人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 辺境の街。

 この街を拠点としたある冒険者が居る。

 ゴブリンという最下級の魔物ばかりを狩る彼は、いつしか在野で最上級とされる銀等級へと上り詰めていた。

 周囲からのやっかみは当然ある。だが、彼にとってゴブリンを殺す事が最上の命題にして人生全てを賭して行うべき事に他ならない。

 その原動力は、恨み、憎しみ、等々の負の感情。

 

 ついた異名は“ゴブリンスレイヤー”。吟遊詩人の歌にも成る程、彼の冒険というものは各地で知られている。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさん!お帰りなさい」

「戻った」

 

 冒険者ギルドの戸を開き夕日の射し込む施設内へと入ったゴブリンスレイヤーを笑顔で出迎えた受付嬢。

 彼の評価は、冒険者内では低いがギルドの側からの評価は高い。

 

「それで、その…………新人パーティは……?」

「外だ。少し、厄介な事になった」

 

 ことゴブリンに対して容赦の無いゴブリンスレイヤーの思わぬ言葉に、受付嬢は警戒を強める。

 彼女が考える候補としては、ゴブリンに逃げられた場合。この場合、新たな被害が周辺に出てしまうが、直ぐに依頼が来る為に対応は可能。

 もう一つは、ただのゴブリンの群れではなかった場合。統率者や、軍勢となった場合だ。

 だが、彼女の予想は裏切られる。

 

「人狼を保護した」

「…………はい?」

 

 受付嬢の思考が空白に染められる。ついでに、彼の報告を聞いていた周りの冒険者たちもだ。

 人狼は個体でも相当に厄介であるが、基本は群れだ。金等級の中でも取り分け戦闘能力に優れた者が選抜されるのはそれが理由となる。

 しかし、先程のゴブリンスレイヤーの言葉はよくよく考えればおかしいのだ。

 

「…………保護、ですか?」

「保護だ」

「捕獲でも確保でもなく?」

「保護だ」

「ち、因みに、その人狼は…………」

「外だ」

「新人に金等級案件を任せないでくださいよ!?」

 

 受付嬢は頭を抱えて叫ぶしかない。

 

 ところ変わって、ギルドの外。人だかりができており、その中央に相対するのは二つの一団。

 

「おう、お前。そこの人狼。前にあったよな?」

「…………」

 

 槍使いが凄むのは、その巨体を必死に縮こまらせて青年剣士や女武闘家の後ろに隠れようとしている黒い体毛をした人狼だ。

 実に情けない格好ではあるが演技ではないらしく、そのふさふさとした尾は股の間に引っ込んでしまっている。

 

「こいつがお前の言ってた人狼か?」

「ああ、そうだ。馬鹿みたいに強いくせして、逃げ腰一辺倒な奴でな。何でテメーがここに居やがる?」

「…………」

「答えやがれッ!」

 

 槍使いが凄めば、ビクリと人狼は震える。

 力の差はどうあれ、本来ならば逆になりそうな光景であるが、傍から見ればいじめっ子といじめられっ子にしか見えない。

 

「あま り、苛め ちゃ 可愛そう、よ?」

「ああ?魔物じゃねぇかよ」

「でも、いじめっ子は、貴方、ね?」

 

 見かねた魔女が助け舟を出してくる。

 そして彼女は妖艶な笑みを浮かべると、ふらりと人狼へと歩み寄った。

 

「はじめ、まして。大きくても幼い、子ね?」

「…………」

「この、子……子供よ。まだ、数年、ね」

「はあ?こんなにデカいのにか?」

「狼、としての、特性ね。二、三年で成体になる、と、群れで、学ぶ、の」

「じゃあ、そいつはどうなんだ?俺が戦った時も、一匹だけだったぜ?それどころか、トロルを皆殺しにして襲われてたパーティ、を…………」

 

