TS転生者は『偏在』したい【完結】   作:潮井イタチ

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02_木霊の幻獣

 何か、少年の絶叫のような声が聞こえて、ルシィは目を覚ました。

 

「……真夜中に起きてしまったんですが」

 

 むくりとベッドから身体を起こす。見れば、使い魔であるナストも目を覚ましてしまったらしい。青い目をぱちくりと瞬かせながら、周囲をきょろきょろと見渡していた。

 早寝をしたおかげで眠くはないが、流石にこの時間に起きるというのは早すぎる。

 暗い部屋の中、ルシィは夜空に浮かぶ月を見た。赤と青、二つの月である。

 この月を素直に綺麗だと思えるようになってから、五年が経った。未だに前世の記憶はルシィの心に完全な形で残っているが、それでもこのハルケギニアで生きることを受け入れられる程度には、ルシィも精神的に成長していたのだった。

 

 ルシィはなんだか寝直す気分でもなくなってしまい、部屋の明かりをつけた。寝直すつもりだったナストは小さくうめくような鳴き声をあげたが、ルシィに木の実を渡されて機嫌を直した。

 こんな深夜では、さして出来ることもない。ルシィはどうやって暇を潰すか悩むものの、彼女のする暇潰しといえばたった二つだけしかない。

 

 すなわち、魔法の修行と、自分(ルシィ)を愛でることである。

 

「せっかくですし、どっちもやりましょうか」

 

 ルシィは杖を構えた。

 当然、攻撃魔法を放つつもりなどない。今から唱えるのは、この五年で編み出したルシィ独自の魔法である。

 精神力を込め、呪文を詠唱する。そして唱え終わると同時、陽炎が揺らめくようにしてルシィの目の前にルシィの姿が現れた。

 それは『偏在』ではない。この魔法で現れたもうひとりのルシィは形ある分身ではなく、ただ空気を歪めて生み出された幻である。

 これは風属性の『遠見』を改良して作った魔法で、ルシィが『鏡』の二つ名を得る由来となる魔法でもあった。

 

「うへへぇ……」

 

 ルシィはルシィの姿を眺め、やっぱり可愛いなあ、と顔をだらしなくほころばせる。しかしそんな締まりのない表情でさえ愛らしいのだから、美少女というのはなんとも得なものであった。

 

 ルシィは幻を眺めながら、ぐるりと部屋の中を回る。この『鏡』の魔法は本物の鏡と違い、三百六十度どこからでも自分の姿を眺めることが出来る。その上、本体と違う姿勢を取らせることさえ出来るのだ。自分の姿を見るにはこれ以上無く便利な魔法であった。しかし――

 

「……おっと」

 

 思わず幻に指先を触れてしまうルシィ。瞬間、幻は崩れ、消滅した。

 この魔法の欠点を言うならば、幻がただひたすらに脆いことだった。話に聞く『偏在』の分身とは比べ物にもならない強度の低さ。『偏在』と違って幻が自律的に動くことも出来ず、魔法を撃つことなど当然不可能。自分(ルシィ)と触れ合いたいルシィとしては、甚だ不満な代物であった。

 

「ナスト、ナスト。久しぶりに手伝ってくれませんか?」

 

 青い目の小動物が面倒くさそうに首をもたげる。使い魔は呆れたような仕草で木の実を呑み込み、しかし主人の求めに応じて部屋の中心に移動した。

 小さく鳴き声を上げるナスト。精霊に呼びかけんとする、澄んだ高い鳴き声。

 

 エコーが持つ先住の魔法が体を歪ませ、おぼろげな人型へとその形を変じさせた。

 見ようによってはルシィと言えなくもない姿だが、それはぐらぐらとゆらめき、どうにも不安定である。これならば先ほどの『鏡』の魔法の方がまだマシという有様。

 

「慣れてくれば上手く化けれるかと思いましたけど、そうそう上手くはいきませんよね……」

 

 そも、エコーの"変化"は無生物に化けるのが専門であるため、人に変身した際の完成度が低いのは仕方が無い。完全に人間に化けようとするならば、それこそ風韻竜並の高度な幻獣でなければ無理という話だった。

