人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 “祈らぬ者”というのは、そのまま祈る者である冒険者との対比とされている存在だ。

 その筆頭であるのは、ゴブリンだろう。

 残虐で悪逆非道を働き、しかし数ばかりが多く弱い事も相まって人々の認識が甘い事を良い事に増え続けるそんな畜生たち。

 

「ごぉぶり?」

「ゴブリンだ」

 

 山道を行くゴブリンスレイヤー。そして、彼の隣を行くのは小柄な幼児の姿となっている人狼。その後ろから、ゴブリンスレイヤーについてきた女神官。

 今回の依頼は、山奥の砦に住み着いたゴブリンの討伐。既に被害者が出ており、討伐に善意で向かった冒険者一党も戻ってきていない。

 

 本来ならば、ゴブリンスレイヤーと彼についてきた女神官だけのパーティであるのだが、この場に人狼が居るのは当然理由がある。

 人狼は、彼に懐いている節があった。それこそ、ゴブリン退治に向かう彼の後をついて行こうとするほどに。

 二度ほど置いて行かれ、その都度彼が帰ってくるまで街の入口に蹲っていたのだ。

 

 本来の姿が怪物であろうとも、街での見た目は子供。流石にそんな子供が日がな一日膝を抱えて門を見続けているというのは外聞が悪い。

 ついでに、冒険者への鍛錬も手伝っているという事で、こうして特例だが外へ出る事が許されたのだ。

 

「ねーちゃ!」

「は、はい!な、何ですか?」

「ごぉぶり、つよ?」

「え?………………ええ、そうですね。大変な相手かもしれません」

 

 天真爛漫な人狼の言葉に、女神官が思い出すのは最初の冒険。

 あの時、人狼が割り込んでこなければ間違いなく全滅していた。それどころか、死ぬよりも酷い目に遭っていたかもしれない。

 ゴブリンは、決して強くない。それこそ、村人ですら一匹二匹程度追い払う事は出来るのだ。

 だが、追い払うだけでは足りない。追い払われたゴブリンというのは逆恨みとでも言うべき感情を募らせてゴブリンスレイヤー曰く渡りとなり、力を付けて戻ってくるから。

 

 暫く景色の変わらない山道は続く。その間、人狼はゴブリンスレイヤーや女神官へと様々な質問を行っていた。

 一人だけ、ピクニックにでも来たかのような気楽さだ。だがそれも、その鋭敏な嗅覚がある臭いを嗅ぎ取ったところで止まる。

 

「………!にーちゃ!」

 

 小さな手が前を行こうとするゴブリンスレイヤーを引っ張った。

 

「どうした」

「ごぉぶり。まえ」

「成る程、そろそろか」

 

 人狼の言葉を読み取って、ゴブリンスレイヤーは革袋と矢筒、弓を準備していく。

 

「えっと、どうするんですか?」

「正面から俺と女神官の二人で行く。奴らを油断させるためだ。そして、メディアの油で奴らの砦に火を放つ。人狼」

「あう?」

「お前は、元の姿で周りを狩れ。ゴブリンは生き意地汚い、死んだふりや抜け穴から逃げるだろう。お前はそれを狩って来てくれ」

「みぃなごーろ?」

「ああ、ゴブリンは皆殺しだ」

「あう!」

 

 万歳と手を上げた人狼は、すぐさまトーガの様に纏う毛皮で全身を包み込む。

 すると、毛皮はまるで空気の入っていく風船のようにどんどん膨らみ、やがてその大きさは三メートルに迫るほどへ。

 

「Grrrrr………」

「よし、行け」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に反応し、人狼はその巨体を茂みの中へと躍らせていった。

 その黒い毛皮を見送り、彼もまた己の準備に勤しむ。

 

「あ、あの、ゴブリンスレイヤーさん」

「なんだ」

「えっと、狼さんを一人にしても良いんでしょうか」

「ゴブリンは臆病だ。自分よりも圧倒的な強者を前にすれば逃げ出すしかないクズだ。人狼が隣に居て万が一その正体が露見すれば奴らは逃げ出す。ならば猟犬に使う方が効率よく奴らを殺せる」

 

 珍しく長々と語ったかと思えばかなりの早口で、しかも終始しているのはゴブリンを殺す事にのみだ。

 だからこそ、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)であるのだが。

 

 

