人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 群れから逃げ出した人狼にとって外の世界は――――――――残酷であった。

 自分から群れを出てしまったが、それ即ち人と怪物の双方が敵となる事であったからだ。

 野生の獣含めた怪物たちとの縄張り争いなどザラであるし、人々とかち合えば何度となく討伐対象とされることも少なくは無かった。

 

 人狼は必要以上の接触と殺生を行おうとはしなかった。どうしても避けることが出来ないならば、己の肉体を用いて粉砕し、丁重に弔ってきたが避けられるならば避けるのが鉄則。

 期待が無かった訳ではない。いつか自分を受け入れてくれるような者たちが居るのでは、と考えなかった訳ではない。

 だが、現実は何時だって残酷で救いがない。

 “祈らぬ者”は須らく敵であったし、“祈る者”もまた等しく敵だ。酷い時など、襲われている商人を助けたというのに魔物と護衛の冒険者の双方から攻撃を受けた。

 何が正しいのか、何が悪いのかも分からない。ただ、人狼は何もかもを恨んで八つ当たりをしようとするには、その根っこが善良過ぎた。

 その結果、彼は逃げ回る事しかできない。どこへ逃げても石を投げられてきたのだ。それでも、誰かの傍に居たかったから。

 

 

 

 

 人狼は唐突にその臭いを嗅ぎ取り、その耳が小さな複数の足音を拾った。

 喉の奥から音がせり上がり、彼はグルルルル…………と不快そうに眉間にしわを寄せる。

 基本的な平和主義である人狼ではあるが、その実ゴブリンには容赦がない、何故なら、彼らは生きているだけでも他生物への害でしかないから。

 三メートル近い熊のような巨体を枝葉の中に紛れ込ませ、影となって駆ける。

 人々がぷにぷに柔らかいと触る事を楽しむ肉球の、本来の用途は消音となる。特に人狼の場合、その肉球は柔らかさと表面の硬さを両立しておりライオンゴロシと称される植物なども刺さらない。

 

 暫く走っていれば、やがてある洞窟へと辿り着いた。

 入口近くには、粗末なトーテムが立っておりこのゴブリンの巣には、スペルキャスターであるゴブリンシャーマンが居る事を示している。

 普通ならば警戒に値するが、“祈らぬ者”としての位階は人狼が上。冒険者の討伐難度としては金等級以上が適性であり堅牢な毛皮は、そんじょそこらの魔法では傷などつかない。

 直ぐにでも乗り込もうと一歩を踏み出そうとした人狼。だが、次の瞬間に影も残さずに彼はその場を跳び上がると茂みの中へと消えてしまった。

 

 彼が消えた後、少し時間をおいて現れるのは青年剣士、女武闘家、女魔法使い、女神官の四人組。

 人狼は茂みの中から、彼らを観察していた。

 実力は、彼が今まで出会った冒険者の中でも最低限、以下。少なからず見たことのある勇気と蛮勇をはき違え、ゴブリン程度と安く見ている典型的な全滅パーティの様相だ。

 

 人狼は考える。この手のパーティの後には、大抵実力者が派遣される場合が多いという事を。過去に、トロルの群れに突っ込んだパーティを救出するために現れた槍を振るう冒険者と一戦交える事になった経験が彼には有ったのだ。因みに、トロルの群れは人狼が全滅させ、どうにかパーティを助けたのだが、その直後に襲われていると勘違いされて戦闘になった。

 その際には、どうにかこうにか逃げ出す事に成功したのだが、それは平野であったから。狭い洞窟の中では到底逃げる事など出来ないし、必要以上に破壊してしまえば崩れかねない。

 彼が迷う間にも、パーティは洞窟の中へと向かう。トーテムも確認した筈なのだが、新米冒険者にそれが何なのか理解できるだけの知識を求めるのは酷というもの。

 流石に見殺しに出来ない。人狼は腹を括った。

 彼は知っている。人の女がゴブリンに凌辱の限りを尽くされた結果どうなるのかを。

 すぐさま、茂みから飛び出して、人狼は洞窟へと潜り込むのだった。

 

 

 

 

 見通しの甘さ。青年剣士は、その事を文字通り痛いほどに理解させられた。

 まず、狭い洞窟内でロングソードを振るおうとするのがそもそもの間違いであるのだ。

 最初こそ、数体のゴブリンを倒すことが出来た。だが、再度振るおうとした瞬間カッコイイというだけの理由で鍛冶屋の忠告も聞くことなく手に入れた剣は洞窟の天井に引っ掛けてしまったのだ。

 その結果、ゴブリンのこん棒を数発体に受けて昏倒してしまう。

 倒れれば、そのまま袋叩きに合う。そしてゴブリンというのは男に容赦はしない。

 

