外の世界とは隔絶された幻想郷。そのせいあって人里の生活水準は現代のそれと比べ劣っている。が、それ故なのか、往来の活気は、現代人が既に忘れ去ってしまったかもしれない。道行く人が、まるで他人の気がしないような、そんな奇妙な連帯感が、そこにある。
まずそこは変わっていないな、と柳仙の第一印象。
細部に目を凝らしてみれば、見慣れぬ建物もちらほら。昭和の“バラック”と呼ばれる建物も、知らぬうちに幻想入りしているようだ。
自分の頃とは、もはや根本的に違うのだな、と紫の話を反芻し、複雑な気分になる。郷愁と、未知への苛立ちというのか。自分でも説明がつかない。
「ま・・・良いことなのかもしれんやのぉ」
ふ、と息をつき、歩を進める。海産物の店は内地ということもあり流石にないが(行商人は見掛けた)、八百屋、呉服屋、その他あまり変わらず、
「お・・・?」
見慣れぬ看板。袋の口から何やら粉がこぼれている、そんな絵が描かれていた。
純粋な興味を持ち、店内へと入る。
―――匂いがきついのぉ・・・。
入ったとたん、強烈な刺激が鼻腔を襲う。何やら唾液も溜まり、腹の虫までなる始末。
この異常性に、柳仙はある既視感を覚える。
「おう、店主はどこじゃけぇ?」
「ん・・・わしだけど」
応答したのは、熟練された気を放つ、初老の男性。
―――こやつ、できる・・・!
まだなにもわかっちゃいないが。思っただけ。
「で?なにか香辛料をおS」
「やっぱり!!これ香辛料だよねえ!!キタ!!紫ありがとう愛してる!!」
「・・・えーと、注文は?」
「胡椒全部!!」
ヒク、と口角がひきつる店主。その様子を見て、急に冷静になった。
―――やばいの、金が足りるかどうか・・・店も売るわけがない。
勢いで胡椒と言ってしまったが、考えればタダでくれるわけではないのだ、どこかからあさはかなり、と聞こえてきそうである。
「あー・・・悪いの、で、金額は?」
「はぁ・・・しめて十円ですが」
・・・え?(一円=現代の一万円)
「う、うそじゃろ?そ、そんなに在庫の量が少ないんか?」
「いや、大きめの袋で十袋くらい。あれくらいの」
店主が指差した袋は、米俵並みの容積はある。
ポカン、と思わず顎を下げる。
―――・・・今って、胡椒って、貴重品じゃないの?
価値観の相違が、今この瞬間だけは、神様の贈り物のように思えた。
「はあぁ~あ、おき~のしらな~み、い~~まこ~の・・・」
流石に十袋は多いとのことで、子袋ひとつ十銭で譲ってもらった柳仙。もうお気づきだろうが、
彼は、ホールの胡椒にぞっこんなのである。
きっかけは部下が奪った馬借の荷物にあったのが最初。その未知の刺激の虜となり、戦利品は必ず胡椒にするよう厳命したくらいだ。しかし、当時は高価且つ貴重であり、日本に流通したのが奇跡みたいなものである。
ポリポリと木の実のようにかじりながら、久々の友との邂逅に浸る柳仙。
「さて・・・どこに行こうか」
正直、あてはない。加えて、土地勘もない。道案内がいないのも旅の楽しみにする彼だが、それは現実と必ずしもそぐわない。
うんうんとうなりながら悩んでいると、いつの間にか広場、人里の中心、についていたらしい。
手ごろなベンチに腰掛け、キセルを取り出す。
まあ、タバコの類は今はないので、何を血迷ったか、胡椒を投入。
点火。
・・・十分、イケるらしい。
「ああ、幸せじゃぁ~・・・お?」
見れば、中央の花壇でせっせと作業をしているのが目に入った。
金髪で青色の眼をしており、昔九州あたりで見かけた異国人と似た風貌。柳仙にはわからないが、ゴスロリに近い衣装。赤いカチューシャをしており、肌の色も薄く、まるで人形みたいじゃな、と感じた。
手元を見れば、彼女に似た人形が二体、犬だの猫だのを模した人形が数体、彼女によってなにやら弄られていた。
腰をあげ、話しかける。
「ようそこのお前さん、何しておるんじゃ?」
初めて少女の目線が自分を捉えた。近くで見れば、やはり初めて見るタイプの美人だと、切に思う。
「誰?・・・まあ、いいわ。これからここで人形劇をするから、その準備よ」
「ほう、人形劇とな。あれか、浄瑠璃みたいなもんかいのぉ」
「随分と古臭い例えね・・・」
作業の手をとめる。聞きなれぬ単語のせいか、少なからず興味を持ったようだ。
「カッカ・・・そうじゃ、名乗り遅れたの。わしの名は柳仙鬼人じゃ。以後よろしゅう」
「変わった名前ね・・・。アリス・マーガトロイド。魔法使いよ」
そっけないのぉ、と思いながらも、まだこっちに意識を持ってくれている。無表情さとは裏腹に、案外親切なのかもやしれない。
「いつもここでやっとるんか?」
「まあ、そうね。最初は許可がどうのとかうるさかったけど・・・いくらか気楽にやれるようになったわ」
「カッカ、いつの時代も同じじゃのぉ」
「・・・さっきから、変わった言い回しね。まるで昔の人みたい」
「まあ、そうじゃからのお」
それがなにか、といいたげな柳仙。はぁとため息をつき、頭を抱えるアリス。
「あなた、妖怪でしょ?微弱だけど、妖力が感じられるわ」
「おお、分かるかいの?じゃあ、何の種族か、あててみ?」
「さあ、そんなの知らないわ。見た目は人間と大差ないもの」
今朝からずっと変わらず陽盛の状態なので、体は人間と大差ないのである。
内心、ワクワクとしながら、柳仙は言う。
「鬼じゃ」
「ふーん、そう。え?」
「鬼じゃ」
「・・・ごめんなさい、聞こえなかったわ。もう一度いい?」
「じゃから鬼というとるやないか」
呆けて動けないアリス。パチクリと瞬きを三、四回繰り返す。
「あなたね、嘘をつくならもっとましなものにしなさい?妖力の量でバレバレよ?」
「カッカ、そうじゃのう。では」
―――これは、どうかいの?
