東方遊々記 ~のらりくらりと幻想探訪~   作:ジャンヌ

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久々の更新です!

ちょっと長めですが・・・今回は地底編です。
いつもよりまして独自解釈が強めかも・・・

それではどうぞ!


第六話  世代のうつろい

 幻想郷はすべてを受け入れる。それがウリなはずなのだが、やはりどうしても、その外観や能力から人間妖怪問わず、遠巻きにされてしまう種族がいる。

 居場所をなくしたはてに移り住んだ地・・・地底。

 柳仙自身、ここへ来たことは一度しかない。旧都、だったか。そこの建築を手伝ったことしかない。しかし、大抵のものは地上の時からの知り合いだ。もっとも、死んでいなければ、だが。

 

「しかし、華仙も付き合い悪いのぉ・・・」

 

 あれから幻想郷の案内を買って出てくれた華仙だったが、柳仙が地底に行く旨を伝えると、急に口をひくつかせて謝ってきたのだ。

 今は行けない、と。

 どうも仙人となったことに関係があるらしいのだが。

 

「ま、仕方ない。またあとで一緒に酒でも飲もうかのぉ」

 

 そういうと、華仙はほろりと涙を流し、嬉しそうに承諾してくれたのだ。柳仙としては、それで十分である。

 入口までは案内してもらい、ふよふよとゆっくり、地の底へ降りて行ったわけである。

 

「しかし・・・やはり人間の身のままだと、ここは辛いのぉ・・・」

 

 太陽の光がないことはそう問題ではないが、なにしろ湿気と空気が悪条件にもほどがあった。妙に肌寒く、人間のいるべき土地ではないのが肌身をもって知れる。

 

「じゃ、妖怪に戻ってみるきに・・・!」

 

 ギシ、と腕がきしんだ。

 後ろへ引っ張られる感覚。なんとか堪えてはいるが・・・馬鹿みたいに強い。

 おまけに、糸が食い込むような痛みを感じる。

 

ーーー土蜘蛛、か。

 

 疫病を運んだり、神も仏を食らうといわれるほど凶暴な気性をもつ、妖怪の中でも相当に厄介な種族。柳仙自身、何度も苦戦を強いられた記憶がある。

 

『クスクス・・・こんな陰気な場所に、何のようだい・・・にんげん』

 

 嘲笑するかのような、童女の声。普通のものならば一瞬気が緩みそうになるほど、垢ぬけにその声は明るかった。

 

ーーー手加減は、なしじゃの。

 

 徐々に、体内の”陽”を”陰”に変えゆく。見た目はそう変わることはない・・・額の角と、馬鹿みたいに強大な妖力を除けば。

 敏感に感じ取ったのだろう、糸はするり、と外れる。

 

「・・・地上の妖怪が、何の用。にんげんに化けてまでさ・・・」

 

 打って変わって、刺々しい声音で、ひたりひたりと近寄る。人間の視力ではみれなくとも、闇夜に慣れた妖怪の目で、しっかりとその姿を見た。

 黒いリボンにポニーテール。やや風変りなドレスを着た、少女。

 よく見知った、土蜘蛛であった。

 

「場合によっちゃころ・・・あれ?もしかして柳仙?」

「おう、よく覚えてたの。カッカ、そのとおり、みんな大好き柳仙鬼人きに!」

「あー・・・変わってないねぇ・・・」

 

 苦笑するこの少女。名は黒谷ヤマメ。同族の中でも強力な”病を操る程度の能力”をもち、されどとても人当たりの良い妖怪である。まだ妖怪の山にいた頃は、よくヤマメとにとりの喧嘩の仲裁をしたっけ、としみじみ思いだした。

 

「最近みないなぁ、って思ってたけど・・・また諸国巡遊の旅かい?」

「・・・そうか、アイツ、いっとらんのな・・・」

 

 ん?と首をかしげるヤマメに、なんでもない、と手を振る。話題を変えるように、あわてて奥を指差した。

 

「そ、そういや旧都への道のりはどっちだったかの?いやー年のせいか忘れてしもうて・・・」

「オッケー、そう言うと思ったよ。でも、その前に・・・キスメ、おいで~!」

 

 岩陰にむかって声を張り上げるヤマメ。ちょうど反響する声が止んだころに、おどおど、顔色を窺うようにこちらに顔を見せた。

 

