そんなことは、分かっているんだ。   作:uparu

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第3話

教室を飛び出した俺は、いつの間にか屋上に居た。

あいつのお気に入りの場所に。無意識に足が向いてしまったのか。 

 

俺はもっと強くならなければ。逃げ出してる場合じゃねぇだろ……。

間違えてしまった俺が、取り返しのつかないことをしてしまった俺が、あいつのことを土足で踏み躙ってしまった俺が逃げてどうする。全部俺の所為なんだ。あいつのためなら俺は何だって耐えなきゃならないんだ。大切な家族に対しての俺と、同じように。

 

もう絶対に間違えてはいけない。きちんと問い直さなければ。俺の答えを。

……ここは学校だ。家とは違い、俺とあいつと俺の敵が同じ場所に居る。敵は徒党を組んで俺に迫ってくる。家族への対応とは全く違う対応を迫られる。

家では隠し通すだけでよかった。小、中学校のとき俺がいじめを受けていたことは家族も知っている。でも学校でどんなに苦しくとも、学校でのその姿を家族に見られることは無かった。

小学校のとき、家で俺の怪我や壊された物などが見つかったりして何度か失敗はしたが、俺が諦めてしまってからは、家では俺が傷ついている素振りを見せることで家族を傷つけるようなことは少なかった……はずだ。あれ以来、俺は家族を傷つけないよう必死で隠していたのだから。

そして中学の時はある理由から、あからさまな怪我も、物を壊されるようなこともほぼ無かった。俺へのいじめが無くなったわけでは無かったが。

そして高校に入ってからはそもそもいじめを受けていない。高校からは、俺の所為で家族を傷つけるようなことは無かったと思っている。高校に入ってからも他人を拒絶する俺や、学校では表情の無い俺を、家族は知らないのだから。

 

そしてあいつも、俺がいじめられていた過去を知っている。俺が頑なに他人を拒絶している理由も、表情を消している理由も。そういう点においては、実際に学校での俺を見て知っているあいつは、直接学校での俺を見たことが無い家族よりも俺のことを知っていると思う。

それでも、それは本当の理由ではない。それは俺がいじめから逃れたい、いじめに遭いたくないからという理由だ。もうひとつのもっと大きな理由は、家族にも、あいつにも言っていない。

 

俺にとって俺よりも大切な人を、俺が傷つけてしまうような存在をこれ以上増やさないため。そのために俺は俺に踏み込んでくる人間を何よりも拒絶している、ということは。

 

俺が説明した通りにあいつが受け取っているのならば、俺という人間はいじめによるトラウマの所為で人付き合いを極端に恐れてしまっている、という認識が全てだろう。

あいつには友達も居る。その人たちの目もある。あいつが俺がいじめられている現場を目撃せずとも、俺がいじめを受けることをあいつに絶対に隠し通せるわけがない。俺が何をしたって、何をされたってあいつを傷つける。それでも、俺の所為であいつをいじめに巻き込むことだけは絶対に避けなければならない。あいつに取り返しのつかない傷を負わせるわけにはいかない。

 

俺が受けたような取り返しのつかない傷を。決して消えることのない傷を。

 

ならば俺の取れる手段は、ただひとつ。

あいつのことを徹底的に突き放し、俺との関係を完全に無くす。

 

俺があいつを拒絶し傷つけることで、悪意によってあいつに消えない傷が付くことを回避する。

それは俺にとって耐え難い苦痛だ。大切な人を傷つけるという選択。絶対にやりたくなかった。

けれど俺は、やらなければならない。あいつの、この先の未来のために。

そこに俺は必要無い。あいつには、心配してくれる人達がたくさん居る。俺が家族の存在に何度も救われたように、あいつにも家族が、友達が居る。あいつのことはその人たちに任せよう。

 

辿り着いた答えは、あいつに出会った時と変わらない。

けれど、決定的に違う……。本当に俺はどうしようもないバカだ……。

 

今度こそ俺は、あいつを傷つける。

 

俺を救ってくれたあいつのあの笑顔を、この先ずっと曇らせることがないように。

何度問い直しても俺の答えは変わらない。全部バカな俺の所為。

そして、現実は甘くない。俺が嫌と言うほど経験してきたことだ。

 

 

そうだ。だからこれで良いはずなんだ、これで……。

 

 

俺は決意を新たにし、寝転んで空を見上げる。今日は良い天気だ。空が高い。

薄くたなびく白い雲が映える。

あいつが好きな、ここから見える空。俺はそこに向かって手を伸ばす。

 

その秋の空はどこまでも高く、浮かぶ雲はどこまでも優しげで。

 

 

その空はどこまでもどこまでも、遠かった。

 

   

 

 

 

 

「はぁ……。」

 

空を見てたら少しだけ落ち着いてきた。

 

………てか考えてみたらさっきの俺、クラスでの罵詈雑言に耐えられず逃げ出したみたいになってません?あんなのそよ風なのに。弱味を見せたと勘違いされていじめが加速したらどうすんだ?完全にやっちまったのでは…?平塚先生も居たような……なんか俺のこと呼んでた気がする。よりによって先生の授業だったとは。確実に後で呼び出されるよな。今日はさっさと逃げよう。鞄は教室に放置。いたずらされても仕方無いということで。このまま逃げようそうしよう。

 

 

……………どうしよう。

 

 

どっ、どどどどうすれば、どうすんだよオレ!どうすんのこの先?動揺してる場合じゃねえのに!

