「みんな、よく生きて戻ってくれたわ」
生還した俺たちに激励の言葉をかけるリンディ艦長。
今回の事件の主犯であるプレシア・テスタロッサを逃がし、小規模とは言え次元震まで起こしてしまったが、周辺世界に然したる被害はなかったようだ。
「プレシア・テスタロッサを行かせてしまったのは残念ですが、しかし今は被害が出なかったことを喜びましょう。本当に、よくやってくれました」
疲労困憊の高町とユーノはそのお礼を聞いて複雑そうな顔をした。
フェイト・テスタロッサがクローンだということを知り、時の庭園に殴りこんで、結局プレシアは逝ってしまった。
喜べと言うには後味が悪すぎる。俺たちは一体何をしにあそこに行ったのだろう。
「二人の協力がなければ、次元断層が起こって世界が崩壊していたかもしれません。改めて感謝を」
「いえ……」
「二人とも疲れているでしょう。メディカルチェックを受けた後、ゆっくり休んでください」
「はい……。あの……」
「なにか?」
口ごもる高町は、アルフの横で塞ぎこむテスタロッサを見る。
拘束はされていない。その様子を見るに、そんなものは必要ないだろう。
ただただ痛ましい。
「フェイトちゃんは、どうなりますか?」
「安心してください。悪いようにはしません」
「本当に?」
「ええ、約束します。私とクロノ執務官が責任を持って彼女を守るわ」
にっこり笑った艦長の笑顔は、見る者を安心させる効果を持っているようだった。
高町はほっと胸をなでおろし安堵の表情を浮かべた。
艦長は一つ頷いてテスタロッサたちを見る。
アルフが傷心のテスタロッサを守るように胸に抱きよせた。
リンディさんは「平気よ」と優しい声を投げかけてから話しかける。
「フェイトさん?」
「……はい」
「今は何も聞きません。ただ、あなたは罪を犯しました。それはわかっていますね?」
「……」
無言でうなずく。
威嚇するアルフの唸り声を二人は無視していた。
いざとなればこの場の全員を相手取ろうと言う覚悟すら感じられた。その気概は買うが、今更そんなことをしても立場が悪くなるだけだろう。今は大人しくしとけ。
「安心してください。私たちはあなたに情状酌量の余地があり、出来る限りの弁護をしようと思っています」
「……」
「とは言っても、無罪放免と言う訳にはいかないでしょう。何らかの罰が課せられるはずです」
「……はい」
「それでも、私はあなたを守ります。私の力の及ぶ限り精一杯。今はそれだけを覚えておいてね」
そう言って、艦長はテスタロッサを抱きしめた。
「よくがんばったわ」と労いの言葉をかけて。
「……はい。ありがとうございます」
涙を滲ませて、テスタロッサは頷いた。
アルフがもらい泣きしている。ちょろい奴だ。存分に泣け。
「さて、クロノ執務官。四人を医務室へ」
「は……いえ艦長。それはエイミイに」
「あなたも怪我をしているでしょう。ついでに診てもらってきなさいな」
すでに血は止まっているようだが、クロノンも頭から流血していた。
頭と言うと大事な部位だ。もしものことがある。
診てもらえ診てもらえ。診ないなら俺が診るぞ。
「しかし、艦長」
一瞬、クロノンの視線が俺に向けられた。
クロノンがこうまで抵抗する理由と言うのが、つまり俺のさっきの行動にある訳で、クロノンはその立場から尻拭いと言うか、後始末をしなければいけないのだ。
「それは私がやりましょう」
「艦長が? しかし……」
「クロノ」
初めて、リンディ艦長は執務官に向ける表情から息子へ向ける表情に切り替わった。
その包み込む様な優しい表情にクロノは口をつぐむ。
「あなたの友達の無茶は、私が諌めておきます。だから安心して行ってきなさい」
「友達ではなく、部下です。しかし艦長がそう言うなら……」
「4人ともついてきてくれ」とクロノンは背中を向けた。
表情と態度は特に変わりないが、仕事中に突然母親が現れると、やっぱり恥ずかしかったりするのだろうか。
「クロノーン後でお茶しようぜー」
投げた言葉に、クロノンは手を振って答えた。
やっぱり恥ずかしいらしい。
それぞれクロノンの後に着いて行く中、唯一高町だけが後ろ髪を引かれるように振り向きがちに去っていく。
いやーこれからお説教始まるんでとっとと行ってくれますかね。
「さて、ライ三等陸尉」
「はい」
「また随分な無茶をしましたね」
「はい」
最後にプレシアを追って虚数空間に突っ込んだのは、まあ許されないということだ。
しかも、危うくクロノンたちを巻き込むところだった。
いやはや、無我夢中って怖い。それで済ませていいものでもないけど。
「それだけではありません。エイミイの強制転送をレジストしましたね」
「あー」
そう言えばそれもあったわ。
「あなた一人だけが庭園に残り、危うく殺されかけました。相手は条件付きSS魔導士。賢明な判断とは言えません」
「しかし艦長。もし次元断層が起こっていたなら……」
「あなた一人が残って、それで何ができたのですか?」
口をつぐむ。
結果論で言うなら確かに何もできていない。
プレシアを説得することも、次元震の発生を遅らせることも出来なかった。
