反射的に俺が取った行動は拳を使ったファイティングスタイルだった。
歴史家と名乗った未知の存在を前に感じたのはかつてない脅威―――それこそあの爺に匹敵するレベルの脅威だった。そんな相手を前に構える事は意味がないのだろうが、それはそれとして一瞬でも諦めるという選択肢が自分の中には存在しない。だから僅かでも生存率を上げる為に戦闘状態へと移行する。それを眺めていた歴史家はくすくすと笑う。
「シド君を害する気持ちなんてないわ……まあ、ルートA2に突入すれば敵対する事になるだろうか、その時はその時かしらねぇ?」
「……A2?」
「ルートAの分岐2、ね」
興味ある? と誘うように笑みを浮かべると歴史家は正面の席を指さした。何時の間にか首のない執事によってそこにはもう一人分のティーセットが用意されていた。そこに座れ、という事なのだろう。数秒程、歴史家を見つめてから構えを解いて席の方へと向かう。
6年前はここにオリヴィエと一緒に夢を見て逢っていた。結局ココが何であるのかを理解する前にオールドによって切断され、今に至る。これを心の休息所だと歴史家は告げた。だけどまだ情報がこんがらがっていてよく解らない。だから素直に応じる事を考える……少なくとも、見ている限りこいつはちゃんと情報を伝えてくれるような様子を見せている。
「オールド・シドが何度も遡行を繰り返している事は解っているかしら?」
その言葉に頷く。なんとなくそれは察している。やり口からして絶対に一度目ではない事は解る。しかし、それが何度目、と言う事までは全く解らないのだが。ただ目の前の少女、歴史家はその全てを把握しているようだった。執事が香りのよい紅茶を注ぐ。湯気と共に広がる匂いに少しだけ意識を釣られるが、意識を少女にフォーカスする。
「そう、なら解ると思うけどあの男の目的はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの生存よ。そしてそれは今の所全て失敗している」
「……あんなに強いのに? アイツ自身が攫おうとすればそれで解決しないか?」
「しないのよねぇ、これが」
くすくすくす、と少女が笑う。
「あの男は特級の時間干渉能力を持っているわ。止めるのも加速するのも自由だし、時を壊す事であるべき事象をなかった事にするのだって出来る。その力であの男は複数の分岐世界を纏め……ってのは別に良い話ね。問題はね、世の中指針がなくなったら最も頼りになる根幹を指針として物事を進める様になるわね?」
首を傾げる。
「例えば仕事が終わって手持ち無沙汰になったら上司に次の仕事を聞くでしょ? タスクが存在しないのであればそれを知る人間に聞けば良いって。歴史と言うタイムラインも同じものよ。根本から運命や歴史と言うものを破壊したらそれを一番理解し、強固な概念を持つ存在に流れを依存するようになるわ」
即ち、オールド本人だ。
「結果、オールドの結果をベースに歴史は永劫に繰り返される。救おうとする少女は自分が存在する限り永劫に死に続けるのよ」
「それは……」
じゃあ、どうしようもないんじゃないか。ヴィヴィの死というものは。
「だからあの男はなるべく表舞台に立たないのよ。裏方から違う方向へと物事が流れるように全てを仕組むのよ。そうする事で違う歴史の流れを作る事を目標としているの。彼が記録している歴史とは違う歴史が作られれば当然、オリヴィエの死という歴史の大前提が崩れるわ。それが彼の目的であり、目標なんだけど……繰り返されてきた歴史の中では大まかに分けてA、B、Cとルートを分けられるわ」
ルートA。
「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの説得に失敗、クラウス・イングヴァルト、或いは別の仲間を連れてオリヴィエを撃破。物理的にゆりかごの騎乗を阻止する事によって運命の打破を狙う。ただし、このルートはアルハザード人が最も強くなるルートでもあるわ。大体このタイミングかその後のタイミングでオリヴィエが暗殺、死体が電池として利用される事で崩壊するわ。これがエンディングA1」