よく考えなくてもメチャクチャ恥ずかしいことしてんじゃねーか!なんでいきなり走って逃げちゃったの?そうだよ!連れ戻すのをあの人に頼まれたとはいえ、そのやり方を間違えて相模に酷いこと言った!だってあの時はそうしないと後で話しかけられたりして困ると思ったんだもん!相模が俺の言葉で傷ついてる姿を見てるのが辛くなっちゃったんだもん!体育館では自分の為に先生を利用して傷つけるようなことも言っちゃったんだよ?2人とも同じクラスに居るんだよ?先生、担任だよ?なのに今さらどこからどう見たって罵詈雑言に耐えられなくなって逃げたとしか考えられないマネを……バカじゃねーの?バーカバーカ!メチャクチャ目立ってんじゃねーか!ステルスヒッキー(笑)だよ!死にたい!死にたいよおおぉ!学校辞めたいよおおぉ!辞めさせてくれええぇ!

……いや、死なないけどね?「お兄ちゃん死んじゃうの?じゃあ小町も死んじゃう!」とか言いそうで怖いし。死んでも学校辞めても親が悲しむし。「じゃあ小町も学校辞めるからずっと一緒に家に居よ?お兄ちゃん!」とか本気で言いそうで怖いし。……あれ?それ最高じゃね?ずっと小町と一緒とか天国だな!よし、辞めよう。

………いや、や、辞めないけどね?トリップしてたわ。退学届け貰いに行こうとしてたわ。屋上の扉のノブに手を掛けてたわ。スーパーブラコン恐るべし。スーパーブラコンって性能良さそうなPCみたいだな。マイナスイオンとか出てそう。千葉の兄妹にツンは不要。ただひたすらにデレるのみ。ふっ……勝った。

 

俺は自分のテンションがぶっ壊れていることを、何となく自覚していた。学校でこんなことになったのは当然初めてのことだ。いじめを受けていなかった高校での平和な年月は、ここまで俺を弱くしてしまっていたのか……。学校に居る間、常に気を張り警戒していた小中学校の頃から一変した、安息の日々。俺にとっては文字通り、世界が変わったくらいの変化だ。俺は表情こそ取り繕ってはいたが、敵の居ないその環境はいつの間にか俺の強固で揺るぎなかった仮面を内側から、薄っぺらいものに変えてしまっていたようだ。家での俺との境界が近付き、だから学校での俺に感情の爆発なんてことが起き、さらには公衆の面前で走って逃げるなんてことまでやってしまったのか……?

 

いや、違うな。それこそ取り繕っている。この思考を否定する俺が居る。だけどそれは……。

俺はその思考を頭から追い出した。これ以上、考えてはいけない……。

 

……ただでさえ俺は今、あいつのことで精一杯だ。そこにきて恥ずかしすぎる今の俺の立場を自覚してしまった。脳がオーバーヒートしてしまったかのように、何も考えられなくなってしまっている……そういうことなんだ。

今の俺は、家やあいつと2人っきりで居る時の、素の俺だ。学校での俺がいつもしているはずの、表情を消すなんてことは出来ていないことを自覚している。こんなところを学校の誰かに見られたら終わりだ。黒歴史現在進行形の俺を。でもしばらく学校八幡モードには戻せません。時間を下さい。ちなみに俺は今、屋上の日の当たらない冷たい壁際で俯いて体育座りをしています。これなら顔を見られず安心。俺に相応しい場所だ。俺はゴミだゴミいちゃんだ……。産まれてきてごめんなさい。…嘘ですごめんなさい父ちゃん母ちゃん小町。 

 

はぁ……。今日の晩御飯、何かなあ。

小町にハンバーグ、作ってもらおうかな……。 そういや、あいつもハンバーグ好きって言ってたな。お子様かよ!……あ、俺もだった。

はぁ。現実逃避、楽しいな……。

 

あいつがこの時間に居る場所は決まっている。ちょっと屋上借りてるよ。ごめんな。

ほんとに、ごめん。 

もう2人でここに来れないんだなぁ。ダメだ。また泣きそう……。

 

 

「アンタ……大丈夫?」

 

 

不意に頭の上から降る声。反射的に顔を上げる。

死角になっていた給水塔の上、そこに一人の女子生徒が居た。

 

「アンタ、なんかさっき泣い……ね、寝っ転がったり赤くなったり頭抱えてゴロゴロしたり、ニヤニヤした後校舎に戻るのかと思ったら戻ってきてシュンとしたりしてたけど…大丈夫?」

 

「……………。」

 

「………。ちょっとアンタ、ホントに大丈夫なの?もしかして、頭打ったりしてない?」

 

梯子を使って給水塔から降りてくる彼女。……あ、パンツ見えた。黒!レース!

