「……クリスマス?」
「おぉっと、地球文化は詳しくないか。あー、そうだな。とある次元世界で聖王並みに信仰を集める人物の生誕日だよ。クリスマスって祝われるんだけどこの頃が一番楽しい頃かもなあ……あ、俺はそん時にプレゼント運んでくるおっさんの姿な」
「聞いてないが」
そう言って停止した時の中を剣鬼が歩いてくる。何時の間にか白い袋を背負っていた老人はゆっくりと近づいてくる。武器を持っていないように見えるが……駄目だ、隙がなさすぎる。それこそ師匠やそれより上の領域にある達人の様に思える。武装は休みだったことも含めて装備しているのはペシュカドとバゼラードだけだ。投擲に優れたナイフと、斬撃に優れたナイフは護身用にどんな時でも持ち歩いている装備だが、今のこの相手に対しては何の意味もないだろう。こいつを殺すのであれば爆弾を抱き着いて起爆させる程度の事は必要だろうが……この時間が停止した空間を見ると、それでさえ意味がないのではないかと思わせる。
「おいおい、静かに人を殺す算段を付けてないでくれよー。今日は純粋に労いに来ただけなんだからよー……あ、よっこらしょ。時が止まってるとこういう所だけは不便だよなぁ」
そう言うと空中で動きを停止している雪を払いながら横に座り込んだ。停止している時の中、接触すれば物理的干渉は通じるものの、溶ける事もなければ冷たさが伝わる事もない。寒いのに冷たくはない、と言う奇妙な状況が出来上がっていた。横に座り込んできた老人は袋の中からワインボトルを取り出す、その口を手刀で切り落としてラッパ飲みを始めた。その様子を呆然として眺める。
「ぷっはあ―――あぁ、やっぱ酒は好き勝手飲むのが一番だな。どうだ、お前は酒を飲むのが好きか?」
「え? あ、うーん……まだ解らない、かな」
「まあ、そっか。良いか、酒ってのはなるべく上品に飲めよ。荒く飲み始めると全てが終わるからな……こういう悪趣味は何時まで経っても直らねぇ。俺もなあ、一時期荒れてた影響で深酒しまくってた時期があるからなあ。お蔭で悪癖だらけだわ」
ぐびぐびワインボトルから酒を飲んでいる男を見て、リアクションに困った。こいつがここにいる理由も、何で絡んできたのかもわからない。ただ解るのは、
「えーと、あんた? お前? は……その、俺でいいんだよね?」
「おう、俺がシド。遠い遠い過去の失敗したお前だよ。家名はなんだっけ……どうでもいい事だから忘れちまったがな。区別付けるならオールドとでも呼んでくれ」
意外と優しいというか、疑問に即座に答えてくれた。ただそれだけになぜ時間を止めてまでここにきているのかが解らない。だが此方の疑問を無視し、オールド・シドは話を続ける。
「俺とお前の違いはとてもシンプルな所にある。俺がオリヴィエ・ゼーゲブレヒトを救えず、そしてお前はまだその途中だって事だ」
「じゃあ、アンタは」
「おう、救う事に失敗した」
ごくごくごく、とワインを飲む老人。その心中は……察しきれない。だが言葉の裏に感じる絶望感は理解出来た。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはシドという少年にとっては、世界の中心でもあると言えるだろう。精神的な支柱、行動理由の根本でもある。最近はそれを個人的にちょっと、見直しつつあるが。それでもオリヴィエが最も大事な存在である事実に変わりはない。他人に心の支柱を任せる事ほど危険な事はないというのは、ここで生活をしているうえで良く理解出来てしまったからだ。
「だからな、俺は時を巻き戻して何度も何度も繰り返して来た。オリヴィエを救う為だけに。幸せになるのが俺である必要はない。彼女が生きて結末を迎え、幸せな終わりを迎えるのが見たくて何度も繰り返してきたんだがな……結局、まだ1度も成功していない」
どうしてだろうなあ、とオールドは首を傾げながら頭を掻いた。その姿を見て不思議と哀れに思えた。怒りが消えた訳ではないが。それでもこの男にそれをぶつけた所で意味がないという事は理解できている。そしてそれ以上にこの男に対する哀れみがあった。恐らく、自分が考えられる範囲を超えて狂っているのだろう。俺は良い人たちに会えた。俺の考えを、間違いを諫めて、正しい事を教えてくれる人たちが。
きっと、そういう人生の師に会えなかったのだろう、オールドは。
「だから今周には大いに期待している。お前は俺の言いつけ通りしっかりとオリヴィエを救う方へと進んでいる。良いぞ、良くやっている。何よりもお前の影響力が彼女を変えているのが面白い。上手くいけば今回は違う展開が見れるかもな」
だがその言動に期待の色はない。或いはもう、機械的な作業として繰り返し処理しているのかもしれない。これが本当に俺の末路なのか? と疑いたくなる程度には無残な姿をしていた。だが責められない。
きっとこの男にこの古代に落とされなければ俺も、こんな姿をさらしていただろうから。笑えない、何も全く笑えなかった。この男の事を笑う資格も、否定するだけの資格も俺には存在しなかった。だから赦せるわけではないのだが。結局、こいつに踊らされて俺が人を殺したのは事実だし、俺が俺の手でたくさん殺した事実も変わらない。
黒幕と実行犯、その罪に変わりはない。
―――誰かが大切ならそのほか全てを捨て去っても良いのか?
