海にほど近い公園。海鳴臨海公園。
本日の舞台はここです。
テスタロッサの裁判が終わって、アースラは久しぶりに地球へ戻ってきた。
目的はもちろん高町とテスタロッサの再会。
臨海公園で待ち合わせしているらしい。最後にお別れした場所がここなんだと。
約束の時間より少し早く着いたテスタロッサはそう言ってはにかんだ。
俺はかなり離れたベンチで海風に吹かれるテスタロッサを見ている。
白いワンピース姿。流れる金色の髪に神秘的な雰囲気を感じてしまう。
麦わら帽子を被ったらさぞかし似合うだろう。
しかし生憎と誰も麦わら帽子は持っていなかった。悔やまれる。
ぼおっとその姿を見ていると念話が飛んできた。
慌てて手元の書類に目を移す。
『ライ?』
「なんでしょう」
『なんでそんなに遠くにいるの?』
「お構いなく」
紙の資料を見つつ、片手間に答えていく。
マルチタスクを使っていないから片言になってしまうのは仕方がない。
『暇だよ』
「あと30分」
一時間近く早く来たのはやりすぎだったか。
いや、しかしデートは待っているのも楽しいと、昔誰かが言っていた。
今もきっと楽しいはずだ。俺の時はどうだったか。
『やっぱり暇だよ』
「俺は忙しい」
『何してるの?』
「お仕事」
正確には将来的に必要になるだろう書類の製作。
紙ベースでしかないのは、全部無限書庫から持ってきたから。
『私もそっち行っていい?』
「ダメダメ。高町来たらどうするの? そこで待ってなさい」
『まだ来ないと思うけど……』
いや、わからん。
あいつのことだから走ってくるはずだ。絶対早く来る。
でも来る前に身支度でシャワーとか浴びてたら……。
まあ、さすがにそこまではしないだろう。
『アルフたちは何してるのかな?』
「荷物運びだろ。引っ越し業者がもう着いてるんだって」
『……ここに住むんだね』
「それがお望みじゃなかったっけ?」
『うん……』
リンディ艦長とクロノンの働きで無事保護観察処分を勝ち取ったテスタロッサは、本人の希望もあって今日からこの街に住むことになっている。
学校も高町たちと同じところに通って、ようやく友達らしい付き合いが始まるということだ。
観察官のギル・グレアムも賛成したらしい。いい子だから、再犯の可能性はほぼ無いだろうとにっこり笑って。
さすが管理局に長年勤めて英雄とか呼ばれちゃってる人。腹黒い腹黒い。
『なのはのメールにね、紹介したい子がいるって書いてあったんだ』
「うん」
『写真も一緒に入ってたんだけど、すごくかわいい子たちなんだよ』
「へえ」
『すずかとアリサって言うんだって。会うのが楽しみだなあ』
「そりゃあ楽しみだろうなあ」
こうして念話で話している間、テスタロッサのテンションは高い。
やっぱり待ってる時間もデートの内っていうのは正しいんじゃないか。
いやあ、楽しそうで何よりです。
『……やっぱりそっち行っていい?』
「高町が来るまで辛抱願います」
「うん……ごめんね。来ちゃった」
報告書から顔を上げる。
目の前にテスタロッサが立っている。
ワンピースの裾が風に煽られバタバタと靡いていた。
「俺が寝ずに考えた再会シチュエーションプランがあああああ!!!」
「そんなに嫌がらなくても……」
「嫌がってはいないさ。残念がってるだけでね。ま、お隣へどうぞお嬢さん」
ちょっと横にずれて場所を空ける。
ちょこんと座るテスタロッサ。なんかかわいい。
「待つのが退屈だったか?」
「ううん。でもやっぱり一人だと少し寂しくて」
なるほど。寂しかったか。
「テスタロッサが兎さんだったとは知らなかった」
「え? どうして兎?」
「兎は一匹だと寂しくて死んじゃうのさ」
「へえ」
感心したご様子。
「兎かあ」と満更でもなさそうで、とても素直な子だ。
見ようによってはツインテールが兎の耳に見えなくもない。
「まあ与太話さ」
「……え、嘘なの?」
「ウソ」
ぷくっとテスタロッサの頬が膨れた。
突いて空気を押し出してみたいが、これ以上互いの距離が近づくのは勘弁願いたい。
「じゃあ代わりに一つ真実を。この星のお月様では兎さんが餅をついている」
「へ?」
咄嗟に空を見上げた。
残念ながら月は見えない。
「それは本当?」
「本当だとも。嘘だと思うなら今日の夜にでも見てみると良い」
「肉眼で見えるんだ」
「ああ……いや、満月の日にしか見えなかったかな? まあ詳しくは高町に聞いてくれ」
そうそう兎と言えば、と。
この星で兎を数える時は一羽二羽と数えるんだよとどうでもいい話をする。
テスタロッサはコロコロ笑って聞いてくれたから、あながち退屈な話題と言うわけでもなさそうだ。
退屈を紛らわすためにする話題なんて、ある程度どうでもいいとは思うけど。
そんな調子で話をする。時間はあっという間に過ぎて行った。
「さ、あと10分。元の場所にお戻りなさい」
「うん。……思うんだけど、わざわざあそこで待つ理由って何?」
「お別れした場所と同じ場所で再会するのはロマンチックだろ?」
「そうかなあ……」
女心に聡いエイミイの案だったが、テスタロッサ自身は思うところがありそうな顔。それでも文句なく戻ってくれる。
やっぱり素直な良い子だ。どっかの嘘つきクソ野郎に見習わせてやりたいね。
『ライ』
「んー?」
『ありがとう』
前触れの無いお礼。
当然だが狼狽える。取り繕うのが大変だった。
