東方遊々記 ~のらりくらりと幻想探訪~   作:ジャンヌ

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第一話 よろしゅーな

 最初に異変に気付いたのは、霊夢であった。

 まだ日も昇って半刻もすぎていない頃、急に背筋に冷たいものが走り、布団から弾丸のように飛び起きた。

 あたりを見回すも、何も昨夜と異変はなく。ゴウゴウと萃香がいびきをたてているだけであった。

―――気のせいか。

 そうは思っても、汗ばんだお札を手放すことができず。眠気も完全に飛んでしまっていた。

 いつもおきるのが卯の始刻であるから(現在の午前五時)、まだ一刻弱は余裕がある。

―――境内でも掃除しましょうか。

 それ以外に、一度乱れに乱れた心を落ち着ける方法は無さそうであった。

 はあとため息をつき、いつもの脇巫女服に着替え、部屋を出る。

 不慮の事故故とはいえ、このような朝日、山から半身をだした太陽を拝むのはいつぶりだったか。冬のそれとは違い、体に浴びるだけで自然と体の奥から活性化させるような、やや強烈な陽光をちらとみてから、箒を取りに倉庫へ向かう。

 当然ではあるが、人気などあるはずもない。もともと地理の悪さに加え、妖怪が集まる得体のしれない神社となれば、だれが足を運ぶだろうか。今は妖怪退治の報酬金で十分なくらしは出来ているとはいえ、やはりお賽銭はほしい。ほんとに欲しい。

―――やっぱり、信仰されているって感じがするわよね。

 力を得たいとかそんなことではない。巫女に信仰など関係あるあるはずもなく、得するのは何処におわすとも知れぬ龍神くらいだ(博麗神社の主神は龍神であるらしい)。

 霊夢が望んでいるのは、自分がひとの役に立てているのか。それをただ形としてみたいというだけである。

 居候(?)の萃香は『だいじょーぶ、レイムはしっかりやっているさぁ~』というが。いやそれもありがたい励ましだ。が、それで気が晴れるわけではない。

―――こんなこと考えてていても仕方ないわね。

 境内を掃き始める霊夢。いつもの手抜きではなく、自らを叱咤するかのように、強く、丁寧に掃いていく。

 久方ぶりだ。こんな気持ち、こんなに清々しい気分は・・・。

 きっときょうは何かある。勘ではあるがそう確信してしまいそうになる。

―――そろそろ朝餉の準備をしようかしらね。

 憑き物がとれたかのような表情で、霊夢は台所へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 しかし、博麗の巫女である霊夢の勘は、とかく当たるのである。

 

 

 

 

 

 というわけで少し時間を巻き戻そう。

「・・・う~ん、レイム~?起きたのか~?」

 ちょうど霊夢が廊下の床を踏んだ音で目を覚ました萃香。隣に目をやり、畳まれた布団を見つめながら、彼女が起床したことを知る。

―――レイムが布団を畳むなんて、珍しいな。

 同時にそうも思った。ちなみに彼女も畳まない。

 それはさておき、まだ睡魔が残っているのか目をこすりながら、ひょうたんに手を伸ばす。お猪口に注ぐのももどかしいとばかりに、直接グビグビと水を飲むかの如くのどに流し込む。

「プハァ~!やっぱり起き抜けの一杯は格別だねぇ~」

 ほんのうっすらと赤味がさしたほほを撫で、吐息を吐く。もはや眠気はないようだ。もしこの光景を霊夢に見られたら「あんたは朝っぱらから・・・」と呆れられることだろう。

 脳も明瞭としてきたところで、彼女はふとある違和感《・・・》に気付く。

―――あれ・・・なんだか懐かしいような・・・?

 一抹の妖気。それくらいならそこらの木端妖怪が制御できずに垂れ流しているのかと思うこともできる。

 だが、この妖気は。今はこの世に無き知人のものである。いや、そんなことはあり得ないじゃあなぜ?

―――ま、まさか・・・いやそんなわけは・・・。

 発生源はある程度把握は出来ている。だが、失望と落胆への恐怖から、能力による霧はおろか、そこから一歩踏み出すことすら出来なかった。

「・・・リュウ・・いるの・・?」

―――カッカッ、なんじゃまさか忘れたとでもいうんか?