エンディングA2。
「この場合、オリヴィエの説得に成功して彼女が騎乗する事を拒否した場合のパターン。私が彼女を拉致してゆりかごに騎乗させるわ」
歴史家の言葉に思わず拳を握る。だが煽るようではなく、理性的に言葉を発する彼女の姿に息を軽く吐いて心を落ち着ける。どういう時でも常に理性的に、冷静にあれ。怒りは視界を曇らせるものだ。手の中は常に綺麗に、だけど激情は心に。ハッターのどんな状況でも常に冷静を保てという教えを思い出してなるべくフラットに対応する。
「どうして?」
「それが私と言う演者に与えられた役割だからよ」
紅茶にブランデーを数的垂らし、それを歴史家が口へと運んだ。
「私はオールド・シドの対抗存在として遡行の中で積み重ねられた因果が生み出した存在。だから存在意義そのものがあの男の相手をする為のものよ。だから私は歴史の修正を職務内容としているわ。狂った歴史を修正したり、違和感を消したり……時には消えた人間が最初から存在しなかったかのように処理したりね? どうだったかしら現代ベルカの街並みは。今回はそこそこ良い仕事をしたと思うんだけど?」
「あれはお前がやったのか……」
「えぇ、シド君のご両親は事件を知って、失踪を知って心を病みそうになるぐらい落ち込んでいたしねぇ。修正するついでに新しい娘を与えてみたけどどう?」
「どう、って言われても……」
複雑すぎる感情が自分の中にはあった。目の前の相手があの改変の犯人であるというのが1つ。両親を奪われたという気持ちが2つ、そして最後にヴィヴィオと両親の姿を見てアレで良かったと思えてしまうのがあった。余計な事を、と思う気持ちと感謝する気持ちが自分の中で複雑に混ざり合いながら上手く折り合いを付けていられなかった。というか先ほどから情報の爆弾が投げつけられている。
「頭が変になりそうだ」
「ふふふ……困っちゃって可哀そうに」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「あら? 聞きたそうにしているのは貴方の方だと思っているんだけど……別に良いわよ? 今なら全部忘れさせて、普通に朝を迎える所まで時間を飛ばしてあげても」
「……」
「ほら、知りたがっている。否定できないんでしょ? 知りたいという事実を。別に良いのよそれで。私も話す為に態々この場所を設けた訳だし。あぁ、でもごめんね? 貴方とオリヴィエだけだと思っていた憩いの場を穢しちゃって―――でも正直、貴方達の秘密の花園を汚したと思うとゾクゾクするわね」
ぞっとするような嗜虐的な微笑みを歴史家は向けて来た。ただそこに悪意の様な者はなく、寧ろ感じられるのは好意だった。それを感じ取れるからこそ不思議な気分だった。この場に居られるという事もそうだが、目の前の状況もそうで、全てを知っているような人物を目の前にしているのもそうなのだ。時を超えて再び現代へと戻ってきてしまった時は直面する現実に苦しみを感じていたが、
或いはこれは、思ってたよりも意味のある事なのかもしれない。
「さ、朝まで時間は長くないわ、シド君。あの男に見つかる前に楽しい楽しいお茶会を再開しましょうか」
ふふふ、と小さく笑みを零し、誘惑するように蠱惑的な表情を見せる。注がれた紅茶に一切手を出す事無く、その表情に欠片もドキリとする事もなく、ただ淡々と眺め返した。
「で?」
「で、とは?」
「聞きたい事はある?」
そう言われると今一困る。
「……何を聞けば良いのか解らない」
「ふふふ、面白い事を言うわね。私、色々と知っているわよ?」
「それはそうなんだろうけどさ……それ、必要?」
真実とか、事実とか、裏話とか……全部ひっくるめて俺が知る事って重要か?
