まあ、風呂にどぼんという超悪意のある形でダールグリュン家にダンクされてしまったが、それはそれ。直ぐに知り合いに再会出来たおかげで現在位置が把握できたのと、勝手知ったるダールグリュンの家だ。男物の服もどこにあるか解っているし、申し訳なさはあるが装備を乾かしている間はカジュアルな服を貸して貰った。久しぶりに着るジーンズにシャツという格好は古代ベルカで装備を着て過ごしている身としては、どことなく違和感を感じるものだった。
思えば便利な文明機器無しで過ごしている年月が6年間だ……そりゃあ違和感を覚えるもんだ。
そして今。
「……」
風呂上り、着替え終わり、そしてヴィクターに感謝を告げてささっとココを出て行くつもりだった。昔よりは弱いとはいえ、戦闘特化の訓練をプロフェッショナルの指導を受けている自信はある。軽く気配を殺して抜け出すぐらいなら……なんて思ったのだが。
「……」
「……」
直ぐ横に座ってヴィクターが腕を組んで圧をかけてくる。絶対に逃がさないぞ、というオーラをありありに感じる。最近の女の子ってスキンシップが多いなあ、なんて事を現実逃避しながら考えたりもしている。場所はヴィクターの部屋―――意外とぬいぐるみとか置いてて女の子っぽい部屋なのだが、そのベッドに座らされている。横に座っているヴィクターは絶対に逃がさないと腕を組んでいる癖に風呂上がりで良い匂いするし。
正直、ここでなんて言えば解らない。ごめんなさいも、ありがとうも違うだろうし。
こういう時は―――そう、人生の師に倣えば良い。ハッター兄貴なら何て言うだろうか? 目を閉じて静かにハッターの言動を思い出す。
『シド! 世の中の女は9割顔見てるぜ! 残りの1割は財力だ! いい顔して褒めれば大体イチコロだ!』
駄目だ、この兄貴頼りにならねえ。他に頼りになりそうな経験豊富な人は……。
『押し倒すのよ!!』
心のオズはお静かに。
駄目だ、どっちの大人も頼りにならねぇ! パーティーの後はハッターがこっそりと娼館に連れて行ってくれる約束があっただけにちょっとだけヴィクターの存在を意識してしまう。直ぐ横に座って腕を組むヴィクターの姿はあの頃よりも色々と成長している。言葉を濁して言うなら成長だが、あえてストレートに言うなら女性的な肉付き見えていた。その為、腕を組んでいる所で思いっきり彼女の胸が腕に当たっていて、柔らかいなあ、なんて感想が頭の中でぐるぐると巡る。
こんなのリッドじゃ無理だ……!
一瞬で冷静になった。これ多分本人にバレたら殺されるやつだ。
ただそんな此方の心を知ってか知らずか、ヴィクターは指を絡めるように手を握るとぐっと腕を寄せ、それをそのまま体で挟み込むように抱き寄せてしまった。俺が今のヴィクターに対して何らかの抵抗が出来る訳なんてなくて、引っ張られるがままにヴィクターに腕を一本持っていかれた。今度は腕全体がヴィクターの体の柔らかさを感じているが、酒が抜けている訳じゃないし割と今の俺やばいな? なんて考えが出てくる。頼む、誰か助けてくれ。色々と天国なんだけど、辛いんだ。
「その」
「うん?」
「シド、なんですのよね?」
「シド・カルマギアさんだよ。まあ、もう家名の方は長い事名乗ってないけど。俺が本物かどうかは……ヴィクターの想像に任せるよ。出来たら偽物でありたいけどな」
「そんな事、言わないで。私、本当に貴方の事が心配で、心配で、逢いたくて、話したくて……だけどもう、どこにもいなくて……」
「うん……本当にごめんヴィクター。それしか言葉はないよ。本当にごめん」