「ほら、挨拶して。大丈夫、ただのどうしようもないチャラ男だからさー♪」

「・・・さりげに傷ついたよ、わし・・・」

 

 ひょい、と近寄って持ち上げる。持ち上げたもの自体は桶であったが・・・中に入っていたのは、緑の髪の、童女。

 

「え、あ、その・・・キスメ、です・・・」

「ん、そうかの。よろしゅうな。わしゃあ柳仙鬼人。なんとでも呼ぶといいきに」

「・・・その、鬼なんですか・・・?」

 

 額の角に視線を注ぎながら、そう問いかけた。

 

「ん、そうじゃよ?ちなみに勇儀とは旧知の仲で・・・ってあれ?」

 

 勇儀、の名を聞いた瞬間にサッと顔を青ざめさせ、桶に引っ込んでしまった。突然の行動にうろたえる柳仙。

 

「あーこの子人見知りでさ・・・勇儀とは仲良いんだけど。なんか誤解したのかもねぇ」

「・・・なにをじゃ?べつに取って食いやしないよ?」

 

 なんどかコンタクトを取ろうと腐心するも、うんともすんとも言わなくなり。妙な罪悪感が生まれてしまった柳仙だった。

 

 

***

 

 

 まず一目みた感想は、ここは地上か、ということだけだった。

 地の底とは思えぬほどの暖色の明かりに照らされ、喧騒に包まれている旧都。過去に見たときは、不満と絶望とにあふれていたのに。

 そういうと、ヤマメは笑って、こう言った。

 

「だってそりゃあ、勇儀が毎日騒ぐもんだから・・・おちおち愚痴も言ってられないよ」

 

 不思議と、納得してしまった。

 彼女の前で不満の一つでもこぼせば、つまらないとばかりに盃にあふれるほど酒を注がれるのだ。何度も、何度も。

 それでトラウマになった白狼天狗と河童と子鬼を、何度も看取っている。

 苦笑いでかえし、橋の前に立つ。

 

「あと地霊殿の主も・・・はは、噂をすれば、おーい、勇儀~!」

「お?なんだヤマメとキスメじゃないか!酒でも飲むか?」

「開口一番それってどうなのよ・・・」

 

 地霊殿?なんだったか、と考えている最中にも、勇儀の姿に気づいたヤマメは向こうへ走り去ってしまった。

 

ーーーそうだ、あの”さとり妖怪”か。

 

 これもまた、妖怪の山のいた頃からの知人である。名を古明寺まなこ。その読心能力から、鬼以外の友達はいなかったな、と思い返す。

 柳仙も何度か飲みに誘ったのだが、どうもやや苦手らしく、あまり会った回数はない。だが、一度酒が入ればずいぶんと意気投合したっけ・・・あれ、考えたら矛盾している。

 とにもかくにも、鬼の柳仙にもにもよくわからぬ性格だったのを色濃く覚えている。

 

「・・・だれよ、あんた」

 

 残念ながら、思考は中断された。声のほうを振り返って見れば、こちらは知らぬ顔である。金髪の、エルフ耳の少女。

 

「・・・んー、此方のセリフじゃな。おまえさんこそだれじゃ?」

「いや私が先に聞いたんだけど。その厚かましさ、妬ましいわね・・・!」

 

 ギリ、と親指をかむ金髪美女。目元さえ輝いてたら綺麗なのに・・・。

 

「目元さえ輝いてたら綺麗なのに・・・」

「っ!!?な、いきなり何を・・・!?」

 

 あ、しまった。そう思う間もなく。

 ジワリ、と少女の目に涙がたまってゆく。

 

「あ、その、悪い、いや綺麗じゃよ!?うん、そのちょっと隈っぽくて三白眼もかわいらしいとおもうきに、安心せい!?」

「・・・気にしてるのに、うう・・・」

 

 よほどのコンプレックスだったらしく、刺々しさもどこへやら、バッと駆け出したしまう。

 

「勇儀~・・うう」

「ぱ、パルスィ!?どうしたんだ、お前が泣くなんて・・・」

「あ、あいつが・・・いづも、みたいに・・・うえぇ」

「ようし分かった、きっちり半分に割ってくるからな、頭から」

 

 ・・・おまえってそんなキャラだったか?