「!!」

 そう脳に響いた直後、萃香の迷いは吹っ切れ、思わず飛び出していた。

「はぁ・・はぁ・・!」

 着いたその場所は、先ほど霊夢が箒をとるために訪れた倉庫。ここは使わなくなった道具、札、貯蔵した酒など、つまりはただ雑多な小屋だ。悪霊が封じられている場所は違う場所であり、ましてや人も妖怪もいるはずがない。

「・・・はは、まさか・・・」

 いまなら間に合う。あれは幻聴だったと理由をつけて、境内か台所にいる霊夢に抱きつきに行けば済む話だ。

―――それでも、やっぱり私は。後悔したくない。

 掴んだ一抹の希望に縋りつくしかない自分を少し情けなく思いながら、ギギ、と錆びついた戸をあける。

 ・・・案の定、埃にまみれた辛気臭い場所であった。重ね重ねだが、妖気さえなければ興味すら持たないだろう。

 隅から隅まで、注意深く見回す。

―――何しとるか、ほれこっちこっち。奥じゃ。

 また聞こえた。幻聴じゃなくて・・・今度はその両耳で、しかと聞こえた。

 はたして、声のした方角にいたのは、なぜか荷物も埃もない、結界の貼られた床。取っ手が付いており、おそらく本来なら野菜などを貯蔵するような地下室につながると考えられる。

 もはや迷わない。萃香は右の拳をぐっと引き絞り、思いっきり振り下ろす。

 バギィ!、と破砕音をたて、あえなく結界は破られた。

 ・・・恐る恐る、扉を開けようとして―――

 

 ガツン!と開けられた扉と萃香の顔面が激突した。

 

「ふぃ~出られた~。カッカッ、出ることのことを考えてなかったのぉ~。いやはや早計じゃったけん。・・・ん?萃香?何しとるんじゃ?」

 痛む鼻を押さえ、ゆっくり顔をあげる。

 そこには。

 たった今、封印から解除された者とは思えないほど緩みきったオーラをかもし出す、懐かしい・・・懐かしい男の姿が、あった。

「あ・・・うう・・・リュウ・・」

「おう、そうじゃ。悪かったの、これからはいつでもあえるきに」

「リュウ・・・リュウーーー!!」

 蛙よりも爆発的なジャンプ力でその男の腕に飛び込み、男も満面の笑みを浮かべ、ガッシリと受け止める。萃香も感極まったのか、柄でもなくあふれんばかりの涙を瞳から流している

「いやあ、何年ぶりかの?まったくほんにお前は変わらんのぉ~」

「うわぁ・・何処行ってたんだよリュウ、って泣いてたのが馬鹿みたいじゃん・・・」

 泣き腫らしている萃香の頭を男はゆっくり撫でる。かくして、萃香の泣き声に驚いて霊夢がすっ飛んでくるまで、二人ともずっとそのまま、久方の再開を噛みしめていたのだった。

 

 

 柳仙鬼人。萃香の元上司にして、山の総大将。かたや日本全国を足の赴くままに放浪した、「柳のように飄々としていて」「仙人のごとき強大な力を持ち」「鬼なのに」「どこか人間臭い」大妖怪である。

 

***

 

 

―――なんでこんな厄介なことに・・・。

 ただいま霊夢、急遽三人分の朝食を準備中。

 こうなったのも、全てあの得体の知れぬ妖怪のせいである。感じられる妖気は、長年の封印のせいかほとんど感じられなかったが。

 しかし・・・まさか萃香の知り合いとは思わなかった。それにあの取り乱しよう、よほど深い関係だったのだと思われる。

―――あの時はびっくりしたわ・・・。萃香の涙を見たのって、初めてかも。

 一瞬、昔の彼氏だったのかとも思った。もしそうなら、あの男はロリコン確定である。食わせるもん食わせたらお賽銭をぶんどって叩き出そうと堅く心に決める。

―――まあ、もしそうだとしても・・・なんで萃香は居場所を知らなかったのかしら?

