TS転生者は『偏在』したい【完結】   作:潮井イタチ

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06_天空の旅路

 キュルケらと別れ、港の桟橋へと向かうルシィ達。

 

 港とは言うが、向かうのは山だ。才人がそれに疑問を呈するが、今は答えている余裕が無い。

 長い階段を駆け上り、丘の上に出た。

 才人が息を呑む。

 そこにあったのは、巨大な樹だ。東京タワーを連想するほどの巨樹。樹から伸びる枝には、飛行船のようなものがぶら下がっている。

 

「これが『桟橋』? そしてあれが『船』?」

「海に浮かぶ船と、空に浮かぶ船があるんです」

 

 ルシィは息切れしながら、言葉少なに答える。

 ワルドは樹の根元で案内看板を確認し、目的の枝に通じる階段へと走った。

 木で出来た階段は大きくしなり、手すりはボロく心もとない。眼下に見える街の灯りは上っていくごとに遠くなり、すぐに恐ろしいほどの高度となる。ワルドやルイズは気にせず走っていくが、ルシィは足を滑らせないかと気が気でなかった。

 

「お、落ちたらどうしましょう」

「飛べばいいじゃない、風メイジなんだから」

「そうでした」

 

 ルイズの言葉ではっとなり、勢いよく駆けていくルシィ。

 

 しかし、途中の踊り場までたどり着いた時だった。

 背後から何かが追いすがる足音。それはルシィと才人の頭上を軽々と飛び越え、ルイズの背後に立つ。

 フーケの隣にいた、白い仮面の男だった。

 

「ルイズ!」

「きゃあ!」

 

 男に抱え上げられるルイズ。才人は剣を振りかぶったが、ルイズに当てないようにするのは難しい。

 そうしているうちに、男はルイズを抱えたまま地上へと飛び降りる。

 ワルドは閃光のように杖を引き抜き、エア・ハンマーで男を撃った。吹き飛ばされた男がルイズを離し、手すりに掴まる。落下していくルイズを助けるために、ワルドが飛んだ。

 

 残されたのは、ルシィと才人。

 二人は白仮面の男と対峙する。

 

「イル・ウィンデ!」

「――イル・ウィンデ」

 

 叫ぶルシィと、小さな声で唱える男。ルシィは白仮面めがけて烈風を放ったが、それはさらなる猛風で相殺された。

 

「こいつっ、トライアングル以上の風使い!」

 

 戦慄しつつ、ルシィはふと違和感を覚える。

 今の詠唱……仮面越しで聞き取りづらかったが、どこかで聞いた覚えのある声ではなかったか? 思わず考え込むルシィ。

 

 だが、戦いの場でそれは命取りだ。

 ルシィに向けて杖を振る白仮面。男の頭上の空気が冷える。

 

「相棒! やべぇぞ!」

 

 デルフリンガーが叫んだ。ルシィもそれが何の予兆かを察して、引きつったような悲鳴を上げた。

 

「『ライトニング・クラウド』!」

 

 空気が震えた。弾ける光。

 稲妻の魔法が自身を焼き殺す光景を幻視し、思わず目を瞑るルシィ。

 

「ルシィっ!」

 

 だが、寸前でルシィは庇われた。

 電撃が才人の体に直撃する。叫び、崩れ落ちる彼。剣を持つ左腕が煙を放ち、服が焼け焦げていた。

 

「っ、よくも……!」

 

 怒りに任せて杖を振るルシィ。

 男は風に殴り飛ばされ、地上へと落下していく。

 

「才人! 大丈夫ですか、才人!」

 

 意識がない。慌てて胸に耳を当てる。心臓がしっかりと脈を打っていた。

 失神したのは一瞬のことだったようで、才人はすぐに意識を取り戻す。ルシィは思わずほっとした。

 

 その後すぐに、ワルド子爵が空を飛んでルイズとともに戻ってきた。

 

「な、なんだあいつ……しかし、いてぇ……くっ!」

「腕ですんで良かった。本来なら命を奪うほどの呪文だぞ。この剣が電撃を和らげたようだが……金属ではないのか?」

 