 ・・・まあ、そんな感じだったか。萃香にも同じことを言っていたような気が、一回だけ。

 またもや思考に入っているうちに、一角の鬼は此方へズンズンと近寄ってくる。

 

「ちょっと勇儀、そいつは」

「黙ってろ、ヤマメ。これはあたしとパルスィの問題だ」

「・・・いや、あんた関係ないでしょ」

 

 柳仙の背丈よりほんの少し高い目線。仲間の敵へ向けるものとしては、些かギラギラしているように思われた。

 

「オイ、てめぇ・・・あたしの連れに手ぇ出したんだ、覚悟はできてんだよな・・・?」

「・・・」

「いっとくが今なら謝れば、一発殴るだけで許してやる」

「・・・」

「・・・そうか」

 

 帽子を目深にかぶり、一切返答を返さない。そんな態度に一層怒りを募らせた勇儀は、思いっきり腕を振りかぶる。

 

「・・・じゃあな」

 

 誰よりも重い拳。怪力乱神の名に恥じぬ豪拳。

 だれも、受け止めることはできない。

 

 

 ・・・むろん、柳仙も。

 

 

 予期していたのか両腕を交差して防御の姿勢を取るも、無慈悲にも怪力乱神の衝撃は全身を突き抜けた。

 足は地を滑り、電車の線路のような、まっすぐな後を残す。

 そして、数メートル後退して、止まった《・・・・》。

 

「なっ・・・」

 

 確かに、相手は勇儀の力に勝てなかった。

 だが、そんなことより・・・勇儀は。

 

 腹を貫く気で《・・・・》殴ったのだ。

 

ーーー生きてる・・・それどころか、防御された・・・。

 

 勇儀にとっては、完封されたも同然の結果であった。

 男の帽子が、はらりと落ちる。

 

 目を疑った。

 

「・・・柳仙、なのか・・・?」

 

 自身が救えなかった、悪友のような総大将。

 

「・・・見違えたな、勇儀」

 

 

 確かに、柳仙鬼人は、そこにいた。

 

 

***

 

 

 いらっしゃいませー、はいこちら熱燗ひとつ・・・アタリメも、はいただいま・・・おらジャンジャンもってこい!・・・えぇ!?十本!?ってああ、勇儀さんもですか・・・え、そちらの方ですか?

 

 旧都。裏通りの、隠れ家のように開店している居酒屋。

 珍しく、異様な活気に満ちていた。

 鬼もいれば、土蜘蛛、橋姫や釣瓶落としが・・・たった一人の男の周りに陣取っていた。

「しかし、まさか生きていたなんてなぁ・・・」

「当たり前じゃろ、わしを誰だとおもっとんのや?」

「はは、相変わらずだよね~」

「・・・勇儀の上司ですって・・・妬ましい・・・どうせその権力を使って勇儀に・・・妬ましい」

「・・・ここにいて、いいのかな・・・」

 

 周りの客は、異様な目で男を見ていた。

 なにしろ、地底でも頂点の実力者、星熊勇儀と黒谷ヤマメが、馴れ馴れしくどこの馬の骨とも知れぬ男と談笑しているのだから。

 おまけに、鬼どもも彼の顔を見るなり、走り寄って行くのだ。泣きだす者もいれば、土下座するものまで。

 理解のできない、状況であった。

 

「迷惑掛けたのぉ、ほんとに」

「いーや気にすんなって!!あたしらはあたしらで楽しく過ごしていたからさ!」

「・・・そりゃーおまえさんは毎日楽しそうで・・・」

「うん、それに賛成」

「いい加減、私にも紹介しなさいよ・・・」

「帰りたい・・・」

 

 そうして五十本近くが消えた頃、思い出したように柳仙はヤマメに問いかけた。

 

「そういや、地霊殿はまださとり妖怪がしきっているのか?」

「うん、そうだよ。あ、でも・・・まなこさんはいないけど」

「いない?死んだのか」

「ああ、娘ふたり残してさ・・・今は長女の古明寺さとりが取り仕切っている」

「・・・まんまじゃの」

 

 まったくだ、と呟きながら、勇儀はヤマメに代わって答える。

 

「まぁまなこの奴はまだ付き合い良かったけど・・・代替わりした頃かな、ずいぶんとペットが増えてさ。そいつらに世話をまかせて、あたしら鬼は追い出された」

「そういやそうだねー。なんか母親よりも考えが読めなかったし」

「なんというか・・・そうだな、あれは拒絶だったな」

「拒絶・・・ねぇ」

 

