「で、どこに行くんだ?」
「まあ、ついて来いよ」
当然のように空間を剣で切り裂いて道を作るとまた別の場所へと通じるショートカットを作る。イリスに話は聞いていたが、この老人の力は完全に人知を超越している。どこに行くかは解らないが素直に従っていた方が良いだろう。そういう判断からオールドの後ろを追うように空間の裂け目に入って空間跳躍する。そうやって空間を超えた先に出てきたのは森の中だった。森や荒野というフィールドは寧ろ旅をしている中で慣れ親しんだ空間であるだけに、街中よりも落ち着くものがある。
が……この森はどことなく見覚えがある。
「ここ、クロゼルグ一族の」
「あぁ。帰る前に用事があるからな。寄ってくぞ」
そう言って停止した時を解除した。そのまま時を止めたまま移動するかと思ったがそんな事はなかった。或いは、この男の無敵と思える力も決して全能ではなく、ある種の制限があるのかもしれない? なんにせよ、自分が勝てる領域にはないから情報を集められるだけ集めるという形になってしまうのだが。
「俺を探るか? まあ、勝手にしろ。お前がオリヴィエの命を諦めない限り俺は味方だからな。まさか、諦めるなんて事はないだろう?」
「諦める訳ないだろう。そうでなくても、俺はヴィヴィを救わなきゃいけないんだ。彼女の為に、俺自身の為に」
「そうかそうか、それで良いんだ。それを躊躇なく言えるなら俺も言う事なんて何もない。お前はお前の果たすべき使命の為にそのまま邁進していてくれ」
「使命、なんて言い方は止めてくれ」
足を止めて言い切る。それに驚いたようにオールドも足を止めて振り返る。その姿に俺は頭を横に振った。
「これは使命とか、贖罪とか、そういうものじゃないんだ。俺の人生は短くて、アンタと比べたら花火ぐらい短い一瞬の閃光かもしれない。俺が失敗したら次には俺の事を忘れるかもしれない。それでも、俺は俺のやる事を決して強制でも運命だとも思っちゃいない」
俺はアンタとは違う。アンタは俺かもしれないけど、俺はアンタじゃない。
「これは俺の意思だ。アンタがどれだけ意思を固めさせようとしても、どれだけ追い込んでも、これは俺が俺で決めた事で、アンタはアンタだ」
根本的な違い、
「俺はアンタ程物事に絶望もしてなければ無理だとも思ってねぇんだよ。俺がヴィヴィを助けるのは」
それはきっと、贖罪でも義務感でもない。
この数年間で皆から教わりながら出た答え。
「それは
腕を組みながらふー、と息を吐いた。なんか物凄い満足した。今まで知らず知らずこの老人に対してストレスが溜まっていたらしい。俺を通して自分自身の失敗を見つめ続けているというか……ひたすら、過去を重ねている。そういう感じがしていた。だからこの際、遠慮なく口にする事にした。たぶんは昨晩、歴史家とエンカウントしたのが原因かもしれない。この超越者連中は思っていたよりも人間臭いのだ。こう、精神や心が削られきってない。普通に楽しみ、苦しみ心を持っている。
だから言い切った。言い切った上であ、言っちゃった……なんてちょっとした後悔が襲ってくるが、それでも言い切った。この老人の勝手な行動には感謝しつつもちょっと頭に来ている部分があった。だから思いっきり言い返してやったが、
「く、くくく……くくくく」
それを堪えるようにオールドは笑っていた。目の端には涙を浮かべ、抑えるように笑い声を浮かべていた。その姿にちょっと驚いていると、オールドが頭を横に振った。
「いや、悪い。そうだな、お前の人生はお前のもんだ……くっくっくっく」
「何が面白いんだよ」
「いや、若いなって思っただけだ。悪い事は何もない、いや、本当にだ。単純に若いって思っただけだ……俺が永劫に失ったもんだよ。その若さがどうしても羨ましくなる時がある」
振り返り、オールドが再び森の奥へと向かって進んで行く。それを追う。
「俺も若い頃は大いに悩んだ。そして勢いのまま突き進んだ。だが途中で自分が歩んできた道を見て、足を止めて、そして考えた。結論は色々とあった。その時はそれが最善だったと。後から見ればどうだ? 本当にそれが最善だったのか? 本当にそれが答えだったのか? 歳をとると何時の間にか唯一の答えには中々たどり着けなくなっていた」
頭を横に振りながらため息を吐く。