 猛っていた槍使いは自分の言葉である事に気が付いた。

 人狼は群れで動くが、この人狼は一匹だけ。人の恫喝に怯え縮こまり、魔女の見立てでは子供であるという事。

 そして何より、彼は人を救っていた。同時に人だかりの中にも数人、ある話を聞いた覚えのある者がいた。。

 

「もしかして、“共殺し”か?」

 

 誰かが呟き、皆がハッとその顔を上げる。

 “共殺し”。吟遊詩人が謳うものの一つであり、知る人ぞ知る隠れた詩。

 

『人にあらず、獣にあらず。共を殺し、共と殺す。鋭き爪牙は血にまみれ、その背に突き立つ友の剣。慟哭は誰にも届かず、かくして人狼は独りとなった』

 

 救いは無い。人でもないが、同族を殺した獣は排斥の対象でしかないからだ。

 愛されず、愛を知らず、しかし全てを恨んで憎んで破壊するというにはあまりにも優しすぎて。

 

「…………?」

 

 プルプルと震える人狼は、不意に頭に受けた感触に顔を上げる。

 見れば、女武闘家の手がふさふさとした毛並みを撫でているではないか。

 

「心配しないの。ゴブリンスレイヤーさんも、説明してくれてる筈だし、皆が皆貴方を目の敵にしてるわけじゃないもの」

「…………」

 

 ジッと黄金の瞳が目の前の彼女を見続ける。

 不安に振るえていたその体は、震えを止めて巻き込んでいた尻尾が表に出てくるとその先端がユラユラと左右に揺れた。

 

「キューン…………」

 

 笛のような鳴き声を上げて、手にすり寄るその姿は狼というよりは、犬。それも子犬のようだ。

 魔物である事は事実。だが、その光景は毒気を抜かれること請け合いというもの。

 先程まで気炎を上げていた槍使いですら、その光景には苦笑いする始末であったのだから。

 

 どうにか場が終結し始めた頃、ギルドの扉が開かれた。

 出てくるのは、ゴブリンスレイヤーと彼に連れられた、受付嬢の姿。

 

「ほ、本当にウェアウルフ…………!」

「遅くなった」

 

 驚愕を口にする受付嬢を無視して、ゴブリンスレイヤーは一党へと歩を進めた。

 すると、

 

「…………!」

 

 ユラユラと揺れていた人狼の尻尾がより一層揺れ始めるではないか。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!お話は終わったんですか?」

「ああ。暫くの間は様子見という事になった」

「ギルドとしても戦力は多いにこしたことはありませんから…………ただ、場所はギルド内限定です。そして、もしもの事態には冒険者総出で討伐する事になります」

 

 受付嬢の言葉は、この場の面々が忘れそうになっていた緊張感を思い出させるには十分だった。

 再三述べるが、人狼は金等級案件なのだ。その強靭な肉体諸々含めて脅威以外の何物でもない。

 

 周りの目が再び気になり始めたのか、人狼は黄金の瞳を周囲へと向ける。

 そして徐にその場にしゃがんだ。

 いや、しゃがんだというよりも尻尾ごと巻き込んで毛皮の丸い塊になったという方が正確だろうか。

 もこもこと、しばらくの間動いていた毛玉は、やがてその動きを止めて、空気の抜けた風船のように一気にしぼんでいく。

 それこそ、元の大きさの三分の一以下だ。

 

「「「「は?」」」」

「…………?」

 

 毛皮が動き、現れたソレに一同揃って声を上げて首を傾げた。

 ピコピコと動く黒い狼の耳に、耳と同じく真っ黒な毛。褐色の肌に、つぶらな黄金の瞳。つんとした小さな肌にほんの少しだけ犬歯が伸びた歯並びが口の隙間から覗く。

 

「?」

 

 毛皮の中から現れたのは、褐色の肌をした獣の耳を持つ五歳前後の少年であった。

 周りからの視線を受けて首を傾げ、

 

「わんっ!」

 

 一声吠えた。

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