TS転生者は『偏在』したい【完結】   作:潮井イタチ

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07-1_決戦の前夜(前)

 ウェールズ達の巧みな操船により、一行はニューカッスルの秘密の港へと到着した。

 

 ニューカッスルの城にある手紙は、確かにルイズへと手渡された。それはウェールズに宛てたアンリエッタの許されない恋文であり、アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』には決して渡ってはならないものだったのだ。

 

 あとは、明日の朝に先ほどの空賊船――『イーグル』号で王党派の非戦闘員とともにトリステインにたどり着けば、この任務も完了となる。だが、手紙を受け取ったルシィ達の顔は晴れなかった。

 

 その日の夜は、ささやかな饗宴が開かれた。

 それは、アルビオン王党派にとっては最後の晩餐である。

 ……そう、彼ら王軍は名誉を守るために、三百の兵で五万の敵に挑み、死ぬつもりなのだ。それは王も、ウェールズ皇太子も例外ではない。むしろ、彼らは真っ先に戦い、死なねばならない立場なのだ。

 

 城で行われるパーティの中。

 死を前に明るく振る舞う人々を、才人は悲しげに見ていた。ルイズは才人よりさらに感じ入って、席を離れてしまった。ワルドは才人にルイズを慰めるよう頼まれ、また席を離れた。ルシィと才人。二人だけがその場に残る。

 

 賑わう王党派の貴族たち。しかし、才人は見るからに気が滅入っていた。ルシィもなんだか感傷的な気分になって、ぽつりと呟く。

 

「あんな風に死ねるなら、幸せなんでしょうね」

「……俺には、わかんねえよ。名誉とか誇りのために死ぬなんて、馬鹿げてる」

「立派に頑張って死んだなら、悔いも残らないでしょう。……羨ましいですよ、僕は」

「貴族ってのは、みんなそうなのか」

「貴族だからじゃありません。僕が僕だから、言うんです」

 

 ルシィは思う。自分が前世で、彼らのように死んだなら、生まれ変わったことをもっとすぐに受け入れられただろうと。

 彼女はずっと、諦めてきた。前世の夢を、絆を、愛を、努力を、成果を、自分を。少しづつ少しづつ諦め、削っていった。残ったものは、未練の残骸が一欠片。だが、彼らが死んで生まれ変わったなら、その魂には誇りが残るのだろう。今世で手に入れたそれが、来世をずっと輝かせていくのだろう。

 転生者であるルシィにとって、それは、とても幸せなことのように思えた。

 

「なんで、死ぬのが怖くないんだよ」

「怖いですよ。――わかっていても、怖い。わかっているからこそ、怖い」

 

 才人が一瞬不思議そうな顔になる。だが、ルシィはそのまま続けた。

 

「あの人たちだって怖いはずです。それでも、守らなきゃいけないもののために、恐怖を忘れてる」

「そこのお嬢さんの言う通りだ。我々は誇りを守り、勇気を示さねばならない。それが我らの義務だからだ」

 

 やってきたのはウェールズだった。ルシィは自分の言葉をこの王子に聞かれたのが恥ずかしくなり、顔を赤くした。

 

「……その、今のは違うんです。ウェールズ皇太子。僕はきっと、あなた達みたいには出来ない。心が弱くて、怖がりなんです。誇りなんてない。この世に大事なものなんて、この身一つしかない。僕は誰より、自分が一番可愛いから」

「はは、そうだね。きみは確かに可愛らしい……おっと、今のはなかったことにしてくれ。アンリエッタに告げられては困るからね」

 

 愛おしげに言うウェールズ。二人のやり取りを見て、ウェールズに向けて才人が問う。

 ルシィは二人の会話から意識を逸らし、聞くのをやめた。きっと、弱い自分では受け取れないような、大事な思いを託すのだろうと、そう思ったからだ。

 才人が俯き、ウェールズが座の中心に戻っていく。ウェールズはその途中で、広間を見るルシィの肩に手を置いた。

 

「きみはきっともう持っている。大事なものを。守るべき誇りを」

「……買いかぶりですよ。僕にそんなもの、あるはずもない」

「必ずしも我が身にあるとは限らないさ。それはきっと、湖面と同じだ」

 

 そう言って、ウェールズは去っていった。

 ルシィはまだ彼らとともにいるつもりだったが、才人はもうここにいるつもりはないらしい。

 給仕に部屋の場所を尋ねる彼を、戻ってきたワルドが呼び止めた。

 

「明日、僕とルイズは、ここで結婚式を挙げる」

 

 ルシィは驚いた。それは才人も同様だった。

 

「こ、こんな時に? こんなところで?」

「ああ。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

 

 しかし、ワルドの決意は堅い。なんとしても、あのウェールズ皇太子に媒酌を務めてもらいたいらしい。

 

「きみらも出席するかね?」

 

 ルシィは才人と一緒になって首を振る。ルイズとワルドはグリフォンで帰り、ルシィ達は朝早くに『イーグル』号で帰ることとなった。

 

 才人は酷く傷ついた顔で、一人城のホールから出ていく。まだ残っているつもりだったルシィだが、どうにも彼が気になって、少し早くその場を離れた。

 

 ルシィは『ライト』を唱えながら歩いていく。暗く静かな廊下。

 窓から差し込む月光の下で、才人とルイズは一緒にいた。

 

 二人は何か言い争っていたが、普段の喧嘩とは、雰囲気が違った。

 ルイズは泣きそうな顔で、才人は真剣な、そして、寂しそうな顔で、彼女に語りかけている。

 

「ここでお別れだ、ルイズ。元の世界に帰る方法は、一人で探す」

 

