人でなく獣でなく   作:ヴェアヴォルフ

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 カラカラとサイコロが振られる。

 出た目の結果、駒の運命は決まり、悲劇も喜劇も運しだい。

 

 そんなサイコロを振らせないのは、二つの駒。

 一つは只人であり、大局を左右するような運命の担い手には成れないが、それでも前に進む駒。

 一つは怪物であり、人間より遥かに強く、そして真っ白などっちつかずの駒。

 

 神々はどちらの駒にも注目していた。していたが、その目線は別だ。

 前者はドン引きしながら見ているし、後者の場合は何処か親の様な目線であったから。

 

 彼らの運命は未定。さりとて、周りの流れが引きずり込み、抗う事など許さない。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 人狼にとって、この状況は経験にない。

 元の姿のまま佇む彼の胸元。分厚い毛並みには、妖精弓手が抱き着いていた。

 オロオロとしながら、何度となく他の面々に顔を向けたりしているのだが、如何せん警戒を怠る訳にもいかない。

 実際のところ、人狼の側が一番安全である。彼の毛並みはゴブリン程度の攻撃ならば傷一つ付く事は無いし、ふさふさとした尻尾で覆ってもらえばそれだけで人一人を守るうえでは十分すぎるシェルターと同義になるのだから。

 

「この遺跡の地図があった。あの森人の使っていたものだ」

「先が続いておったのは通路の左側ではないか?」

「ああ」

「床の擦り減り具合が違ったからの。わしら鉱人にとって石、金、酒は慣れたものよ」

「そうか」

 

 種族柄の知識を披露する鉱人道士であるが、ゴブリンスレイヤーの食いつきはお世辞にも宜しくは無い。

 ただ、彼の知識には刻まれている事だろう。知らない事を、知らないと言える彼は、言い換えれば受け入れるだけの下地があるという事。

 事実、ゴブリンスレイヤーは己が特別ではないことを痛いほどに知っているし、理解し、痛感し、骨身に刻んでいると言えるだろう。

 故に、

 

「行くぞ」

 

 その足は止まらない。泣いても笑っても、ゴブリンは止められないし場合によってはあらん限りの苦痛を持って殺されることになるだろう。

 

「これはお前が持て」

 

 言って、彼は未だに打ちひしがれているであろう、妖精弓手へと血濡れた背嚢を向ける。

 無遠慮だ。少なくとも、女神官からすれば少々モヤッとするような振る舞いであり、決して褒められたような物ではないだろう。

 だが、彼は不器用な男。気の利いた言葉など出てこないし、言葉を選ぶことも無い。

 とはいえ、この場での最適解でもあった事は間違いない。

 

「…………ありがとう、人狼」

 

 抱き着いていた人狼から離れ、妖精弓手は床に転がる背嚢を手に取った。

 涙の痕もある、やつれた様な表情もしている。だが、その目は真っ直ぐに先を見据えていた。

 

「人狼。お前はそのままだ」

「…………?」

「この先、何らかの不確定要素が来た場合人型のお前は役に立たん。分かるな?」

「!」

 

 先行するゴブリンスレイヤーの指示に、人狼は頷くことで返答を返した。

 ゴブリンシャーマンなどが居ない状況での罠の設置や、見張りの有無。

 それら要素が、彼の脳裏にへばりついて離れない。

 通路の闇は、未だに続いている。

 

 

 

 

 

 

 隊列のフォーメーションとして狭い通路などは自然と一列となるのが定石だ。

 今回の場合、斥候諸々を熟せる妖精弓手と、ゴブリンに対する知識の抜きんでたゴブリンスレイヤーが先頭と二番目。その後ろがそれぞれ術士であり遠距離手段のある鉱人道士と回復可能な女神官。その後ろを、蜥蜴僧侶が続き、バックアタック警戒に人狼が来る流れ。

 

「…………」

「どうですかな、人狼殿。背後は万全か?」

「……!」

「その姿となると、喋ることが出来ないのは難点でしょうが、味方として見るならばこれ以上の心強さはありませぬぞ」

「ッ……ッ……」

 