 さとり妖怪なら誰でも他人とは距離を置きたくなるだろう。本人も。見たくもない他人の心など、読んだところでなんの面白みもない。ゲームの攻略本の内容がすでに頭に入っているようなものだ。

 だが・・・勇儀の話からは、それだけのようには思えなかった。

 

「ま、博麗の巫女が来てからは変わったな。ペットの連中も一緒に飲めるようになったし」

「あの目はほんとキツかったねー。別に敵じゃないのに」

「・・・そうかいのぉ」

 

 そういって、席を立つ柳仙鬼人。

 

「おい、どうしたんだ?」

「ん~、ちょっと古明寺に会ってくるけぇのぉ」

「今からか?」

「おうともさ」

 

 引き留めようとして伸ばした手を、そっと引っ込める勇儀。ヤマメも、呆れたように肩をすくめた。

 

「そういうかなって思ってたよ、柳仙のことだからね」

「・・・お前には頭があがらんのぉ」

「柳仙。ま、気楽に話してこいよ」

「言われんでもわかっとるけぇ、安心せいな」

 

 ふっと笑い、暖簾をかき分け通りに出る。

 遠くにみえる、どこか浮いた雰囲気の西洋風の建物。

 遅くならんようにせんと、と思いながら一歩踏み出した。

 

 

 

***

 

 

 ふう、と息を吐く。

 地底の旧灼熱地獄の管理も楽なものではない。今はペット達も手伝ってくれるとはいえ、書類や細かな管理はやはり自分の手が必要だ。

 母はこれを一人でやっていたのかと思うと、また溜息をつきたくなる。

ーーーあれから、もう数百年もたったのか・・・

 世を恨んでいた子ども心も、とうの昔に朽ち果てた。管理者としての自覚が無ければ、今こうしてこの席に座ってなどいられない。ペットの世話もそれに拍車をかけていた。

 物思いにふける最中、ドアが二度三度、ノックされる。

 

「さとり様、今よろしいですか?」

「・・・お燐かしら。ええ、いいわよ」

 

 失礼します、と恭しく入ってきたのは、火焔猫燐。ペットの中でも珍しい、人型を得た妖怪猫。種族としては火車にあたり、燃料となる死体を運ぶ責務をになっている。

 

「調子はどうですか?」

「そうね・・・まずまず、といったところかしら。『無理をなさらず』・・・大丈夫よ、わかっているわ」

 

 今のは、妖怪猫の主、古明寺さとりの能力によるものである。物言わぬ動物からしたら非常に得をするのだが、もともと言葉で意思疎通を図れる者たちからしたら、迷惑以外の何物でもない、厄介な能力。

 

ーーーほんと、ろくなものじゃあないわ。

 

 覗きたくもない、赤の他人の心。読んだところで、だれが得をするのか。

 自分に、母と妹に向けられる視線。

 好奇の光が、次第に畏怖と憎悪に変わる様は、いつでも胸が痛む。妹がいたから耐えられた。

 でも、母は・・・

 

「・・・あの、さとり様?」

「・・・はっ」

 

 ふかく思考の海につかりすぎたらしい。

 

「ごめんねお燐・・・」

「い、いえ・・・それで、お空のやつ、まだ帰ってきていないのですが・・・」

 

 お空が、と呟く。

 霊烏路空。地獄に住む鴉の種族で、お燐と同じく人型を得ている。が、とある異変で地上の神々の姦計にのまれ、八它烏の神格を得てしまい、一妖怪としては強大過ぎる力を得てしまった。まあ、それはさておき。

 今日はさとり自らがお空へ休暇を与えたのである。さすがに毎日働かせるのは酷だと。地底全体のエネルギー供給を一身に担っているのだから、当然である。

 が、帰ってこない。お燐の報告によると、そういうことらしい。

ーーー夕食までには帰ってきてほしいわね・・・

 そういったのだが、鳥頭ゆえ、興奮してどっかに置き忘れただろう。

 

「あたいが探しに行きましょうか・・・?」

「そうね、おねが・・・いえ、やはりいいわ」

「?なぜです?」

 

 いぶかしむお燐。

 

「今、来たわ」

 

 はて、と小首を傾げたお燐の耳にも届いた。廊下をダダダと踏む音。そしてこの広間のドアの前でとまり・・・

 

「たっだいま~さとり様~~!!あれ、お燐もこK」

「どこほっつき歩いていたんだこのバカラスッッ!!!!」

 

 おりんのシャイニングウィザード!!