「惰性だ」
惰性だ、とオールドは言う。
「歳を取ればとる程解る事が多くなるから、唯一の答えが出せなくなる。そして惑っている内に何もかも終わってしまう。だからこそ俺達の様な不老者や不死者ってのは決定する事や導く事に対する能力がない。答えがたくさん見えちまうだけに正しい答えが解らなくなっちまう」
「それは……優秀って事なんじゃないか?」
「いいや? 結局は答えを出せないのが馬鹿なのさ。だから俺じゃ無理だ。お前がそう思うならそれがお前にとっての正解なんだろう……あぁ、決して馬鹿にしている訳じゃないぜ? ただ世の中、歳をとるとどうしても凝り固まって自分を変えられない連中ばかりになってくる―――俺とか、歴史家の婆とかその筆頭だな」
くつくつくつ、とオールドは笑い声を零す。
「そうするともはや惰性で生き続ける事になるから地獄だぞぉー? まあ、そうやって明確に俺達が違う生き物だって言えるなら良いさ。お前は俺みたいになるべきじゃないからな。違う道と違う人生を送れ。それは俺が心の底から願う事だ」
思っていたよりも優しい声がして……この男の事が本当に解らなくなってくる。願っているものはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの生存のみだろう。その為には手段を選ばない。だというのにどことない優しさと甘さを見せる。この男の事が知れば知る程解らなくなってくる。
と、森の中をある程度進んだ所で足を止める。
「ここらへんか……ゲストが来るまではここで待機だな」
「これ、俺抜きでもやれたんじゃないか?」
「お前と一緒にやる事に意味があるんだよ」
そう言うとオールドが懐から懐中時計を取り出した。よく見ればひび割れ、蓋が半ば砕けている。それを無理矢理停止させる事で壊さないようにしているらしい。相当力の込められているものだが、まだ懐中時計としての能力は活用されているように見える。それを確認してオールドは懐中時計を懐へと戻した。
「世の中にはフラグ建てと消化があってな、誰がどこに何をする、っていうのが歴史的にどこで影響を与えるかってのに大いに関わってくるんだよ。この時間軸、この時間、この場所でお前が俺といる事が過去に影響する部分もあるのさ」
「良く解らない」
「まあ、膨大にある過去のデータから有用なものをピックしているだけだから気にするな。過去と未来の関係は常に一定じゃないって事だけを覚えておけ。未来で起こされた行動が時に過去への影響を与えるという事もある、って話だ」
その言葉に俺は疑問を抱かなかった。実際、俺とヴィヴィの関係がそうだったからだ。現代での言葉がヴィヴィを変えてしまった。だからあり得るのだろうが……あり得るのか? まあ、オールドは俺よりも遥かにこの時間関係に詳しいのだからきっと間違ってはいないのだろう。
「ま、お前は細かい事は気にするな。考えなくていい。自分の事だけに集中しろ。それ以上の事は求めはしない」
「はいはい」
腕を組みながらふぅ、と息を吐いた。結局のところそれだ。難しい事を考えた事で俺にはどうしようもない事が多すぎる。だから結局は自分に出来る範囲でコツコツと積み上げて行くしかないのだろう。俺もまだ、未熟なのだからこの強さを少しでもつみあげられるように、師匠の期待に添えるように鍛錬を続けるしかない。まだ、目指すべき頂は遠いのだから。
「……」
「……」
それからしばし無言になる。静かな森の中は黙れば木々が擦れる音と風の音しかしなくなる。そうなってくると、不思議と思い出すのはこれまでの事と自分の行いに関してばかりだ。果たして俺は正しい事が出来ているのだろうか? 正しさなんてものは今更意味がないのは解る。それでも自分がちゃんと進んでいる事だけは信じたかった。そんな考えが脳内に浮かび上がり、消し去る。自分を信じるしかない。
信心だ。
人は常に何かを信仰する心を持っている。
現代における最大宗派は聖王教会で聖王を崇めている。古代であってもそれに変わりはない。だが俺は聖王という人物を崇める事は出来ない。あの人を1個人という形で見てしまったから。だけど全ての人は何かを信じる心がなければ生きて行けないのだろう。だとすれば今の俺は、何を信じて生きているのだろうか?
