空が泣いていた。辺りは崩れ落ちた積み木のようになった建物でいっぱいだ。
その中に、一人子供が立っていた。
「おとうしゃ、ん? おかあしゃ……」
既に人は一人、彼だけだ。空の雫のおかげで辺りの炎の勢いはそれほどひどくないが、地面に火の塊があちこちに残っている。
肉の焼け焦げた匂いが充満している。
地獄絵図、今まさに、その光景が少年の前に広がっている。
だが、そんなものは彼の瞳には映っていない。
「いや、なんで、なんで……」
彼の瞳には、ただ……先ほどまで元気だった両親の姿しか映っていない。
いや、両親だったモノだ。
「う、うわぁああああああああああああああ!?」
自分のものとは思えない、地獄から響き渡るような叫びを放ち、少年は震える。
身体のあちこちに、ひびが入り紫色の光が身体からあふれ出る。
「――――ッ」
もう、何も分からない。
幼い少年の心には耐えられない、強大な黒い感情が押し寄せる。
つらい、つらい、つらい、嫌だ、死にたい、もう、ダメだ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
心の中で紡ぐのは膨大な呪詛。
少年はそうして、消えようとしていた。
いや、別のナニカへと変わろうとしていた。
そのほうが楽だ。そうなった方が、ずっといい……二人のいない世界なんて、意味がない。
絶望し、少年はこの世界から消えようとしていた。
もう希望なんてない。生きているのが嫌だ。目を開けるのも嫌だ。音も聞きたくない。何も考えたくない。もう、もう、どうだって、いい……
だけども、希望は残されていた。まだ、希望は、残っている。
バチバチとどこからか、電気の音が聞こえる。
聞きたくないと、思いつつ、何か、聞かなければいけないような焦燥感に駆られて、その音に耳を傾ける。
『――ガッ、ギギ……あー聞こえているか? コレが動いたってことは俺たちはもういないと思う。コイツが再生されるときは、俺達に何かあったときに――ちょ、押すなよ!?』
『いいじゃないのよ! 当然あたしだって喋りたいこといっぱいあるのよ! まあ、こんなのを使う時が来ないのが一番だけどさ』
『だからお前の声は録音するつもりじゃなったんだけど……まあ、俺達がいなくなっちまう理由なんて沢山あるからなぁ…………』
『遠い目をしているところ悪いけど、大半は誰かが学生時代にやらかしたせいじゃなかったっけ?』
『ちょ、俺だけのせいじゃないだろ!?』
『だからこうしてあたしもいっしょに録音しているの!』
なんだかんだで始まる痴話喧嘩。というか、犬も食わない夫婦喧嘩。周りの人から見たらスキンシップととられるソレ。
だけども、それは少年の家で繰り広げられていたいつもの風景。
声だけだけど、それを聞くだけで少年は絶望に囚われなくなった。
少しずつ、彼の心の中に眠る思い出(希望)が呼び起こされる。
身体にひびが入るのが少しずつ遅くなる。
『まあ、なにを言いたいのかというと……あなたは生きて。あたし達の分まで』
『お前が13歳になったらコレを消すつもりだけど、もしコレを聞いちまったんなら覚えておいてくれ――いつも一緒だ。俺達はいつでも見守っている』
だから、幸せに生きてくれ……ただそれだけで俺達は幸せだから。
「ずるいよ、二人がいなかったら悲しいよ……」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
いま、死ぬのは嫌だ!
今度は正反対の意味で、再び呪詛のような言葉をつむぐ。
二人の願い、それを裏切るのだけは消えてしまうより、死ぬことよりも嫌だった。
だからこそ死ねない、死んではいけない。
言葉は同じでも、こめられた願いは違う。
だが、それだけで少年の身体に変化は起きた。
「う、うわぁアアアアアアアアアアあああああアアアアアアあああああ!?」
ひびは消えていく。ふさがるように、身体の奥へと戻るように、だが、その奥にある何かがひびを広げようとする。まるで、少年という殻を破るかのように。
少年は、壊れないように、消えないようにその絶望と戦い、ひびの奥にある何かは、少年の希望を打ち砕こうともがく。
そうして、一分にも満たないが、少年にとっては何時間にも、何日にも感じたとても長い戦いが終わった。そして――
◇◇◇
「ここが、IS学園か……」
篠ノ之束博士がインフィニット・ストラトス、通称ISを発表してから10年ほどが経った、今日この日。よくもまぁ、この短い期間で教育施設が整ったものである。
そんなことを考えながら、目の前の建物を見上げる。
表面上だが、女尊男卑も世界に浸透するのも早かった。まあ、色々な人の思惑から、そういう形になっているだけで実際はそれほど世界に大きな変化は与えていない。どこぞのウサギも涙目である。いや、女尊男卑には興味ないのか。
「ねぇー準備は出来ているけどこのまま乗り込んでいいのぉ?」
「いや、あいつらにハッキング仕掛けてもらっているから少しまってくれ」
