格好いいところ見せましょ   作:紺南

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第6話

「ヘルプに来たぞー」

 

「お邪魔しまーす」

 

テスタロッサたちの新居は、高町家からほど近い高層マンションの一室だ。

 

引っ越したばかりということで、玄関はそれほどでもなかったが、一歩中に踏み入れればそこかしこにダンボールが積んであった。

足の踏み場すら覚束ないここに足を踏み入れるのは、正直勇気が必要な気がする。

 

「あ、ライくんおそーい! 本当に観光行ったかと思ったよー!」

 

エイミイがダンボールに囲まれてそんなことを言ってる。

ぷんぷん顔ではあるが、声を聞く限りではあまり怒ってなさそうだ。

 

「エイミイさんお久しぶりです」

 

「なのはちゃん! わ、久しぶりー。元気してた?」

 

「はい」

 

きゃっきゃと再会を喜び合う二人。

9歳と16歳。字にしたら一ケタ違うのに、あまり精神年齢は変わらなそうだ。

馬鹿にしてるわけではない。そこがエイミイの良いところでもある。

 

「えっと……うんっと……」

 

後ろで、未だにどう入ればいいだろうと四苦八苦していたテスタロッサ。

その手を引っ張って自分の居る所まで導く。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。平気」

 

「ま、俺の後着いてきんしゃい」

 

肩のユーノは悠々と室内を見回している。

小さいとこういう時便利だ。

 

「クロノンは?」

 

「えっとね……確かその辺に……」

 

「まさか埋まったのか」

 

ダンボールの下あたりを入念に探す。

なんか黒い靴下を見つけたのでもうこれでいいやと目いっぱいの力で叫んだ。

 

「生きろクロノン、死ぬな! クロノ……クロノーン!!!!!」

 

「なんだ。騒々しい」

 

別の部屋からひょこっと顔を見せたクロノン。

冷え冷えとした表情だ。

 

「クロノン……。クロノンが死んじゃったよ……」

 

「それは僕の靴下だ」

 

「無機物クロノンが……」

 

「生きてないだろ。返せ」

 

ぱっと引っ手繰られた靴下クロノンを見送り、涙を拭く真似をした後「さ、片付けるか」と切り替える。

気合を入れねば今日中に終わりそうにない。がんばるぞー。

 

「…………」

 

腕まくりをして気合を示したが、クロノンの細い眼に射竦めれて思わず正座してしまった。あわわ……。

 

「随分遅かったじゃないか」

 

顔を見ずとも声を聞いただけで分かる。お怒りのようだ。また土下座をお望みですか?

今回は別に悪いことしてないし……うん、してないし。

いっそのこととことん喧嘩してもいいが、それしたらダンボールがつぶれる。

ここは素直に話してしまうが吉。

 

「高町とテスタロッサが一時間も話すもんだから」

 

「そんな馬鹿な話が……」

 

二人のバツの悪そうな顔を見て口を閉ざした。

可愛い女の子に弱いクロノンは「まあ、いい」と矛先を収める。

 

「それより手伝ってくれないか。このままだと今日中に終わらないんだ」

 

「というか全然終わってないじゃないか。何してたの」

 

「エイミイが色々見つけるから、ついつい手が止まりがちになるんだ」

 

「それはお前もか」

 

「僕は違う」

 

どうだろうか。むっつりだからな。むっつりの言うことは信用できないからな。

 

「艦長は?」

 

「母さんならキッチンだ。割れ物が多くてね。中々気を遣う。さっきの君の大声で一枚割りそうになった」

 

「なるほど」

 

反省。

 

その後、みんなで協力してダンボールの解体作業に従事した。

偶に見つかるお宝に率先して跳びかかったり、何に使うのか分からない道具の持ち主を探したり、中々楽しかった。

 

昼ぐらいにはようやく見れるほどに部屋が片付いて、さああと少しと俺とクロノンは協力して作業にあたった。

 

「とりあえずこのぐらいかしら」

 

最後に残ったダンボールを押し入れに片付けた所で、リンディさんからその一言を頂いた。

無茶苦茶疲弊していたユーノがその場に倒れて、みんなの失笑を買っている。

何の意味もないが、回復魔法をかけておいた。生き返れ、生き返れ……!

 

「高町さん、ユーノくん。お手伝いありがとう。おかげで助かったわ」

 

「いえ。フェイトちゃんのためですし、このぐらいなら」

 

「なんてことはないです……」

 

寝そべっているユーノが言うと見事に説得力がない。

ぜはぁぜはぁと心配になる呼吸の仕方。こいつ非力だったなあ。

 

「昼食をご馳走するわ。是非食べて行ってね」

 

「ありがとうございます。ごちそうになります」

 

「……とは言っても」

 

リンディさんは困ったように笑った。

 

「まだ何も買っていないから、一度買い物に行かないといけないの。急いで行ってくるから、みんな休んでいてね」

 

はーいとほぼ全員が返事をした。

俺とクロノンは互いの顔を見る。この後の展開が読めたからだ。

さて、荷物持ちはどっちか……。

 

「あ、そうだ。ライ君、まだお元気?」

 

「俺の元気は水に濡れて喪失しました。新しい顔が必要です」

 

「元気そうね。申し訳ないんだけど、荷物持ちしてくれる?」

 

「しゃーねーなー」

 

どっこいせと立ち上がる。

犬モードでダラーっと伸びているアルフが「いってらっしゃーい」と呻き声を上げていた。

目の前で左右にパタパタと振られているしっぽ。

よく知らないんだが、犬がしっぽを振るときは何か嬉しいことがあった時に振るんだとか。喧嘩売ってんのか?