ヴィクターに腕を取られたまま、ふぅと息を吐いて天井を見上げる。何も言えない。こういうリアクションをされてしまうと、本当に何も言えない。俺がやらかした事は事実だし、それに姿を消していたのも事実だ。だから俺がヴィクターに対して何かを言う事は出来ない。申し訳なさしかないのだから。だがそれはそれで、これはこれだ。1日が終わったら俺はまた古代へと戻らないとならないのだ。再び、ヴィクターをこの時代に置いて。別れを告げて消えないとならないのだ。
中々、鬼畜な事をすると思う。だがやらなきゃならんのだ。
「4年間……ずっと、待ってましたわ」
「4年間? 6年間じゃなくて?」
「いえ、4年間ですけど……?」
時差がある。多分古代ベルカと現代ベルカで、行き来する際に時差があるのかもしれない。それともあの爺が態々4年後の未来に放り込んだのか。どちらにしろ、同い年で幼馴染のヴィクターはいつの間にか年下の少女になってしまっていた。そして14歳で体がこんなに出ているのか? リッドが増々絶望しそうな差を感じるぞ。いや、これやっぱり本人にバレたら殺される奴だ。絶対、今日の事は墓場まで持っていこうと誓う。
と、気配を感じた。部屋へと誰かが向かってきている。気配を殺して素早く手をバゼラードへと伸ばそうとして―――着替えたから手元にない事を思い出した。そして反射行動で武器を手元へと忍ばせようとしている辺り、どれだけ古代での生活に慣れてしまったのかも感じてしまった。もはや反射に近い行動は一生、抜ける事がなさそうだ。
「ヴィクター! シド帰ってきたってマジか!? うお、マジでいたやん!」
扉を勢いよく開けて現れたのは黒髪のツインテールが特徴的なエレミアの少女―――ジークリンデ・エレミアだ。その雰囲気や声、そして気配は少し前まで覚えのある皆に似ているだけに、姿を見て安心してしまう。そして同時に、情けない姿をいっぱい見せてしまったと、苦笑いを浮かべてしまう。
「やあ、ジーク。……ごめん」
「この……馬鹿たれ!」
そう言うと風呂場でのヴィクター同様、扉を閉めながら勢いよく飛びついてきた。それを左腕で支えるように抱き留めながら、勢いのままヴィクターを巻き込んで後ろへと倒してしまった。女二人と一緒に後ろに倒れながら、ジークの事も受け止めた。
「あぁ、もう、ほんまに馬鹿なやっちゃで。ずっと、心配しとったんよ?」
「解ってる。ヴィクターもジークも、心配させてごめん。本当に、俺が悪かった」
「いいのですよ、今は」
「せや、今はこのままにさせて欲しいわ」
「……あぁ」
俺も、久しぶりに触れ合うジークとヴィクターの感触に、しばし目を閉じて時を忘れる事にした。
それからしばし、ジークとヴィクターが落ち着いてから改めてヴィクターの部屋で向き合いつつ、妙な話をジークがし始めた。
「あの後大変やったんやで?事後処理やらなにやらがあったと、と思ったら次の日には全部なくなってるんやからなぁ」
「全部なくなった?」
「せやせや」
ジークが頷き、ヴィクターが補足する。
「シドが事件を起こした翌日の話ですが……まるで最初から事件なんて存在しなかったかのように何もかも丸く収まったのです」
「んー?」
ヴィクターの言葉に首を傾げる。
「例えば校舎。最初から壊れていなかったように無事な姿に翌日にはなっていましたわ。死人もゼロ、死んだはずの人たちも全員普通に登校していますわ。今も」
俺が犯した罪が、存在しなくなっている。まるで俺が暴れたその事実だけが丸ごと消え去ってしまったかのように。だけどそれだけではない、とジークが続ける。
「消えたんよ」
「何が?」
ジークの指先が、此方へと向けられた。
「シドや。って時渡りの事やないで?
