片腕有角の仙人、茨華仙は、迷っていた。
いつも通り、行きつけの団子屋に寄り、説教の一つでもわたさねば(どこか店主が諦めたような雰囲気なのだ)、と考えていただけだった。そして団子が食べたかっただけだった。
外見は、いつもと同じ、錆びれた雰囲気。店主が一人でいるのも、いつも通り。閑散としているのもいつも通り。
「いやねぇお客さん、そんなに美人に見えます?」
「ああ、みえるみえる、わしから見たら全然ピチピチの女子じゃよ」
「もう、世辞がうまいねぇ」
「おいバーさん、よかったじゃねぇかめったにないことだぞ」
「ジーさんは黙っててもらえます」
ーーーめっちゃ、ニコヤカなんですけど。
ダウナーとは誰が言ったのか。満面の笑みを浮かべて、体をちょっと気持ち悪いくらいまでにくねらせ、お爺さんまでもしゃべっている。
いや、問題はそんなもんじゃない。
そんなおチャラけた発言ばかり繰り返す奴が気になり、顔をのぞき見たときのことだ。
ーーーえ?
少し薄汚れた帽子。黒い着流し。白い首巻。キセルを片手に、お婆さんと談笑する、二十半ばの外見の青年。
いや、青年とは到底言えない。
華扇は、その男の顔を、片時も忘れたことはなかった。自分の人生で、最も影響を与えた男。憧れ、同時に反面教師にもなった男。
あり得ない。もう、会えないって思ってた。
ーーー柳仙さま?
信じられず、胸の気がぐちゃぐちゃと暴れまわっている。吐き気にも似たその感情を抑えようと、口に手をあてる。
ーーー・・・萃香さんが、死んだって・・・でも、あれは・・・!
もう、目の前の人物が亡霊なのかと思ってしまう。いや、鬼が亡霊になるかは疑問だが。
ーーーん?・・・あっ、そうか。偽物か。
よくよく考えれば分かることだった。そう、もし生きていたなら真っ先に自分に連絡に来てくれるはずだし、私をこんなに悲しませることもなかっただろう。
だんだんと怒りが台頭してくる。柳仙鬼人の姿を真似て人間を誑かそうとは、とんだ罰当たりな妖怪もいたものだ。
ーーー私に見つかったのが、運の尽きよ。フフ、ただでは殺さないわ、ねぇ?私の大事な人を愚弄するような真似をしたおバカさんには。そうね、四肢は引きちぎるのは当然として、魔女にも来てもらおうかしら。治癒魔法をお願いしないと。死神にたのんで地獄にでも、いやそれはないわ。地獄にもどこにも逃がさない、ずっと延々と苦しみを・・・。
・・・おおよそ、仙人とは思えない、残虐な思考へとつかろうとしていた。
ーーーなによりまず、確かめないとね。
これから殺す者の名を。
つかつかと二人に近づく。どうやら私の存在に気づいていなかったらしく、驚いた表情を浮かべる。
「あら、こりゃどうも」
「ほー、こりゃまた。また見ない美人じゃのぉ。どんだけここは美人揃いなんじゃ?」
ふざけた言動は止まることを知らないらしく、お婆さんに睨まれている。
声まで似せて。有象無象のゴミに褒められたって、何にも心に来ない。
それでも、さも嬉しいかのように作り笑いを浮かべ、丁寧に挨拶をする。
「はじめまして、私は茨華仙。仙人です。貴方は?」
仙人、ときいてもまったく狼狽しないあたり、相当肝の据わった奴らしい。ますますもって、腹の立つ。今すぐ退治してやろうか。
「・・・?そうか、まあいい。丁寧にありがとな、わしの名は柳仙鬼人。しがなきお・・ゲフン、何でもない」
「・・・へ、え」
プツン、と、私の中で何かが切れた。
「外来人ですか?」
「まぁー、そうなっとるらしい、の」
「それはよかった、じゃあ死んでください♪」
「カッカ、そりゃありがた・・へ?」
言うが早いが、私は顔面めがけて拳を振りぬいた。
***
団子屋どころか、三軒越しまで柳仙の体はぶっ飛んだ。埃と土が、もうもうとたちこめる。
−−−いやいや、なんちゅう粗暴な仙人じゃ。
もしや自分が妖怪とばれていたか?いや、根本から弄っているのだから、出会ってすぐには、あ、アリスにはばれてたか。
とにかく、荒ぶる仙人を押さえなければならない。ほら、殺意をばらまきながらこっちへ歩み寄っている。
ぐっと体を起こし、立ち上がる。
「のう、わしゃあなにかしたかの?」
「…あなたは大変なものを盗んでいきました…、そう、私の良心です」
「話きけやっ!?なんじゃ、紫と同じか!?演技か!?」
「へえ、スキマ妖怪さんともお知り合いなんですね−、ますます、あの方にかぶせてっ!!」
…もはや話し合いはできそうにもない。いや、どちらもする気はなかったが。
−−−にしても、口調といい、顔といい、名前といい、髪の色といい、鎖といい、義手といい…あやつに似てるの。