 効果はてきめんだ!!

 おくうは顔面を損傷した!!

 

「うにゅ・・・ひどいよ~」

「ひどいよ、じゃない!!さとり様に心配かけさせてどの面さげてきたんだよ!!」

「まあまあお燐、そこまでに」

「さとり様、これはあたいとお空の問題です」

「・・・そう」

 

 こうなったお燐が止まらないのは、何年も主従関係を続けてきたさとりにはよくわかる。

 しかし、今回はお空の一言に口を閉じた。

 

「うにゅ・・・せっかくお燐の好きそうなもの持ってきたのに・・・」

 

 キラリン、とお燐の目が光る。

 

「え、うそ・・・おくう、それって」

「うん、男の死体」

「よっしゃああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 爪をジャキンとだし、狂喜乱舞し始める。

 

「よくやったお空!!お空が持ってきたということは少なくとも死後一日は立っていないはず!!キタ!!リピドーキたコレ!!」

「・・・ごめんお燐、どこから突っ込めばいいかわからないわ」

 

 また始まったとばかりにこめかみを押さえたが、マイペースにお空は件の死体を引っ張ってきた。

 

「これなんだけど・・・」

「ふぅん・・・あら?この人、まだ生きてるわよ?」

「よっしゃあ今日はBコース・・・え?」

 

 見るからに、お燐のテンションが下がっていく。

 

「まだ心が読めるわよ?」

「・・・お空、鳥頭も大概にして・・・ああ、恥ずかしい」

「うにゅ?」

 

 重く、暗い雰囲気。不意に、もぞり、と死体のようなものが動く。

 

「・・・ぬぁ?ここは・・・そうじゃ、急にクラリと倒れて・・・」

「・・・なるほど。急性アルコール中毒のようですね」

「ああ、そうみたいじゃの・・・ん?もしやおまえさん、まな・・じゃない、さとりか?」

 

 キセルを口にくわえた男は、そうのたまった。

 

 

***

 

 

 不思議な人だ、と思う。

 鬼なのに、中毒になることもそう(久々過ぎたとかなんとか)。

 それをしめすように、彼の心は非常に陽気さに満ちていた。

 それに・・・私に対して、何の負の感情も持っていない。

 どんな妖怪だって、どんな人間だって、恐れ、やっかみ、憎悪。なにかしら持たれるはずなのに・・・。

 

「しかし、随分と豪勢なつくりじゃの~、住みたくなるきに」

「・・・勇儀さんたちのおかげですよ」

 

 お空とお燐、他のペットたちも残らず部屋へ帰している。就労時間も過ぎていることもある。

 だけど・・・もっと、気になることがある。

 

「みればみるほど、親御さんに似ておる・・・」

「は、母を・・・御存じなのですか?」

「おう、まあ若干きらわれてたがの」

 

 ほら、まただ。

 人の良さそうな笑み、心も相応、見ているだけで暖かくなる。

 だけど・・・

 

「ペットを下がらせてよかったのか?」

「ええ。貴方と話がしたかったので」

「ほう、嬉しいのぉ。これは添寝の御誘いかの?」

「まさか。ただ歓談に興じたかっただけです」

 

 見ていてあからさまなほどに気落ちする柳仙さん・・・でしたっけ?心も雨模様のように変わりました。『なんじゃ、かわいいのに・・・』フフ、随分と調子のいい方ですね。

 でも。

 

 

 

 これじゃない《・・・・・・》。

 

 

 

「で、話とは何じゃ?いくらでも話すぜよ?」

「・・・母のことです」

 

 確かに、この方は正直だ。

 顔のまま、くるくると、心も変わる。

 

 まるで絵本のように。

 

 生気を・・・感じない。

 

 

「私の母・・・古明寺まなこは・・・死ぬ前にこう言い残したんです」

「・・・」

「『柳仙鬼人とは仲よくしておけ』、と。貴方がその・・・柳仙鬼人さん、なのですよね?」

 