 霊夢が今朝気づいたくらいなのだ、もれ出た妖気を探るのは不可能に近い。それほどにあれは強力な結界だった。幻想郷管理者である八雲紫レベルでなければ、あんな高等術式は扱えまい。

 問題は、「普通、どこに封印されたかぐらいは教えんじゃない?」。見たところ、どこかの妖怪寺の住職とは違い、自分から封印されていたような印象を受けた。無理やりやられていたにしては態度が軽すぎるし、表情も悲しみというより、「あ~こんなに変わっちゃったんだ~」というような観光にきたのかと思われるぐらいの気楽なものだった。だったら、近しい者には教えるのが妥当ではないか。

・・・いくら類推したところで、結局は事情を聞かなければ話にならない。

―――面倒ね。

 白飯をお椀によそりながら、ただ霊夢はそう思った。

 

 

「なぁリュウ、もっとあたまなでてよぉ~」

「カッカッ、お前はかわらんのぉ、ほれほれ」

「フフ、エヘヘ~」

 ・・・

 気づけば萃香が、幼児退行していた。

 え、あれ萃香だよね?あのおちゃらけて、どこか他人を馬鹿にしたような口調で威圧を惜しげもなく押し付けてくるあの萃香は、どこへ?

「お~メシかいの?いや~うまそうじゃの~。あ、酒はあるきに?」

「はい、どーぞ!」

「お、これまたまっこと懐かしき・・・」

―――おのれらはなぜ、人前でいちゃつくんじゃ。

 霊夢の不機嫌メーターが、人知れず限界点を迎えかけていた。

「で、食べながらでいいんだけど、」

「ふぇ?ふぁんじゃき?」

「食うの早いわっ!!」

 既にマイペースを貫く自由さをこの男は発揮していた。思わずこめかみを押さえる。

「はあ・・・もう、いいわ。で、あんたの名前は?種族は?うちの萃香とはどういった関係?場合によっちゃ直談判も・・・」

「ちょいまち、途中から親御さんへの挨拶っぽくなっとるけぇ」

 急いで白飯を飲み込んだ柳仙。霊夢のだだもれな威圧を察知したのだろう。

「まあ、焦らずともゆっくり話すからの・・・。わしの名は『柳仙鬼人』。あーこれは二つ名みたいなもんじゃが・・・真名は忘れたきに」

 カッカと乾いた笑い声を上げる。

「リュウはな、すごいんだぞレイム!私ら鬼の四天王の更に上、大江山の総大将なんだからなっ!」

「・・・それはまた・・・」

 随分と大物じゃない、と嘆息する。此処のところ、ただでさえ外の神だの、天人だの、大昔の聖人だのメンドクサイやつらばかり相手にしてきたというのに、挙句の果ては鬼の大将ときた。いままで耳にしたことはないが、萃香の上ということは、相当な実力者であるのだろう。

「カッカ、そう気にすることもない。大将といってもちょっとしたお飾りじゃけえ、たいしたこたぁないきに」

「も~リュウはまた~。だって勇儀にも楽勝で勝ってたじゃん」

「!!?」

「そりゃ能力使ったからきに」

―――あの星熊勇儀に?圧勝?・・・ばかな。

 星熊勇儀・・・地底の旧都に住み、一帯の妖怪から姐御として人望を一気に束ねる、やはり萃香と同じく四天王。かくゆう地底の異変のときにも交戦し、結果は霊夢の勝ちであったが。

『それじゃ、この杯から酒がこぼれたらあんたの勝ちって事で。・・・どうだい?』

 よくもまあ、自身の背丈の半分もあるそれを手にして、そうのたまったのだ。従来のスペルカードルールに加えて。そんなの、実力で勝ったうちに入らない。事実、あの一角鬼は十分すぎるほど余力を残していた。

