人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 夢を見る 夢を見る 夢を見る

 

 胎児はクルクル夢を見る

 

 人にも成れず 獣にも成れず

 

 半端モノは夢を見る

 

 

 

 

 

 

 パチパチと弾ける薪の音。

 

「~♪」

 

 ユラユラと赤い光に照らされて、黒髪ケモ耳頭が左右に揺れる。

 

「ふむ、これで食べごろでしょうな」

「にく~!」

 

 万歳と手を挙げ立ち上がった人狼。

 そんな幼さマックスな彼に差し出されるのは肉の串焼き。

 

「熱いゆえに、気を付けて食べられよ」

「あい!」

 

 穏やかな笑みを浮かべた蜥蜴僧侶が串を受け取った人狼は、人化した状態の小さな口で肉へと大きく齧り付いた。

 ピリリとした辛味と肉汁の豊満な旨味。

 きらりと目を輝かせた人狼は、

 

「うまい!」

 

 叫んで一心不乱に肉を貪り始めた。

 そんな幼児の姿を横目に、妖精弓手は頬杖をついて息を吐く。

 

「まさか、“共殺し”がこんな子供だなんて…………」

「そう不貞腐れるな、耳長。事実、このボウズが人狼である事はわしら自身の目で確認したではないか」

「それは、そうだけど…………」

「そんなだから、金床なんじゃ」

「だ・か・ら!誰が金床よ!」

 

 アンニュイな雰囲気もどこへやら、最早恒例にすらなりかけている鉱人道士と妖精弓手のやり取り。

 喧嘩であるのだが、武器を抜く所まではいかないために、これは一種のコミュニケーションである事は確かだ。

 そんな二人のやり取りをバックミュージックに、女神官は左隣に座る人狼の油でベタベタとなった口周りを手拭いで拭いていた。

 

「はい、綺麗になりました」

「う?あいあとー!」

「いいえ。狼さんには助けてもらってますからね」

 

 にこにこと再び肉に向かっていく人狼を横目に、女神官も己の持ち寄った豆のスープに口を付けた。

 各々がそれぞれ食事を口にし、交流を深める中再び話題を投じるのは妖精弓手。

 

「そういえば、みんなはどうして冒険者になろうとしたの?」

「なんじゃ、藪から棒に。んなもん、世界中の旨いものを食うために決まっておろう」

 

 この串肉の様にな、と鉱人道士は呵呵大笑すると齧り付く。

 種族柄肉を食べない妖精弓手は、そんな彼にジト目を向けていた。

 

「私は、外の世界に憧れてよ」

「拙僧は、異端を殺し位階を高めて竜となる為だ」

「えっと、その……成人に合わせて、誰かの役に立ちたくて、でしょうか」

「ゴブリンを―――――」

「アナタは何となく分かるから良いわ」

 

 各々の理由を聞きながら、妖精弓手はふと未だに肉をぱくつく幼児を見た。

 見た目は子供、本質は怪物。金等級案件である人狼という種でありながら、どう見たって彼は子供でしかなかった。

 そんな存在が群れを離れて、独りとなる。

 結果、ついた呼び名は“共殺し”という救いの無いものであった。

 

「あなたはどうして、独りなのかしらね」

 

 思わず、ポツリと妖精弓手は呟いていた。

 それほど大きな言葉ではなかった―――――のだが、丁度会話の切れ目であり火が弾ける音だけが聞こえる静かな夜では十分すぎる声量であった。

 

「おいおい、耳長よ。ヒトにゃあ触れちゃならないタブーってもんがあるだろ?」

「な、何よ!みんなだって気になるでしょ!?」

「それはそうじゃが…………」

 

 いさめようとした鉱人道士であったが、彼とて気にならないわけではない。

 ぶっちゃけ、この場の戦闘能力において人狼が間違いなくトップだ。それこそ、暴れられれば止めるどころか逃げる事すら難しい。

 そんな相手と同じ釜の飯を食う。気にならない方がおかしいというもの。

 自然、一人を除いた視線が人狼へと集まるというもので。

 

「…………?」

 

 当人は、全く話を聞いてはいなかったが。

 串肉の最後の一口を頬張り、視線に気づいた人狼は首を傾げて見返していた。

 

「あなたの話よ。どうして、人に紛れて飼い犬の真似なんてしてるの?」

「んー…………?」

 

 もぐもぐと口を動かし首を傾げた人狼は、何やら考え込みその喉を動かして口の中身を飲み込んだ。

 熱い呼気を吐きだして、

 