 ワルドが言うのを聞きながら、ルシィは遅れてぞっとしていた。

 そう、『ライトニング・クラウド』は人一人を十分に致命させうる呪文。もし才人に庇われなければ、今頃自分は……。

 

「助かりました、才人。あの、腕は大丈夫ですか……?」

「も、もう大丈夫だ。行こう」

 

 才人はぎりっと歯を噛み締めながら立ち上がる。

 ルシィはその様子を不安気に見つつも、三人と船に向かって急ぐ。

 

 まだ夜なので船は出ていなかったが、ワルドが停泊中の船の船長と交渉し、脅し半分ながら商談を成立。一行は夜のうちに出発し、空飛ぶ船に乗ってアルビオンへと向かうこととなった。

 

 船長が言うには、明日の昼過ぎには向こうに到着するらしい。

 ようやく事態が一段落ついたので、ルシィは才人に話しかけようとした。

 

「あの、才人。怪我の具合は――」

「ねえサイト、傷は大丈夫?」

 

 が、ルイズに先んじられた。彼女は才人の肩に手を置き、傷を心配そうに覗き込む。

 問われた才人は、ぐっと顔をしかめた。やっぱり痛いのかと、彼に『治癒』をかけようとするルシィ。

 

「触るな」

 

 しかし、才人はルイズの手を振り払った。彼の態度にルイズは怒ってそっぽを向く。ルシィもまた、才人があまりに頑ななので、何も言えなくなってしまった。

 

 ルシィはワルドを横目で見る。思い出すのは、手合わせの時、彼が才人に言った言葉。

 

『つまり、きみではルイズを守れない』

 

 ……きっと、才人は気にしているのだろう。自分を情けなく思っているのだろう。傷より先に、ルイズを守れなかったことが、彼は何より痛いのだろう。

 

 でも、ルイズは助けられなかったが、自分のことは庇ってくれたではないか。

 あれがなければ、ルシィはきっと死んでいた。才人はすごいやつだ。そんなに落ち込む必要はない。

 ルシィは抵抗感を覚えつつも、拗ねる才人に話しかける。

 

「才人、さっきはありがとうございます」

「べつに」

「本当に助かりました。『治癒』をかけるので、腕を見せてください」

「いらねえ」

 

 ルシィはむっときた。可愛い自分がこんなに感謝してるんだから、少しは浮かれればいいのに。

 ルイズではないが、ルシィもまた才人の態度に怒った。そこまで好きな子の前で格好つけたいならもう勝手にしろ、とそっぽを向いた。

 

 適当な場所に座り込んで、ふて寝するように目を閉じる。

 

 子守唄の代わりに聞こえてくるのはワルドとルイズの話し声。

 なんでも、王軍は、貴族派の反乱軍に囲まれ苦戦中だそうだ。自分たちはそんな渦中にあるウェールズ皇太子に接触し、手紙を受け取らなければならない。

 きっと、明日も危険なことになるのだろう。今日よりもっとひどい修羅場が待っているのかもしれない。

 

「割に合わない任務ですよ、本当」

 

 ルシィはため息をつくように言って、眠った。

 

 

 


 

 

 

 意識が覚醒する。ルイズと才人が何事か話していた。

 ルシィは起き上がり、目を開ける。

 

「……おぉ」

 

 そして、目の前の景色に圧倒された。

 そこにあったのは、天空に浮かび雲纏う遥か果てまで続く巨大な大地。

 それこそが、目的地たる浮遊大陸アルビオン。地球では絶対に見られない超常的大自然。何度見ても、この光景には心を呑まれる。

 

 才人と一緒になってそれを眺めていたルシィだが、突如、船の後方から聞こえてきた声に振り向く。こちらに向かってくる、一隻の黒い戦艦。

 

「船長! あの船は旗を掲げておりません!」

「してみると、く、空賊か?」

 