―――質問の順番を変えようかしら。

 予想以上の経歴に、探究心がむくむくとわきあがる。

「ねぇ、勇儀に勝ったっていうけれど・・・あんたの“能力”って、なんなのよ?」

 頬杖をついてけだるそうに聞いているが、至極真剣に訊いている。場合によっては、八雲紫と話し合うほどに危険な代物かもしれないのだ。

「あー・・・うん、まあいっか。“陰陽を操る程度の能力”じゃ」

「・・・陰、陽」

 あらゆる自然に宿るといわれている、二極の生命エネルギー。博麗一族の家宝である陰陽玉も、その原理が適用されているといわれている。

「それって、どこまで有効なの?」

「ん~まずわし自身の力はいけるじゃろ?そこの森の木々もいけるし、お前さんのもやれるかもやしれんのぉ」

「・・・それって、かなり無敵じゃない?」

「いーや、そうでもない。相手のものを操るときはなかなか、な。制御が利かないしの。制約は多々あるきに」

 そう本人は笑い飛ばすが、もし本当なら・・・やはり、危険である。

 もしその気になれば、人も妖怪も抵抗するまもなく殺される可能性があるのだから。

 霊夢の背に一筋の汗が伝う。あのなんともなさそうな男が、今は不安と、博麗の巫女に対する敵としか思えなくなっていた。

「はは、そう疑心暗鬼になる必要はないよ~。これでもリュウはさ、しっかりしてるからさ」

「カッ、おまえさんが言えたことかのぉ?」

「あー今バカにしてるでしょ!?私だってねぇ、ここ四百年間で心も体も・・・」

「幼女やないか」

「・・・うー」

・・・それより、萃香のキャラ崩壊をとめたほうがいい気がしてきた。

まあ、もしこの男が不穏な動きを見せれば、自分はただ退治するだけだ。塵も残さず。いつもと、なんら変わることのない、それだけだ。

「・・・で?あんたも聞くことがあるんじゃないの?」

「おお、そうじゃった。で、いま、幻想郷はどないなっとるんや?」

 

 ~少女説明中~

 

「ほー、なるほど。紫の理念は大方はたされたっちゅうことか」

「ん?あなた、紫と知り合いなの?」

「まあ、その・・・仕事仲間?」

 疑問詞で言われても困るのだが。

 さて、これで霊夢に話せることはほとんど話したはずだが、特に己のこと・・・博麗の話題には、これまでとは目の色を変えた。

『ほう・・・やっぱりの・・・』

『・・・ねえ、見つめないでくれる?』

 なにか先代以前の巫女と因縁でもあったのだろうか、と疑問に思う。

 そうそう、地底のことを話したときには、まるで自分のことのように悲しがっていた。なんでも鬼たちが幻想郷を離れるまえに眠りについたらしく、大将としてかんがえるところがあったらしい。知ったこっちゃないが。

 話もほとんど終わり、いちゃいちゃ(?)を再開する柳仙に再度問いかける。

「あんた、これからどうすんの?正直、うちに泊めるのはいやよ?」

 かなり直球で失礼な物言いだが、理由はある。

 第一に、経済的な理由。さすがに三人も養う余裕はない。

 第二に・・・胡散臭いから。

 出会って一刻くらいだが・・・持ち前の勘もあり、どことなくこの男の性格を把握してしまっていた。

 自分の心のうちは全く見せないくせに、相手の心にはのらりくらりと入ってくる。いごごちがわるいったらありゃしない。自分じゃなければつい心を許してしまいかねない。

 ・・・あのスキマ妖怪の嫌な上位互換である。仕事仲間というからには、やはり共感する部分はあったんだろうか。

 もっとも、それは杞憂にすぎず。

「カッカッ、安心せぇ、わしはぶらりと幻想郷を回るからのぉ。手ごろなところに泊めてもらうさ」

「え~、いいじゃん一緒に住もうよ~」

「いや、正直あの巫女さんの目が怖い」

 ―――アイツとは大違いじゃな。

 なにか呟いた気がしたが、萃香の猛抗議に、それはかき消された。

 

 




 今のうちに、補足を。
 人も妖怪も殺されかねない、という霊夢の懸念について。
 全ての生物は陰と陽のエネルギーをその内に宿しています。本作品の設定として、霊力=陽、妖力=陰と仮定しております。といえども、どの種族も二つのエネルギーを有しており、均衡を保っております。で、そのバランスを崩されるとどうなるか。
 体調異常、最悪の場合死にいたります。漫画でよくある暴走的な。事実そうなのです。陰盛、陽盛とかね。故に霊夢はその得体のしれない能力を危惧してた、というわけですね。
 本編でも、さらに詳しく説明します。

感想、疑問、その他もろもろ、どしどしどうぞ。むしろくださいお願いします。
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