すかさず陽を抑えて陰に変換する。徐々に額から伸びる角。伸びる牙。馬鹿げた妖力。
まさに、鬼。
人知の及ばぬ、最上種の妖怪。
人より長くいきる七色の魔法使いといえど、目の前の現象にただただうろたえるしかない。
「うそ・・・!」
「な?嘘じゃないやろ?」
なぜ、こんな強者が人里にいるのか。もしや、自分を喰らうつもりで接近したのか。あ、自分妖怪みたいなものだった。えーと、開演時間まえあと何分?
柄にもなく、絡んでめちゃくちゃになる思考。動かそうにも足すら動かない。
自分にむかって伸びる腕に、ビクッと体が震える。思わず目をつむる。
「どうしたんじゃ?なにか問題あったかの?」
ニヤニヤと腹のたつ笑みを浮かべ、自分の頭を撫でていた。
「・・・」
「かーっ、やっぱ角を生やすのは久しぶりじゃのぉー。どうじゃ、これからわしの男の角で」
「・・・わよ」
「ん?ホントにいいの?」
「おお、ありよ・・・あんた自身がもんだいよぉぉぉ!!」
「アベシッ!!」
突如発生した膨大な妖力に驚き、中央広場に駆けつけた上白沢慧音の眼に映ったのは。
人形遣いに吹っ飛ばされ、大気圏を突き抜ける一人の男の姿だったという。
***
「はっはっは、それは災難だったな、君」
「全く、洒落にならん…」
赤く腫れた顎をさすり、そうぼやく。
あれから地上に生還した柳仙は、第二撃を用意しはじめたアリスを必死でなだめ、途中で慧音の仲介もあり、何とか命の危機を回避した。しかし、鬼に一撃食らわすとは、なかなか乙女の拳というのは侮れない。
今は無事に準備を終え、大勢の子供のまえで公演している。
「しっかし、かなりの腕前じゃのぉ。容易には真似できなさそうじゃ。」
「それはそうだろう、彼女は魔法使いであるからな。ただの人間が真似できるはずもない」
慧音のさも当然といった様子に、柳仙は苦笑いを浮かべる。慧音にはまだ自分が妖怪とは明かしていない。もちろん、混乱を招かないため。ばれたときが少々心配ではあるが。
自己紹介の時にも、再び陽に変換して人間の状態になり、アリスに口外せぬよう瞬時に言おうとしたのだが、言われなくても先方は気づいていたようだ。人間だと太鼓判を押してくれ、心中で感謝した。
「それに、あれほど人形というものに愛情を注いでいるのは、幻想郷のなかでも彼女が一番だろう」
「ああ・・・そうじゃの。表情が、まるで違う」
表現豊かに声に抑揚がつき、人形もまるで生きているよう。先のあの無表情さがウソみたいに思えるほど、その変貌ぶりには、驚かされた。
思わず、こちらまで、頬が緩んでしまう。
「む?貴様、また妙なことを考えているのか?聞いたぞ、何でもセクハラ?紛いのことをしたそうではないか」
「へ?ああ、そういえば。っいやいや違うよ!?いやしたけど。」
「アリスがそう言っていたが」
「ほんにめんどい奴じゃのぉ!!」
言わなくていいことまで、と感謝を裏返し、恨みを募らせる柳仙。
一人でブツブツ「急に黙るから・・・」とか言い訳している彼に、慧音はクスリと笑う。
「そうだ、君。こっちに来たばかりなんだろう?住むあてとかはあるのか?」
「あー、そうじゃの。ないな」
「そうか、なら私が都合してやろうか?」
どうも親切というか、世話好きな女性みたいである。柳仙としては、どこかで野宿となっても、最悪構わない。が、せっかくの厚意を無碍にすることもない。相手が清楚系の美人であれば、なおさらだ。
「・・・また邪なことを考えていないか?」
「エー、ナンノコトカサッパリ」
「・・・まあ、いい。で、どうなんだ?」
「おう、そう言ってくれるなら、お頼みしようかの。恩にきるきに」
「いや、気にしないでいい。外来人の世話はもう、仕事のようなものだからな」
言い方では冷たく聞こえる物言いでも、彼女の思いは本物なのだろう、不思議とあったかい気持ちになる。
