「ちぃっ! ついにイカサマがバレましたか!」
月の照らす繁華街を、銀髪の少女は走っていた。
「追え!」「逃げるな、この野郎!」「いい加減に観念しろ!」
「うるせえですね! あなた達だってしっかりイカサマしてたじゃないですか! 自分のことを棚に上げないでください!」
少女は、後ろから追ってくる男たちを手慣れた動きで撒いていく。
機敏な動きではあるが、時々動きがもたつく。それは、体にまとわりつく物が原因だった。
「というかなんですかこのエコーの数! もう毛玉みたいになってますよこれ!」
彼女の体には、イタチに似た小動物が何十匹もしがみついていた。
この生き物は、"変化"の力を持った幻獣・エコー。
本来は人に隠れて森で静かに生きる幻獣である。
だが、ここにいるエコーたちは、カジノでイカサマの道具に使われていた。彼らは子供のエコーを捕まえられ、無理矢理言うことを聞かされていたのだった。
「まったく、許せませんね! エコーの力をイカサマ道具に使うなんて! ねえナスト?」
自身の使い魔に問いかけるが、白毛のエコーはジトっとした視線で主人を睨んでいる。
こんなことを言ってはいるが、この少女もまた、つい先ほどまで自分の使い魔でボロ儲けをしようと企んでいたのだった。
「もう……魔法が使えないと不便ですね、本当に!」
本来、風を極めたスクウェアメイジの彼女なら、この程度の相手から逃げるのは容易い。
だが、今は魔法を使うための杖が無い。カジノへ入る時に預けてしまっていたのだ。
「ああもう、杖の無い僕なんてただの可愛い女の子じゃないですか! ていうかエコーの皆さん! 走りづらいのでカードか何かに化けてください! ほら、ポケットに入って……って、やっ、こら、違います! どこに入ってるんですか、ばか!」
胸元に入り込んだ子供のエコーをポケットに突っ込み、路地を駆け抜ける少女。角を曲がって追っ手を振り切ろうとするが、すぐに追いつかれてしまう。
「喰らいやがれ!」
そんな彼女の背中へと、一本のナイフが飛んだ。
ばっ、と夜の街に赤いものが飛び散る。
悲鳴を上げて、少女は路地に倒れ込んだ。握り込んだカードの束が路地へと散らばる。
「くそっ、手こずらせやがって……」
「い、いいのか? 殺しちまったぞ」
「はっ、どうせこいつも札付きだろ。メイジっつっても杖がなきゃ俺たちと変わんねえな。さっさとエコーを回収しろ。逃しちまったら事だ」
カードを拾おうとする男たち。
しかし、そこで一陣の風が吹いた。
「しまっ……おい、集めろ!」
「ああ、くそ! こんな時に!」
男たちがカードを求めて走り去る。
「……。……まあ、そっちはただの紙切れなんですけどね」
無人になった路地で、倒れていた少女がむくりと起き上がった。
ポケットに入れていた手には、預けたはずの杖が握られている。
『エア・シールド』に突き刺さったナイフが背中から落ち、懐からは色付き水の入った容器が覗く。
「ありがとうございました、ちびちゃん」
自分の杖を持ってきた子供のエコーへと礼を言う少女。
腐っても、五万の軍勢から逃げおおせた風メイジ。この程度でどうにかなるはずもない。
前世の記憶を持つ少女は、今日も自由にハルケギニアを生きていたのだった。
この銀髪の少女――ルシィ・アメイニアスは、異世界よりの転生者である。
前世は少年、今世は美少女。
自分の可愛らしさにナルシストをこじらせた、元男子高校生にして元伯爵令嬢。
第二の生を自由に生きる転生者は、助けたエコーを連れ、彼らを宿の一室へと案内する。
そして、周囲を何匹ものエコーに囲まれながら、静かにこう呟いた。
「完成しましたね、楽園が」
そう、自分の姿に化けさせた、何匹ものエコーに囲まれながら。
エコー達は首を傾げつつも、ルシィの前でぎこちなく傅く。
