学校を出て向かった先は住宅街。ただしヴィクターの家のある所ではなく、
俺の実家だ。
この目で、確かめなくちゃならない。ヴィクターもジークも言及を避けた場所を。今の俺の状態を、何がどうなっているのかを。そして向かう方向でそれを察したヴィクターとジークが、余り良い顔をしなかったのも同時に気づいてしまった。きっと何か、彼女たちが隠したい事があるのだろうというのを察してしまった。
とはいえ、次俺が現代に来れる事なんてあるのかどうかすら解らない。あの爺の気まぐれだって常にある訳じゃない。だったら俺が後悔しないように、今日という日に出来る事をしなくてはならないのだ。だから迷う事無く歩きなれた道を進む―――懐かしさを感じる反面、同時にどこか遠い場所へと来てしまったような錯覚もあった。果たして10年間生きてきた現代と、6年間生きた古代、どっちが俺のホームなのだろうか……?
だが学校からそう遠くない事込みで家までの道はあまりにもあっさりと到着出来てしまった。角を曲がればもう家の姿が見えてくる。ヴィクターとジークを後ろに、角から出た所で実家を眺める事に足を止めてしまった。
「……」
「シド、怖いのなら別に良いんですよ……?」
「怖いのは怖いけど……もう、後悔する様な生き方はしたくないって決めてるしなあ……」
「……」
苦笑しながら頬を掻く。この先に進むのが恐ろしい……たぶん、いや、きっと両親は俺の事を忘れているのだろう。最初から存在しなかった扱いなのだから、そういう事なのだろう。だけどヴィクターとジークからは、それ以上の気配を感じている。だからココから先に進む事に恐怖を感じている。少しだけ、後少しだけ息を整えたら前に進もう。目を瞑り、息を整えた所で顔を上げれば、目の前に先ほどまでいなかった姿があった。
「―――全く、しばらく顔を見せないうちに良い顔をする様になったな、こいつは」
「クラウス」
親友の姿があった。思わずその姿を見て泣きそうになってしまったのを堪える。そんな俺の様子を見てクラウスは察したように頭を横に振る。
「何かあるなら相談しろとはアレほど行っただろう大馬鹿者め。まあ、こうやってまた顔を出したんだ。俺はお前の事を許そう―――実際の被害は全部ジークが受けてたしな」
「まあ、そうなんやけどな? そこでウチに全部投げるんのはちょっとちゃうんやない?」
「良かったなジーク! 便利な女扱いで! いや、大概お前ら便利な女扱いだよな……もう少し我が身を見直したらどうだ? ん? なんだその視線は。そんな目で見てハイディの便利さは改善されないぞ。何と言ったって筋金入りの奉仕体質だからな、あれは!」
「だいぶ愉快だなこいつ」
「何時も通りですね」
クラウス・G・S・イングヴァルト、かつての古代覇王と同じ名前を持つ転生者とでも言いたくなる容貌を持つ男が目の前にいた。年齢はきっと他の皆同様14歳ごろだろうが、その体は鍛えられている事もあって徐々に男としてのたくましさを見せ始めていた。こいつも、ちゃんと健全な毎日を過ごせていたらしい。
「久しぶり親友」
「あぁ、久しぶりだ親友。変わらぬ友情に」
拳を作って軽く叩き合った。それだけで通じ合えた気がする。それで、と声を零す。
「ハイディは?」
「ほほう、俺と会っていて聞くのが妹の事か……成程、ジークから話を聞いていたが大層なすけこましになったみたいだなあ、シドよ……なんだっけ? 女を数人引っかけている最中だったか? お前がジークのご先祖様の一人にリストインするまで秒読みって俺は聞いたぞ」
「正直ちょっとヒヤッとする瞬間はあるかなあ……」
「おぉぅ……意外な返答が来たな。だが、楽しくやれているならば良し!」
クラウスは腕を組みつつ頷いた。
「貴様が未来やら過去やらどこにいようとも、楽しくやれているのであればそれはそれで良い。俺は別に距離や時間が貴様との友情を終わらせるものだとは思わない。女どものべたべたしなきゃ解らん愛情などとは違って、俺は言葉で尽くす必要もないと思うしな」
「お前のそういう所、素直に格好良いと思う」
「だろう? 惚れるなよ。俺が殺されるからな」
