Disruptor   作:てんぞー

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Dreaming - 4

 ティーカップに9割ブランデーを注ぎ、

 

 紅茶を1割注ぐ。

 

「これが黄金比よ」

 

「紅茶に謝れ」

 

 夜明けまで紅茶への冒涜を行う歴史家とティータイムに興じる。

 

 妙な気分だった。目の前の少女は最終的に敵対する運命にある少女だ。だというのに、不思議と敵意が湧いてこない。呑気に紅茶……の様なブランデーを飲みながら時間を過ごす姿は飲み物さえ考慮しなければまさに少女らしいものがあるのだが、それは見た目だけの事だ。実際はアルハザード人という超古代の住人の生き残りだ。かつては存在していた文明の生き残り。彼女はその出身だという話なのだが、

 

「そもそもさ、アルハザード人って……何? アンタを見てると中々意味が解らなくなってくるんだけど」

 

「アルハザード人とは何か、と言われると中々難しい所ねぇ」

 

 ブランデーをティーカップで飲む狂人は横に控えさせる執事の忠告をガン無視しながら飲んでいる。そうねぇ、と声を零すと再び口をティーカップに付けた。

 

「古代アルハザード文明が元々何かって話に入るんだけど……私達がいわゆる始原文明って奴になるわね。最も古く栄えた文明。魔導の極みに立った文明―――私こそが世界最古にして最強の魔導士私達こそがあらゆる文明の頂点に立った文明。我らを超えるものはなく、後にもない。唯一にして無二……それこそがアルハザードよ」

 

「良く解らん」

 

「そうねぇ……魔導技術をひたすら発展させた文明だと思えば良いわ。自由も平等もあって、争いはない。誰もが平穏の中で生きていた。戦う事なんてばかばかしく、争う必要もない。だって誰もが満ち足りているなら原因なんて生まれないでしょう? アルハザードと言う文明はそういう満ち足りた世界だったのよ。資源も、思想も、生活も全部満たされているのだから」

 

「嘘だろう? 人が人である以上絶対に満たされないのが常だろう」

 

「だけど私達は満たされていたのよ」

 

 信じられないでしょうけど、と歴史家が言う。

 

「資源なんてものは腐る程あったわ。他の次元から取り寄せるも良し、自分で魔力を使って生み出すのも良し。私達の魔法はほぼ創造の領域にあったわ。それこそ今の人類が行使する不便で未熟で未完成なものとは違ってね? その気になれば永劫を生きる事が出来る私達がなぜ死を恐れなければいけないの? 奉仕する命を生み出せばよい私達がなぜ他人を恐れなければいけないの? 必要ないのよ、争うという概念そのものが。私達はほぼ万能だったのだから」

 

 たとえばここ、と歴史家が示す。

 

「この庭園は人の心という未知のジャンルを探求する為に生み出されたわ。人の心は全てがその深層では繋がっている……その説を検証する為に現実と心のはざまに生み出された観測地の様なものよ。そう、現実と心と言うあやふやな境界に拠点を構築できる程私達は優れた術師であったのよ……まあ、アルハザードが崩壊してからこういうレベルの力は失われて久しいんだけどね」

 

 或いは、その頃のアルハザード人は全能とさえ呼べたかもしれない。だがそのアルハザードは滅んだ。

 

「そう、滅んでしまったのよねー。居心地良かったのに。周回する度にアルハザードで目覚めて”、滅ぶ準備しておこう……”って気持ちになって目覚める私の気分にもなって欲しいわ。アルハザードからの避難と退避させる家財の選別毎度リセットされるから面倒なのよね……」

 

「なんか、慣れてるんだな」

 

「そりゃそうよ。もう数えきれない程繰り返しているのだから。もはや流れ作業よ、作業。作業ゲー程詰まらないものもないでしょ?」

 

「え? いや、俺その手のゲームあんまり遊ばないから正直良く解らないんだけど」

 

「これが今どきの子の姿? はー、禁欲的ねー」

 

「お前はその酒癖を絶対に直すべきだと思うけどな」

 

「え? 何を言っているのかしら! 酒は大事よ。これは魂の洗浄なのだから。この酒の酩酊感だけが魂を清めてくれるんだから飲まなきゃならないのよ。良い? 酒は悪酔いすればするほど素晴らしいものなのよ。前後不覚になるぐらいに飲むのがちょうど良いのよ。だから貴方も、もっと悪い飲み方を勉強すべきだわ。浴びるように溺れて飲むワインとか素敵すぎる体験よ」

 

「ノーサンキュー」

 

 師匠の言いつけを守って俺は上品な飲み方を続けようと思う。これがきっと悪い大人の見本なんだなあ、と心の中で歴史家の醜態をちゃんと刻んでおく。

 