 才人は、ルイズのことを諦めていた。ルイズから離れることを決めていた。

 それはルシィが彼に望んでいたことのはずだったが、それなのにどうしてか、胸が痛い。つらくて、悲しくて、たまらなかった。

 

「ばか!」

 

 ルイズは才人の頬を張り、泣きながら廊下を駆けていく。

 すれ違う自分の姿も目に入らぬルイズを見て、ルシィは悟った。

 あの空賊船で、恐怖に震えながらも心を貫いたルイズ。何度打ち倒されても譲れぬもののために立ち上がった才人。

 どうして才人がルイズを好くのか、本当の意味で分かった気がした。でも、彼らの道は交わらない。きっと、もう二度と。

 

「さよならルイズ。優しくて可愛い、俺のご主人さま」

 

 もう、ルシィは放っておけなかった。

 今の才人は、この旅の中で、最も傷ついていると思った。

 

「才人」

 

 声をかけ、部屋に歩いていく才人を引き留める。才人ははっとした顔で振り返った。

 

「……なんだ、ルシィか」

「なんだとはなんですか。美少女に話しかけられたんだから喜んでくださいよ」

「うるせえ」

 

 あえて、能天気な調子で言うルシィ。才人は顔を逸らし、窓の外の月に目をやる。

 

「才人は、故郷に帰るんですか?」

「聞いてたのか?」

「ええ、耳が良いもので。途中から来たので、全部聞いたわけじゃありませんが」

 

 そっか、とどうでも良さそうに才人は言った。

 

「よかったじゃないですか、ようやく家に戻れますね」

「そうだな」

「もう慣れないトリステインで生活する必要もありません。久しぶりにお父さんやお母さんと会えるし、友達とだって遊べる」

「ああ、家族が待ってる。照り焼きバーガーだって、食べたいし」

「ですよね。嬉しいですよね、家に帰れるのは」

「…………」

 

 才人は言葉を返さない。いや、返せない。

 ルシィは、月を見る才人の横顔を見て、言った。

 

「だから、才人」

「なん、だよ」

「泣かないでくださいよ」

 

 才人の目からは、いつの間にか涙がこぼれていた。

 それは才人が泣くまいと思えども溢れ出し、どんなに拭っても止まらなかった。

 

「泣いてねえよ」

「そんな顔で格好つけてもしょうがないでしょう」

「仕方、無いだろ。俺じゃ、ルイズを守れない」

 

 才人の頭の中で、旅の記憶が蘇る。

 矢を射掛けられた時も、ワルドと決闘した時も、白仮面の男に襲われた時も、自分は何も出来なかった。危機を救ったのは大抵がワルドで、自分はただ見ているだけだった。

 

「……いいえ。才人は、すごいやつですよ」

「どこがだよ。伝説の使い魔だ、『ガンダールヴ』だ、なんて言われても、結局俺は普通の人間だ。これなら、ルシィの方がよっぽどマシだ」

「そんなことありません。才人の方がすごいんです。強いんです。頑張ってるんです」

「すごくも、強くも、頑張ってもねえよ」

「でも」

 

 粘り強く反論しようとするルシィを、才人は制止する。

 

「信じてもらえないと思うけど、俺、別の世界の人間なんだ」

「…………」

「帰る方法なんて分からない。こっちの世界に知り合いひとりだっていないんだ。前にこの世界に来た人も、そのまま死んだって聞いた。多分、俺も無理だと思う」

「そんなこと、ありません。才人はきっと、帰れます」

「帰れねえよ。簡単にそんな、分かったような口……」

「それでも、帰らなきゃいけないんです!」

 

 言葉を遮り、堪えきれなくなったようにルシィが叫ぶ。いきなりの剣幕に、才人は思わず息を呑んだ。

 才人の顔を両手でつかみ、ルシィは声を張り上げる。

 

「才人には帰る家があるんでしょう?! 待ってる人たちがいて、受け入れてくれる場所があって! 簡単に分かったような口利いてるのは、才人の方じゃないですか! この世界に来て、まだ一ヶ月も経ってないくせに!」

「る、ルシィ」

「才人は僕と全然違うじゃないですか! 君は特別です、帰れるんです、絶対に! ギーシュと戦った時からずっとそうだった! 折れなかった! 屈さなかった! 譲れないもののために、君は自分を貫いていた! そうでしょう、平賀才人!?」

「ルシィ……」

 

 抑え続けていた感情が発露していた。それは旅の間に溜め込まれていた思いであり、ハルケギニアに生を受けてから潜め続けていた思いだった。

 

「好きな子が結婚するぐらいで泣かないで下さいよ! あの日からずっと希望だったんです! 僕にとって、帰れなかった人たちにとって! 覚えているでしょう、才人は『我らの剣』なんだ! だから、だから……」

 

 なぜか、ルシィの言葉が止まる。

 まだ言いたいことはいくらでもあったのに、喉が何かで詰まっていた。

 

「わかった」

 

 才人は答えた。泣き止んだ。

 そのまま、ルシィの顔に手を伸ばして、言った。

 

「もう泣かねえ」

「才人」

「だから、お前も泣くなよ、ルシィ」

「え……」

 

 才人の手が濡れていた。ルシィの零した涙だった。

 

「あ、な、なんで……もう、割り切ったのに、僕は、ちゃんと、見つけたのに……」

「俺、頑張るよ。帰る方法も、ちゃんと探す。ありがとな」

「っ……!」

 

 ルシィは、涙を見られたくなくて、顔を伏せた。しかし、額に才人の胸が当たる。顔に触れるポリエステルの感触が妙に懐かしくて、思わず、すがりつくように、ルシィはもう一度泣いたのだった。


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