そこまで合致してれば本人と気づいても良さそうだが、生憎、柳仙の知っている華扇はもっと大人しく、茶色の着物を着ていた。
すくなくとも、初対面の人を殴るやつではない。
それより、いまはこの場を治めなくてはならないわけで。
「ちょいちょい、ここじゃちと都合が悪い。どんな理由でわしを襲うのかは知らんが、無関係の人間を巻き込みたくはあるまい?」
「…」
沈黙は是なり。そう受け取った柳仙は、ニヤリと笑って、指をパチンと鳴らす。
「紫、おる?」
「はぁい、何かしら?」
華仙の足元に転送魔法陣…ということはなく。間の抜けた呼び掛けに応えた紫。
「ふぅん、そういうことね」
「え?ちょ、なんであなたのような人がこんなや」
「ほな、たのむわ」
「二名さまご案内〜♪」
華仙の抗議もむなしく、スキマにボッシュートされる二人。
それを見届け、ゴシップ好きなどこぞの鴉天狗のような、ゲスな笑みを浮かべる。
「さてさて、積もるお話もあるでしょう、二人とも。どうぞ、ごゆっくり」
「な、なんじゃこりゃ!?」
「ああ、修理ならこちらで全額ご負担いたしますわ、ご婦人」
「本当かい?それじゃ三階建てに」
「それは自己負担でお願いしますわ」
***
スキマから吐き出された二人の落下地点は、日に照らされた、思わず寝転がりたくなるほど、開けた草原であった。
「てて・・・もう少し丁寧にしてくれんかのぉ、今は人の身じゃき・・・」
そうぼやき、腰をさすりながら立ち上がる。
しかし、場所のセレクトは非常に良好といえる。こんな私闘さえなければ、キセル片手に一服しゃれこみたい。
もちろん、そんな余裕など、相手が与えてくれるはずもない。
「さて・・・懺悔の時間はすみましたか?」
「カッ、そりゃお前さんのほうじゃき」
そして、どちらからということもなく、ほぼ同時に地を蹴った。
お互いの距離などなかったかのように、一気に詰め、右拳を振りぬく。
あり得ないほどの爆音が、草原に響き渡った。
「くっ・・」
「ほう」
予想以上の強さだったようで、華仙は苦い顔に、柳仙は目を見開く。
バッとお互いに後方に飛び、向き合う。
「・・・なかなかやりますね?」
「ああ、同意見じゃ。しっかしのぉ、仙人とはいえ人間じゃ有り得んパワーじゃのぉ。お前さん、もしや」
「っ!!」
構える余裕もなく、華仙は柳仙へ飛びかかる。
反射で防御せんと前に組んだ腕を無視するかのごとく、華仙は空を蹴り、首へ回し蹴りを落とした。
「がっ・・」
グワン、と脳が揺れる。どうすることもできず、前へと倒れる柳仙。
ドサリ、と背後で聞いた華仙、ふぅと息をつく。ただの敵討ちをするところが、危うく感づかれるところであった。
もしも”鬼が仙人をしている”なんて噂が流れれば、当然天狗が記事に起こし、仲間ーーー萃香や勇儀の目にも止まる可能性が高い。そしたら、自分がひた隠しにしている目的を諦めざるを得なくなる。
ただでさえ、会うのが気まずいというのに。
ーーー私もホント、感情的になっちゃったわ。
どうも自分の欠点なのだろう。あの時は自分が口火をきって口論まで発展してしまったし、今だってそうだ。偽物なんて無視すればよかったのに、つい衝動のままに殺してしまった。
はぁ、とため息をつき、帰ろうと妖怪の山へむかう。もはや先ほどの黒々とした感情はなりを潜め、虚しさしか残っていなかった。
これでは、柳仙様に顔向けができないな。
「やー立派じゃ立派!!よくもここまで、じゃのぉ!!」
・・・有り得ない。確かに手ごたえはあった。妖怪とはいえ、よくて一日はめを覚まさないくらいの衝撃は与えた。ありえない、もうその偽りの声は消えたとばかり・・・。
唇をかみしめ、拳を握りしめる。またもや湧いてきた殺意のまま、振り返ろうとして、
ゾク、と背中に悪寒が走る。
今まで男から感じていた妖力などと比較できないほど、膨大な、禍々しい。そして、同時に・・・威厳があった。よく知っていて、自分がいつも後を追っていた、その背中と同じ。
ためらうように、ぎこちなく男の顔をみる。先ほどとほぼ変わっていなかったが、角。鬼の誇りである角が、今は男の額に鎮座していた。
間違いない。こんな真似、人間と妖怪との境界などものともしないような者は、八雲紫とーーー柳仙鬼人だけだ。
言いたい言葉がある。しかし、締め付けられたような、かすれた声しか出ない。
「うぁ・・・ほんとに・・柳仙さま?」
ようやくでてきたのは、そんな陳腐な問いかけだった。
ニコリ、と相対する男は笑う。
「ああ・・・まー紆余曲折あったがのぉ、正真正銘、わしじゃよ」
カッカ、と笑う。出来の悪い生徒を慰める、教師のように。
もはや、疑いようもなかった。