「ふぅ……無駄話しちまったな。俺も酒飲んで休んでられる程暇って訳じゃないしな」
そう言うとオールドは立ち上がり袋を背負いなおし、正面に立った。結局、完全に意味のないコスプレだったらしく、あの袋は背負っているだけだった様だ。マジでなんなんだこいつ。
「どうだ? ここにきて6年間。楽しいか? 良い出会いはあったか?」
「え? そりゃあ良い出会いはいっぱいあったし楽しい事もあったよ。でも、それが理由で別に自分の罪を忘れるわけではないし、それで自分の目的を変える訳でもないぞ……?」
「ん? あぁ、別にそれを疑ってないさ。良くも悪くもお前は俺と一緒だよ。同一人物だ、根っこの部分は変わりはしない。だからお前のモチベーションや行動にあーだこーだ口を出すつもりはないさ。放っておいても勝手に育って勝手にやるだろうしな」
ただそうではなく、と言葉を区切る。
「どうだ? この6年間を現代での10年間と比べて」
「……」
悪意のある言葉に黙り込んだ。此方の反応を見てくつくつとオールドが笑った。
「お、表情を崩したなぁ。そうだ、あのミッドでの10年間と比べてこっちは力と素質さえあれば認められるから楽しいよなあ。息苦しくて生き辛くないか、あの時代は? 魔力がなければ見下されて、生活も苦しくなる。周りは全員腫物の様に扱ってきて、普通に接してくる親の優しさが逆に辛い。そんな事を気にせず生きていけるこっちのほうが遥かに楽だよなあ」
「だからってヴィクター達の事を忘れた訳じゃない!」
それに再びオールドが笑った。
「あぁ、勿論だとも。忘れる訳もない。優しかった人たちの事をな。だけどどれもこれも彼女と比べれば優先度は下がるし、長い間会わなければ最初に忘れる事だよな? だってどうでもいい事だし……今ここで生きて行く上ではどうしようもない事だしな」
ほら、
「仕方がない、だろう?」
「それはッ……!」
「まあ、それを責めたりはしないってば。俺もその気持ちはよーく解るしな。いや、俺の様な敗北者と一緒にするのは可哀そうか。悪い悪い。まあ、赦してくれ」
そう言うとにたり、と嫌な笑みを浮かべたオールドが虚空から剣を引き抜き空間を切り裂いた。
「
ペシュカドを投擲しながら横へと体を転がす。時間が停止しているとは言え、酒場の中に入れば誰かが反応出来るかもしれない。そんな事を期待するもペシュカドは投擲してから一瞬で動きを停止させ、時間と共に凍り付いた。横へと逃げようとする動きも先回りされるように地面に突き立てられた剣によって阻止され、首元に剣を突き付けられた。
「うーん、良い動きだ。反省する点があるとすれば俺の方が圧倒的に強すぎた事かな」
「地獄に落ちろクソ野郎……!」
「1日経てば迎えに行ってやるから、クリスマスプレゼントを楽しめ少年」
ぺちっ。
それだけで体の動きが凍り付いた。停止を付与された肉体は意思に反して反応する事すらできず、それをオールドが片手で引っ張り上げた。老人とは思えないほどの筋力で軽々と持ち上げられるとそのまま、虚空の切れ目の前まで移動させられ、
「酔うし舌を噛むから眼と口だけは閉じていた方だいいぞ。あ、これは貰っておくな」
停止している間にワインを奪われる。
「ふーむ、中々の銘酒。若造が飲むのには勿体ない奴だな。貰っておくな?」
そう言って此方へともう視線を送る事もなく、切れ目の中へと放り込まれた。同時に解除される停止状態になんとか反撃したくて武器を求めるが、リアクションを挟み込める前に体が時間の穴へと落ちて行く。忠告された通り目と口を全力で閉じながらそのまま数秒程落ち続ける。まるで内臓と脳が全力でシェイクされているような感触を気合で食いしばりながら乗り切った時、次に感じたのはぱしゃん、と水の弾ける感触だった。
