強くなければ、ならない。
男として生まれた以上は。
たとえ、それが無意味な努力だとしても―――強くならなくてはならない。なぜなら、男である以上、だれもが一度は夢を見た。最強と言う名前を。成長するにつれてそれは姿を変えて違う道へと変わって行く。今では騎士という憧れへと変わって。男であれば無条件に、だれもが強さを信仰する。そして自分もその例に漏れない。結局のところ、強さと言う概念に対するあこがれを捨てきれないのだ。持って生まれたものを使って、環境やそのすべてに抗いたいという衝動が胸の中にはあるのだ。諦めを抱きながらも、それでも鍛錬する事を止められない。
決定的な破局を迎えるまでは。
その瞬間までは、強さを諦められない。
―――やはり、この世を生み出した神様はクソだ。
死んでしまえクソが。
「いっちにっ、いっちにっ」
「準備運動はしっかりっすよー」
ジャージ姿、ヴィヴィオと並んで軽く柔軟をこなす。運動をする前にはちゃんと体を解さないと怪我の原因となる―――まぁ、その程度で怪我をする程弱い体をしている訳ではないのだが。それでも一応はやっておく。何事も、安全を確保しておくのは良い事だ。そういう事で聖王教会の練兵場、そこを自分たちの為だけに貸し切っている。今、この場にいるのは自分とヴィヴィオにハイディという基本的なメンツに、
近衛騎士が二人。
昨日護衛に来ていた騎士カイン、そしてもう一人新しくやって来た糸目の騎士だ。此方は近衛の新人らしく、騎士ヴェルと言うらしい。どことなく軟派な雰囲気があるのに、腰の低い青年だった。そんな近衛を護衛と相手に、ヴィヴィオと一緒に軽く柔軟をこなしてから鍛錬に入る事にする。
「よ―――し」
スパッツに”超無敵”と書かれたダサT姿のヴィヴィオは柔軟が終わった所で。腕を組んだ。
「何をすればいいのか全く分からない!!」
「姫、姫!」
「いや、だって俺様見ればたいてい覚えるし。鍛錬とか言われても良く解からねぇわ。大体何時もノリでやってるしなぁ」
「いえ、まぁ、ヴィヴィオ様は多分それが正解だろうと思いますけど。ほら、聖王家の人って凄まじい直観力を兼ね備えていて、自然体でありながら最適な行動をとれるって話ですからね。多分ヴィヴィオ様もそうなんじゃないですかねー」
「まぁ、その結果がこれなんだからちょっと文句言いたいけどな。
ヴィヴィオが腕を組みながらそんな、コメントし辛い事を言っていると、一瞬の静寂が場を支配した。それをかき消すようにヴェルが声を上げた。
「あ、あー、そっすよ! 軽くどれぐらいできるか確かめる為に全力でちょっと打ち込んでみてくださいっすよシド君!」
空気を変える為に、ヴェルがサムズアップを向けながらこっちにアピールしてくる。もしかして滅茶苦茶良い奴なのではないだろうか、この新人近衛は。折角だし好意に甘えるとして、ヴェルの前まで行って軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「いやいや、こっちこそっすよー。カルマギア家は良い意味で有名な武門っすから。個人的にはすっげぇ興味あるっすよ」
マジかぁ、と心中で呟きつつ、
「はははは、もっと本気出しちゃって大丈夫っすよシド君」
「いや、でも……」
「シド君はカルマギアの家の後継者かもしれないっすけど、それでもまだまだ子供っすからねー」
「いや、あのな、ヴェル……」
「あ、先輩も心配しなくて大丈夫っすよ。シド君の噂はちょくちょく聞いてますから。それでも、まぁ、自分近衛っすからね!」
「いいぞヴェル! 男らしい所見せて見ろー!」
「姫殿下に応援されたしやる気見せるっすよぉ―――!」
ハイディとカインが静かに黙とうしていた。大丈夫だろうか? 人間って脆いではないか。いや、だが相手は若輩だとしても近衛騎士だ。ヴィヴィオを守護する最強の騎士の一人なのだ。だとしたら本気で殴ってしまってもいいのじゃないだろうか……?