何という無能。結果は出なかったけど頑張ったんだよなんて言い訳にもなりゃあしない。
「最善策は一時帰還した後、クロノ執務官と共に再度出撃することでした。あなたとクロノの二人なら、より早くプレシアの元へ辿り着き、もしかしたら拘束すら出来たかもしれません」
「か、艦長それは……」
エイミイが横から口を挟んだのを、リンディ艦長は一睨みで黙らせる。
普段どれだけ優しかろうとも提督だ。その眼力と来たら怖いの一言である。
「いいですかライ三等陸尉。あなたが今ここにいるのは、ただ運が良かっただけです。そんな無茶を無茶とは言いません。ただの無謀と言います。あまつさえ、クロノ執務官となのはさんを巻き込みかけた。自分の命だけではなく、他人の命まで危険にさらした。それが恥ずべき行為だと言うのは、あなた自身が一番わかっているでしょう」
俺はもう頭を下げるより他にない。
早く嵐よ過ぎてくれと思っている訳ではない。
心にグサグサ突き刺さりすぎて、頭を下げていないと土下座しかねないのだ。
いや、いっそ土下座すべきだろうか。
「しかし、自分の命だけであれば危険にさらして良いと言う訳でもありません」
あれ? なんか一気にトーンダウンした。
直前までの落差に心がついて行かない。
クールダウン中だろうか。おいそれと頭を上げるのも躊躇われる。
「ライ三等陸尉。もうこれ以上の無茶はしないと約束してください。何か無茶をしなければいけないのなら、必ず私たちに言うように。そうすれば私たちも一緒に無茶をします」
「……いや、それは意味が」
「あなた一人が無茶をするより、私たちみんなで無茶をする方が、負担も小さく、それでいてより多くの人を救えます。間違ってるかしら?」
「間違ってはいません」
「では約束してください。無茶はしない。もし無茶をするなら必ず伝える。いいですか?」
「……」
すぐには答えられなかった。軽い気持ちでしていい約束ではない。
頭を上げる。
そこには艦長ではなく、母親の顔をしたリンディさんがいた。
実の息子を心配するような表情で俺を見ている。
それが何ともむずがゆい。この人に心配をかけたくないと思うのは、俺が子供だからだろうか。
そんな年はとっくに過ぎているのだけれど。
「約束します。無茶する時は前もって言います」
「……出来れば無茶をしないと言ってほしかったのだけど」
「無理です。管理局員なので」
「……そうね。そうだわ。局員って言うのは無茶が得意な人たちだったわね」
張りつめていた空気が和らいだ。
周りで息をひそめていたオペレーターたちからため息が漏れる。
「つまり俺が無茶する時はここに居る全員が無茶するってわけですね。一心同体だ。みんなよろしくね! 一緒に死のうか!」
俺の言葉にオペレーターたちからブーイングが飛んだ。
はははは。聞こえんなあ? 文句があるなら艦長にどうぞ!
激しさが増すブーイングの中、エイミイが「みんな落ち着いて」と場をとりなした。
「そういう時はライ君を監禁するからダイジョーブだよ」
「あはは。おやおや、面白い冗談だなあ」
「あははっ。冗談じゃないよー?」
「えーまじでー?」
「まじでー」
まじなのか……。
監禁されるとクソ困るんだけど。え、本当にまじなの?
「あ、そうだ。ライ三尉。ちょっとこっちへ」
「はい?」
「こっちへいらしゃい」
おいでおいでと手で誘われる。
なんですかーと近づいたら、突然ぎゅっと抱きしめられた。
「え……」
「あなたの労もねぎらわなくてはね。よく頑張りました」
ポンポンと背中を叩かれて解放された後、俺は頬を掻いて言った。
「これはご子息にやるべきでは?」
「あの子は恥ずかしがり屋だから」
ふふふと艦長は笑っている。
俺はどういう表情をしたらいいか少し迷った。
ニマニマ笑っているエイミイが目に入る。
「さ、エイミイ。次は君だ。俺の胸に跳びこんでおいで!」
「えーライ君の胸小さいからなあ。せめてクロノ君ぐらいはないと」
あいつと俺にどれくらいの違いがあるのかはわからない。
というかあいつの方が小さいのでは?
大小の問題ではないのかもしれない。もっとこう……心の器的な?
俺の心の小ささは筋金入りだ。あいつには敵うまい。
「じゃ、まあ仕事しよう」
「その前にメディカルチェックだよ。ほら、クロノ君たちも待ってるから」
「何を待つことがあると言うのか」
「そりゃあ当然説教だよ」
「……え、まだ説教されるの? これから?」
「クロノ君怒ってるよー。頑張ってね」
あははと嬉し気に笑うエイミイが憎たらしい。
クロノンの説教はネチネチ長いのだ。
それを高町たちの前でやられてみろ。あいつら管理局入らないんじゃないのか。
……考えようによってはそれでそれで。
「へーんしん! ジャスティスマスクマン!」
「およ?」
「ぬはははっ。むっつりスケベのクロノ・ハラオウンよ。俺に説教かませるものならかましてみろぉ!」
「あれれ?」
「いざ突撃ィ!!」
エイミイを置いて医務室へ向かう。
そこで待っているだろう仁王立ちのクロノンを見据えて、いざ走る。
「むっつりーにぃ! 今行くぞー!」
叫んだ言葉は聞こえていたのだろうか。
分からないけど、医務室の方で怒気が膨れ上がった気がした。