TS転生者は『偏在』したい【完結】   作:潮井イタチ

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05_望郷の銀月

 ラ・ロシェールで一番上等な宿に泊まることになったルシィ達。

 アルビオンへの船は明後日にならないと出ないらしい。二つの月が重なる夜、『スヴェル』の翌日が、アルビオンがラ・ロシェールに最も近づく日だからだ。才人はそんなワルドの説明に首を傾げていたが、ルシィはもう彼に説明する余裕もないぐらいにくたくただった。

 

「さて、今日はもう寝よう。部屋を取った」

 

 ワルドが鍵を机の上に置く。三本。七人いるし、一組だけ三人部屋だな、とルシィは思った。まあ、男女で同じ部屋にするわけにはいかないし、男組が三人部屋になるのだろうが……。

 

「ルシィとタバサ、キュルケが三人部屋。サイトとギーシュが相部屋。僕とルイズが同室だ」

 

 このお兄さんめちゃくちゃ攻めに行くな、とルシィは思った。

 

「婚約者だからな。当然だろう?」

「それでも、嫁入り前の娘ですよ。ワルド様」

 

 流石にどうかと思い、ルシィは窘めた。いくら婚約者とはいえ、正式な婚姻の前に同衾するのは問題だ。それが貴族となればなおさらのことだ。

 ルイズも恥じらってルシィの言葉に同意し、才人もそうだそうだと無言で主張する。

 

「大事な話があるんだ、二人きりで話したい」

「ですが……」

「すまない、この旅の間は目を瞑ってくれ。何なら、この任務が終わった後、いや、明日にでもきみとの時間を取ろう」

 

 やきもち焼いてるとでも思われたのかと、ルシィは渋い顔になる。

 が、彼女としてはもうさっさと寝たかったし、時間を教導に割いてくれるなら悪いことではない。面倒になったのでそこで折れておくことにした。

 

「何よ、ルシィ。なんだかんだ言って、あんたもああいう男が好みなんじゃない」

「そんなんじゃないですよ」

 

 キュルケに茶化され、反論するルシィ。

 もしかしてルイズにも勘違いされちゃったかな、と彼女の方を振り向く。

 ルシィには全然そんな気がなくても、他の女に婚約者と親しくされれば、きっと嫌な気持ちになる。

 が、彼女は思ったより平然とした顔だった。ルシィは少し不思議に思いつつも、早く寝ようと部屋に向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

 何やら窓の外が騒がしかった気もしたが、疲れも相まってルシィはぐっすりと寝た。

 翌朝には疲労も抜け、起き抜けに気持ちよく伸びをするルシィ。が、その瞬間腕と脚に痛みが走った。筋肉痛である。

 

「あいててて」

 

 涙目になりつつ『治癒』を唱える。

 ルシィは水系統に関してさほど熟達しているわけではない。氷雪さえ操るタバサとは違って、一部をつまみ食いのように修めただけ。その『治癒』は応急処置のようなものだったが、やらないよりは格段にマシだった。

 

「下手に水系統に寄り道しなければ、今頃もっと上達してたんでしょうか……」

 

 使い魔のナストは小さく鳴いた。彼の"変化"を補助するために、水系統に手を出したのかと主人に聞いたのだ。

 

「いえいえ、ナストのせいじゃないですよ。水は前々から適性があったので、ちょくちょく勉強してましたし……それに、ナストの力と組み合わせることで、面白いことも出来るようになりましたからね」

 

 『サモン・サーヴァント』による契約の力で、使い魔と意思疎通するルシィ。主人と使い魔には魔法の繋がりがあり、意思の疎通や、視聴覚の共有などを行うことが出来る。

 

 ルシィは服を着替えて身だしなみを整え、『鏡』の魔法を発動させた。

 じっくりと自身の幻を眺め、今日も完璧であることを確認してから、ナストをマフラーに変え部屋を出る。

 

 廊下を歩いていくと、角の向こうで才人とワルドが何事か話していた。ルシィは思わず耳を澄ませる。

 

「こんな朝早くにどうしたんですか?」

「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう? フーケの一件で、僕は君に興味を抱いたのだ」

 