未来? 成功? 栄光?
それも全部違うように感じられる。果たして俺が何を信じているのか……それを考えようとしたところで、オールドが身じろいだ。
「来たか」
「時間通り……ですね。お待たせ、しました”狂えるオルランド”」
「また古い名前で呼んでくれるな」
ローブに魔女帽をかぶったオーソドックスなウィッチスタイル……魔女術を使うクロゼルグ一族の女が森の奥の方からやって来た。数舜前までは濃密な闇を纏い、影の中そのものから出現するように現れた女は手を出すと空間から大きなインゴットを取り出した。どことなく煌めく様にも見える不思議な色合いをした金属のインゴットを一本、そしてもう一本、燃え上がる様な光をため込んだインゴットが取り出された。
「此方、オルランド卿の言いつけ通り500年間次元の狭間に浸され続けた金属と、500年間一切太陽光が消えないところにさらされ続けた金属です」
「確かに拝領した。ご苦労」
インゴットを2本とも受けるとオールドは両方とも布に包み込み、それを此方へと投げ渡してきた。いきなり投げつけられた事に驚きつつ受け取ると、凄まじい重みが両手の中に感じられた。
「ハッピーバースデーだ、少年。俺からの期待の証だ」
「……は?」
「なんだよその顔は。俺が成人を祝っちゃいけないのか? あぁ!?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ……」
「良いから、黙って受け取っとけ。いずれ必要になる」
「……おう」
そう言われると何も言い返せなくなる。敵であって味方でもある。この男のポジションは複雑すぎて解らない事が多すぎる。きっと、考えるだけ無駄だから考えない方が良いのだろうが。だからオールドの事で考えていた事を頭を横に振る事で振り払いつつ、視線を魔女の方へと向ければ、魔女が此方へと一礼してきた。
「カルマギア様、ファビアからの伝言で”おめでとう、そして逢えなくてごめんなさい”だそうです」
「あ……覚えててくれたんだ」
「ファビアは、何時も幼馴染と、身内の事を案じています」
「その、ありがとうございます。俺もまた逢える日を楽しみにしているって伝えてください」
「はい、それでは……」
そう言って魔女は再び森の中へと消えて行った。その姿をオールドと2人で見送ってから、視線を合わせた。
「さて、これで用事も終わりだな。そろそろお前を元の時間軸に戻すか」
「……とんだ誕生日になっちゃった」
「刺激的だっただろう?」
そう言ってにかり、とオールドは笑った。そこから表情を崩し、頭を横に振る。
「俺はてっきりもっと罪悪感に飲まれたり覚悟を強くするもんだと思ったがねぇ……歴史家の奴も余計な事をしてくれるもんだ」
「俺は寧ろこれで良かったと思っているよ。こっちのが何の憂いもなくヴィヴィを助ける為に戦えるし……何よりも、別の意味でもやる気が出て来たよ」
「ほう、それは?」
オールドは腕を組みながら意味を聞いてくる。それに対して目を瞑り、思い出す。
「己にもっと素直になる方が良いわ―――えぇ、その方が人生、もっと楽しいわよ」
歴史家の言葉だ。それを思い出して頷いた。
「何時か、全部終わったらイリスとヴィヴィを連れてここへと戻ってくるよ。そして再会した皆で今度こそ盛大にパーティーでも開いて遊ぶよ」
それがきっと、今の俺の素直な夢かな。
完全無欠のハッピーエンド。俺はそうしたい。ヴィヴィに俺の親友たちを紹介したい。だから全て終えたら、死に満ちたあの時代から連れ出してあげたい。
それを聞いて、オールドは笑みを零した。
「あぁ……出来たら良いな。その時は遠慮なく送らせて貰うさ」
どこか、遠い所を見るようにそう告げてオールドが剣を抜いた。空間を裂き時空を歪め、再び過去への入り口を作る。
こうして、俺の1日だけの帰郷は終わった。
誕生日にだけ見れた刹那の夢は―――これで、終わりだ。
この帰郷自体が一体だれの夢だろうかって話。