 誰の心も、真実の心は、生きている。

 嘘で塗り固められた心は、ただのはりぼて。作り物。

 

「それは異なこと。あいつのいったその”柳仙鬼人”が、わしだとは限らんとて」

「・・・」

「あ、や・・・冗談じゃよ、そのとーり。だからそのジト目、やめてくれない?」

 

 嘘の言葉は、やはり違う。

 いまのは、灰色のゴミにしか映らなかった。

 

「いやあ、あいつがそんなことを・・・存外嫌われてなかったっちゅうことじゃの」

「そうだと思います。柳仙さんの話はよく聞きましたし」

「カッカ・・・そうか・・・嬉しいのぉ」

 

 目の端にキラリと光る水滴。その感動は、真実。

 まぎれもなく、この人のもの。

 でも、私の心《・・・》には響かない。

 

「ときに、さとりよ。わしからもいいかのぉ?」

「ええ。なんでしょうか?」

 

 それはさしずめ・・・

 心自体が、何かのカモフラージュのよう。

 

 

 

『おまえさんは、阿呆じゃの』

 

 

 

「え・・・」

 

 唐突に、心に現れた、それ。あまりにも予想外過ぎて、思わず声が出てしまいました。

 

「読めたかの?じゃあ、いこうかの」

『聞いたぞ。まなこの死後、鬼を全員ほっぽり出したと』

「そんで数多のペットを集めた」

『分かる・・・分かるぞ、わしには』

 

「あ・・・あ・・」

 

 どういうこと?急に言葉が、心が、暗くドロドロとして・・・ 

 こんなの、今まで・・・!

 

 

 

「怖かったんじゃろ?」

『憎かったんじゃろ?』

「一人にされるのが」

『まなこを憔悴させた、数多の妖怪どもが』

「だから友を求めた」

『だから追い出した』

「自身の絶対的理解者を」

『見ているだけで虫唾が走る妖怪を』

 

 

「・・・うあ・・」

 

 これが・・・

 

 この人の、本性なの・・・?

 

 

「あなた、は・・・」

 

 

 不意に、意識が途切れた。

 

 

***

 

 

 バタリ、と倒れたさとり。よほど苦しかったのか、体液が駄々漏れている。

 

「・・・や・・」

 

 

「やっちまったああぁぁぁぁ!!」

 

 頭を抱え、柳仙は叫んだ。

 

「やりすぎちまったあぁぁ!!ちょっとアドバイスしようとしただけなのに!!オイタが過ぎるなぁ、と思っただけなのに!!ぐあぁ、これじゃわしアレだよ、犯人だよ!?某探偵漫画の謎の影だよ!?」

 

 どうしよ、とおろおろグルグル広間を回りだす。

 

「仕方あるまい・・・ここはかの魔法、コンクリ固めで」

「罪を増やす気?」

 

 不意に背後から聞こえてきた声。驚いて振り向けば、ちょうどさとりと同じ背丈の、閉じたサードアイを持った少女が立っていた。眉間にしわを寄せた。

 

「客人が来たと聞いて来てみたら・・・」

「あの、おまえさん、誰じゃ?」

「私?わたしはねー」

 

 ふっと姿が消える。

 

「ど、どこへ・・」

「古明寺こいしだよ♪」

 

 また背後に、立っていた。

 陰陽を操る、柳仙にも捉えられない気配。

 なんとも厄介な、と内心呟く。

 

「倒れているおねぇちゃんの妹でーす♪」

「いもうと・・・あ、ほんとに?」

「うん!」

 

 笑ってない。表情は(笑)だけど、目が笑っていない。

 あせって柳仙は、その場に膝をついた。

 

「す、すまん!!ほんの出来心だったんじゃ!!」

「あ、それは別にいいよ?」

 

 へ?と顔を上げる。

 表情を変えぬまま、言い放つ。

 

「ここで死んじゃうから♪」

「おわったああぁぁぁぁ!!!」

「ど、どうしたのですかさと・・・さとりさまああぁぁぁ!!?」

「うにゅ?これ、どういうこと?」

 

 こっそり外に待機していたのか、あの妖怪ペットたちまで乱入してきてしまった。

 

ーーーまずいまずいまずい、なんとかこの場を切り抜けるには・・・

 