 慌てて黒船から逃げるこちらの船だが、時既に遅し。二十門もある大砲の一つで威嚇され、停船する。

 ワルドはこの船を魔法で浮かしているため、戦力にならない。

 ならば自分が、と立ち上がるルシィ。だが、直後ワルドのグリフォンが魔法で眠らされた。向こうにもメイジがいるらしい。

 『ガンダールヴ』である才人と一緒ならあるいは……とも思ったが、剣を握る手は痛みに震えていた。やっぱり怪我が痛かったんじゃないか、とルシィは内心で唇を尖らせる。

 

「やめておけ。戦場で生き残りたかったら、相手と己の力量をよく天秤にかけ、わきまえることだ」

 

 ワルドにも窘められ、武器を収める二人。

 

「おや、貴族の客まで乗せてるのか」

 

 黒髪をぼさぼさに伸ばした、空賊の(かしら)がルシィとルイズに近づき、顎を手で持ち上げる。

 

「おいおい、別嬪(べっぴん)が二人もいるじゃねえか。お前ら、おれの船で皿洗いをやらねえか?」

 

 伸ばされた手を、二人は同時にぴしゃりとはねつけた。

 

「下がりなさい、下郎」

「驚いた! 下郎と来たか!」

「そうですよ、消えてください、クズ羽虫の生きる価値ない害虫未満。あなたごときに何の権利があってこの僕に触れてるんです? この身体は一片残さず至宝なんですよ空賊の船なんぞに乗せた日には即座に沈むんですよそれほどの重い価値があるんですよわかってるんですかあー汚れましたおじさんのきったない手で僕の可愛い顔が汚れました謝ってください死んでください人類の宝を汚したことを悔いながら腹切って空に散ってください」

「……。お、おう」

 

 ルイズの言葉を笑おうとした空賊たちが、ルシィの暴言に口元を引きつらせた。才人やルイズも、微妙に引いた顔でルシィを見る。ルシィはむかむかしていたし、せっかくならルイズの言葉に乗っかってしまおうと思ったのだ。それでも少し言い過ぎたが。

 

 頭は軽く頬を掻き、気を取り直すように部下に命じた。

 

「あー、なんだ。とにかくてめえら、こいつらも運びな。これだけ自信があるんだ、身代金もたんまり貰えるだろうぜ」

 

 捕らえられたルシィ達は、船倉に閉じ込められた。

 才人はデルフリンガーを取り上げられ、ルシィ達メイジは杖を奪われてしまっている。

 

「こんな鍵、才人の力なら簡単にぶっ壊せるんじゃないですか?」

「無理だ。なんでもいいから武器を持ってないと、力を引き出せないんだよ」

 

 才人はそう言いながら床に腰掛け、つっ! と顔をしかめた。それを見て、ルイズが不安げな顔になる。

 

「……何よ。やっぱり怪我が痛むんじゃないの」

「なんでもねえよ」

「なんでもないってことないでしょ。見せてごらんなさいよ」

 

 ルイズが無理矢理袖をまくりあげる。

 

「きゃ!」

「う……」

 

 そこは酷いことになっていた。電撃によってついた火傷が悪化し、ひどい水ぶくれになっている。ルシィは、なぜ昨夜才人に『治癒』をかけておかなかったのかと後悔した。

 

「誰か! 誰か来て! 水系統のメイジはいないの? 怪我人がいるのよ、治してちょうだい!」

「いねえよ。そんなもん」

「嘘! いるんでしょう!」

 

 才人の惨状に、取り乱すルイズ。才人が落ち着けとルイズを説得するが、彼女がいやよと叫ぶので、彼は怒鳴り、その剣幕についにルイズは泣き出してしまう。

 その様子にルシィはますます罪悪感を覚え、つらい気持ちになった。

 

「……脱出しましょう」

 

 ルシィはマフラーを撫でる。正確に言えば、マフラーに化けたナストを。

 空賊にはメイジがいたが、魔法を探知する『ディテクトマジック』でも、幻獣の使う先住の魔法は探知出来ない。エコーの"変化"でナストを鍵に化けさせれば、この船倉から出られるはずだ。

