人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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「…………」

「はうぅ…………ふかふかですねぇ」

 

 ピタピタと降る雨の中大木を雨宿として天幕を張って、二人と一匹は足止めを受けていた。

 雨というのは冒険者の天敵である。

 濡れれば体温を奪われてしまうし、松明などは使えなくなってしまう。雨が降った後も水けを含んだ地盤は緩くなり道がぬかるんだり、土砂崩れなどが起きてもおかしくはない。

 そんな雨であるが、存外二人は快適に過ごせていた。

 理由は、二人がより添っている人狼にある。

 豊かな毛並みは羊などには劣ろうともふかふかとしており皮膚を守るために目が細かい。豊かな尻尾で包まれれば即席の寝袋代わりにもなる。

 何より人狼の嗅覚と聴覚は雨程度では鈍らないし、その濃密な獣の臭いはその他野生動物を寄せ付けない。

 

「狼さん、寒くありませんか?」

「…………」

 

 尾にくるまれている女神官が問えば、人狼はコクリと頷いた。

 狼と呼ばれるだけあって、彼の横顔は凛々しく時折零れる欠伸など人の頭程度ならば容易く飲み込まれてしまいそうなほどの大口。

 それだけではない。今、ゴブリンスレイヤーが寄りかかっている分厚い毛並みとその下の筋肉も、その全てが人では間違いなく届かない領域であるのだから。

 

「あふ…………」

 

 女神官は欠伸を零し、夢の中へ。ゴブリンスレイヤーもまた、鉄兜越しであり表情などは分からないのだが眠ってしまったらしい。

 残る人狼も体を少し膨らませて目を閉じた。

 シトシトと梢と天幕を打つ雨音と、燃え尽きた炭が崩れる音だけがそこに響き夜の帳は下りてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吟遊詩人たちが謳う辺境の詩において最も、という訳ではないが多いのはゴブリンスレイヤーについてのモノだろうか。

 脚色を加えられた勇士像というのは、客受けが良い。

 そして、次に多いのが“共殺し”の詩。こちらの場合は、勧善懲悪の様なものではなくどちらかというと、悲しい内容ばかり。

 誰もが魔物である事も忘れて感情移入してしまう事もしばしばだ。

 

 そんな件の人狼はというと、

 

「今日の御飯は貴方の仕留めた大角鹿ですよ」

「わんっ!」

 

 ギルドの後方に広がる訓練場の片隅で元の姿に戻り、尻尾を振りながら肉に貪りついていた。

 その姿は完全に犬のそれなのだが、見た目は凶悪。太い大腿骨であろうともバリバリ噛み砕いてしまっている。

 世話係に上から任ぜられてしまった受付嬢は、瞬く間に鹿一頭を平らげてしまう人狼に対して若干頬を引きつらせるのだが、特に何かを言う訳ではなかった。

 この状況。人狼が少しでも気が向けば容易く受付嬢は殺されるだろう。それこそ、普通の犬のように首筋を掻いている後ろ足に引っ掻かれるだけでも致命的だ。

 一種の職務怠慢なのかもしれない。だが、如何せん見た目と中身のギャップが大きすぎて危機感というものを忘れさせるだけのモノを人狼は持ち合わせていた。

 

「はぁ…………皆さんが貴方みたいに素直でいい子なら良いんですけどねぇ…………」

「?」

 

 思わず、受付嬢の口から洩れた口に、しかし口の周りを嘗め回していた人狼は首を傾げるだけ。

 ただ、彼女が呟くのも無理は無いのだ。

 冒険者というのは、心のどこかで魔物というのを嘗めている。それが顕著なのが初心者なのだから笑いの種にもなりはしない。

 

「あ、先輩!クロちゃんのお世話終わったら戻ってきてくださーい!」

「あ、はーい!それじゃあ、貴方はここで寝ます、よね?」

「わふっ!」

 

 後輩に呼ばれて、受付嬢はギルドの中へ。

 残された人狼はと言うと、ギルドの壁に背を預けて足を投げ出し空を見上げた。

 いい天気だ。突き抜けるような青空には小鳥が飛び、どこかの花畑から風によって運ばれてきたのか白い羽の蝶が飛び、人狼の鼻先へと止まった。

 

「…………ッぷしゅ!」

 

 むずむずとした鼻先の感触に、くしゃみが一つ。

 それ一発で子供一人なら余裕でひっくり返る肺活量だ。身体能力お化けは伊達でも酔狂でもないのだ。

 穏やかな風に目を細めて、人狼は大きな欠伸を一つする。

 犬の欠伸というのは何も眠いから、と言うだけではないのだが彼の場合はこの穏やかな陽気に充てられて眠気を覚えたためのもの。

 そのままウトウトと舟をこぎ、その黄金の瞳は瞼の向こう側へと―――――

 

「あ、いたいた」

「…………?」

 

 夢の世界に旅立とうとしていた人狼を引き戻したのは、聞き慣れた声。

 目が開かれれば、青年剣士の一党が人狼の元へと向かってくるのが確認できる。

 

