー……」
ベルカ城下の大通り、その流れを適当に歩いていると正面から歩いてくる2人の男の姿が見えてきた。片や金髪に眼鏡を装着した男、そしてもう片方はルーフェンの医者の姿だった。即ち、父である聖王ルートヴィッヒと”赤い海”のフォゥだった。父も正面から歩いてきているのが私だと一瞬で気づき、膝をつきながら両手を広げた。
「ヴィヴィ!」
「父上!」
きゃー、と声を放ちながら走り寄って抱き着いてから首を傾げる。
「父上、この寸劇って必要なのですか?」
「一般家庭では必ずやっているとこの前呼んだ小説では書いてあったし多分正しい」
「僕はもう突っ込まないぞぉ」
「そうしろそうしろ。この馬鹿に真面目に付き合っていると日が暮れるからな……」
父が必要だと言っているなら必要なのだろう―――父、聖王は王宮にいる間は常に厳格……という訳ではなく、職務中の時は一切の隙を見せない鋼鉄の聖王になる。だが王城を出て生活区域に入るとパンツ一枚で徘徊し始めたり、唐突に窓ガラスを破って城下へと抜け出すとかいう意味不明な行動を良く見せる。
今思うと、誰かのツッコミ待ちだったのだろう。そうやって誰かと遊びたい人なのだ。
たぶん、私の父は、
この地上で最も聖王に向かない人だと思う。
「どうだヴィヴィ? シャバの空気は美味しいかー?」
「止めよう! 陛下! そういう言葉遣いは!」
「はい、シャバの空気は美味しいです!」
「ほらー! 本人面白がってるじゃないですかやだー!」
「いやあ、本当に面白い親子だな、お前ら……」
一歩離れた位置で絶対に巻き込まれないようにしつつ眺めているフォゥ先生の方が遥かに面白いと思う。何気に寸劇に巻き込まれる距離を完全に把握してるから絶対に巻き込まれないように空間を維持してるのだ、この人。
「それで父上達は脱走して何してたんですか?」
「私か? 今日は大臣が胃薬どれだけ飲むかなあ、って考えながらフォゥの所に遊びに行ってたんだが……」
「まあ、今日は郵便局に行く日だったからな」
苦笑しながらフォゥが1枚の封筒を取り出した。フォゥが見せてくるその差出人を確認すれば、
「まあ」
「ま、距離もあるから半月に1回ぐらいしか届かないけどな。それでも律儀に書いてくれるもんだよアイツも」
シドより、フォゥ先生へ……と書かれてあった。見せていたそれを懐に戻すと、此方に近づいて来てぽんぽん、と頭を撫でられる。
「ウチに来い、暖かい茶を飲みながら近況を確認しようか」
「えぇ、お願いします!」
予想外の出会いに胸を高鳴らせていると待て、と鋭い声が父から発せられた。
両腕を組ながら立つ聖王は腕を組みながらフォゥを睨んだ。
「―――私へのなでなではどうした……?」
「おら、行くぞボケ」
父にローキックを叩き込むと、満足そうな表情で父が頷き歩き始めた。あの表情、沢山いる妾と一緒にいる時よりも楽しそうだなー、と思うと少しだけ優しくしようと思えた。
そんなこんなで、
私の15歳の日々は過ぎて行く。
お父さんに影響され始めた娘と狂も愉快なお父さん。
そして親方は今日は牢屋で寝泊まりしてるので出ません。