 

 

 

 

 小鬼にとって人間は男は食らい、女は犯して孕ませ数を増やす手段でしかない。

 要するに娯楽のための道具だ。

 砦を根城とした彼らは、近くの村から女性を攫って慰み者として、更に彼女を助けに来た冒険者たちも同じ目に遭わせていた。

 このまま数を増やす。彼らの算段はそんなものであるし、ただただ悦楽の為に殺し、犯し、食らう。獣よりも劣る畜生であった。

 

 だが、この日その天国は地獄へと変わる。

 

「“いと慈悲深き地母神よ…………!か弱き我らをどうか大地の御力でお守りください”『聖壁』」

 

 燃え盛る炎に巻かれて逃げ惑っていたゴブリンたちは、その大半が入口を塞いだ障壁により煙と炎に巻かれて絶命していく。

 力自慢だったホブなども、この壁は突破できずに炎の中へ。

 どうにか障壁が張られる前に外へと逃れたゴブリンたちもまた、ゴブリンスレイヤーの刃と火矢の前に絶命した。

 死にゆく同族たちを尻目に、一部のゴブリンはどうにか砦の脱出を果たそうとしていた。

 その先に何が待つのかも知らずに。

 

「Gobu!」

「Gobubu!」

 

 耳障りな歓声を上げて長い穴倉を抜けて陽の光を確認したゴブリンは我先に外へと出ようと足を速めた。

 そして、出た直後にそれは視界に入り込む。

 夜の様につやのある黒い毛並みに、黄金の瞳。子供ほどの大きさであるゴブリンとは比べ物にならない大きな体躯。

 地面に垂らされた大木の様に太い両腕。その先端には、鋭い鉤爪。

 

「Grrrr…………!」

 

 如何に馬鹿なゴブリンといえども、目の前の存在がどんなものか理解できなはずもない。

 

「Gobu…………!」

「GARUAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 最後の抵抗というように粗末な短剣を構えるゴブリンであるが、そんな物目の前の存在にしてみれば爪楊枝以下の代物でしかない。

 怪物、人狼は雄叫びを上げる。ライオンの咆哮に生き物の恐怖を増幅させる効果があるが、人狼の咆哮は音の衝撃だけで周囲の草木を騒めかせ心をへし折る。

 逃げる気も失せ、ゴブリンは等しくその爪によって命を刈り取られていった。

 

「…………」

 

 血塗れの爪。その先端の臭いを嗅いで眉根を寄せた人狼はふと、ゴブリンの出てきた穴へと目を向けた。

 音も臭いもしない。しないのだが、自分と似た臭いのする(・・・・・・・)男に言われたことを思い出していた。

 

「スーーーーー…………」

 

 上半身が一回り以上膨らむほどに息を大きく吸い込み、その巨体が若干仰け反る。

 

 

「Fuuuuuuuuuuu!!!!」

 

 口をすぼめて吐き出される息は、術などではない。ないのだが、その破壊力は嵐でも吹き込んだのではないかと思えるほどのモノ。

 それこそ、少し離れた砦が火山の噴火でも起こしたかのように空へと業火を弾けさせるほどの威力であった。

 

 金等級案件、人狼。その身体能力は伊達ではない。

 

 

 

 

 

 

「―――――これにて辺境勇士小鬼殺し山砦の段。終幕」

 

 とある街の一角。吟遊詩人は深々と頭を下げていた。

 冒険譚に聞き入っていた人々が硬貨を受け皿へと放っていく。

 

「ねぇ、ちょっと」

「ん?なんだい?次の公演はもっと先だが?」

「そうじゃなくて、さっき謡ってた人って本当に居るのよね?」

「ん?ああ、勿論さ!西の辺境の街、そこを拠点にしてるって話だよ」

「そう…………それじゃあもう一つ聞かせてくれない?」

「答えられる事なら」

「“共殺し”の人狼の話は、しってるかしら?」

「ああ、それかい?ここ最近は西の辺境で確認されたらしいね」

「そうなの…………都合がいいわね」

 

 そこで、吟遊詩人は息をのんだ。

 目の前の相手は、森人であった。それも、上の森人と呼ばれるような美貌と可憐さを併せ持った美しい容姿をしていた。

 

「オルクボルグ、それに“共殺し”。待ってなさいよね」

 

 出会いの時は近い。

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