八雲紫―――幻想郷の管理者。境界を操るもの。胡散臭い。etc・・・
その膨大な妖力、禍々しいなどとは到底言い表せないほどの危険な能力、驚異的な演算能力。
彼女を恐れぬ、避けようとせぬ者など、妖怪でもそうそういないだろう。事実、幻想郷で彼女とまともに話せる者など、十本指に入るかどうか。
そんな胡散臭い彼女であったが。
「紫様、もう巳の刻ですよ(現在の十時)、起きてください」
「ん~、藍~あと五分」
「昨日もそうおっしゃってましたよね?冬どころか今は夏なんですよ!?」
「・・・」
「さ、朝食の用意は整っております。起きてください」
しょうがないわねぇ、と乱れた髪を押えながら、渋々起き上がるスキマ妖怪。
みなさん、ご注目。これが、かの大妖怪のありのままの姿です。
着替え始めた主を横目に、部屋をでる式、八雲藍。
―――まったく、紫様の自由気ままさにも困ったものだ。
確かに昔からそうではあったが、自分が式となった600年前とは格段に拍車がかかっている。
―――思えばいつからか・・・ああ。
あいつのせいか、と、唐突にあの男の顔を思い出し、思わず舌打ちをする。
―――あいつが死んでから、紫様は・・・。
複雑怪奇な主の思考など、読めるはずもない。しかし、原因には残念なことに、心当たりがあるのだ。
―――あのおちゃらけ遊び人め。あの世にいっても、未だ紫様にまとわり続けるのか。
そういうとまるでその件の男と紫が恋仲にあるように誤解されそうだが、断じて違う。すくなくとも、藍の目には、紫が一方的に、おそらく今までで一番深く興味を持ち続けているだけのように思える。
―――いかんいかん、今日は橙が来る日なんだ、ダメオのことなぞ考えていては、顔向けできないぞ。
パン、と両頬を叩く。おそらく主もあくびをしながら居間へ来るころだろう。そして、橙といっぱいお話して、紫様も交えて・・・
「ああ、今日はいい一日になりそうだなぁ」
「おお、そりゃ良かったきに。随分と平和ボケしたようで、わしゃあ安心したぞ」
「うむ、こんな機会はめったに・・・」
ん?なんだ今の声は?心なしか・・・
・・・気のせいだ。まっすぐ前を見て歩こう。
「カッカ、お前もかわっとらんのぉ、もしや紫もかいなぁ?」
・・・夢だ。うん、柄にもなく仇の顔を思い浮かべてたから、大方紫様のご戯れだろう。まったく、こんな精巧な幻影など。
「どーせ幻影とでもおもっとんのじゃろ?相変わらず型物な奴じゃき」
「・・・帰れ。お前の存在など、私は認めん」
「おうおう、辛辣な奴じゃ。それでも、応仁のときとは比べ物にならんがのぉ?」
「!!?」
“応仁”という単語を聞いた直後、私の体は自然と後ろへと飛んでいた。毛が、全身の毛が逆立つ。
「貴様、よほど死にたいらしいな・・・?」
「カッカ、400年でどれだけマシになったか、確かめてやるかいの?ん?」
柳仙鬼人・・・今の私は式として日夜研鑽に励み、限定的とはいえ結界の管理も任される身・・・!
「覚悟しろ、古のO」
「・・・柳仙?」
はっ・・・しまった・・・。
紫様が・・!
クソッ、私としたことが。この二人を会わせるわけには・・・。
「・・・本物、よね?」
「おう、そうじゃ。しっかし・・・お前さん、ちと老け」
「・・・クク」
ゾワリ、と絶対零度の悪寒を感じたのは、よもや私だけではあるまい。鬼の顔にも、戸惑いの表情と汗が伝っている
「フフフ・・・やっぱり、生きていたのね・・・ああ、待ち焦がれていたわ“柳仙鬼人”!!そうよね、やはり幻想郷は貴方無しでは存在しえないわ・・・!」
「あの~、紫さん?どうしたこって?」
「礼を言うわ!!今日というこの日、今この時にこの男と逢わせてくれて!!幻想郷におわする龍神よ!!いままた、この楽園はあらたな階段を踏む時が来たのです!!」
「いや、今日たまたまだから。ちょっと結界緩んだだけだから」
「藍!!祝杯を用意しなさい・・!柳仙?あなたもこちらに・・・あの日何があったのか、しっかり聞かせてもらうわよ?」
その目は、歓喜と、常軌を逸した狂気と・・・初めて星空を見上げた子供のような、無邪気な色をたたえていた。
・・・おっといけない。紫様の命令に応えなくては。
「御意に」
「おう、ちょいまち?なんでお前さんそんな冷静なんじゃ?わしゃあ驚いとるぞ?しょんべんチビリそうじゃぞ?旧友の激変ぶりに驚いとるんですけどぉぉ!!なに、フュージョンしたんか、いや誰とじゃ!?」
「フフ、今夜は寝かせないわよ・・・?」
「24時間フルかいな!?」
古の妖怪とは思えないような言葉を喚き、ズルズルと引きづられていく。ざまぁみろとでも言いたいが、流石にスズメの涙ほどには同情したい。
あと、紫様。
―――下着姿は、お止めください。
***
さて、また時間をもどして。博麗神社の境内では。
「ねえ、萃香」
「なに、レイム?」
「・・・アイツ、ほんとに何なの?」