 で、えーと、と歴史家が言葉を戻す。

 

「酒の歴史の話だっけ?」

 

「アルハザードの話だった覚えがあるんだけど?」

 

「どうせ滅んでしまう場所にそこまで語る価値があるとは思えないのよねー、私。他にやる事もない作業だからやっているだけで。現状オールドとの対決だけが私の娯楽だからやっているだけで……まあ、どうでも良いわね。えーと、アルハザードの話だったかしら? そうねー」

 

 アルハザード、滅びた世界。

 

「私達はね、それこそ時間と空間、生と死さえも超越していたのよ。死した者の魂を転生させて次の生へと導くメカニズムとかの解明とかもやっていたわね。そこまで真理を解明しながらもアルハザードの人々は優しく、穏やかな人々が多かったわ。満たされているから当然なんでしょうけどね。醜く争う様な事もなく、穏やかに今日を過ごす人々」

 

 まあ、と歴史家は区切る。

 

「刺激のない日々なんて本当に生きているかどうか微妙な所だけどね。それも滅んでしまってからは変わってしまったし」

 

「そこまで栄えながら滅んだんだよな……」

 

「えぇ、滅んだわ。原因はここなんだけどね」

 

 ぱちん、指を歴史家がスナップした。庭園の外は闇に満ちていたが、その闇が晴れて遠くまで見えるようになった。その先に広がっているのは崩壊した古代文明の姿だ。炎にまみれ、超高層ビルの類は倒壊しており、あらゆるところに瓦礫が散乱している。恐らく、それはアルハザードの崩壊した姿なのだろう。

 

「ここが原因?」

 

「そ、正確に言えば心の研究ね。人の心が深層―――集合無意識を通じて繋がっているという話」

 

 そこで邪悪な笑みを歴史家が浮かべた。

 

「逆に言うとそこに悪意の一滴でも混じれば全てが悪意に染まると思わない? ……まあ、やったのは私じゃないんだけどね」

 

「えーと……?」

 

 あぁ、ごめんごめんと歴史家が言葉を続ける。

 

「意味が解らないわよね。まあ、簡単に言ってしまえば”人の心とは”という研究があったのよ。そしてそれがどこから来て、どこへ行くのか。時さえも解明したアルハザードの科学力なら解き明かせるという自信から始まった分野だけどね、これが大失敗だったのよ」

 

 空っぽのティーカップに紅茶が注がれる。

 

「人の心とは決して目に見えるものじゃないわよね? だからそれが視覚化できるなら初めて人の心を形と色を持って観測する事が出来るようになるわ。だから干渉するのではなくそれを観測する為の実験だったのよ。ここはそれを観測する為の場所。見れば人の心とはなんだ、という疑問に対する答えが出るって話だったのよね」

 

 まあ、これが大失敗という結果だったわ。

 

「人の心は決して触れてはならぬ領域だった。それを見た瞬間誰もが恐怖を感じて思ったのよ。人の心こそ永劫に理解し得る事の出来ない底なし沼だって」

 

 解る? と歴史家が言葉を続ける。

 

「それまで私達は穏やかに、平和に暮らしていた。争う必要もなく、語り合いで問題を解決し、力を合わせて生きて来たわ。だけど人の心は千差万別、それが全てマジ入り合って出来上がった集合無意識という概念はまさに深すぎる領域だったわ。ぐちゃぐちゃに混ざり合ったこれが私達の深層には存在していて、全ての人類が共有している? 全ての人類がこんな闇を抱えて生きている? それほど恐ろしい事実もないでしょうね。その場にいた誰もが恐怖を、そして忌避感を感じてしまったのよ。これは手を出すべき分野ではなかったのだ、と」

 

「俺にも読めて来たぞ。その時感じた恐怖と忌避感が集合無意識に溶け込んだんだな?」

 

 笑みを浮かべた歴史家が、紅茶の中に一滴のブランデーを注いだ。

 

「えぇ、最初は小さな波紋だった」

 

 二滴、三滴混ざった。

 

「だけど決壊した感情は直ぐに良く混ざって―――」

 

 ティーカップから溢れ出すほどにブランデーを注ぎ始めた。溢れだした酒と紅茶がテーブルに溢れだし、ぐしゃりとテーブルクロスを濡らして染め始めた。

 

「溢れだしたものは止まらなくなったのよ。初めて知る恐怖と忌避感、感情は伝播して溢れ出す。万能の術を持つアルハザード人の力は初めて感じる強大すぎる湧き上がってきた恐怖に染まって暴走を始める」

 

 そうやって、アルハザードという世界は育ち過ぎた文明故に滅んだ。完全なる自滅だった。

 