「それはクロノンたちに言えよ」
『うん。みんなにも感謝してる。でもライにも感謝してるんだ』
「さよけ」
遠くからでもにっこり笑ってるのが見える。
恥ずかしさを誤魔化すのに頬を掻いて、近づいてきた栗色の髪が視界に写った。
肩で息をしつつ走らせる足は止まらない。テスタロッサを見つけて満面の笑顔になった。
「フェイトちゃん!」
高町なのはのご到着だ。
テスタロッサも気が付いたようで、そちらを見る。
二人で少しの距離をもって見つめあう。
傍から見て、そこに甘酸っぱい空気が流れていてもおかしくない。
少しずつ距離の縮む二人。
手が握れるぐらい近づいて、ようやく会話を交わし始めた。
あれは余裕で抱き合える。恋人みたいな距離感だ。
あの様子だと我に返るのに少し時間かかりそうだなあ。
溜息を吐いているとエイミイから通信が入った。
『ライくーん』
「なに?」
『そっちどう?』
「丁度再会したところ」
『じゃあ早くこっちにヘルプ来てー。ダンボールが多すぎるんだよー』
「俺はこれを記録する仕事が残っている」
サーチャーにステルス魔法をかけて至近距離から撮影できるのは俺しかいない。
さあ、存分に二人の思い出を蓄えていこうぞ。
『ぶー。なんでもいいから早く来てねー』
「なあに。少し早い観光と洒落込むぐらいの余裕はあるさ」
『ずるーい! ライくんが行くなら私も行く!』
年上のお姉さんとは思えない駄々っぷりに思わず苦笑が浮かぶ。
エイミイの背後から声が聞こえてきた。
『エイミイ。何をさぼっているんだ』
『あ、クロノくん』
ひょこっと顔を見せる黒い髪に幼い顔つき。
これで14歳、クロノン。
『ライ、そっちはどうなんだ?』
「語り合ってるよ。あれは邪魔できないね」
『そうか……。出来る限り早く戻ってくれ』
「はいさーい」
『ずるーい!』そんなエイミイの叫び声は途中で通信が切れてぶつ切りになった。
へっへっへ。ずるいだろ。
この役割だけは譲れないね。
心の中でエイミイに舌を出してテスタロッサたちを見る。
さっきよりも心なしか近くなった距離で、二人とも話し込んでいる。
……まあ、好きにさせてやるか。
二人とも会うのを心待ちにしていたんだ。
多少時間を作ってやるのが大人の優しさってもんよ。
例え明日から思う存分話し込めるとしてもな。
「まさか一時間話し込むとは思わなかった」
「ごめんなさい……」
テスタロッサと高町が申し訳なさそうにしょぼくれている。
さすがにこれ以上は待てんと俺がしびれを切らすまで話し続けた二人。
テスタロッサの成長記録も初回から一時間越えの大ボリュームだ。
初回スペシャルってことで大目に見てもらいたいね。
「仮面さんも居たなら声をかけてくれれば良かったのに」
「二人の大事な再会に水を差す真似をしたくなかったんだよ。分かってくれ。この男心」
なあユーノと俺の肩に止まっているユーノに水を向ける。ユーノはぷるぷると首を振った。
なんだこいつ。男心が分からぬと言うのか。ええい摘まんでやる。摘まんでやる。
「あれ? ユーノ君いつの間に」
「途中で俺のとこ来たぜ。男同士熱く語りあったもんね」
二人の語り合いが20分を越えた辺りで、ラブ空間からの脱出を果たし俺の元へやってきた。
俺の足をよじ登ってた時には既に少し疲れた様子だったな。
至近距離でラブ光線を浴びるのは体力を消耗するらしい。
「クロノたちから着信が凄い……」
通信妨害の結界をステルスでかけていたから気づかなかっただろう。
一時間の語り合いを支えた影の立役者と言うわけだ。
「私の携帯にも来てた……どうして気づかなかったんだろう……」
「夢中だったんだね、愛に」
愛ってすげえと嘯く。
テスタロッサのジトっとした目。
まさかこいつ気づきおったか……?
「ライ、何かしたの?」
「こんなところで魔法なんか使えるはずもなし。何も出来ないね」
鋭い視線が周囲に向けられている。
残念だが、とっくに結界は解除している。
まだサーチャーはふわふわ浮いているが、気付く様子はない。
ばれなきゃ犯罪じゃないもんねー!
「さ、行こうか。いい加減にしなきゃ俺が怒られる」
「うん……あ、なのはたちもいいの?」
「もちろんだとも」
目を点にしている高町に、俺は良い笑顔で事情を説明。
「テスタロッサがこの街に住むのに、ちょうど引っ越し作業しててね。これから目下作業中のその家に行くんだ」
「そんな忙しそうな時にお邪魔していいんですか?」
「もちろんだとも」
力強く頷きつつ、がしっと高町の肩を掴む。
高町は目をパチパチと瞬かせた。
「貴重な労働力だ。絶対離さんからな」
つまり手伝えってこと。
その意は完全に伝わったらしく、高町は「にゃはは……」と笑っている。
「私に出来ることなら手伝います」
「安心したまえ。重いものを運ぶのは俺とクロノンとユーノでやる」
当然のように名指しされたフェレットがちゅーっと鳴く。その声を追って、三人で俺の肩を見た。
ユーノはごく自然に小動物のようなか細さでもう一回ちゅーっと鳴いた。
「例えお前の100倍あるダンボールでも容赦なくもたせるからな。潰れるのが嫌ならとっとと人間モードになることだ」
最後通告。
ユーノは観念して『わかったよ。僕に出来ることなら』と伝えてきた。
微妙に諦めが悪いな。お前に出来ようが出来なかろうが全部持つんだよ。