人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 夕暮れ時、ゴブリンスレイヤーの一党は問題の遺跡、その近くの茂みへと身を潜めて状況を伺っていた。

 

「見張りが居るわね。それに、アレは狼かしら」

「群れが豊かな証だ。そうでなければ、奴らにとって餌でしかない」

「でも、大丈夫なの?ゴブリンは夜行性じゃない。これから活発になるなら、次の昼を待った方が―――――」

「いや、見張りを立てる群れは“夜”であった場合の方が警備が厳しい。今の時間帯は奴らにとっての“早朝”。見張りの注意力も散漫になる」

 

 妖精弓手は淡々と語るゴブリンスレイヤーに関心の目を向けた。恐らく、冒険者の中でも彼ほどゴブリンに詳しい者はそう居ないだろう。

 なぜなら、彼らは弱い。対策を練るという事は、相手は強敵であるというのが相場である。

 

 距離にして数十メートル。地点は風下であり、狼にも察知されない距離。

 妖精弓手は、弓に矢をつがえた。

 

「…………ッ!」

 

 長距離射撃の基本は呼吸を詰める事。不必要な呼吸というのは体に予想外の動きで手元を狂わせてしまうから。

 一射で見張りの二体を殺し、もう一射によって狼を殺す。風の動きを読み切った彼女の見事な弓の腕だからこそ成せる絶技である。

 

「………………」

 

 その様を、黄金の瞳は真っ直ぐに見ていた。

 人狼にしてみれば、狼というのは見た目が近いだけで種族的な物では全くの別。

 狼はあくまでも動物だ。対して人狼というのは魔物、怪物等々通常の生き物の理より外れた存在。

 

 どこか遠い目をする人狼をよそに、一党は行動を開始した。

 まず最初にやるべきことは、ゴブリンスレイヤーも徹底的にやっている事。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

 

 妖精弓手が叫ぶのも無理はない。何故なら、彼は死んだゴブリンの腸を引き釣り出そうとしているのだから。

 彼曰く、

 

「ゴブリンは女子供の匂いに敏感だ。森人の匂いにもな。だからこれで消す」

「う、嘘でしょ?!嘘よね?!ま、まさかそれを…………!」

「被れ」

「嫌よ!ちょ、あなたからも何か言ってあげて!」

 

 頼みの綱というように、妖精弓手は女神官へと駆け寄る。

 だがしかし、

 

「慣れますよ」

 

 頼みの綱は死んだ眼で見返すばかりで諦めの境地。

 彼女の悲鳴がこだまする。

 

 

 

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーを先頭にして、一党は遺跡の中を行く。灯りといえば、彼の持つ松明位か。

 

「…………」

 

 コツコツと床や壁を自身の剣でつつきながら進む彼。これは何も、遊びではなく罠などを事前に見破る為の動きであり、盲人の白杖と同じ効果。

 人が仕掛けた罠ならばそこまで簡単ではない。だが、ゴブリンの罠は基本稚拙だ。悪辣ではあるが複雑な仕掛けを組み立てる頭は無い。

 

 松明の灯りに照らされた通路。その壁には何やら様々な絵が描かれていた。

 

「ふむ、拙僧の見立てとするならばここは過去に神殿であったようだな」

「このあたり一帯は、神代に大きな戦争があったと言われています。神殿、というよりも砦、かもしれませんね。人の手で作られたことは確かですけど…………」

「人は去り、代わりに小鬼が住まう、か。残酷な…………む、どうした人狼殿」

「おおかみ」

 

 女神官に手を引かれていた人狼が指さす先。そこには、人のような黒い影が幾人も描かれており、黒い大きな獣と相対している姿を壁画がある。

 成る程確かに、と蜥蜴僧侶は頷く。見方によれば黒く大きな獣が狼に見えてくるというもの。ただどちらかというとこの獣は四足ではなく、

 

「人狼、でしょうな。二足の後ろ脚に発達した上体と―――――そして月に吠えるこの姿は」

「じんろー」

 

 呻くように呟く蜥蜴僧侶は、分かっているのかいないのか判別できない人狼の小さな頭に手を置いて髪を混ぜっ返した。

 人化状態では分からない存在感。神代の壁画にも残されるような怪物。

 分かっていても懸念を抱いてしまうのは致し方ない。

 

 よしよしと撫でられる人狼であるが、そんな彼よりも今この一党には沈んでいる者がいる。

 

「うぅ…………臭いよぉ、気持ち悪い…………」

 

 ゴブリンの体液に汚れた妖精弓手は、涙目のままヨタヨタと歩いているのだ。

 必要な事であると理解はした。だが、その心が付いてくるかと問われれば、否だ。むしろ、誰が好き好んで生き物の腸の汁等を被りたいと思うだろうか。

 いつもならば揶揄う鉱人道士ですらも、流石に哀れと思うのか声を掛けるのを躊躇う始末。

 とはいえ、そのまま仕事を果たさないような彼女でもない。汁を掛けたゴブリンスレイヤーへの怒りを力に変えて、前へとズンズン進んでいく。

 

「ねーちゃ、おこ?」

「ふむ、怒っておるがありゃ仕方ないじゃろうな。わしとて、ゴブリンのモツぶっかけられるなんぞ御免被る」

「ん、アレくさい」

「耳長のにはいってくれるな?また不貞腐れてしまうのはちと、面倒じゃからのう」

「あい」

 