音がしない。時の裂け目を落ちた影響なのか耳がキーンとしている。音が聞こえず、頭もふらふらする。気分は最悪だ、吐き気がする。先ほどまでパーティーで食べていた物を全部吐き出したい気持ちだったが、それをぐっとこらえて目を開ける。
そうやって見えてくるのはどことなく曇っている視界だった。まだふらふらするのかまともに正面が見えないが、薄くかかった雲……ではなくこれは霧? いや、暖かいからこれは湯気だ。湯気が視界を覆っている。
「糞、あの爺今度見つけたら絶対無理でも一発叩き込んでやる……」
呟くように声を放ちながら片手で目元を拭う。服のままどこかに飛び込んだせいで服がびしょ濡れになってしまっている。あぁ、糞、と呟きながら段々と視線がフォーカスを得て来た。
今、自分がいる場所は広い浴槽の中だった。どこの浴槽かは知らないが、暖かい湯が張られている影響で浴場全体に湯気が満ちている。どこか金のある所なのか、浴場も浴槽も広くできている。というかお湯が張られているという事は使用される前提だ。見つかる前に早く出て行った方が良いだろう。
そう思いながら視線を正面へと向ければ、
裸の誰かがいた。しかも体の形からすると女の様に見える。
「あっ……」
―――お、終わった! 今、確かに俺の人生が終わったよ! イリス助けてくれイリス!
湯気の向こう側にいる人物が何かを口にするが、言葉が良く聞こえない。まだ軽く残る耳鳴りの影響で音が届いてこない。だから曖昧に笑いながら両手を軽く前にしつつ、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「あー、すまない。本当に悪い。別にここに出てくるつもりはなかったんだ。本当に。いや、何を言っているのか解らないのかもしれないけど俺もこれは悪いんじゃなくていやそのあのね? そのね?」
自分でも何を言っているのか良く解らないなあ! という気持ちになりつつある中で、漸く耳が意味のある音を捉えた。
「シドッ!!」
聞こえたのは自分の名前で、軽い衝撃と共に何かが自分に突っ込んで―――いや、抱き着いてきた。起き上がりかけた体は再び湯舟に軽く沈みながらも、抱き着いてきた存在を受け止めてしまった。ただ自分から手を回すのはどことなく……違う様な気もするから、聞き覚えのある声を思い出しながらとんでもない所に叩き落としてくれたな、とオールドの存在を恨む。
「シド……シド、シド……貴方、どうして、どこに……!」
「ああ、うん……本当にごめんな。俺も色々あったんだ」
抱き着いて胸に顔を埋めてくる金髪の頭をそっと、片手で撫でた。抱き着いてくる事で感じられる体の柔らかみは……まあ、今回は役得として我慢しておこう。片手で沈まないように身を支えつつふぅ、と息を吐いて下へと視線を向けた。
「久しぶり、ヴィクター」
「馬鹿ッ! 本当に馬鹿ッ……私がどれだけ心配したと思っているんですか……」
言葉もない。
あぁ、本当にあのオールドという鬼畜な奴は、何を与えれば良いのかを理解してる。これはまさしく試練だ。俺が乗り越えなきゃいけない現在の話。
古代でこれからも生きて行くという事を覚悟するなら……絶対に向き合わなきゃいけない事だ。
果たして俺は、この全てを捨てられるか。
そういう試練だ。
お爺ちゃんはシド君の近年の活動にとても満足しているので試練を用意してくれたよ! きっとお前なら絶対に乗り越えられる! 大丈夫、現代の事を全て捨て去れば良いだけだから! 覚悟しようぜ!
ド鬼畜。