王者のごとく部屋の中心に座すルシィは、二度の人生の中でも最上に近い至福を味わっていた。
本来なら人に化けることは出来ないエコーだが、ルシィの魔法による補助を受けた今は違う。
これまでなら少し動いただけで解けてしまったルシィの魔法も、スクウェアになった今では相応に洗練されたものになっていた。才人達と別れた後も、魔法の修練はしっかり続けているのである。
「すいませんね才人。先に理想の異世界美少女ハーレムを作ってしまって……。どうやらハルケギニアの主人公は僕だったみたいです、ごめんなさい」
腹が立つほどに余裕綽々な彼女の前では、様々な姿のルシィが佇んでいた。
二十歳程度の大人なルシィ。十歳程度の幼いルシィ。耳の長いエルフルシィ。ケモミミ生やした獣人ルシィ。
傍から見ればまるで姉妹のような少女達が、様々な格好でルシィの周囲を囲んでいる。
何人ものルシィに囲まれてご満悦なルシィであったが、ふと、メイド服を着たルシィに視線をやり、天井を仰ぐ。
「そういえば、うちの実家の人たち、大丈夫でしょうか」
ルシィは、元々ジョンキーユ伯爵家の令嬢である。公的には先のアルビオンの攻城戦で死亡したことになっているため、ここにいるルシィに貴族としての立場は無い。
が、それで彼女の残したものが何もかも消えるわけではないのだ。
「ジョンキーユ伯爵はともかく、使用人の人たちには一言挨拶しておいた方がいいかもしれませんね」
よし、と呟き、ルシィは立ち上がる。
「ありがとうございます、エコーのみんな。名残惜しいですが、そろそろ行きましょうか。元の住処まで案内します。もう捕まっちゃダメですよ」
澄んだ高い声でエコー達が鳴く。
ルシィはそれを聞いて、満足気に部屋を出ていった。
そういうわけで、ルシィは久々にトリステイン王国へと帰ってきていた。
現在、彼女は首都トリスタニアに滞在している。
ジョンキーユの領地はトリスタニアからそう遠いわけではないのだが、トリスタニアに着いた時点で路銀が心もとなくなってしまったのだ。
現在のルシィは日銭を稼ぐためにトリスタニアの店で勤務中である。ジョンキーユ領は賃金が低いため、ここで稼いでおいた方が効率が良いのだった。
東方から輸入したという『お茶』を出す『カッフェ』で「ウェイトレス衣装を着たルシィちゃんというのもありですね……」など呟くルシィに、店の店長が話しかける。
「いやあ、助かったよルシィちゃん。最近は人手不足でね」
「いえいえ、こちらこそ」
「『お茶』に合うお菓子や料理も教えてくれたし、本当に感謝しているよ」
「こう見えて結構物知りなんですよ、僕」
「そうだねえ。物腰もなんだか気品があるし……もしかして、魔法学院の生徒さんだったりするのかい?」
「まさかあ。貴族のお嬢さまがウェイトレスするわけないじゃないですか」
「それもそうだね」
店長は懐から給料袋を取り出す。
三つの袋をルシィ『達』へと手渡しながら、店長は言う。
「はい、じゃあ今日の日当……『三人分』ね」
「わーい!」
「ありがとうございます!」
「嬉しいです!」
「ここまでそっくりな三つ子ってのも珍しいなあ。明日もよろしく頼むよ」
ひらひらと手を振る店長と別れ、人気の無い場所で『風の偏在』を解除する。
あれから二体出せるようになった分身が消え、路地で一人になったルシィ。
雨音だけが鳴るトリスタニアの細い街路で、少女はふっと口元を緩めてこう言った。
「チョロいですね、ハルケギニア」
一人で三倍の給料を得ているわけだが、卑怯などと言ってはならない。
ルシィは確かに三人分働いているのだから。
こういう時、一人であることをバラすと何故か給料も一人分になるのが社会の理不尽なところである。
