人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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―――――人でもなく獣でもないのならば、自分は一体何なのだろうか。

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 パシャパシャと耳元を濡らす水の音を聞きながら、人狼はぼんやりと目を開けた。

 痛む体が起き上がる事を許さず、その霞んだ視界は回廊のはるか先にある空は、そろそろ夜の帳もどこかへと行ってしまいそうな様子だ。

 なぜ自分がここに居るのか、人狼は思い出せない。

 ただ、傷む全身だけが何かを思い出させようと急かしてくる。

 

「良かった、目が覚めたのね」

「?」

「オーガと戦ってから、気絶してたのよ。思い出せるかしら?」

「……………………」

 

 自分を上から覗き込んできた妖精弓手の言葉を受けて、人狼は考え込む。

 少しの間をおいてみれば、混濁していた意識も覚醒しそれに合わせて記憶の方もハッキリとし始めた。

 思い出すのは、体にのしかかる超重量。全身の骨が砕かれてしまうかもしれないと思えるほどの重さであり、とてつもない痛みを伴った。

 そして、その直後に巻き起こった衝撃。

 

「何が起こったのか分かってない顔ね」

 

 ぼんやりしている人狼の反応を見て、妖精弓手は指を立てて説明を行う。

 曰く、オーガを倒したのはゴブリンスレイヤー。『転移』のスクロールを海底へとつなげ、開くと同時に圧縮された水が解放され高圧水流としてオーガの胴体を切断、周囲の水はその名残であるという事。

 一通り、説明を聞き既に脅威が失せた事を把握した人狼はその体から力を抜いた。

 

「とりあえず、戻るわよ。人型になれるかしら?」

「?」

「あなたを抱えて歩けるわけないでしょ。僧侶より大きいじゃない」

「…………」

 

 妖精弓手の言葉を受けて、人狼は痛む体を無理に動かした。

 毛並みの豊かな尻尾で全身を包み込み、大きく膨らむと、次の瞬間にはいつもの少年の姿へと変化。だが、その褐色の肌には打撲の痕が痛々しく残っており、心なしか両腕の骨も歪に歪んでいるようにも見えた。

 

「ほら、おぶってあげるから」

「う…………」

 

 あの巨体の質量は何処へ行ったのか、妖精弓手は軽々と人狼を背負って見せた。

 今回の戦闘。とどめの一撃(ラストアタック)こそゴブリンスレイヤーであったが、人狼がいなければ紙一重の部分が多かった。

 女神官は奇跡を使い切っているし、蜥蜴僧侶も余裕があれども『竜牙兵』はもう出せない。鉱人道士も術はまだ使えるが、それでも1~2回程度。オーガ以上の敵が仮に居るとするならば心もとない。妖精弓手もまた、要所要所で矢を放っていたために残弾心許なく、近接戦闘が得意な訳でもない。

 残るゴブリンスレイヤーも戦えはすれども、手札は少々削られてしまっている。

 何より、人狼が動けない。今も、背負ってもらっている妖精弓手に全てを預けて掴まる様子もない程だ。

 

「…………」

「ここまでじゃ、かみきり丸よ」

「さよう。流石に拙僧らも消耗が激しすぎるというもの。特に、人狼殿は『治療』などの回復系が効きにくい様子。疲労困憊からの全滅も、冒険には珍しくはありませんな」

「私の矢もあと数本で打ち止めよ。それに、人狼が動けないわ。この子守りながらじゃ満足に戦えないでしょ」

「引き際が分からんほど、いかれちまってる訳じゃあるまい?」

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 徒党を組む面々それぞれから言われ、ゴブリンスレイヤーは熟考する。

 パーティの疲弊具合はムラがあれども等しく疲れ切っている。仮に進めばどうなるかなど、新米の冒険者であっても明らかな事だろう。

 不意に、彼は傷付いた体を癒す為か、眠り始めた人狼へと目を向けた。

 

「―――――いや、ここまでだ」

 

 かくして一党の最初の冒険に幕は下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 ツンと鼻に突く薬草のニオイ。

 

「~~~~っ!」

「ほら、暴れない」

「やっ!くさっ!」

 