 

「どこに脱出するつもりだね? ここは空の上だよ」

「でも、黙って座ってるだけじゃ」

「そもそもこの船倉から出る方法さえ無い。杖がなければ、メイジは無力だ」

「それは――」

 

 その時、ドアがばちんと開いた。痩せぎすの空賊が、こちらに問う。

 

「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」

「…………」

「だんまりじゃわかんねえよ。俺たちは、貴族派の方々のおかげで商売させてもらってるんだ。もしお前らが貴族派なら、きちんと港まで送ってやるよ」

 

 ルシィはほっとした。ここでルイズが貴族派だと言えば、丸くおさまる。無事に港まで送ってくれるだろう。

 

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ」

 

 ルイズが迷うこと無く即答したので、ルシィは口をぽかんと開けて驚いた。才人も似たような顔で、ルイズに言う。

 

「お前、バカか?」

「バカですよ、これは」

「誰がバカよ! ルシィは隣を見なさいよ、バカはサイトでしょ! 怪我をこんなになるまでほっといて!」

 

 ルイズと才人がいつものように喧嘩をし始める。それを見て、空賊が笑った。

 

「正直なのはいいが、お前たちただじゃすまないぞ。頭に報告してくる。その間にゆっくり考えろ」

「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」

 

 ピンクブロンドの少女は一歩も引かない。大したやつだなあ、とルシィは思った。

 ルイズは、本当に頑固なひとだ。そして、心の強いひとだ。つまり、才人と一緒だ。頑固で、タフな、似たもの主従だ。

 

「頭がお呼びだ」

 

 空賊に呼ばれる。空賊船の船長室に四人は連れて行かれ、空賊の頭と顔を合わせる。

 

「王党派と言ったな?」

「ええ、言ったわ」

「何しに行くんだ? あいつらは明日にでも消えちまうよ」

「あんたらに言うことじゃないわ」

「貴族派につく気はないかね? メイジなら、礼金だってたんまり出る」

「死んでもイヤよ」

 

 ルイズは、毅然と言う。

 見れば、彼女は震えていた。

 怖いのだ。

 なのに、真っ直ぐに男を見つめていた。それが、ルシィには眩しかった。

 孤独を恐れ、望郷に泣き、絶望に屈したルシィには、ルイズがあまりにも眩しすぎた。それは見覚えのある輝きだった。ギーシュと決闘した時の才人と、同じものが彼女に見えた。

 

「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」

 

 空賊の頭が笑い、立ち上がる。直後、背後の空賊たちがニヤニヤ笑いをやめ、真面目な顔で直立した。

 

「失礼した。貴族に名乗らせるなら、まずはこちらから名乗らなくてはな。――アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

 空賊の頭はカツラを取り、眼帯と、付け髭を剥ぐ。

 現れたのは、凛々しい金髪の若者だった。その人こそまさに、一行が接触しなければならない人物、ウェールズ皇太子である。

 驚きに呆然とするルシィ達。ワルドだけは、興味深そうにウェールズを見つめていた。

 

「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

 

 ワルドが優雅に頭を下げて言う。ルイズが胸ポケットから密書を取り出す。

 

「その、失礼ですが、本当に皇太子さま?」

「まあ、無理もない。なんなら証拠をお見せしよう」

 

 ウェールズが、指に嵌めていた風のルビーを、ルイズの水のルビーに近づける。二つの宝石は共鳴し、虹の光を振りまいた。それは確かに、彼がアルビオンの王家であることを示すものだった。ルシィは土下座した。

 

「おや、どうしたね。自信に溢れたお嬢さん?」

「そ、そそそ、その、皇太子さまには、まことに、まことに申し訳……」

「はっはっは! 良いとも、敵の頭を前にあれだけ言えるのなら大したものだ!」

 

 ウェールズは笑って流し、密書を読み始める。

 

「そうか……了解した。多少面倒だが、手紙のあるニューカッスルまで足労願いたい」

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