「前世の知識を使えば、もっと簡単に稼げるんでしょうけど……アウトローな身分だと、中々難しいですよね。こっちの方が気楽なので構いませんけど」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、雨降るトリスタニアを歩いていくルシィ。
商売のネタになる知識をまとめたメモ帳なども懐に入ってはいるが、このままでは当分使う機会もなさそうだった。
と、そこで……。
「あれ?」
ちらりと、狭い路地に入っていく男女の影。
片方は、ルシィの尊敬する同じ世界出身の少年、平賀才人。
そしてもう片方は、まるで市井の町娘のような格好をした、ラ・ヴァリエールの公爵令嬢、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。
ルシィは「なんでお嬢様のルイズがあんな格好で街を歩いているのだろう」と自分のことを棚に上げて首を傾げる。
が、才人と一緒にいる姿を見てすぐにピンときた。
そう、二人は今、デートをしているのだ。
「やるじゃないですか、才人……」
ルシィは友を称え、その場を去る。
久しぶりに話したいことはあったが、二人の邪魔をするのは悪い。ルシィだって、分身と偏在デートしている時にナンパされたら衝動的に『ウィンド・ブレイク』を放ちそうになる。
ここは機会を改めよう。どうせなら、彼らとはもっと劇的に再会したい。
そう思いつつ、チクトンネ街の宿へと向かう。
いつまでも雨の中に居たくはないし、下手に知り合いと出くわすのも困る。『フェイス・チェンジ』で顔を多少変えてはいるが、スペルを維持し続けるのもそれなりに疲れるのだ。
しかし、角を曲がろうとしたルシィは、飛び出してきた男に突き飛ばされ、水たまりの中に尻もちをついた。
「痛っ……! ちょっと、何するんですか!」
「黙れ! 貴族の道を塞ぐな、平民風情が!」
バチャバチャと水音を立て、慌てて去っていく貴族の男。
その後ろ姿を見て、ルシィははっと息を漏らした。
「ジョンキーユ、伯爵……?」
ルシィの今世における父親である。
領地から離れ、トリスタニアで一体何をしているのか……疑問に思うルシィの後ろで、這いずるような音が響いた。
「まだだ……まだ、倒さねばならぬ」
振り向くルシィ。
そこにいたのは、ボロボロになった短髪の女剣士であった。
剣士は朦朧としたような声で、絞り出すようにルシィへと話しかけていた。
「そこの、誰か……ヤツを、追ってくれ……。私の、銃士隊に連絡を……」
「だ、大丈夫ですかお姉さん!? ひどい火傷……」
「頼む、ジョンキーユを……あの裏切り者を逃がすわけには……」
がくりと崩れ落ちる女剣士。
ルシィは突然のことに狼狽えつつも、カッフェの店長に女剣士を預け、雨降る街を駆け出した。
「おのれ! リッシュモンめ、あんな剣士ごときに倒されおって……!」
悪態をつきながら、ジョンキーユ伯爵は逃げていた。
売国の陰謀を企てていた高等法院長、リッシュモン。
彼に協力していたジョンキーユ伯爵だったが、女王アンリエッタの仕組んだ策により、リッシュモンとともに追い詰められてしまったのだ。
「秘密の通路が知られてしまったこの状況で、どうやってアルビオンに亡命すればいいのだ……くそっ!」
息を切らしながら、狭い路地を進んでいくジョンキーユ。
しかし、そこでは彼の行く先を塞ぐように一組の男女が言い合いをしていた。
「だから! どうしてあんたの首筋に姫さまの香水がついてるのよ!」
「いや、それは……ほら、寝てる時に寝返り打って、顔近づいて、みたいな」
「いいわ、もう。体に聞くから」
「待てって、いや、爆発はダメだって」
ジョンキーユは苛立ちとともに罵声を吐き出す。
「どけ! 私は貴族だぞ!」
直後、ルイズの杖が振られた。