 蜥蜴僧侶との会話、というか一方的な一人語りに、人狼が身振り手振りで何とかコミュニケーションを取ろうとする何とも微笑ましい光景。

 もっとも、蜥蜴僧侶が相手にしているのは自分よりも更に大きな怪物であり、振り回す身振り手振りですら巻き込まれれば骨に何かしらの異常が出そうな相手であるのだが。

 

 途中休憩をはさみ、一党は回廊へ。

 

「わあ…………!」

 

 女神官が声を上げるのも無理はない。

 天まで聳えるような回廊は遥か上方に迄続いており、月明かりが射し込んできているのだ。

 今が仕事ではなく、冒険であったならばどれほど良かっただろう。

 

「…………ッ」

「ええ、分かってるわ」

 

 元の姿となり、人化以上に鋭敏となった嗅覚を持つ人狼が気づき、それに妖精弓手も応える。

 二人が見下ろすのは、回廊の下。

 月光に照らされ、所々崩れた回廊の瓦礫が降り積もったそこに居るのは最弱にして、最悪の怪物。

 

「どうだ」

「見てのとおりよ。まだ起きていないけれど、ざっと見ただけで五十はくだらないわね」

「問題にもならん」

 

 数とは武器であり、その事をよく知っているはずのゴブリンスレイヤーが、しかし数を一考に挟まない。

 流石に妖精弓手も眉根を寄せた。

 一同の視線を集め、ゴブリンスレイヤーは作戦を語っていく。

 

「火責めでもなされるのですかな?」

「人狼をけしかけるだけだって言うなら、違う作戦を推すわよ?」

「火や人狼よりもより確実な方法だ」

 

 各々の出来る事を、出来る範囲でやる。何度も、そう言う彼の性格が如実に出た作戦。

 

 先方は、鉱人道士。

 

「“呑めや歌えや酒の精 歌って踊って眠りこけ 酒呑む夢を見せとくれ”『酩酊』」

 

 詠唱を終えると同時に酒を口に含んで空へと吐き出す。

 範囲を指定し、その中に居る相手を問答無用で酩酊させ行動不能にする術である。

 そこに続いて、女神官が奇跡を行使する。

 

「“いと慈悲深き地母神よ 我らに遍くを受け入れられる 静謐をお与えください”『沈黙』」

 

 こちらも、酩酊と同じく範囲型の軌跡。

 効果は音消し。叫ぼうが喚こうが、音を完全に消してしまうというもので、起き上がっていたゴブリンが騒いでいたが欠片も声は響かず、酩酊の効果で倒れ込んでいた。

 そして締め。

 近接が可能な四人が一匹ずつ確実にゴブリンの息の根を止めていくのだ。

 戦いではない、一方的な駆除。まるで、虫でも潰すようだ。

 

(血で、滑って…………!)

 

 慣れない妖精弓手は血で滑る黒曜石のナイフに四苦八苦しながら一匹、一匹とゴブリンを殺していく。

 周りでは、蜥蜴僧侶が魔法で生み出した『竜牙刀』を用いてゴブリンの首を掻っ切っており、その反対では人狼が握力を持ってゴブリンの頭を握り潰していた。

 どちらのやり方も、妖精弓手には真似できない。であるならば、自分と同じ状態であろう、ゴブリンスレイヤーへと目が行くというもの。

 彼は、己の剣を使っていなかった。

 ゴブリンの振るう短剣などを使って一匹を殺せば、また別の武器を手に取る、その繰り返しだ。

 

 如何に相手が魔物であろうとも、一方的に寝入りを襲って殺し続けるこの状況は心に来るものがあった。

 少なくとも、慣れてはいけない。慣れればそれは人としての何かが終わってしまう事に他ならないのだから。

 

 五十匹以上の大群ではあった―――――が、それを四人で分担すれば一人頭平均で十匹以上か。作業効率なども加味すれば更にその量にはバラツキが出るだろう。

 

「…………」

 

 すべて仕留め終わった彼らに言葉は無い。

 一方的な虐殺に言葉など不要であるし、まだまだ道の先は続いている。

 ゴブリンスレイヤーを先頭として、一同が向かうは、回廊の最下層に通じる大きな通路だ。

 待ち受けるのは―――――

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