クラウスの言動に笑い声を軽く零していると、がちゃり、と音をが聞こえた。視線を音源へと向ければ実家の扉が開いて、そこからハイディ・E・S・イングヴァルトの姿が出てくるのが見えた。あの頃から順調に背丈を伸ばした少女はヴィクターやジーク同様少女から女らしい肉付きを持ち始めているが……見た目の良い奴ら、周りに多くない? とちょっと首を傾げる。
もしや美少女ってそこまでレアではない? 一瞬そんな馬鹿な事を考えた。
が、その次に家から出て来た人物を見て、考えが一瞬で消えた。
「パパ、ママ、行ってきます」
「行ってらっしゃいヴィヴィオ」
「気を付けて遊ぶんだぞ」
家から出てきたのはヴィヴィオ・ゼーゲブレヒト―――現代ベルカに置いて唯一正当なる聖王の血を引く、現代聖王その人だった。だが我が家から出てきたように自分の親に挨拶するヴィヴィオと、それに自分の子へと愛情の籠った声と視線を向ける両親の姿を見て、疑問が氷塊した。成程、と呟き頭に手を置く。
「カルマギアが消えてゼーゲブレヒトが残った、か」
「うむ」
女子連中が黙る中で、クラウスだけが強くそれを肯定した。まるで労る必要等ないだろう? と言う信頼を見せるように。もしかして俺がそんなに強い男だと思ってるのかこいつ? まあ、これぐらいの事実に耐えられないような男じゃないのは確かだ。大体解っていた事だし、覚悟もしていた事だ。ショックはそれなりにあるが……まあ、喚き散らす程の事じゃない。
あぁ、いや。
父さんと母さんに謝れないのはちょっとショックだな……。
……親不孝をしたまま、終わりか。
そこだけは泣きそうだ。
と、俺も確認が終わってちょっと頭の整理を行っていると先に出て来たハイディが此方に気づいた。此方に気づいたハイディが目に見えない尻尾と耳をぴーん、と一瞬で伸ばすのが見えた。その瞬間には一瞬で踏み込んで接近し、
「ごふっ」
兄であるクラウスの脇腹にエルボーを叩き込んで退けて、そのまま蹴って押しのけると目の前に立って抱き着いてきた。
「シドさん、お帰りなさい」
「ただいま……で良いのかな、ハイディ」
「えぇ、またこうやって会える日が来るとは……出来たら古代の方でシュトゥラ行ってみませんか? そうしたらジークだけではなく私でも確認できそうなので」
「あの女、さりげなくアドバンテージ奪いにきおったな」
「流石我が妹よ……」
轢かれたクラウスが直ぐ横で転がってるが、それをハイディは視界に入れる事すらしない。女の子って本当に見てないと強くなるってマジなんだなあ、と思っていると実家の方から―――いや、もう実家ではないのか。現代ゼーゲブレヒト家の方からサイドテールを揺らしながらヴィヴィオがやって来た。金髪、ヘテロクロミアはそのまま、体が成長している―――と、これを確認するのは本日で何度目だろう。
皆、成長しすぎじゃない?
ベルカの遺伝子やばくない?
まあ、だが古代ベルカから更に遡った次元戦争時代、我らのご先祖様はそりゃあもう体を弄りまくった。人体改造的な意味で。優性遺伝子の選別、強化機能の取得、世代を経て継承される機能……そんな風に相当倫理という概念をふっ飛ばしてやらかしていた時期があるのだ。なのでベルカ人は大体体が頑強で見た目も良いという説がある。
次元世界から見て結構羨ましい民族かもしれない。
それはそれとして、この妙な集まりにヴィヴィオがやって来た。抱き着いているハイディを見て、俺を見て、首を傾げた。その時点で彼女には俺に関する記憶がない事が解った。いや、正気だったらそもそも俺の元実家で大人しく娘なんて事をしてはいないだろう。
犯罪者が消えて、誇り高い娘が出来たんだ……こっちのが結果としてみると良いだろう。
「よう、俺を置いて皆で集まって何をしてんだよ」
相変わらずガラの悪いヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトの姿は聖王らしからぬものだ。男勝りの言動はどうやら家庭を変えても直せないものらしいい―――いや、或いはうちの両親の事だ、個性を尊重した結果がこれなのかもしれない。もしかして正史よりも悪化しているんじゃないか? ヴィヴィオのフリースタイルっぷりは。
「おっと、これはヴィヴィヴィヴィオ様」
「ヴィが多いんだわボケ。と言うかお前何転がってんの?」