「さあ、遠慮はいらないっすよ! 本気でいいっすからね!」
「……うん、じゃあ……反撃してもいいですからね……?」
拳を握りしめた。
基本的にシド・カルマギアという少年は本気を出さない。
いや、本気を出せないという言葉が正しいのをヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトは知っていた。これはシドが前、言っていた言葉である。
『だって―――人間って、脆いし。殴ったら壊れちゃう』
シド・カルマギアは規格外の肉体をしている。そしてそれを本人が一番よく理解している。なぜなら当然の様にそれに関する注意を両親に受け、愛のある生活を通して成長し、そしてごくごく普通の子供の様に育てられたからだ。その事実をヴィヴィオはちゃんと知っていた。シドの両親はシドに選択肢を残してあげたかった。魔法が使えないからこそ、なりたい者には何にでもなれるように選択肢を残そうとした。その為に常識等をみっちりと教え込まれた。その結果シドは自分の身体能力の異常性を完全に把握する事に成功している。
その結果実に普通な事に、シドはなるべく拳を他人に向けないようにし、力を極力抑えるようにしている。身内で鍛錬をする時だって組手はしない。技術教導だけで模擬戦はしない。それが許される相手は父か、或いは高位の騎士のみ。圧倒的に格上だと認識できる相手ではないと
だからヴィヴィオは思っている。
―――アレ、相当溜まるよねぇ。
ヴィヴィオは自分は、まぁ、良いと思っている。
何せ、自分で選んでこういう生活をしているからだ。聖王としての公務さえこなせば後は割と好き勝手出来る。聖王教会を抜け出す事だって、護衛に近衛をつければ許可されている。実質、危ない事さえしなければ生活に問題はない。ヴィヴィオが気づいたときには住んでいたスラム街での生活と比べれば天国だ。それにここに来たところでヴィヴィオはついに、家族と呼べるものを得た。カルマギア家は聖王家の血を薄めながらも引いている。それはヴィヴィオの中に流れる血と同一のものだ。ならばそれは遠縁の親戚、家族とも呼べるものだ。
それを得られた所でヴィヴィオは満足していた。
だが普通に生まれ、ふつうに育ち、そして普通には足りない身―――特別であっても、それを自由に振るえない身はどうなのだろうか?
窮屈だなぁ、とヴィヴィオは思う。
せっかくいいものを持っているのに。それを全力で振るう事が出来ないのはストレスだよなぁ、とヴィヴィオは思っている。
ヴィヴィオは基本的にヒャッハー族である。
だが取り繕える器用なヒャッハー脳である。
まぁ、しゃーねーわで諦めてそれなりに楽しい人生を過ごせるタイプである。根が不真面目であるとも言える。だからヴィヴィオは妥協ができる。ある程度のラインで満足してそれで大丈夫と言える柔軟な精神力を持っている。それがスラムという孤独でヴィヴィオが幼いながら培った物だった。だからヴィヴィオは今の生活にストレスを感じている事は特になかった。
だけど兄貴は大変そうだ、とヴィヴィオは思う。
だって兄貴、凄く真面目だし。
シド・カルマギアは真面目である。生真面目とも言えるレベルで真面目だった。時折ふざけたりもするが、それをやる相手は主にクラウス―――というかクラウスだけだ。それ以外の友人に滅多なことではっちゃける事はない。そういうのを常にシドは抑圧している。面倒そうだとは思うけど、それでも笑みを作って構ってくれているのでヴィヴィオは何も言わない。ただ、せっかく家族と呼べる相手がいるんだから、
ちょっとぐらい、ガス抜きしてもいいんじゃないだろうか?