才人は咄嗟に屈んでかわしたが、その後ろで巻き起こった爆発は伯爵を軽々と吹き飛ばした。
「ぐわああぁッ!?」
ゴロンゴロンと路地を出て、大通りまで転がっていくジョンキーユ。
男女の二人組は、それに気づくこともなくぎゃあぎゃあと痴話喧嘩を続けている。
「な、なんだあの魔法は……!?」
通行人が遠巻きに彼を見る中、ジョンキーユはふらつきながらもどうにか立ち上がる。
その背後で、ぱしゃりと水を跳ねさせる足音が響いた。
「馬鹿な……き、貴様……」
リッシュモンの魔法を受けたはずの女剣士が、しっかりとした足取りでジョンキーユ伯爵を追ってきていた。
ジョンキーユは慌てて、近くにいた町娘に杖を突きつける。
「来るな! 少しでも動いてみろ、私のスペルがこの娘を撃ち抜くぞ!」
「ほう」
「アルビオン行きの船を用意しろ! 人質の命が惜しければな!」
「そうか。で、その人質というのはどこにいる?」
ジョンキーユ伯爵は手元を見る。いつの間にか、人質の少女が消えていた。
おかしい、確かに自分は娘の腕を握っていたはずだ。あの銀髪の少女はどこに行ったのだ?
「貴族としても父親としても失格ですね、ジョンキーユ伯爵」
女剣士が、呆れたようにそう言って――呆気にとられた伯爵のこめかみを、剣の柄で打ち抜いた。
「素晴らしいですわね、アニエス。まさかメイジを二人も成敗するだなんて」
「いえ、私はリッシュモンを倒した後に、気を失ったはずなのですが……」
「あなたがジョンキーユを倒すところを、何人もの通行人が見ているのですよ? 気を失っても使命を果たす意思の強さ……あなたは、英雄と呼ぶにふさわしい騎士です」
アンリエッタとアニエスが喋りながら酒場を出ていく。
「行ったな」
「そうね。で、サイト、とりあえずここに座って?」
それを見送ったルイズは、早速才人への尋問を再開することにした。そう、『姫さまとキスした疑惑』への追求である。
この使い魔は、ただお仕置きするだけじゃ口を割らない。一度おだててやって、口を軽くせねば……と、ルイズが酒場で覚えたテクニックを活用しようとした時、一人の女性客が入ってきた。
「サイトさんにラ・ヴァリエールさま。お久しぶりです」
「あれ? あなた……ジョンキーユ家の」
「ええ、メイド長です」
綺麗に頭を下げるメイド服の女性。
才人は頭を掻きながら、彼女に対して話しかける。
「その……伯爵が捕まったのには、なんて言ったらいいかわかんないけど……」
「気にしないでくださいませ。これを機会に、使用人一同で商売を始めることにしましたので」
「え、そうなんですか?」
「はい。色々と案がありまして……今は『ばーがーしょっぷ』という飲食店を開くのが候補の一つです」
ルイズは「ヘンな名前ね」と返したが、才人はぱちくりと眼を瞬かせた。
メイド長はくすりと笑い、二人に言う。
「ひどいですね、お二方。知っていたなら、教えてくださればよかったのに」
「え? あ、もしかして……」
「良いのですよ。事情があるのは分かっていますから」
気まずそうに視線を逸らす二人に向けて、メイド長は楽しげに話す。
「誰からとは言いませんが、お二人に伝言です。ヴァリエールさまには、『才人と仲良くしてくださいね』と」
「う……」
足と爆発をお見舞いしてやろうと思っていたルイズは、苦々しげにうめきを漏らす。
ほっとする才人に、メイド長は続ける。
「才人さんには『ルイズを大事にしなきゃダメですよ。もし浮気とかしたら、ちゃんと殴られなきゃダメですよ』と」
「えっ」
「それでは」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいメイドさん! 他に何か無いんですか!?」
トリスタニアの休日を、真っ白な閃光が彩った。