青いフード付きのパーカーに、耳の前辺りを紐で縛っている長い金髪。そのような風体の少女がソプラノボイスで隣の少年――つまり俺に話しかけている。
俺の格好は黒いロングコート。所々に白に近い薄い水色のラインが少しだけ入っている。
「むぅ暇だよぉ……」
「なら、今回の設定を確認しておくぞ」
「うぇい」
「……覚えていないようだから丁度いいな」
そういうと、隣の少女はうろたえる。明らかに覚えていないようだった。
……そうだ、アレを決めておかないと。
「今回は、俺のことをキャノンって呼ぶんだぞ」
「またコードネームかぁ」
「そういう任務なの」
「わかったよぉ……私は?」
「んーポチ」
「私はメスだ!」
「そこは女だって言っておけよ……じゃあお前はコインな」
「なんかなぁ……合っていると思うけどさぁ」
「時間無いから分かりやすいのでいくぞ。で、今回は織斑一夏の護衛」
「……ッ」
「および、周辺の代表候補生が危険人物でない場合は彼女達の警護も含まれる。もちろん一般生徒にも注意すること」
「……ねえ、大丈夫なの?」
「…………正直、割り切れないし、悩んでいるよ。でもな、俺だってもうあんな思いをするのは嫌なんだ……それに、黙って見ないフリする方がずっと嫌だよ」
「――そっか、ならいいよ」
そこまで会話したところで、バイクのエンジン音が聞こえる。
音の方向を見ると、銀と黒のカラーリングのごついバイクに、銀色の髪をした少女が乗っている。
バイクは俺達の近くにまで来ると、ゆっくりと速度を落とし、やがて停車した。
「遅くなりました。私達のコードは?」
「そのまま前回に引き続きコスモとガイアでいいよ。また表に出てもらうことは少なくなるだろうから、お前達はしばらくの間は学園付近に近づかないでくれ。何かあったら連絡するよ」
「分かりました。御武運を」
「拠点には後で向かうからなー」
「さてさて、じゃあ件の織斑君を見に行こうか」
「まて、お前も拠点にいってろ。初日は俺だけでいい」
「じゃあなんで私もつれてきたのぉ!?」
「だって、お前道に迷うだろ?」
「……テヘペロッ」
とりあえず、一つ拳骨を落としておいた。
◇◇◇
織斑千冬は悩んでいた。無人のISに始まり、ドイツでの教え子だったラウラのISに詰まれていたVTシステム。
どうしてこうも弟の周りではトラブルばかり起こるのか。
しかも、あの弟の鈍感さがそれに加えて女性関係のトラブルを引き寄せている。
「ああ、頭が痛い」
「先輩! 護衛の人が着ました!」
「……誰の護衛だ?」
「誰って、織斑君のですよ。ただ一人の男性操縦者ですから護衛がつくことになったってこの前の会議で決まったじゃないですか。データにも残っていますよ」
「紙媒体の方は?」
「会議記録もありますね。ほら、ちゃんと」
「むぅ……覚えが無いのだが?」
よく分からないが、自分も色々な都合で学園をあけるし会議に参加していなかっただけか? だが、自分が弟のことで聞き逃すはずがない。
そう思っていたところ、件の護衛がやってきた。
「はじめまして、織斑千冬さんですね?」
「そうだが……お前が話しに聞いていた護衛か?」
「ええ、職務上顔をお見せできなくてすいません」
背丈は千冬と同程度か少し低いくらい。平均の男性よりは小さい印象がある。だが、身体をよく見ると鍛えられているのが分かった。
顔は目出しの覆面を被っているため、よく分からない。だが、目の形は何処と無くアジア系の印象を受ける。
「私達にも顔を見せられないのか?」
「はい、ですがしっかりと任務はこなします」
「……」
正直、千冬にとっては疑わしい。
自分に覚えのない決定。
そもそもデータなどいくらでも改ざんのしようがある。
だが、副担任の山田先生は会議があったという。
「まあ疑わしいのも分かりますが、そこは信じて欲しいですね」
そういうと、男はおもむろにベルトに右手を当てた。右手の中指には、大きな指輪が付いており、それが一瞬光った。
《マジックマッシュルーム》
◇◇◇
「ん、んぅ……」
「織斑先生、どうかなさったんですか?」
「ん……山田先生か?」
「お疲れのようですが、ちゃんと寝てらっしゃるのですか?」
「ああ、大丈夫だ……ただ、最近は、な」
「織斑君周辺で、こうも連続で色々起こりますからね」
「ああ……だが、護衛がつくようだし、少しは心労も減ってくれると助かるのだが…………護衛などつく予定だったか?」
「なに寝ぼけているんですか。先日の会議で決まったじゃないですか」
「ああ、そうだったな……いや、ハニートラップを仕掛けてくる輩の心配もあったからな」
「それも踏まえて、特殊部隊の男性の方に来ていただいたんじゃないですか。自由国籍の方なので、対面的にも何処の国とも接触していないことになりますし」
「周りの専用機持ちがいるから今更だがな」
いかに世界最強といえども、その変化には気がつかない。
運命の歯車は、少しずつ回りだす。