 そうなのか、とルシィは驚いた。まさか才人がそんなすごいのだったとは。

 いや、確かに、才人は日本の高校生とは思えないほど強い。ギーシュに決闘でボコられていた時も、最後にはすごいスピードで逆にぶっ飛ばしていた。加えて、ギーシュより遥かに格上の熟練した土メイジ、女盗賊『土くれ』のフーケをも下している。

 

 自分もハルケギニアに来たことで、前世を忘れず、かつ美少女で、風系統が得意で、さらに美少女で、しかも絶世の美少女であるという素晴らしい特権を手に入れたが、才人はなんと伝説の力を手に入れてしまったのだ。あれ、自分の方が良いものもらってるな、とルシィは思った。

 伝説の力より、美少女の方がえらい。ルシィにとっては可愛いこそが正義であった。ありがとうございます母上、と胸のペンダントを握りしめる。

 

「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」

 

 どうやらワルドは『ガンダールヴ』の力に興味を持ったらしい。今から模擬戦をするようだ。

 そりゃ面白い、とルシィはわくわくしながらついていく。彼女も根は男の子である。伝説の使い魔と風の達人、どちらが強いのかには純粋に興味があった。

 

 ワルドが言うには、この宿はかつて砦だったらしい。中庭の練兵場へと赴く彼らに、筋肉痛の足でついていくルシィ。

 

 到着したのが少し遅れたルシィだが、ワルド達はまだ手合わせを始めていない。

 

「立ち会いには、それなりの作法がある。介添え人がいなくてはね」

 

 よし、とルシィは頷き、手を上げようとする。

 が、その時、ルシィの後ろからルイズの姿が現れた。

 

「ごめん、ルシィ。ちょっとどいて……ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」

「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」

 

 うわ、とルシィは上げかけた手を口にやった。このワルド、本気である。女を取り合って河原で殴り合うやつだ、漫画で見た。ルイズは彼らにやめろというが、これでは止めるに止められない。

 

「俺は不器用だから、手加減出来ませんよ?」

「かまわぬ。全力で来い」

 

 才人の方も本気である。デルフリンガーを引き抜き、一足飛びに跳んで、斬りかかった。錆びた大剣と鉄拵えの杖がぶつかり、火花を上げる。

 ワルドはそのまま杖で突きを放つ。メイジでありながら、接近戦だ。才人の左手にはルーンが輝き、彼を強化していたが、ワルドはそんな才人と同じぐらい素早い。その上、技巧に優れ、余裕がある。

 

「きみは確かに素早い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ。……しかし隙だらけだ。速いだけで動きは素人。それでは本物のメイジには勝てない。――きみでは、ルイズを守れない」

 

 ワルドは才人の攻撃を杖で受け流し、カウンターを放つ。地面に叩きつけられる才人。彼はすぐさま飛び上がって斬りかかるが、それは難なく躱され、ついにワルドが攻撃へと移る。

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

 

 呪文とともに、ルシィの目には見えないほどの速度で繰り出される突き。それを躱す才人も大したものだったが、続けて放たれた魔法の一撃は避けられなかった。

 

 エア・ハンマーが、才人の身体を勢いよく吹っ飛ばす。衝撃に剣を手放した才人に、ワルドが杖を突きつけた。

 こうして、ルイズが見る中、手合わせはワルドの圧勝という形で幕を閉じた。

 

 額から血を流す才人に、ハンカチを持って駆け寄ろうとするルイズ。

 

「駄目です、ルイズ」

 

 ルシィはそれを止めた。女の子を取り合って負けた後に、当の女の子に慰められるなんて、男なら惨めにもほどがある。

 

「ルシィ、でも、」

「とりあえず、一人にしといてやろう」

 

 ワルドにもそう言われ、引っ張られていくルイズ。

 

 その後の才人は見るからに落ち込んでいて、昼食も喉を通っていなかった。

 確かに、この世界の女の子を好きになってしまったらつらいし、ルイズのことも早く諦めた方がいいと思っていた。だが、それでも、ルシィは才人が少し可哀想だった。

 

「ルシィくん」

「あ、は、はい。なんでしょうか、ワルドさま」

「旅の始めに頼まれた通り、魔法の指導をしようと思ってね。昨日の行軍で疲れているならやめてもいいが……」

「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 ルシィは筋肉痛の体に鞭打って立ち上がる。

 