 パタパタと足を振って頭を振って嫌だ嫌だと駄々をこねる人化状態の人狼を、しかし妖精弓手は逃がすことなく捕まえ押さえ込み、軟膏を傷へと塗り込んでいた。

 オーガ討伐の末、一同は辺境の街へと帰って来たのだがここで問題が発生した。

 休んだことにより回復した蜥蜴僧侶や女神官が奇跡を持ってメンバーを回復する中、どうにも人狼にだけは術の掛かりが悪かったのだ。

 結果として折れた骨や裂傷の類、少なくない火傷など全身の傷が多量に残ってしまっていた。

 どうしたものかと頭を悩ませ、そして発案されたのがコレ。

 流石に人狼そのままの状態では嫌がって行う身動ぎ一つでも石造りの家屋を破壊しかねない為に、人化させその上で薬を使うというものだった。

 当人は嫌がったが、如何に怪物としての回復能力を持っているとはいえ限度がある。何より骨折などは確りと固定しておかなければ変な治り方をしてしまいかねない。

 というわけでこうして妖精弓手が秘伝の軟膏を使っているのだが、如何せんニオイがキツイ。

 それこそ、そこまで鼻の良くない人間ですら近寄るだけでも顔を顰めるようなニオイなのだ。

 人間よりもはるかに鼻の良い人狼からすれば近寄りたくもないものであり、ましてやそんなものを体に塗るなど冗談ではない。

 ただ、本気で逃げていないのは偏に自分を抱え上げる妖精弓手を慮っての事。仮に本来の姿で暴れれば、彼女はミンチよりも酷い有様になりかねないだろう。

 

「ほら、終わったわよ」

「うぅぅぅ…………」

「唸らないの。これも怪我を治すには必要なんだから」

 

 ぷっくり、と頬を膨らませた人狼の体には真っ白な包帯があちこちに巻かれており、特に肩回りと両腕は動かせない様に固定するほどの徹底ぶり。

 

「あーん」

「…………あー」

 

 妖精弓手の差し出した肉の刺さった串へと、人狼は大口を開けて齧り付く。

 そんな二人の様子を、席の体面に座る鉱人道士と蜥蜴僧侶は流し見ていた。

 

「すっかり弓手殿は、人狼殿の姉君のようですな」

「かーっ!小娘が調子に乗っておるだけじゃろうて。それよりも、鱗の」

「人狼殿の件でしたならば、拙僧からは何とも。恐らく、モンスターであるから、としか」

「ふむ……しかし、困ったもんじゃわい。戦力としては申し分ない、が回復に関しては己の回復力次第。場合によっちゃあ人狼を連れる事がデメリットにもなる」

「しかしながら、人狼殿の戦力として見るならば値千金。前衛としてもこれ以上の者は、在野にはおりますまい」

「そりゃ、わしも分かっとる」

 

 一党を組んだわけではない。というか、“祈らぬ者”をパーティメンバーに加えるなど聞いた事も無い事例だ。

 それでも心配の言葉が二人から出てくるのは、根っこの部分が善良であるからか。

 

「別に、気にする事ないでしょ?」

 

 二人の会話が聞こえていたのか、妖精弓手が話しに割り込んでくる。

 

「この子がどうあれ、私達を守るために戦ったのは事実でしょ。なら、悩む事なんて何もないわ。デメリットよりもメリットの方があるんだもの。それで良いじゃない」

「そうは言うがな、耳長の。わし等やこの街の冒険者ならばいざ知らず、他所ではどうにもならんぞ」

「少なくとも、この見た目ならバレないわよ」

「?」

 

 妖精弓手が示す彼女の膝の上に乗った人狼は口の周りを肉の油で光らせながら首を傾げていた。

 こんな姿を見て誰が、金等級案件の人狼だと思うだろうか。少なくとも、彼の本来の姿を知るこの場の面々ですらその事を忘れそうなほどに幼い動作は警戒心をなくさせる。

 

「…………まあ、考えても仕方がないか」

「人狼殿、こちらの肉も美味ですぞ」

「ん~!」

「こら、暴れない。骨がまだ治って無いでしょ」

 

 気の抜けるやり取り。さりとてそれは日常という名の尊いものだ。

 

 何故なら日常は、至極あっさりと壊れるのだから。


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