「えー……?」
流石にそう言われると色々と疑わしいなあ、とは思わなくもない。というか今、ジークが時渡りという言葉を口にしていた。それはまだジークに説明していなかった事のように思えたのだが、ジークは何かに気づくと、ツインテールを解いて髪をローポニーに―――ヴィルフリッドを思わせる髪型へとささっと整えた。
「やあ、シド。まさか僕や成人式を無視して帰るだなんてそんなに可愛い可愛いジークリンデちゃんに逢いたかったのかな?」
「前半はともかく後半だけは絶対に言わないよアイツ。というか、そうか、エレミアの特性か……」
「まあ、ウチが現状把握しているのは16歳誕生日の夜までやけどな。そっからはなーんか全部ノイズ混じりで見えんのや」
たぶんそれ、俺がその時点で現代に戻ってしまったからだろう。逆に言うと俺の存在が古代にあると、それだけで未来とかその後の出来事が不確かになる、と言う事の証でもある。何か、自分の頭では良く考えられない事が起きている気もするが、現状重要なのはそこではないのだ。ふぅ、と息を吐いて脳内を軽く整理しよう。
まず俺は16歳になった夜、オールド・シドの手によって現代へと1日という制限付きで戻された。これはオールドからすると俺に対する試練であり、テストでもある。俺が現代を捨ててまでオリヴィエを……ヴィヴィを選ぶかどうかのテストであると推測される。そうやって現代へと戻された俺はヴィクトーリア・ダールグリュンとジークリンデ・エレミアと再会する。
ただし、現代では俺の存在そのものが削除されているようになっている。
俺が生まれた事、行った事、その全てが抹消され、最初から存在しなかった扱いになっている。
そして現在、両腕をジークとヴィクターに奪われている。助けて、リッドが憤死しちゃうの。ジークも結構ものはあるんだなあ……こういう考え方が出来るようになった辺り、ハッター兄貴に割と毒されている気がする。
まあ、それはそれとして。
「俺が存在しない扱いになっているのに、良くもまあ俺が存在するって信じられたな……?」
というかそこらへんが一番気になる。俺が存在が抹消されるのはまあ、なんとなくだが別に良い。余り良い人生を送ってきたわけではないし。良い人であった訳でもない。俺の行いが俺の存在と共に消えるのであれば……それは寧ろ多くの人たちにとって幸福でもあると思う。なら、まあ、それはそれでいいんじゃないかなぁ……とは思わなくもない。
「ウチと、ヴィクターと、クラウスと、ハイディが覚えてるからな」
「1人ならまだしも、幼馴染は大体皆覚えてました」
そこに、ヴィヴィオの名前はない。あえて避けているのか、それとも告げられない何かがあるのか。それともそれをオールドは俺に見せたかったのか? なんにせよ、この時代がこの様子でこの状態で連れてこられたこと、
きっと、テスト以外にも何か意味があるのだろうと思う。だからそろそろ両腕を拘束されているのを何とか引っ張りだして抜け出し、体をほぐすように軽く回し、
「よっし、ちょっと現代ベルカ見て回ってくるわ」
「あ、待ってウチも行くわ」
「当然参りますわ」
当然のように付いてくる2人に対してどうしたもんかなぁ、と思いながら頭を掻く。本当なら色々と言いたいこともあるんだろう。だけど言葉が見つからない、言い切れない。そんな感情を2人からは感じる。
そしてそれは俺も一緒だった。言い切れない、言葉にしきれない感覚がそこにはあった。だからそれが今日という日の間、時間と共に解消される事を祈ってとりあえずは、
現代ベルカの街並みへと出る事にした。
1.シドの存在は現代から抹消されている
2.幼馴染だけが覚えている
3.タイムリミットは24時間
古代に帰るという現代を捨てる事。果たしてヴィクターのこれを見た上でまた古代に帰れるか? 帰らなきゃならない。イリスもリッドもオリヴィエも待っているぞ。