 訓練は先ほどの練兵場で行われた。

 ワルドは隊長職だけあって、教え方が上手かった。軍人ゆえに少々厳しい教え方ではあったが、それでもワルドなりにこちらを慮っているようで、耐えられないほどの厳しさではない。

 学院や独学では学べないような魔法の使い方を教わり、こんなやり方があったのかと感心するルシィ。それらも為にはなったが、やはり彼女の興味はあの『偏在』である。

 

「あの、ワルドさま」

「なんだね」

「風のスクウェアである『閃光』のあなたに、是非見せてもらいたい魔法があって」

「いいとも、『鏡』のルシィ。周りの迷惑にならないような魔法なら、何でも披露しよう」

 

 気前良く頷くワルド。ルシィは期待した面持ちで言う。

 

「スクウェアスペルである、『風の偏在(ユビキタス)』を見せて欲しいのです」

「――――」

 

 途端、ワルドの顔がこわばった。

 

「……ワルドさま?」

「あ、ああ、すまない。しかし、スクウェアスペルは僕でも精神力の消耗が大きい。何があるか分からない任務中では、軽々に使うことは出来ん」

「そう、ですか……」

 

 ルシィは落ち込んだ。これでは何のためにこの任務に参加したのかわからない。ワルドと顔を繋げただけでもよしとしておくべきだろうか。

 

「では、任務が終わった後に頼んでもよろしいでしょうか? お忙しい身であることはわかっているのですが、僕はどうしてもかの『偏在』を使ってみたいのです」

「いいだろう。無事に任務から帰れれば、必ずきみに『偏在』を見せ、伝授することを約束しよう」

「本当ですか!? まさか、伝授までしていただけるなんて」

「僕の目から見てもきみは才能がある。近い内にスクウェアにもなれるだろう」

 

 ワルドにそう言われ、ルシィは喜ぶ。もしそれが本当なら、ついに愛しのルシィが鏡の中から出てきてくれるのだ。ルシィは胸を踊らせた。だが、そんな風に浮かれていたためか――

 

「……無事に帰れれば、な……」

 

 ――ワルドが口の中で呟いたその言葉は、ついぞ、ルシィの優れた耳にさえ、届くことはなかった。

 

 

 


 

 

 

 

 その日の夜。

 ギーシュ達は宿の酒場で酒を飲んで騒いでいたが、酒の飲めないルシィはちっとも楽しくなかった。いや、このハルケギニアでは未成年でも酒が飲めるのだが、二十歳にならないうちに酒を飲むというのは、元日本人のルシィには罪悪感を感じることだったのだ。

 

 席を離れ、部屋に向かう。

 廊下を歩いていくと、才人たちの部屋のドアが開いていた。鍵をかけずに窓でも開けたのか、風で扉が開いてしまったらしい。

 ルシィはちらと部屋の中を覗く。ベランダで、才人が夜空を眺めていた。

 

 それはなんだか普段の才人らしくない雰囲気で、ルシィは少し動揺した。

 戸惑いながら見ていると、才人は静かに涙を零した。

 あの、ルイズに召喚されてから一度も、悲しむところを見せず、のんきにセクハラやら覗きやらをしていた才人がだ。

 

 ルシィには、彼が夜空を見て泣いた理由がわかった。

 『スヴェル』の夜には、月が重なる。赤と青、ハルケギニアの二つの月は一つになり、青白い光を放つ。その色が、彼らに故郷を思い出させた。一つの月が銀に輝く、地球の夜。

 

 ルシィは目を逸し、その場から離れ、物陰に隠れた。あの才人がそんな風に泣いていると、なんだかルシィまで泣きそうになったのだ。

 しかし、その時、月に照らされるピンクブロンドが、ルシィの脇を通り抜けた。ルイズが才人の部屋に入っていく。

 

「……負けたぐらいで泣かないでよ、みっともない」

「ちがわ」

「なにが違うのよ」

「帰りたくて、泣いてたんだ。地球に。日本に」

 

 才人がそう言葉にすると、ルシィは本格的に泣きそうになった。鼻を鳴らし、目元を拭う。

 

「……悪いとは、思ってるわよ」

「どうだか」

「……この任務が終わったら、きちんと探してあげるわよ。あんたが帰れる方法を。私は貴族よ、嘘はつかないわ」

 

