人でなく獣でなく 作:ヴェアヴォルフ
等級とは何も適当につけられたものではない。
当然のことながら、つけられた等級が高ければ高いほどに難易度、危険性などが増すという事であり、つまりは危険性を周囲に喧伝する効果がある。
例えば、人狼は金等級案件。身体能力や群れである事を加味しており好んで虐殺を繰り返す事から、この等級が割り振られていた。
例えば、ゴブリン。場合によっては素人でも倒せるため、割り振られるのは白磁など。だが、強化種などに関してはその括りではなく、英雄などともなれば銀等級案件となるだろう。
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ソレ、はこの事態の元凶。
曰く、全身装甲に分厚いタワーシールドを持った戦士をその防御事殴り潰した。
曰く、詠唱遣いをより強力な魔法によって焼き殺した。
まさしく怪物であり、少なくとも人間がどうこうするには荷が勝ちすぎる代物である事は確か。
「
妖精弓手が弓に矢をつがえながら、呻く。他の面々も一人を除いて緊張した面持ちで目の前に現れた怪物に向かっていた。
只一人、
「ゴブリンではないのか」
ゴブリンスレイヤーを除いて。
冒険者からすれば、ゴブリンよりもよほど危険な相手である筈なのだが、彼は歪みない。
しかし、オーガに対して火に油を注ぐといった意味合いではあまりにも失言が過ぎる。
「魔神将より、軍を預かるこの我を侮っているのかァ!!!!」
人間の数倍はある巨大な体躯と、その肉体全てを覆う強靭な筋肉の鎧。
それらを合わせ、手に持ったメイスの一撃は容易く地盤を破壊する。
散開してその一撃を躱した一同に、更なる追撃が襲い来る。
「“カリブンクルス クレスント”」
オーガの右手が掲げられ、その上に現れるのは巨大な火球。
「『火球』じゃと!?しかし、この大きさは…………!」
鉱人道士が叫ぶように、オーガの生み出した火球はまるで太陽の様な大きさであったから。巻き起こる熱波だけでも肺が焼かれてしまいそうになる。
「皆さん!私の後ろに!」
動いたのは、女神官。
回避もくそも無い範囲攻撃を耐えるには、彼女に頼るほかない。
「“いと慈悲深き地母神よ か弱き我らを どうか大地の御力でお守りください”『聖壁』」
「“ヤクタ”」
放たれた火球と障壁が激突する。
少しの拮抗、さりとて出力の違いから障壁には大きな亀裂が走っていた。
「矮小な人間ごときの奇跡で我の魔法を止められると思うなッ!!!!」
「ッ!」
壁が破られるのも時間の問題であるこの状況で、動いたものが居た。
僅かに薄くなった業火の中、ソレは己の肉体に全てを委ねて駆け抜け、跳ぶ。
「Gaaaaaaa!!!!」
「貴様は…………!」
咆哮と共に右拳を後方に置いた人狼は宙を飛ぶ。
狙うは―――――オーガの顔面。
「ブッ!?」
ミシッメキッ……と鈍い音を立てて人狼の拳がオーガの顔面へと突き刺さる。
一瞬の間をおいて、その巨体は勢いよく後方へと吹き飛び通路脇の壁へと背中から突っ込んでいった。
石造りの床に降り立った人狼。その全身からは若干の焦げ臭さと、薄く立ち上る煙が嫌に目立っていた。
人狼の肉体は強靭だ。しかし、どこまで突き詰めても有機物、つまりは生物としての道理からは逃れることが出来ない。
息を止めれば苦しくなる。動き続ければ疲弊する。空腹になれば何かを食べなければならないし、喉が渇けば水を飲む。
そして、当然燃える。ふさふさとした体毛は、火が天敵であった。
「おのれぇ…………!」
ガラガラと瓦礫を砕きながら、オーガは頭を振って立ち上がる。
黄色く淀んだ眼は憤怒に染まり、真っ直ぐに人狼を捉えて離さない。
「貴様か!その黒毛に黄金の瞳!思い出したぞ、人狼の中に裏切り者が出たとな!」
「Grrrr…………」
「牙を向けるか、この我に!魔物より外れ、人間でもない貴様ごときが!」
オーガは猛り、得物の切っ先を向ける。
事実、この場を分けるならば魔神王の軍勢であるオーガ、それを打倒せんとする冒険者、そしてそのどちらからも微妙な位置にある人狼。
だが、少なくともこの場では話は別。
「人狼を軸にする。散開だ」
ゴブリンスレイヤーの命令に従い一同が動き始めた。
妖精弓手は上階へ。弓矢を使う彼女は遠距離こそが主戦場だ。そして、蜥蜴僧侶に鉱人道士が術を行使する。
「Garuaaaaaaa!!!!」
先陣にして真正面から突っ込むのは人狼。その人外の脚力と感覚を持って、オーガへと向かっていった。
オーガとしてもこの状況、一番厄介なのは人狼だ。幼いとはいえ、その肉体は強靭。正面からの殴り合いとなればその分隙を晒す事になるだろう。