ヴィヴィオは天涯孤独の身である。
気づけばスラムにいたからだ。
ヴィヴィオは親の愛を知らない。
一人でスラムを生き抜いたからだ。
気づいた時には既に聖王家の証である髪色と、目の色と、そして《聖王の鎧》を備えていた。だから苦労することは特になかった。ただそれでも愛に飢えていなかったと言えば嘘になる。シドに対する妙に近い距離感と感情は、劣悪な環境から解き放たれたうえで家族と呼べる血縁がいた事にある。そしてその人たちが優しくいい人たちだったという事実にある。ヴィヴィオは9歳だが、その才能が成し遂げる知能の高さは大人顔負けの物が既に備わっている。だからヴィヴィオは割と適当に生きていける。
ただ、まぁ、少しぐらい家族に何かをしてやれたらいいよなぁ、ともヴィヴィオは思う。
家族と呼ぶには血縁は少し遠い。体に流れる血が少し一緒という程度の繋がりだった。
だけど何の繋がりもなかったヴィヴィオからすれば十分すぎる物だった。その縁で定期的に遊びに来るシドの事は好きだし、その家の人たちもそれが解っていて遊びに行かせてくれるのをヴィヴィオは理解していた。ヴィヴィオにとって一番大事な人達は遊びに来てくれるシドと、そして自分の世話をいつもしてくれているハイディの存在だった。大人たちの思惑を理解しつつも、この二人に関しては家族の様に思っている。
ヴィヴィオの根っこは不真面目でも、良い子だった。割と素直でもあるというのもある。その心が善性をスラムでも失わなかったのは奇跡でもあると言える。だからこそヴィヴィオの存在は様々な意味で奇跡に等しい。
だからこの鍛錬の機会、近衛と殴り合う機会はヴィヴィオ流のガス抜きだった。
明確に格上の相手であれば、シドも遠慮がいらないだろうという配慮だった。後は近衛騎士とかいう自負を持っている奴がちょっと慌てている姿が見たいというヴィヴィオの超個人的な理由もあった。
そういう事が理由で―――シド・カルマギアは久しぶりに全力で拳を振るう事が出来る様になった。ハイディはその破壊力を大体把握している為、静かに黙とうしていた。そしてカインはシドの肉付きから大体その破壊力を察せる故に発生するであろう破壊力に黙とうを捧げていた。シド自身は久しく振るっていない全力の拳に本当にいいものかどうか悩み、ヴィヴィオのサムズアップとヴェルの後押しを受けて遠慮のない拳を叩き込むことにした。
だからシドは拳を握った。強く、しっかりと。そこからの動きは洗練されたものだ。右拳をわずかに引きながら左足から踏み込む。シンプルな動きだが、そこには覇王流から学んだ踏み込みから力を練る方法と、エレミアン・クラッツから学んだ呼吸法で力を継続させるものを混ぜ合わせている。それによって筋力以上のスペックがその一撃に組み込まれる。
ゆえに一歩目で踏み込んだ足が訓練場の大地を陥没させた。それを見たヴェルが全てを理解し、呼吸よりも早く防御する為の手段を引きずり出した。シドとヴェルの間に10枚の、鋼鉄よりも強度の高いシールドが出現する。それを見たシドは成程、防護魔法も使うのなら安心だ、と解釈し、
シールドに拳を阻まれるならどうすればいい?
もっと強い力で殴ればいい。
シールドによって威力が落ちるならどうすればいい?
落ちた分力を籠めればいい。
これがエレミアであれば威力だけをシールドの向こう側へと通せば良いという結論に至るだろう。それがエレミアという存在のスタイルだからだ。遺伝する技術と経験。それによって積み上げられる莫大な手数。世代を交代すればする程エレミアは強くなって行くというシステムだ。最強の武人を生み出すのはその技術と経験が最も重要だと重視した結果がそれだ。
だがカルマギアはその逆だ。
技術や経験は後で学べるから良い。だが肉体というハードは、生まれた時点で決まる。ならばそれこそを追及するべきだと積み上げてきた武門だ。世代交代を繰り返しながら交配を繰り返し、最強のフィジカルを子孫に与える為に聖王の血筋すら取り込んだのがカルマギア一族。つまり最強の肉体を求めた一族だ。聖王に仕えるベルカの武門で、その為に最強の騎士を生み出す為に力を求め続けた一族。
もはや仕えるべき王が存在しない為、数世代前に一般に帰属してもなお、その血筋は続いている。続いてしまった。そしてその果てに、