「まあ、でもオールドが周回するようになってから生き残る数は増えて来たんだけどね。私の他にも対抗戦力として周回する度にちらほらと恐怖に耐えて崩壊を生き残る奴が出てきたのよね。今の時代だと全部で200ぐらいはいるかしら? まあ、大半はあの男が刈り取るでしょうけど」

 

「はー……それがアルハザード、ね」

 

「えぇ、忘れないでね。かつてそんな場所があったんだって事実を。私達はかつては生きていて……そして大半が死に絶えたわ。だけどその魂は輪廻を巡り、次元を超えて、新たな命となって生まれてくるのだから」

 

 つん、と軽く胸を叩かれる。或いは、俺がここに来れたのもアルハザード人の転生があるのかもしいれない。だけどそれは結局、どうでもいい事実でもあるのだ。結局のところ重要なのは俺が俺であり、俺が何をすべきかという話なのだから。ただ、良い話ではあったと思う。

 

「結局疑問に答えて貰った形になっちゃったなあ」

 

「別に良いわよ。変に雑談を始めてしまったも共通の話題を探すのに苦労するだろうし……私もこっちのほうが気楽に貴方と過ごせるわ、シド君」

 

「俺はお前のその好意的な態度が怖いんだけどな」

 

「あら?」

 

 でもこういうものじゃない? と歴史家が続ける。

 

「推してる小説やゲームの主人公ってちょくちょく優遇しちゃうでしょ? 私の向けている感情なんて所詮そういうものよ」

 

「推し」

 

「えぇ、ここまで周回を繰り返した果てに生まれてくる哀れな命なのだもの―――たっぷり慈しまないとあまりにも可哀そうでしょ?」

 

「哀れ、俺が哀れか……まあ、そうでもあるか?」

 

 所詮オールドからすれば数えきれないループの中の1人。彼が繰り返してきた中で一瞬で忘れられる存在なのかもしれない。そしてそれは歴史家からしても同じだろう。時を繰り返し無限を生きる彼らからすれば俺なんて儚い一瞬の閃光でしかないのだろう。

 

「ま、それでも私は結構貴方の事を気に入っているわシド君」

 

「そりゃあ、また何で」

 

「そうね……何でかしらね?」

 

 誤魔化すように、10割ブランデーの入ったティーカップを手に誤魔化すように歴史家が首を傾げて可愛げに笑った。その仕草で騙そうとしているが、この少女がどうしようもない酒屑である事実は覆しようがなかった。身内でもそこまで酒に執着する様な奴は中々見たことがないぞ。あ、また次を注いで執事に止められそうになってる。手を叩いてブランデーの入ったボトルを強奪すると紅茶のポットに混ぜようとして争ってる。

 

 これが至高を極めた自称アルハザード人の姿か? これがぁ? 信じたくねぇ……。

 

「まあ、推すのは勝手なんだけどさあ……」

 

「あら、不満があるかしら? ……まあ、不満はあるでしょうね。別に今回の逢瀬も余り中身のあるものではなかったかもしれないし」

 

 逢瀬、という言葉を使われて顔を顰めてしまった。その様子に歴史家が笑い声を零した。

 

「ふふふ……意中の相手がいるからそう言われると余り気分が良くないかしら、モテモテのシド君」

 

「煩い」

 

「あら? 自分の状況は客観的に見れなきゃ駄目よ? 貴方だって別に鈍感じゃないんだからちゃんと自分に向けられた好意を自覚しているでしょ? 事実は事実としてちゃんと受け入れなきゃ」

 

「といっても、好きな人がいるから困るんだよな……」

 

「それでもよ」

 

 それでも、と歴史家は言う。

 

「時は無限の様で有限よ。人が一生に使える時間は限られているわ。そして貴方はもっとその時間が短いの、使える時も、使える相手も限られているのよ」

 

 だから、

 

「己にもっと素直になる方が良いわ―――えぇ、その方が人生、もっと楽しいわよ」

 

 ブランデーのボトルを紅茶のポットに今、注ぎ込んだ女がそう言うと貫禄というか説得力が違うな。完全にアクションで発言の全てを台無しにしてるんだよな……。

 

 これがラスボス? 嘘だろ?

 

 歴史家の醜態を目前にしつつ、何故か敵意を抱きづらい存在を相手に夜明けまで、お茶会はもうしばらく続く。

 

 果たしてこの出会いに、語り合いに意味があるなんて事は解らないが。

 

 それでもこの短い人生の中で思った事は、

 

 意味のない出来事や出会いなんて、何一つとしてない……という事だ。




 現代編で恐らく最も重要な2話。

 歴史家、アルハザード出身の魔導士。元図書館の司書。惰性と流れでオールドと敵対している女。ルートA2のラスボス。周回中における若シドとの戦闘勝率は100%。

 ルートA2は実質的なゲームオーバー。ただし、酒屑。
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