「確かに知ってれば事情とか分かるだろうけどさ……別に俺がやるべき事ってヴィヴィをあらゆる悪意、障害、未来から守り抜く事なんだしさ。別にそういうの……把握する必要なくないか?」
「―――」
まあ、複数のルートがあってエンディングも用意されているのも解ったし、アルハザード人なんて連中が敵だというのも解った。目的は知らんしどういう連中かも解らん。だけど考えてみたらどれだけ強くても、俺がそれからすらも守れるように強くなれば全て解決する話でもある。だったら別に、聞く必要もないよな? と判断する。それが判断出来たらもう会話は終わりだ。
「うん、やっぱり気が変わったわ。お前と話す事は何もないや」
「―――」
「ただ、改変の事だけはありがとう。父さんと、母さんの事は本当にありがとう。本当に、ありがとう。きっとあの人たちも俺なんて不良息子じゃなくて……ヴィヴィオと言うちゃんとした娘がいる方が誇らしいと思う。もう謝れない事は悔しいけど……だけど俺の事を覚えているよりも遥かに良いと思う。だからありがとう。それだけ」
言いたい事はそれだけだ。聞きたい事もない。知れるだけ知れて良かったが、別に知らなくても良かった事実だ。ただ問題があるとすれば、目の前の存在から向けられた好意らしきものを完全否定してしまった事だろう。場合によってはラスボスになるという話らしいし、もしかしてこの対応は早まったかもしれない。ちょっとだけ切り捨てちゃった事を後悔していると、
「ぶふっ」
歴史家が噴出した。
「ふふ……ふ、ふはははは―――はー、本当に今週の子は面白いわねぇ」
否定した所で、まだ好意的な視線を歴史家からは向けられていた。
「そんなに面白いか?」
「えぇ、とても面白いわ。今までの周回とは全然違うわね……やはり幼い頃からオリヴィエと通じていた事が分岐の始まりかしら? 今回はあの男にとっても、私にとっても未知のルートの開拓になりそうね」
ふ、ふ、ふ、と上機嫌そうに笑う歴史家を見て―――急に、哀れみが増してきた。
理解してしまった。
歴史家とオールドは敵対関係にあるのかもしれない―――だがその本質は同じ、哀れな道化だという事だ。オールドは同じループを繰り返してオリヴィエ・ゼーゲブレヒトを救おうとして失敗し続けている。そしてきっと成功するまで永劫繰り返すだろう。そしてそれが永劫繰り返され続ける限りこの歴史家は惰性でオールドの妨害と対抗をし続けるのだろう。この俺には知覚できないし、理解も出来ないループは、この世で最も愚かで意味のない舞台で、彼ら彼女らはその上で踊り続ける最も哀れで無様な演者だ。
「何故私が貴方をここに呼んだか、知りたい?」
「いいや、別に?」
「本当に?」
「本当に」
「マジに?」
「マジで」
「リアリィ?」
「リアリィ」
「……」
「……」
歴史以下がふぅ、と息を吐きながら視線を外し、首無し執事へと視線を向けた。
「―――どうしよう、話題の種がなくなったわ」
「……!」
「え、折角面白い子をここまで連れて来たのにここで帰すのはつまらないでしょ? ふふ……そうよ、朝まで質疑応答で過ごす予定だったわよ、笑いなさい」
なんか敵がもっと哀れなものに見えて来た。
「え、じゃ、じゃあ朝までお茶に付き合おうか……?」
「見なさい、あれが若い子に同情された姿よ? ―――ふ、殺しなさい」
存在しない筈の頭を横に振りながら否定する執事の姿が見える。意外と愉快な人なんだなあ……なんて事を考えながらも、結局はココから出るには彼女の許可か朝を待つ必要があるのだ。大人しく朝まではお茶会に付き合ってやろう。そう判断してこの夢の中のお茶会を過ごす事にした。
ルートBラスボスはオールドで、オリヴィエ生存を諦めてしまった場合に出てきて腹いせに殺しに来てリセットする。
ルートCラスボスは聖王で、オリヴィエを攫って国外か世界外へと逃亡しようとすると出現する。言い逃れの出来ない重罪なので殺される。
ルートDラスボスは戦争そのもの。ゆりかごを破壊した場合、禁忌兵器を止めるものがなくなってベルカと近隣次元世界が滅ぶ為、誰も生き残らない。
このため、古代ベルカの攻略には前提としてゆりかごの稼働は必須。オリヴィエ以外に最高効率で電池を成せる存在はいない。逃亡は死を意味する。なおルートA時のみ、オールドが味方参戦する。ルートA以外では歴史家は出現しない。