 

「ねえ、聞こえてんの?……保健室、行く?」

 

彼女の気遣いを含んだ声音に反応した俺は、ようやく再起動した。

 

「くろのれーす……あ、いやその……ほ、ほ、ほけんしつはちょっと」

 

再起動に失敗しました。こりゃ買い替えだな。誰かこの中古ノートPC、買ってくれないかな……。名前はHK-80000。通称ヒッキーハチマン。すぐフリーズするしカメラレンズ曇ってるし音もまともに出ないけど。バッテリーもすぐ切れるからお家で常時電源接続推奨。おまけにキモいし。キモいノートPC、そんなのあんのかな。需要あるかもなあ。ストレス解消に破壊するとか。フヒ。

 

「は?くろ……?何言ってんの?ホントに頭打ったの?もういいからホラ、行くよ!」

 

本日2度目の現実逃避はネガティブすぎて俺は脱力していた。

そのせいで俺は、何の抵抗も出来ずにいきなり彼女に手を引かれてしまった。

 

「ちょ……」

 

「いいから早く!やっぱりおかしいよアンタ。ほんとに大丈夫なの?」

 

彼女になすがままにされ、屋上から校舎に戻り保健室に連れて行かれる俺だった。はあ……。なんか知らんけど心配かけたのか。ほんと、普段ならありえねぇわ……ほんと弱ってるんだな。俺。

 

「フラフラすんな!ちゃんと歩きな!まったく……。なにがあったらああなるのさ……ずっと居られたらあたしが降りられないでしょ。その上あんな苦しそうな顔あたしに見せるし。見てしまったのはあたしだけどさ。まったくいい迷惑だよ。はぁ……」

 

何かブツブツ言いながら俺の腕をグイグイ引っ張っていく謎のお姉さん。怒ってますね、これ。それにしてもメチャクチャ握力強いなこの人。何なの?類人猿なの?逃げたいんですけど?痛いんですけど?俺は抗議の視線を向けた。

 

「アンタ今、失礼なこと考えてたでしょ」

 

睨まれた。目元に泣きぼくろ。わー美人さんだなー……めっちゃコワい。しかもエスパーだった。あと1秒目を合わせてたら確実に殺られていた。ダメだ、絶対に逆らえない。逆らったら殺される……。

 

てか、このタイミングでか……いやホントにまだ何にも考えてないんです……。

保健室だけは、保健室だけはダメなんです。絶対に絶対にダメなんです……。

 

「あ、ありがとうございましゅ……」

 

そんな願いも空しく、あれよあれよという間に保健室のベッドに寝かされた俺。なんだこれ。ほんと、なんだこれ。

 

「いいよ気にしないで。………お大事に。じゃ、ごゆっくり」

 

彼女はそう言って保健室を出て行ってしまった。俺は壁側に向き寝たフリをする。

面倒見がいい人だったなあ。なんであんなに優しいんだ。あんたは俺の姉ちゃんか。あ、でもあの人もサボってたんだよな。やっぱり怖い人だったのか?睨まれたときヤバかったもんな。誰かは知らないけど俺のこと知らないんだろなー……知ってたら、こんなことしてくれないだろうし。

 

………ってかバッチリ全部一部始終、見られてたんじゃねーか!ふふふ……俺の道化っぷりは、お気に召されましたかね?(白目)恥ずか死ぬ!死んじゃう!

こうして俺の黒歴史にまた新たなる1ページが刻ま…… 

 

「………で?八幡?何やってんの?絶対病気じゃないよね?それ」

 

あーあ、もうムリ………いやまだだ!まだ寝れる!まだ終わらんよ!

 

「ふーん。そうゆうことするんだ。あっそ。そうだよね。あんなに素敵な人に手を引かれて保健室に来るんだもん。さっきの川崎さんだよね?ぼく、ジャマだったよね。その……ゴメンね?」

 

終わった。いや、知ってたけどね?俺、終了。俺は観念して向き直る。 

 

「………あー、いや、その、なんだ……居たんか戸塚」

 

「いたよ!いつもいるよ!知ってるくせにひどいよ八幡!」

 

 

俺の、家族以外で初めてできた大切な人。戸塚彩加。

 

 

 

俺を、救ってくれた人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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