 

 ルシィはむぅと口元を歪め、また別の魔法を唱える。

 風の二乗に水を足した合成魔法。人間の顔を変えるスクウェアスペル、『フェイス・チェンジ』。それを彼女なりにデチューンし、トライアングルスペルへと調整した魔法だった。

 

 詠唱が完了し、揺らめいていたルシィの姿が安定する。

 現れたのはルシィとそっくりな少女の姿。煌めく銀髪のサイドテールに、空色の瞳持つ美しいかんばせ、スレンダーでしなやかな肢体。表情だけはどこか胡乱げだが、それもまた新鮮だとルシィは胸は高鳴らせた。

 

「よしよし……! ナスト、動いてみてください、ゆっくりですよ、ゆっくり。魔法が解けたら困りますから……あっ、可愛……オーケーオーケー、そのまま笑ってください、僕に笑いかけてください、ほら、ニコーって!」

 

 ナストは懸命に変身を維持しながら、曖昧な笑みを浮かべる。その笑顔にルシィは心臓を打ち抜かれ、黄色い声を上げて目の前の自分に飛びついた。

 

「ああっ、僕のルシィ! やっぱり可愛いよルシィ! ルシィルシィルシィぅううわぁああ――って、ありゃ」

 

 いつの間にか魔法は解け、ルシィはイタチの顔に頬ずりしていた。

 

「でもナストも可愛いですよ、ルシィの次に」

 

 ルシィはそのままナストへと頬ずりする。

 主人の言い分に呆れるナストだが、何だかんだで使い魔はご主人様のことが好きなもの。可愛がられる分にはまあまんざらでもないのであった。

 

 

 


 

 

 

 そしてようやく日が昇り、朝。

 ルシィは身だしなみをばっちりと決め、トリステイン魔法学院の制服を身に纏っていた。

 

「ナスト、おいで」

 

 自身の使い魔に呼びかける。

 ナストはルシィの首元へと飛び込み、"変化"した。青い目の小動物が美しい繕いのマフラーへと変わり、少女の首へと優しく巻き付く。

 

 ルシィは『サモン・サーヴァント』でナストを召喚してからというもの、時折その姿を様々なアクセサリーに変え、好んで自身に身に着けるようになった。

 ナストの方もこれには乗り気で、貴族でも手に入れられないような素晴らしい装飾品に姿を変え、ルシィを度々喜ばせる。そんな彼女らの最近のお気に入りが、この鮮やかな寒色のマフラーであった。

 

 部屋を出て校舎に向かうルシィ。他の生徒達が「ミス・ジョンキーユが日毎に身につけているあの装飾の数々は、一体どこから来ているのだろう」と不思議そうに噂するのを聞きながら、まだ人の少ない教室へと歩いていった。

 

 教室に入ったルシィは、おや、と軽く眉を上げる。まだ早い時間であるというのに、教室には青い髪と瞳を持つ小柄な少女がいた。ルシィの級友の、『雪風』のタバサである。

 ルシィはタバサを見て、ううむと唸る。微妙にロリコンであるルシィにとって、タバサの外見は非常に好みな部類に入る。入学直後、彼女の読書中に「タバサは幼女みたいで可愛いね」と言って、魔法で勢いよくぶっ飛ばされたのはひどく記憶に残る思い出だった。

 

 今では反省しているルシィであるが、それはそれとしてタバサは可愛い。風系統のトライアングルメイジという共通点もあって、勝手に親近感を感じてもいるルシィであった。

 ルシィは少女の横顔をじっと眺めていたが、次第にその読んでいる本へと興味が映り始めた。

 タイトルは『古代の魔道具』。その一ページに、スキルニルなる魔法の人形のことが記されていた。過去の魔法使いが作った小魔法人形(アルヴィー)で、人間の血を与えるとその人間そっくりになるらしい。

 

 ルシィにとってはなんとも興味深い話だった。もしこれから先どうしても『偏在』が覚えられなければ、なんとしてでもスキルニルを手に入れることにしようと心に決めた。

 