「ねえお空、あの人にメガフレアかまして?」

「え、いいの?」

「私が許す!!」

「いやだめですよ!?大丈夫です、あたいがきっちり落とし前を・・・って、あれ?」

 

 先ほどまでいた柳仙の姿が、消えていた。

 

「・・・」

 

 

 

 

***

 

 

 

「ふぃ~やっぱあったの・・・スキマが《・・・》」

 

 急いで気配を探り、古いスキマ跡を見つけた柳仙。こじ開けて出てきたわけであるが・・・。

 

「まさか、行き先が温泉とはの・・・」

 

 どうやら八雲紫、立ち寄りたかったのか、ここに繋いでしまったらしい。

 上に空洞が空いているが、つまりまだここは地下。

 おまけに・・・。

 

「あ、見つけましたよこいし様!!」

「よし、みんな突撃!!」

「「「「「らじゃー!!」」」」」

 

 地霊殿の敷地内だったのである。

 

「ふぅ・・・仕方ない、か」

 

 向かってくるペットの群れ。流石に腕力だけでは解決できそうにもない。

 懐から杖を、抜き出す。

 そして、クルリと一回転。

 

「さあて、手加減するが・・・死ぬなよ?」

「っ!?みんなよけて!!」

 

 気付いたお燐の声が届く間もなく。

 

 

 温泉よりいでし、荒れ狂う妖力の奔流。

 

 

 

「陰符”坎・水閃”」

 

 

 

 まるで洪水のように、有象無象を洗い流す。

 

「なんてパワーだい、まったく・・・!」

「すまんが、こいしよ!!」

 

 お燐が毒づくも、柳仙は意に介さずこいしに向かって呼びかけた。

 

「起きたらさとりに伝えておいてくれ、『すまん』と・・・そんで『もっと目をこらせ』ってのぉ!!」

 

 それを最後に、すさまじいスピードで上昇しはじめた柳仙。

 

「ああ、いっちまう・・・こいし様!?」

「・・・」

 

 言伝を頼まれた当の本人は、ぼぅ、と彼を見つめるだけだった。

 

「・・・こいし様?」

「・・・いや、なんでもない」

「ねぇお燐、メガフレアしたほういい?」

「すんな馬鹿!!」

 

 釈然としないようなもやもやとした気持ちを抱えながら、地霊殿へと入った。

 

 

***

 

 

「ん・・・」

 

 目をさませば、いつもの寝室・・・いえ、いつも通りではなかったですね。

 彼の詰問に耐え切れず・・・気を失ったのでした。

 

「あ、お姉ちゃん!!」

「こ、こいゲフ・・・頼むから、もう少しソフトにお願いできる?」

「エヘヘー、うん!」

 

 多分聞いてないな、と直感で感じました。

 こいしは覚り妖怪としての境遇に耐え切れず、自らサードアイを閉じてしまいました。そのせいで、姉の私にも妹の心理は測りかねるのです。

 ですけど、お姉ちゃんですから。妹の気持ちは、何となくわかります。

 こいしが、どこか不満げなのも。

 

「・・・お姉ちゃん」

「なに?こいし」

「・・・あの柳仙ってやつ、どう思うの?」

 

 なかなか痛いところを突いてきました。

 無邪気なのは可愛いのですけどねぇ・・・。

 

「・・・分からないわ。知れば知るほど、深淵にはまっていきそうで・・・」

「・・・あいつから、伝言あずかってる」

「!・・・なんて?」

 

 やはり彼は帰ってしまいましたか・・・いえ、帰らざるを得なかったが正しいでしょう。

 私が倒れたとなれば、こいしやお燐たちがだまっているわけがないですから。

 

「『済まん』と・・・『もっと目をこらせ』だって」

「・・・そう」

 

 二番目については意味を測りかねますが・・・これから考えていけばよいこと。

 なにより。

 一度は気味悪く感じたこともありましたが。

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「・・ううん、なんでもないわ。ありがとね、こいし」

「うん!ねぇ、一緒にお茶でも飲もうよ!」

「いいわね・・・行きましょうか」

 

 

 あの陽気さも、確かに彼の一面だということ。

 それは、まぎれもない事実です。

 それさえ正しければ、なにも問題はなかったのです。

 

「お燐とお空もさそおーよ!」

「そうね・・・」

 

 

 また会える機会を楽しみにしていますーーー柳仙鬼人さん。

 

 

 

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