目から、一粒、一粒、涙が流れる。思わず飛びつきたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。そんなことをしては、本当に成長がない、と笑われてしまう。
だから、華仙は左の掌に拳を合わせ、その場にひざまずく。
喉から声を振り絞り、毅然と。
「・・・りゅ、柳仙さま・・・ひぐっ、お会い、したかったです・・ご、ごめんなさい・・ 」
鼻水をすすりながら、何とか言葉を紡ぐ。
柳仙は、いつものふざけた笑いではなく、慈しむように華仙を見、目線までしゃがむ。
ポンッ、と頭に手を置き、なでる。温もりが、伝わる。
「悪かったのぉ、ちと待たせたが・・・大きくなったのぉ。ほんに。わしは、お前さんが一人前になって、ほんとに嬉しいよ」
殴られるのは勘弁じゃがな、と付け加え、グシャグシャと華仙の頭をなで回す。
もう、限界だった。
「あ、あり、が・・・うっ、うわぁぁ!!」
今朝の萃香よろしく、飛びついた。体制がとれず、地面に倒れる柳仙。
少し苦笑いしながらも、奇跡ともよべるこの再開に、神様にでもお礼を言いたい気分の柳仙だった。
「う~ん、今日はいいネタがないですね~、まったく、少しは色恋沙汰でもありませんかねぇ~」
清く正しい者としてかなりOUTな台詞をいいつつ、地上を見渡す鴉天狗こと、射命丸文。スクープらしきものもなく、用はぶっちゃけ暇ということである。
ペンをくるくるとまわしつつ、砂粒一つ見逃すまいと目を凝らす。こんなときに犬走椛の能力が欲しいな、と切に思う。
それぐらい必死だったものだから、もちろん草原なんて、見逃すはずもない。
「・・・お?おお?・・・あややっ!!よしきた!!スックーーープ!!」
華仙をを抱いている柳仙の絵図など、部外者から見れば、ロミオとジュリエット的なものにしかみえないわけで。
それは、このダ天狗の好物なわけで。
「とつげきぃぃぃ!!」とかのたまいながら、地上へ急降下したのであった。
「うぐっ、えぐっ」
「おうおう、いっぱい泣け。減りはするけどのぉ」
「蹴って、すみま・・うう」
「いいきに、わしも最初は気付かなかったんじゃ、お互いさまじゃき。そうそう、その格好はなんじゃ?」
「その・・実は」
華仙の言葉は、ドォォォン!!との爆音にかき消された。
茫然と見つめる二人、そして砂埃からカツカツと誰かが歩み寄ってくる。
「ども、毎度おなじみ、清く正しい射命丸ですっ!さっそくお二人さん、取材してよろしいですよねっ!」
ややハイテンションの鴉天狗と認識した、二人の行動は早かった。
「いきなりでてきて・・・」
「「なにをいっとるんだこのバカラスッ!!」」
「あやばっ!?」
スパコーンと飛び蹴りがさく裂。どうでもいいが、二人のコンビネーションは抜群のレベルであった。
「いたた、なにを」
「どーもこーもないわよっ!!せっかくいい雰囲気だったのになに邪魔してくれてんですか!?」
「あやや、それではやっぱりお二人は恋人なんですねっ!」
「な、なっ!?」
鬼の攻撃を食らったとは思えないスピードで復活した文の言葉に、顔を赤らめる華仙。その、いや、とかブツブツ言っているが。
「よー、文」
初対面にしては馴れ馴れしいな、と思いつつ、文は元気に答える。
「はいっ、なんでしょう?」
トントン、と額を叩く柳仙。なにを、といぶかしむも額を見やり、
絶句した。
「・・・う、うぇ!?おおおお、鬼ぃ!?」
「そーじゃ。たく、お前さんは変わっていてほしかったのぉ、文」
そういえば、と改めて全身を見る。
キセル、帽子、角。こんな特徴的な鬼は、文の知る限りで一人しかいない。
「りゅ、柳仙鬼人さんですかぁ!?」
「はい、正解じゃ」
カッカ、と笑うも、目が笑っていない。さぁ、と顔が真っ青になる。
古来、妖怪の山を治めたのは天狗ではなく、鬼である。そのなかでも強者をまとめて四天王とよび、さらに指導者として絶対的な強さを持つ総大将がいた。
つまりは、文は子会社、柳仙は親会社の会長的存在なのである。
「あーあのー、ぜ、絶対記事にはしませんから、ね?どうかご慈悲を・・・」
「おう、いいぞ。そう言ってくれんかったら、首、吹っ飛ばしてるが、の」
ふぅ、と安堵する文に、手をさしのばす、柳仙。
「え、あの?まだ何か?」
「それ、なんかの記録媒体じゃろ?消せ」
ギクゥ!!と聞こえてきそうなほど、のけぞる文。
昔からこうなのだ、裏をかいて瓦版の特集記事を組もうにも、すべて回り道されて、すごすご帰るはめになる。
さすがに、諦めざるを得ない。隠し事は無理そうだ。
結局、使い方のわからない柳仙にかわり、復活した華仙が写真を消したという。
華仙と柳仙の文字がにている・・・偶然です。はい。