「もしかして、寝ようとしてたか?悪いな、一仕事行く前に人狼に会っときたくてさ」

「私たちが生きて帰ってこれたのも貴方のお陰だもの。まあ、験担ぎよ」

「…………感謝を伝えない程、恩知らずじゃないもの」

 

 三者三様。それぞれが、人狼へとそんな言葉をかけて行く。

 彼ら彼女らの装備も結構変わった。

 それぞれ、元の服の下には鎖帷子を着ているし、青年剣士は背中にはロングソードだが腰にはショートソードも装備しており、左前腕には小振りなラウンドシールド。右手には籠手を着け、肩当胸当てのみならず、背中にも防具を付けた。

 女武闘家も両手足に籠手と脚絆を付けており、動きやすさを重視して装甲は薄めだがその分急所などには多めに防御が施されていた。

 そして女魔法使いはと言うと。肌の露出を極力無くし、マントの下には鎖帷子を二重に施す事で突きのみならず斬撃にもある程度耐えられるようになっていた。

 何より、ポーションの類もケチる事無くそれぞれがベルトポーチに収めており、背嚢などに関しても最低限食料などを突っ込むばかり。

 

「これから、仕事だからな。お前に助けられた命だし、無駄にしないぜ」

「わふっ!」

 

 青年剣士の言葉に反応し、人狼は一声吠えると尻尾含めて丸くなり毛玉となる。

 見慣れた光景だ、次の瞬間にはそこに居るのは褐色黒髪の幼児であるのだから。

 

「にーちゃ、ねーちゃ!い、いってら、しゃい!」

 

 がばっ、と両手を挙げて万歳をする人狼。

 仕草が幼いが、人化の術は人としての年数(・・・・・・・)に影響を受ける。五歳前後の無垢な子供というのが彼なのだ。

 

「「「……ッ!」」」

 

 そして、そんな人狼を見た三人はと言うと口元を抑えて各々が溢れ出る“愛”を堪えていた。因みに“愛”は鼻から出る。

 

「ぜってぇ帰ってくる!」

「ええ、勿論よ…………!今なら、ゴブリンの巣だって潰せるわ…………!」

「焼き尽くすわよ…………鼠ごときが私の道を塞ぐんじゃないわよ…………!」

 

 やる気が天元突破し、その背から気炎を立ち昇らせる三人は、白磁等級である筈なのだが気迫だけならば銀等級にでも並びそうな勢いで仕事へと向かっていった。

 その背が、人狼の視力でも見えなくなるまで彼は手を振り続け、今度は幼児のままギルドの壁に背を着けて座り込む。

 知り合いとの会話で少しはマシだが、そもそも寝ようとしていたのだから眠気は今も残っている。

 大きく欠伸をし、身に纏った毛皮が程よく日光の熱を吸収して温まり睡魔がひたひたと彼の意識を―――――

 

「人狼」

 

 どうやら、眠れるのはもう少し先であるらしい。

 

 

 

 

 

 

 妖精弓手は、このギルドに来て何度目か目を見開くこととなった。そしてそれは、彼女の連れでもある蜥蜴僧侶と鉱人道士も同じくであったのだ。

 事の発端は彼ら3人がそれぞれの種族の代表として、そして先遣隊としてゴブリン退治に駆り出されることになり、そこで只人の代表としてゴブリンスレイヤーを求めたことに始まる。

 ゴブリンが相手であれば、報酬すらも興味が無い彼のお陰かとんとん拍子に話が進み、連れとして女神官が加わったところで、妖精弓手がふと、訪ねたのだ。

 

曰く、“共殺し”がどこに居るか、と

 

 これは何も討伐対象として見ているとかではなく、純粋な興味からだ。

 予想外だったのは、その件の“共殺し”がこのギルドの預かりとなっている点。

 というか、ゴブリンスレイヤーが手を引いて連れてきたのが毛皮を体に巻いた眠たげな幼児であったことが驚きの主な原因か。

 

「ちょ、ちょっと、オルクボルグ。その子が、“共殺し”なの?」

「ここに居る人狼はこいつだけだ」

「子供じゃない!?」

 

 妖精弓手が頭を抱えて叫ぶ。

 そんな目の前の彼女の理由など知る由もない人狼はと言うと、ゴブリンスレイヤーと手をつないだままコクコク舟をこいでいた。今にも倒れそうだ。

 満腹となり眠気が来ていた状態で、2度も無理矢理起こされたのだ。睡魔の波状攻撃をうけて、その瞼は既に限界であるし思考の8割はお空の彼方に旅立っている。

 今すぐにでもその場で倒れそうな彼の様子にハラハラする女神官をよそに、鉱人道士がゴブリンスレイヤーに問うてくる。

 

「かみきり丸よ。わしとしても、この耳長に同意するわけじゃないがこのボウズは只人の子供にしか見えんぞ?」

「俺は人狼を見せただけだ」

「あ、あの、とりあえず狼さんを寝かせてあげませんか?頑張ってますけど、そろそろ…………」

 

 流石に眠れないままふらふらしている姿を不憫に思ったのか、女神官が人狼を抱き上げて、提案する。

 

 その後、ゴブリン討伐に寝こける人狼を連れていくかどうかで一悶着起きるのだが、彼は知る由もない。

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