「嘗めるな、若造が!」
繰り出されるのは振り下ろし。
人狼の脳天を目掛けて振るわれた一撃だが、彼は自分から見て左側へとズレながらその一撃を紙一重で回避する。
オーガがメイスを持っているのは、左腕だ。この場合、どちらに避けても同じように見えるがその実、剣ではないのだから誤り。
そもそも、メイスというか棍棒というのに振るうべき方向というものが無い。剣と違ってどの体勢からもただ振り回すだけで相手に痛打を与える事こそが利点の一つであるからだ。
この場合も、オーガは振り下ろした一撃をそのまま横薙ぎへと繋げることが出来る。というか、現に繋げていた。
オーガから見て右へと左腕を大回りで胸元へと引き寄せるようにメイスを振るう。
「チッ、ちょこまかと!」
再び間一髪、メイスは空を切った。
人狼は真横から迫るメイスを、棒高跳びの背面跳びの要領で躱していたのだ。
そして、これが人狼の狙い。
実際にやってみれば分かるのだが腕を胸元に引き寄せるようにして振るいながら腰をその方向へと捻ると体がねじれ振るった腕の背中側が無防備に晒されることになるのだ。ボクシングなどでフックを躱した打ち終わりが狙われるのはこの為。
「“仕事だ仕事だ土精ども 砂粒一つ転がり廻せば石となる”『石弾』」
「そこよ!」
無防備な背中へと襲い来る礫の嵐と、オーガの左目を射貫いた一矢。
だが、前者はその体を揺らす事は出来ていても貫通することは不可能。矢に関しても僅かにその姿勢を揺らがせる程度にしか効果を発揮しない。
「おの―――――ッ!」
「Guruaaaaaaa!!!!」
叫ぶ前にその顎へと拳が叩き込まれ、オーガの体が大きく仰け反り、口を勢いよく閉じた反動か己の鋭い牙によって千切れた舌が飛ぶ。
「~~~~~ッ!」
舌とは血管の集まりであり、多くの神経も集まっている。舌噛み切って死ぬというが、出血多量に至るまで地獄のような苦しみを味わう事になるらしい。
口元を抑えてもんどりうって倒れたオーガは、その場で悶絶している。
如何に化物といえども、痛覚はある。痛いものは痛いし、血だって流れるのだ。
倒れるオーガの腹。そこ目掛けて、回廊の壁面を足場に駆けまわった人狼は勢いそのままに突っ込んでいく。
如何に毛玉といえども、筋肉質な体というのは重い。そして、速度+重量はそのまま破壊力に直結させることが可能。トラック事故が酷い事になるのも、重量があり一定以上の速度を発揮できることが一因と言える。
「ゴフッ!?ギ、ギザマ…………!」
左目と舌の再生が終わったオーガであったが、人狼の突撃により起き上がろうとしていた体は再び床に叩きつけられる事になる。
「Gaaaaaaa!!!!」
起き上がろうとするオーガの上に乗り、人狼はその両こぶしを連続で振り下ろし、その凶悪な面を更に変形させんと滅多打ちだ。
爪と牙を使わないのは、オーガの強靭な筋繊維には本能的に効果が薄いと知覚しているため。
だからこそ殴る。毛皮が天然の防具となり、拳を痛める事も無いのだ。存分に、念入りに殴り続ける。
だがしかし、相手もさるもの引っ掻くもの。伊達に威張り腐っていた訳ではない。
「調子に……乗るなァアアアアアアアアアッッッ!!!!」
鉄塊すらも一撃で歪ませる怪力を持って、拘束を弾き飛ばす。
吹き飛ばされた人狼は、空中で姿勢を制御すると床へと四足の体勢で降り立った。
「半端モノ風情が…………!」
「Grrrrr…………!」
最早、互いしか見えていないようなこの状況。
「死ねェエエエエエエ!!!!」
再び振り落とされたメイス。その瞬間に、人狼は前へと飛び出している。
「すぅうううう…………!」
大きく息を吸い込んで毛並みを膨らませ―――――大きくなった尾を体の前へと回して真正面から、メイスの一撃を受け止めていた。
「がふっ…………!」
当然、いかに人狼が強靭であり、堅牢であろうとも正面からオーガの全力を受け止められる保証など何処にもない。
現に盛大な粉塵を上げてその体は床へとめり込んでおり、受け止めているが嫌な音が全身から聞こえていた。
しかし、
「ぬっ…………!」
がっしりと掴まれその上、尾まで絡ませられたメイスは持ちあがらない。
少なくとも、オーガであろうとも、人狼に抑えられたままこのメイスを振り回す事など出来ないだろう。
武器を持つ者というのは、大なり小なり武器に対する愛着とでも言うべきか、手放せないタイムラグのような物がある。
例に漏れず、オーガもまたメイスを取り返そうと意識がそちらを向いていた。
「―――――馬鹿め」
瞬間、空間が弾け飛ぶ。