 タバサがページを進めてしまったので、彼女から離れ、自分の席へと向かう。

 手鏡に自分を映しながら、席について授業が始まるのを待つルシィ。クラスメイトが次々と集まってくる中、ピンクブロンドの少女が教室にやってきた。ルシィの級友、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールである。

 彼女は十六歳にしては多少小柄であるものの、顔の造形に関して非常に整っている。それこそ天下に冠する美少女と言って差し支えない美しさだった。

 自分に絶対の自信を持つルシィだが、悔しいことにルイズに対しては自分と互角、否、互角以上に美しいと認めざるを得なかった。ルイズはちっちゃくて可愛いので仕方がなかった。

 

 そんなルイズが教室に現れたのを見て、級友ともどもルシィは目を丸くした。なにやら、ボロ切れのようなものを、鎖につないで引きずって入ってきたからだ。

 

「あなた、何を引きずっているの?」

「使い魔よ」

 

 『香水』のモンモランシーに問われ、答えるルイズ。

 大きく腫れ上がった顔と、こびりついた血で原型を留めていないが、それは確かに彼女の使い魔――平賀才人と呼ばれる物体だった。首と両手首に鎖を巻きつけられ、まるでゴミ袋のようにルイズに引きずられているのであった。

 

 ルシィは可哀想に、とひどく同情した。

 名前から分かる通り、平賀才人は前世のルシィと同じ世界の住人、地球出身の日本人である。なぜか春の使い魔召喚でルイズに召喚されてしまい、ルイズの使い魔としてこのハルケギニアで過ごすことを余儀なくされているのだ。

 

「やめてあげてください、ルイズ」

 

 ルシィはルイズを窘めた。

 自分を知る者が誰もいない、全く違う世界に迷い込んでしまうつらさは身に沁みて知っている。彼女から見て、才人はとてもよく頑張っていた。自分のように泣きわめきもせず、文句を言いつつもこのハルケギニアでどうにか生活しているのだ。こんな風に痛めつけられる謂れは無いと、非難がましい目でルイズを睨む。何やら威圧感のある視線に、ルイズはうっと怯んでしまった。

 

「才人が何をしたのか知りませんが、こんな乱暴はあんまりです。待っててください、今『治癒』で治してあげますから」

 

 ルシィは才人の頭を撫で、微笑んだ。同郷の人間に対するよしみである。

 

「才人は頑張ってますよ、偉いですね。安心していいですよ、僕は君の味方ですから」

 

 優しい声で才人を励ますルシィ。才人は、彼女の『治癒』で身が癒えていく感覚も相まって、「この子、俺のことが好きなんじゃなかろうか」と疑った。否、疑ったのは一瞬で、次の瞬間には確信した。才人を見るルシィの目があまりにも優しかったからだ。

 こりゃ絶対に俺にほの字だ。昨日の夜にルイズに抱きついた時は勘違いだったが、今度こそは間違いない。才人は勢いよく鎖を振りほどいてルシィに抱きつき、頬をぐりぐりと擦り寄せた。全く惚れてなどいないルシィは悲鳴を上げた。ついでに、マフラーとして一緒に巻き込まれたナストも密かに鳴き声を上げた。

 

「何すんだテメェ!」

 

 次の瞬間には淑女らしからぬ罵声とともにグーで才人をぶん殴り、追撃とばかりに弱めのウィンド・ブレイクで才人を教室の端までぶっ飛ばす。

 怒りで顔を真っ赤にする元男の銀髪少女。才人には同情するが、男に抱きつかれ、あげく頬まで擦り寄せられる趣味など無いのだ。愛しのルシィに触れていいのは自分(ルシィ)ただ一人なのである。

 

 ルイズは冷え切った目で才人を見ながらルシィに言う。

 

「このバカ犬、昨日も私のベッドに忍び込んで、同じことをしたのよ、ルシィ」

「最低ですね。もう檻にでも閉じ込めておけばいいんじゃないでしょうか」

 

 どこの異世界であろうが、強姦を許容する法は無いのだ。ルシィはふんと顔を逸し、席につく。昨夜に続いてまたも同じ失敗をした才人は、がっくりと項垂れて落ち込むのだった。

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