「にげた」

 

 ただ一言だけ、呟く。

 情報が足りないと思われるが、だがその実この言葉以上に彼の現状を表わすものは無い。

 

 親から逃げた。血縁から逃げた。群れから逃げた。“祈らぬ者”から逃げた。無益な殺生から逃げた。

 

 逃げて逃げて逃げ続けて、今の人狼は西の辺境へと納まったのだ。

 いや、これもまだ仮宿に過ぎないか。未だにギルドの上層部が人狼の扱いに困っているように、人間の全てが人狼に対して好感情ばかりを向けてくる訳ではないのだから。

 

 様々な想像を掻き立てる一言を放った人狼は、しかしそれ以上の言葉を連ねるつもりは毛頭ないらしい。

 というか、言葉を知らない人狼には連ねる為の語彙が無いのだ。助けた三人だけでなく、様々な人々が彼には言葉を教えているのだが、如何せん身に付くのは食べ物ばかり。

 

「にーちゃ、ちーず」

「…………これか」

 

 暗くなった周囲など知った事かと、人狼は満腹に程遠いのか武器の手入れをしていたゴブリンスレイヤーへとここ最近でお気に入りの食べ物を強請りにかかった。

 取り出されるのは両掌に収まる程度の分厚い楕円形。

 ゴブリンスレイヤーは手入れしていた投げナイフを置くと、別のナイフを取り出し楕円形から鋭角の三角形を切り出して、人狼が食べ終わった串を通して手渡した。

 

「少し、火にかざせ」

「あーい」

 

 いつも通りだ。少なくとも、人狼はその事を悩んでいない。

 今を楽しみ。今を尊ぶ。そんな生き方をしていれば自然と過去を思い出さなくて済むし、暗いものを見なくて済む。

 わくわくとチーズが溶ける様子を眺めている人狼に、四人も毒気を抜かれ肩に籠っていた力も抜けた。

 

「はぁ…………まあ、考え続けても意味がないって事よね。それより、オルクボルグ!そのチーズ、わたしにも寄越しなさい!代わりに、森人に伝わる保存食あげるわよ!」

「ほう、森人の秘伝か。とすれば、わしもこいつを出そうかの」

「ふむ、沼地の獣の肉も未だまだある。拙僧の故郷の味をもっと振舞おうではないか」

「あ、乾燥豆のスープもどうぞ。体が温まりますよ」

 

 各々が持ち寄る品々。

 チーズを刺した串を咥えた人狼はジッと、それらを眺めて鼻を鳴らした。

 食べるばかりで、自分に出せる物が無い。そもそも、人狼は元の姿となれば余程の環境でなければ適応できるのだから、旅の準備や食料の運搬などしない。

 その土地その土地での生態系の頂点。単独でも十分脅威であり、それが群れているのだから並大抵の生物では太刀打ちできないからだ。

 

 そんな人狼。チーズを食べ終えると、串を火の中へとくべて徐にその場から後転し始めるではないか。

 突然の奇行に皆が頭に?を浮かべる中、その小柄な体は纏った毛皮の向こう側へと消えて、次の瞬間には黒毛の獣へとその姿を変えていた。

 すわ敵襲か、と身構える一同だがそれを人狼は手を突き出す事で押しとどめる。

 そして、その巨体が夜陰に紛れて一瞬のうちに消えて、ものの数秒で戻ってくるではないか。

 その腕には小山になりそうな、白い果実の山。

 

「それって……白林檎かしら?」

「白林檎じゃと?こいつは何とも珍しい。それに、よく熟れておるな」

「どれ一つ…………ほう、甘い果汁があふれてきますな!」

「これを私達の為に?」

「っ…………!」

 

 女神官が問えば、人狼はコクコクと何度も頷いた。

 全員に行き渡ってもまだ少し余る白林檎。

 人の姿へと変わった人狼は、しゃくしゃくと林檎に齧りつき、その口の周りを果汁で汚していく。

 

 人にも成れず、さりとて獣としてもあれないそんな存在。

 言うなれば0に近い存在であるのだ。つまりは生まれて間もない子供であるという事。

 子供は、真似て成長していく。真似て学んでいくのだ。

 

 今回も同じこと。自分でできる何かを考えて、それを実行した。

 まだまだ子供である事には変わりがない。しかし、芽生え始めた何かは、彼の中で確かに育ち始めていたのだ。

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