「た、助け…………!」

 

 所詮ゴブリンと侮った結果だ。彼が死ねば、幼馴染であり淡い感情を持っている女武闘家は激高し吶喊するであろう。

 それどころか、後方の挟み撃ちにより女魔法使いは毒の刃に倒れた。今も、女神官が【小癒(ヒール)】を掛けているのだが、焼け石に水でほとんど効果は見受けられない。

 彼は悔いた。こんな事ならば、もっと――――――――

 

「え…………?」

 

 今まさに凶刃に刺し貫かれめった刺しにされそうであった青年剣士の前に黒が割り込んでいた。

 ふさふさとしたソレは、見た目に反して堅牢らしく刃が欠けて錆びているナイフや、襤褸のこん棒程度では傷はおろか汚れの一つも付きはしない。

 同時に霞む視界で初めて気づく、この場の異常。

 ゴブリンたちも思わぬ乱入者に二の足を踏んで恐怖している。

 果たして、それは松明の灯りにに照らし出される。

 

「ウェアウルフ…………!」

 

 女神官が震える声でその名を呼んだ。同時に、辺りに仄かなアンモニア臭。

 女武闘家と青年剣士は、その体格に驚き。呼吸の荒い女魔法使いは、金等級案件の出現に混濁した意識のまま驚愕していた。

 ウェアウルフ。ゴブリンなどとは比べ物にならない“祈らぬ者”であり、純粋な肉弾戦では人類に勝てる見込みなどある筈もない。

 そんな怪物が自分たちを守る様にして、ゴブリンと相対している。

 

「Grrrr…………」

 

 人狼の喉が鳴る。裂けた様な大きな口が少し開かれ、その牙が覗いた。

 今の彼の位置は、背後からのゴブリンを殺して青年剣士の後ろ。青年剣士を守ったのは、豊かで大きな人狼の尾であったのだ。

 洞窟内は人狼にとって狭苦しいものであるが、尾を振るうだけでもゴブリン程度殺す事は訳ない。

 

「「GOBU!?」」

 

 二体のゴブリンは逃げる事も出来ずに振るわれた尾によって岩壁へと強かに叩きつけられ肉片へと変えられた。

 フン、と鼻を鳴らした人狼は不意に彼が助けた一党へと視線を送る。

 そして、自分の耳を塞ぐように自身の耳を指差して大きな手を当てる。

 最初こそポカンとその光景を見ていた彼らだが、二度三度と繰り返されればその意図が分かるというもの。

 だが、

 

「ま、待ってください!女魔法使いさんは、体が…………!」

 

 女神官が進言する。

 彼女の言う通り、毒に侵された女魔法使いは体が動かない。

 魔物相手に何を言っているのか、とも考えられそうだが人狼はチラリと倒れた女魔法使いへと目を向けた。

 少しの思考を挟んで、彼は動く。

 狭い洞窟の中で器用に動くと、女魔法使いの側へと座り込み、その大きな両手で彼女の頭を挟んだのだ。

 そして、洞窟の奥へと目を向ける。

 

「Suuuuu…………Aooooooooooo!!!!」

「「「ッ!?」」」

 

 その大口より放たれたのは、音響兵器もかくやと言わんばかりの爆音。

 巨体故に、その肺活量は人を軽く凌駕する。それを利用し放たれた咆哮は、質量兵器など目ではない破壊力をこの洞窟内で巻き起こした。

 咆哮を終えた人狼は一つ鼻を鳴らす。警察犬以上の嗅覚を持つ狼。その狼を凌駕するのが人狼の嗅覚であり、その探知範囲は森一つをカバーする事も出来る。

 音により耳から脳を破壊されたゴブリンはその尽くが目、鼻、口、耳より血を流し死滅する事となる。

 耳を塞いだ程度で防げるかと疑問に思えるが、それはソレ。何の為に指向性を持たせて吠えたのか、という事。

 

 洞窟内を一掃した事を確認し、人狼は耳を塞いでいた女魔法使いへと目を向ける。

 鼻を鳴らし、彼は女魔法使いの刺されたであろう患部へと口を近づけた。

 

「あっ…………!」

 

 女魔法使いの体が跳ねた。

 動く体を潰さないように両手で慎重に抑え、人狼は女魔法使いの患部より汚れた血液を吸い出していく。

 ゴブリンは毒を用いる。それも掠っただけでも重症化してしまうタイプの毒であり、新人の大半はその餌食となって命を落とすだろう。

 人狼にその毒は効かない。生命力に秀でているためだ。

 

 そして、サイコロは出会いを齎した。

 

「――――――――ゴブリン、ではないな」

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