「解りませんか? 解らないですよね、妹に除け者にサレタ兄の気持ちが」
「なんだこいつめんどくさっ」
道路に転がっているクラウスから視線を外すとヴィヴィオがで、と声を零して俺へと視線を向けて来た。顔を近づけるとグラスの下を覗き込むように顔を見て、それから全身を見る。
「……で、こいつ誰よ?」
「あー、ウチの新入りや。師を付けて大事に育てられてる所なんや。まあ、今はまだ半人前やけど、その内凄い強いなるって言われてたな」
「ほーん」
ヴィヴィオはジークの言葉を半ば聞き流すようにしながら距離を詰めてくる。未だに抱き着いているハイディが絶対に動かないという不動の姿を見せている辺りが実に面白いのだが……そっか、現代ベルカにいた頃の俺って結構モテてたんだな……というのを唐突に事実として認識した。ハッターからはもうちょっと自分の事を気づけるようになろうと言われてたのを思い出す。まさしくその通りでございます。
「ふむ」
「えーと、ヴィヴィオさん?」
顔を目の前まで近づけたヴィヴィオは食い入るように視線を向けている。その反応からすると記憶は間違いなくない筈なのだが、なんとなくだが嫌な予感はしてきた。後ろで見ているヴィクターとジークもそろそろこれあかんのでは? という空気をだしはじめている。何時の間にか静かに音もなくヴィヴィオの背後に騎士が出現し、
「あの、陛下? こう言ってはなんですけどえぇ、一応護衛されている自覚を持ってくださいね? えぇ、それはつまり外での行動は常にみられているという事で教皇猊下にも行動が耳はいるという事ですので。えぇ、陛下? なんですかその手は。その青年の顔を掴んじゃってどうしたんですかいやあああああああああああああ陛下ああ―――!!」
両手を使って頬を挟む様にヴィヴィオが抑えると、そのまま体を引っ張られた。何がなんだか解らない内に唇を重ねられており、そのまま両手で抑え込まれながらなんか口に割り込んで来ようとする感覚があった。あ、いや、これ普通に舌が入ってきてるじゃん。え、舌?
「ジーク! ジーク!」
「今止めようとしとるわ!! 護衛の人も見てないで止めるんや!!」
「いやあ―――!!」
逃がさんぞ……! という意思を感じる強いホールドにファーストキスは奪われ、そのままたっぷり十数秒と言う時間をヴィヴィオに一方的に蹂躙されてから解放され、そのまま道路に転がって落ちる。やり遂げたような表情を浮かべるヴィヴィオは両腕を掲げながらチャンピオンである事を証明していた。はあ、はあ、と息を荒げながら倒れた道路からヴィヴィオを見上げる。それを素早く助けに来たハイディによって、そっと支えられる。
「我、チャンピオンなり。それはそれとして気に入った。婿入りして」
「うわああ―――!! 陛下ぁ! 陛下ぁ! うわあ―――! 事案!! 事案ですよ陛下! これ猊下になんて言えば良いんですか!?」
「一目見てこいつ欲しいなあ、って思ったからやった反省も後悔もない」
「流石にしろ馬鹿」
「ちょ、ちょっとヴィヴィオさん!」
「流石にウチらの前でそれをやるたぁいい度胸やんか……」
「おーん? なんだ皿の上にあった肉を取られたから怒るのかぁ? 先に食われる方が悪いんだろぉぉ?」
ヴィヴィオ、聖王教会に軟禁される生活じゃなくなると、更にガラが悪くなって態度が悪化する上に猫を被る事さえもやめるんだな……アイツだけは聖王教会に放り込んでおいた方が良かったのかもしれないなあ……と思う反面、ウチの両親だったら確かに個性を伸ばす方向で教育進めるやろなあ……と納得してしまった。
それはそれとして、
「うぅ、俺のファーストキス……好きな子としたかった……」
「意外とロマンチストだな貴様は!」
「だが俺が、このヴィヴィオさまが奪った! この俺がお前のファーストだ……!」
「陛下! 煽るの止めましょうよ陛下! 猊下そろそろ禿げますよ!!」
「……今ならセカンドが狙える?」
「お、いいぞハイディ。行け! もっと場を混沌とさせろ!」
「止めーやァ!!」
現代は俺が思っている以上に混沌としていて、
こういうバカ騒ぎが出来るぐらいには―――何もなく、平和だった。
世紀末聖王ヴィヴィ王。