 どうなんだろう、とルシィは思った。

 

 ルシィではなかった少年がハルケギニアに転生してから、もう十五年が経った。

 そう、十五年だ。

 その間、ルシィが何もしなかったわけではない。今ではこの地に骨を埋める覚悟が出来たルシィも、昔は血眼になって、地球に帰る方法を探していた。

 収穫がなかったわけではない。このハルケギニアには地球由来の物が度々見受けられたし、異世界人が自分や才人だけでないこともわかっていた。

 しかし、結局、地球に帰る方法は見つけられなかった。

 

 十五年、探して、それだ。

 

 もし言えば、才人は絶望するかもしれない。諦めてしまうかもしれない。そんなのは嫌だった。だからルシィは今までずっと、自分が転生者であることを明かさなかった。

 

 才人は自分とは違う。心が強くて、待ってる家族がいて、この世界に対するしがらみも無い。『ガンダールヴ』とかいう、特別な力さえ持っている。きっと、彼は帰れるのだろう。いつか必ず地球にたどり着くのだろう。そう、運命づけられた人物なのだろう。

 しかし、それは間違いなく苦難の道だ。ルイズは果たして、それについてきてくれるのだろうか? ルシィの母親が自分にしたように、才人の心を助けてくれるのだろうか? 

 

 ルシィは、いつかワルドと結婚するルイズに、そう出来るとは思えなかった。

 

「わかったわ。いいわよ。好きにすればいいわ。ワルドに守ってもらうから」

「そうしろよ」

「今、決心したわ。わたし、ワルドと結婚する」

 

 ほら、今だってもう喧嘩を始めだした。

 

「あんたなんか、一生そこで月でも眺めてればいいのよ!」

 

 そのときである。

 

「うわ!」

 

 才人が叫んだ。ルイズは振り返り、ルシィは物陰から飛び出す。

 月が何か大きなもので隠されていた。月光を背にするその影は、岩で出来た巨人。あまりに巨大な、岩のゴーレムである。

 

「フーケ!」

「感激だわ。覚えててくれたのね」

 

 ゴーレムの肩に、女が座っている。

 かつて才人たちに捕らえられたはずの、ゴーレム使いの女盗賊、『土くれ』のフーケである。

 

「親切な人がいてね。わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」

 

 見れば、フーケの隣には黒マントの貴族が立っていた。白い仮面をつけているので、顔は見えない。

 

「で、何しにきやがった」

「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たんじゃないの!」

 

 ごうとゴーレムの拳が唸る。ルシィは咄嗟に杖を振るい、才人とルイズをベランダから自分の方に吹き飛ばした。直後、轟音。岩で出来た巨大な拳が、ベランダの手すりを粉々に破壊する。

 

「ルシィ!」

「逃げましょう! ひとまず、みんなと合流しないと!」

 

 三人は急いで、宿の一階へと駆け出す。

 しかし、その先も修羅場だった。一階の酒場にはこちらに敵意を向ける大勢の傭兵がいて、ワルド達が魔法で応戦していた。

 傭兵の中にメイジこそいないが、流石にこれは多勢に無勢。どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になって襲ってきているらしく、ワルド達も手に負えないようだった。

 

 ギーシュが何やら勇敢さを発揮し、突貫しようとしていたが、それは生憎無謀である。ワルドが彼の裾を掴んで制止し、低い声で言った。

 

「いいか諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着けば成功とされる」

 

 タバサが杖で自分と、ギーシュと、キュルケを示す。

 

「囮。そっちは、桟橋」

「こっちが一人多いぞ」

「戦力――メイジの数」

「使い魔は戦力外ってか」

 

 才人がぼやくが、タバサにとって戦力外なのは魔法を使えないルイズだったのだろう。言いかけて、やめたらしい。

 

「聞いてのとおりだ。裏口に回るぞ」

 

 才人とルイズが渋るが、タバサに「行って」と促される。

 姿勢低く駆け出す四人。即座に飛んでくる矢。防ごうとしたルシィだが、タバサが先んじて風の防御壁を張ってくれた。

 可愛いだけじゃなくて、良い子だ。ルシィはタバサに短く礼を言い、三人と裏口に向かっていった。


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