ーーーそういや、寺子屋の先生だったか。いやはや、子供たちが羨ましいきに。
彼は知らない。少しでも道を外しかけた子供は、鬼の金棒より恐ろしい、怒りの頭突きが食らわされることを・・・。
「では、私はこれから寺子屋に戻る。そうだな、日が沈む前に寺子屋に来てくれるか?」
「おう、了解じゃ」
「気を付けたまえよ、あともう、人里の外には出ないように!!」
「へいへい、おおきに」
投げやりな返答に少し、まゆを顰めるも、すぐに笑みを浮かべ、人通りへと消えてゆく。途中、通行人から挨拶を受け、にこやかに返している。
「カッカ、熱い人望、よきかなよきかな・・・。それじゃ、団子でも食って地底にいくかの。カッカ!!」
慧音の配慮は、この男の心に届くことはなかった。
***
「宴会するぞ!!」
「・・・は?」
突然萃香が神社に戻ってきたかと思ったら、そうのたまった。
勘弁してほしい。会場設営、これは発案者の萃香ら鬼に任せても、後片付けはどうせ自分がやるのだ。食材の調達など、出費もばかにならない。
「なんで急にそんなことを言い出したのよ?」
「そりゃ決まってるさ、柳仙の歓迎会だよ!」
「・・・ああ」
ぶっちゃけ、忘れてた。いや今朝の記憶がないとかそういうことではなく、興味がなかったということだ。
しかし、困った。大義名分としては決して間違っていないし、至極自然だ。断りにくい。
うんうんと頭をうならせる。
「私が全面的にバックアップいたしますわ」
「・・・紫」
いまほどこの妖怪が神々しく見えたことはない。彼女なら、まず不備や事故は起こさないだろう。
「ってなんでいつもは呼んでも来ないくせに、こういう時に限って」
「仕方ないじゃない、本当なら私が発案する予定だったのよ、そこの鬼に先手を打たれただけですわ」
「ほう、そりゃ負け惜しみかい?賢者にしてはみみっちいことだねぇ」
「フフ、いくら友人とはいえ、譲れないものはあるのよ?」
「へぇ、そりゃいったいなんだろねぇ?どこかの大将、とか」
「ご想像のままに」
鬼と賢者がにらみ合い、木々がざわざわとゆれる。霊夢くらいの強者でなければ、殺気にあてられ呼吸困難に陥っていただろう。
が、そこは自由奔放な巫女。この程度(?)では動じるわけがない。
「はいはい、よくわからない喧嘩なら、後でやって。それで紫?さっきのは本当なんでしょうね?」
「ええ。見返りもいらないわ。むしろ場所を貸してくれて感謝したいくらいよ」
「・・・あんたから感謝なんて言葉が出るなんて。明日は槍でも降るのかしら?」
肩をすくめ、呆れる霊夢。まあ、とくに胡散臭い感じもしないし、信用してもいいか。むしろさっさと帰れ。
「で、いつぐらいまでに準備は終わるんだい?」
「そうねぇ、三日かしら。ゆっくり観光もしてほしいし。萃香、あなたにも手伝ってもらうわよ?」
「おういいよ。ま、結果は変わらないしね」
「さあ?何を言ってるのかわからないわね」
フフ、ハハハと無理したような不気味な笑いを飛ばしながら、スキマへと身を隠す二人。ようやくうるさいのが消えたと、息を吐く。
ーーーあいつ、やっぱり紫とも関連があったのね。
スキマを開けたくらいだから、そうではないかと思っていたが。胡散臭さがないといったが、その代わりに、まるで彼氏のサプライズパーティの準備で心躍っている少女のような、そんな歓喜の表情があった。
ーーーって、そんなの、私にわかるわけがないわね。
一瞬うかんだその情景を打ち消し、縁側に座る。
すっかり冷めた煎茶をすすり、顔をしかめる。
そのうちに、だんだん三日後にどうなるのか、不安になる霊夢だった。
柳仙鬼人、なんだか遊び人ってよりただのセクハラオヤジになってきた気が・・・。
オヤジじゃないからね!?まだ二十半ばの風貌だからね!?
ちょっとギャグ補正に頼りすぎたか。ごめんなさい、これが今の限界です。