 二人のひそひそとした話し声は、恐らく聞こえている。

 閉鎖的な遺跡の通路であるし、周りも静か。ゴブリンの気配も声も、臭いすらも未だ届かないこの場では声量を抑えてもどうしても聞こえてしまうというもの。

 だが、その上で妖精弓手は黙殺した。鉱人道士の子供を表するような言葉にはムッと来たがそれに乗ってしまえば相手の思うつぼ。

 何より、ここは敵地のど真ん中。騒げばその結果最悪を招く可能性とて十分にある。

 

「―――――止まって」

 

 先頭を変わった妖精弓手がその言葉を放ったのは、遺跡に潜ってしばらく経ってからだった。

 彼女は野伏。斥候や罠の探索はお手の物である為、それに気づくことが出来た。

 

「鳴子か」

「ええ、そうね。設置されてから時間が経ってないから分かったけど」

「やはり妙だ。これまでにトーテムを見なかった」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、周りが首を傾げる中彼との仕事が多い女神官が気づく。

 

「えっと、つまりゴブリンのシャーマンが居ないという事ですか?」

「呪文遣いが居ないなら楽出来て良い事じゃない」

「いや、察するに知識層の居ないゴブリンの群れが罠を張る事がおかしいと言いたいのでは?」

「ああ。ただのゴブリンではこんなものは仕掛けられんし、“早朝”にだらけずに見張りをするなどあり得ん」

「ゴブリンを指揮する者が居ると?」

「そうみるべきだ」

 

 感圧式の鳴子を躱して一同は、左右の分かれ道の分岐点へ。

 どちらも広がる先は、闇だ。少なくとも、視覚では判別つかない。

 しかし、

 

「…………!」

 

 スンッ、と鼻を鳴らした人狼が右の道へと駆け出した。

 ペタペタと素足の音が響き、残りの面々が呆気に取られてその背を見送るしかない中で最初に動き出すのは、ゴブリンスレイヤー。

 鎧を鳴らして、彼もまた駆け出していた。

 慌てて追いかける一党。その状況で、妖精弓手が問う。

 

「ちょ、ちょっと!急にどうしたのよ!」

「人狼の鼻が嗅ぎ取った。急がなければ手遅れになる」

 

 そんな後方の会話。それらを無視して、人狼は鼻に従い駆けながら、元の姿へと戻っていく。

 二足から四足へ。戦闘は別として、彼ら人狼は通常の移動ならば四足歩行の方が早いのだ。

 その勢いのまま、暗闇に紛れる黒い体は猛進していき、やがて一つの扉の前へと辿り着く。

 酷い悪臭の立ち込める部屋だ。だが、人狼は何のためらいもなくその中へと扉を突き破って飛び込んでいた。

 黄金の瞳は夜目が利く。暗闇であろうとも、そんな事は何の関係も無い。

 

「………して………」

 

 人狼の優れた聴覚が、その音を捉えた。

 小さくかすれた声。

 

「……ころして…………」

「!」

 

 鼻の曲がりそうな悪臭の中、何度もうわ言の様に呟かれる声。

 そして、人狼の瞳はその光景を捉えた。

 壁に磔の様にされたエルフの女性の姿を。

 酷いものだ。凌辱の限りのみならず純粋な暴力も振るわれていたのかその頬は腫れているし血も流れている。流した涙の痕はくっきりと刻まれ、美しかったであろう髪もくすみ切っている。

 

 人狼は一切の警戒をすることなく、彼女へと直ぐに近寄っていた。

 瞬間、

 

「GOBU!!!!」

「こいつを殺してよ!!!!」

 

 汚物の中から飛び出してくるゴブリンと、叫ぶ森人の女性。

 ゴブリンの手には、汚物に汚れた刃物がある。完全な不意打ちであるし、毒による追撃で確実に侵入者を殺せる―――――筈だった。

 

「GO…………!?」

 

 強靭な肉体に、刃毀れした手入れされていない刃物が通るものか。

 ゴブリンの突き出したダガーは、その先端が僅かに毛皮を押すだけで刺さる様子など欠片も無い。

 硬直した醜悪なその頭に、完全に包み込んでも余りある手が押し付けられる。

 

「…………」

 

 それはまるで豆腐でも握り潰したように他愛なく、アッサリとしたもの。

 ゴブリンの頭部は完全に破壊され、その小さな体が僅かに跳ねると首無しとなってそのまま後方へと倒れて動かなくなった。

 人の振るう棒きれでも容易く破壊されるような脆い骨格なのだ。であるならば、巨岩すらも毟れる人狼の握力を受けて原型を保つ事など出来るはずもない。

 

 待ち伏せを意に返すことなく、人狼は掌についた脳梁などの滓を払って森人の吊るされたロープを爪で切り裂き壊れ物を扱うように抱きかかえた。

 ぐったりとした体。その汚れ切った頬を人狼は気にする様子もなくその分厚い舌で嘗めとっていく。

 親狼が子供へと行うグルーミング。そこに宿るのは愛情に他ならない。

 

「…………」

 

 掠れた視界の中、森人の女性は体躯に似合わずキューキューと喉を鳴らし、暗がりでより一層際立つ月の様な黄金の瞳が心配に揺れる様がよく見えた。

 

「だい、じょうぶよ…………」

 

 思わず、彼女は震える手で人狼の頬を撫でていた。

 

 強く、大きく―――――か弱い子供。

 獣が持ち合わせるべきでなかった感情を持ち合わせた哀れな怪物。

 

 淀んだ意識の中、彼女は独り怯える子狼を撫で続けるのであった。

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