霊夢の言いたいことは、こうである。
朝食の後、「ほな、いくわ」と、外に出た柳仙。てっきり鳥居から階段を下りるか、もしくは飛んでいくのか。もしかしたら萃香に道案内でも頼むのかな、と思っていたのだが。
その、どれでもなかった。
『おーこりゃあいいの。借りるで』といって・・・スキマ《・・・》を開けたのだ。上下にこじ開けるようにして。紫よりかは乱雑な動作だったが、それでもそれは、まごうことなき、スキマ。
「あれも、能力?」
「いや、違うんじゃない?まーリュウはたまに変なことをしてたからな~」
ニャハハ、と、さもおかしそうに笑う。どうやら、出来ても何らおかしくないと納得しているらしい。
それより、いや十分騒いでもおかしくない超常現象だったわけだが。
気になることは、ほかにもある。
「まあいいわ。あと・・・アイツ、鬼よね?なんで角と分銅がないの?」
そう、彼の外見には色々と矛盾したところがあった。
鬼だというのに、角はない。
四天王の上の総大将だというのに、手に分銅がない。
「・・・あー、それね」
傾けていた瓢箪を置き、霊夢に向き直る萃香。
「角に関しては、能力。何でも能力で陽盛にしているから、妖怪としての特性が引っ込んで人間みたくなるんだってさ。分銅は・・・そうさね」
―――生き様、みたいなものかな。
「は?どういうこと?」
「まあ焦んなって。見てれば分かっただろ?リュウの、自由奔放ぶりを」
「そうね。勝手に食べ始めたり、話の主導権を勝手に握ったりね」
萃香の口調がさっきまでとは少しだけ変わり、鬼らしい、傲岸不遜な表情になる。反対に、霊夢は苦々しそうに、先ほどのことを思い出して口を曲げていた。
「リュウが常々いってたよ・・・自分は、鬼らしくはないって。嘘はつくし、自分勝手だし・・まあ、あたしらにも言えることだが。だから、自分への重りはいらない。窮屈だから・・・てさ」
「・・・そう」
問いかけたのは自分なのに、興味無さそうに神社の本殿へと戻る霊夢。
萃香は、ふぅ、と息を吐き、スキマのあった場所を見つめる。
グビと酒を飲み、霧となって上空に上っていく。
未だ逸る、その胸をを押さえて。
***
橙とは、八雲藍の式である。化け猫に鬼神の式がとりついていて、十分実力はあるはずなのだが、精神の未熟さもあいまって、まだ八雲の性は受け取っていない。
未熟さの原因は、少なからず、主人の溺愛ぶりにもあるのだと思うが。
そんな彼女は、普段住んでいるマヨヒガを離れ、ここ八雲亭に足を運んでいた。もちろん、主人の藍、そのまた主人の紫と顔を合わせるためである。
―――藍さま、今日は褒めてくれるかな。
実は一昨日、部下の猫たちが初めて言う事を聞いたのだ。どうも、「一番マタタビを集めた子にはこの煮干しをあげるよ~」と言ったのが効いたのではないか、と自己分析している。
もっともそのせいで、人里の猫愛好家に被害が及び(主に盗難)、橙が平謝りする羽目になったのだが。細かいことは気にしないのである。
玄関の呼び鈴を小さくチリンと鳴らす。これだけで藍は数秒で玄関にすっとんできて、満面の笑みで「お帰り、橙」と言ってくれるのだ。ああ、楽しみで仕方ない。
の、だが・・・。
―――あれ?まだ来ない・・・。
もう二分経とうというのに、だれも来る気配はない。耳を澄ましても、物音ひとつ聞こえやしない。
仕方なく戸に手をかけ、しかし鍵がかかっていて入ることもできない。
―――留守?まさか・・・。
もしや自分のことなど忘れてしまったのか。まさかとは思うが・・・。
『ああ、橙。今日からこの子を式にするから。今までご苦労だったな』
『そう。だからもう、ここに来なくていいのよ・・・?』
縁起でもない二人の声が、脳内に反響する。そんなことない、と思っていても、拭えぬ不安。
浮かぶ、涙。
―――らんしゃま・・・、お願い、一人にしないで・・・!
ガラッ。
「ら、らんしゃ・・・ま?どうしたんです?」
杞憂に終わったことへの安堵。だが次の瞬間、戸惑いに代わる。
クマが、尋常じゃあないのだ。
「ああ、橙・・・いらっしゃい。今日はお客・・・様が、いるから。済まないが、しつれ・・・いや、静かにしてるだけでいい」
「は、はい・・・」
あまりにも疲れ切ったその姿に、橙はますます疑念を覚える。こんな姿、冬の間の結界のハプニング以来だ。
「さ、おあがり・・・ん?目が腫れているぞ?どうしたんだ?」
「ひゃいっ!?い、いや何でもないですお邪魔しますっ!!」
それでも、やはり主としての威厳は健在だったようだ。
心の中で、まだ主人の気持ちが自分に向いていることに、思わず嬉しくなった橙だった。
これから、何が起きるかも知らずに。
今回はここまで。
橙がうまくかけたか、チョイ心配です。
紫さま、よくわからないご乱心。ファンの方、気分害したらごめんなさい。
俺の中のゆかりんが、こう言ったんです。