生まれたのがシド・カルマギアという基礎スペックの怪物だった。
だから根本的に他の人間と作りが違う。他の人間を脆いと表現する。対等に立てる生物なんてそれこそ同じぐらい狂った交配を繰り返したエレミアと、本家の聖王家ぐらいだろう。
故にシドの拳は当然の様にシールドをぶち破る。
そして一切速度や衝撃を殺す事なく―――そのまま、ヴェルのみぞおちへと叩き込まれる。
くの字に折れ曲がった体はすかさずガードに入った背中に背負っていた筈の盾によって受け止められるも、一切減速せずに衝突していた。そのままシドの幼い体の拳によってヴェルの姿は持ち上げられ、
更に一歩、踏み込まれた。持ち上げられたヴェルの体が空間に引きずられる。
そしてそのまま―――全力で殴りぬかれた。
一瞬で加速した弾丸の様に放たれた近衛の姿はそのまま残像を残さず訓練場の壁に衝突し、そのままめり込んだ。この訓練場が、僅かな盆地になるように作成されているのが幸いした。これが完全に地上の施設であれば、薄い壁を貫通して聖王教会の敷地を転がりながら粉砕してヴェルの姿は吹っ飛んでいただろう。だが地下をくり抜く様に作られたこの訓練場は壁に人間がめりこんでも大丈夫なように、訓練スペースはわずかに掘り込まれた空間に広げられていた。
ゆえに壁を貫通するヴェルの体はそのまま地下の大地に陥没し、
遠慮なく、という言葉が頭に残っていたシドは無意識的に追撃してきた。それを止めるべき立場の者達は誰もが良く吹き飛んだヴェルの姿に拍手を送るので忙しかった為、止めようがなかった、
ゆえに吹き飛んだヴェルの姿に追いついた状態、二撃目。
シドが跳躍し、空中で水平になるように体を横に回転させ、遠心力を乗せた蹴りが入る。
ヴェルが叩きつけられた壁が粉砕され、土砂を撒き散らしながら壁の残骸が周辺に飛び散る。だが足を通して感じた感触にシドは次の一撃を繰り出そうとして、
「―――《ヴェンジェンス》」
次の一撃が入る前に反対側の壁まで吹き飛び、めり込んだ。
その破壊力は
粉砕された壁の中から多少は汚れていても
理由がなんであれ、子供が笑っているのは良い事だ、と。そう自分に言い聞かせてこのドッキリは我慢する事にした。
「いやぁ、マジで驚いたっすよ。最近の子供人間やめてませんかねぇ……」
「なら遊んでやるのは大人の義務だろ?」
「先輩も大人っすよね」
「こういうのは新人に回すもんだからな」
「うわぁ、新人虐めっすよ!!」
ヴェルとカインが軽く言い合っている間に、シドが壁にめり込んでいた体を引き抜いた。多少のダメージを受けているもののそれでフラつく様子も、特に痛がるような様子もない。人が通常はバリアジャケットなどを纏う事で遮断するであろう痛みも、衝撃も、ダメージも。シド・カルマギアという武門の夢の体現者は必要としなかった。
普段は絶対に見せられない交戦的な笑みを、その唇の端を吊り上げるように見せて。
シドは、全力でも殴って良い存在を発見した事に、自分の自覚を抑え込みながら認識した。
それを見てヴィヴィオは思う。
シド・カルマギアは決して、魔法という才能に恵まれなかったのではない。
ただ、
「兄貴、優しいからなぁ……」
その性格は、本当は誰よりも交戦的である本性とは絶望的にマッチしていなかった。
普段の生活大変だろうなぁ、と、
ヴィヴィオはそんな事を二倍カウンターを決められて楽しそうに再び反対側まで吹き飛びめり込み、訓練場を破壊しながら暴れる二人を見て思った。
―――聖王教会は今日も平和だった。
少なくとも、表向きには。
カルマギアの家は武門。
エレミア同様、世代を経る事で強くしようとした一族。ただし、その目的は聖王に仕える為であり、本質的に騎士の一族だった。ただ作中の通り聖王家が消滅したので数代前―――シドの祖父の世代に一般の人間として生きる道を選んだ。
シドのお爺ちゃんがやったこれによってシドやシドパッパは貴族の責務を負う必要はなく、もしシドが貴族のままなら教皇庁からの命令で強制的にヴィヴィオルートになっていたという話がある。
だが近年になってヴィヴィオが発見された為、ようやくお家の役目を果たせるって所で解散している為、
じいじ「おいは恥ずかしか! 生きておられんご!」
ばあば「介錯ばい!」
とかいう事件があったとかなかったとか。