 

丁度ポケットの中にアルフの首輪があったので、装着させる。

 

「……なにすんだい」

 

「散歩」

 

「え」

 

リードを引っ張ってアルフを引き摺る。

 

「ちょっ、やめ……!!」

 

「オラ、お前さんが楽してるの見ると許せないんダ。一緒に行こうゾ」

 

「口調がおかしい! 離して……ふぇ、フェイトー!!」

 

「いってらっしゃーい……」

 

「フェイトー!?」

 

飼い主のお許しも得たので、何の遠慮もなくアルフを連れていける。

 

「さ、買い物行こうや」

 

「あたしはここで寝そべってたいんだー!!」

 

「はっはっは。そんなのいつでもできる」

 

「今……! 今しかできないことが……!!」

 

「んなもんねえ」

 

ふっはっはっは。

三段笑いで連行する。

アルフは冤罪を掛けられた罪人のように、大した抵抗も出来ず連れ出されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たのは近場のスーパー。

アルフは犬なので入口のところで繋いでおいても良かったが、知らない場所に一人はさすがに可哀そうだったので人間モードになってもらった。

頭の上でピョコピョコ動く耳をどうしようか少し思案して、結局魔法で隠すことにする。

上手い具合にヘッドホンを付けられたら、中々良いヴィジュアルになったのだが。

 

入ってすぐのところに生鮮コーナーがあった。

「良い匂いだねえ」としきりに周辺の匂いを嗅ぐアルフの尻をぶっ叩いて買い物を済ませていく。

とは言っても、俺はリンディさんの隣にいるだけの付き人でしかない。

 

「何か食べたいものはある?」

 

「特には。なんでもいいですよ」

 

「それが一番困るのよねえ……」

 

まあ確かに。

アルフに聞く。

 

「肉!」

 

「お肉か……」

 

思案気の艦長。

昼から肉を主食と言うのも少々重い。添えものなら別にかまわないだろうけど。

 

「ダンボールでも齧ってろ」

 

「なんだいあんた。喧嘩売ってる?」

 

「めっちゃ売ってる」

 

アルフが大口開けて甘噛みしてきた。本気で噛んでこないのは一応手加減しているのだろう。

それが分かっているから、俺もふざけた口調でやめろやめろーと抵抗する。

 

「二人とも、あまりふざけすぎないでね」

 

「まったくですね。おいやめろよアルフ。恥ずかしいったらありゃしない」

 

「ライ三等陸尉?」

 

「精進いたします」

 

艦長に怒られて俺は冷えたが、しかしアルフは怒り冷めやらず、度々かじかじ齧ってきた。物で釣ろう。

 

「おい、あんなところにジャーキー売ってるぞ。いるか?」

 

「いる!」

 

これは俺がポケットマネーで買っておこう。

そう思って取っておいたのだが、艦長に籠の中に入れさせられた。

 

「悪いです」

 

「いいのよ。ついでだから」

 

それどころか、他に欲しいものはないかと聞いてくる始末。

その顔は子供好きなおばちゃ――――お姉さんみたいだ。

 

だからと言ってさすがにこれ以上は欲張れない。

だってこの人俺の上官だぜ。アルフにとっては現在進行形でお世話になってる恩人だ。

 

「ありません」そう事務的に返答したら、リンディさんは寂しそうに笑った。

 

「今日は焼きそばにしましょう」

 

「砂糖とか入れませんよね?」

 

「入れないわ。入れたいの?」

 

「ノー・サー!」

 

普段のリンディ茶を見ている身としてはつい心配してしまうが、クロノンによれば料理は普通にうまいらしい。

しかし密かに思っていることがある。クロノンの甘いもの嫌いが実はリンディ茶に関係しているのではと言う疑い。何かトラウマを抱えているのではないか。考えすぎだったらいいのだが。

 

アルフが袋に入った麺を見て、興奮気味に聞いてきた。

 

「焼きそばって美味しいのか?」

 

「食えばわかるが、美味いぞ。ソース麺だ」

 

「へえ!」

 

「……」

 

恐らく尻尾を振っているだろうアルフに一つ教授していたら、リンディさんが俺のことを見ていた。

何か聞きたそうな顔をしていて、はてさてなんだろうねと首を捻った。

 

「どうしました?」

 

「いえ、少しね。……早く会計してしまいましょうか」

 

聞きたそうな顔はそのままに、リンディさんは早足にレジに向かってしまった。

その背中を見つつひそひそ声で話す。

 

「なにかしたかな……」

 

「んー? 何かしたのかい?」

 

「わからん」

 

まあしかし、大事なことじゃないから聞かれなかったわけで。

むしろ聞くのを躊躇する理由があるから聞かなかったのだ。

艦長が容易に踏み込めない話題で、尻込みするような話となると……。

 

「……あれ? ミッドで焼きそばは普及してるんだっけ?」

 

「あたしは聞いたこと無いなあ。でも探せばあるんじゃないかい」

 

「あー。わかった。それだな」

 

リンディさんは日本通を自称するぐらいには日本のことを知っている。鹿威しと畳の隣接コンボはなんの冗談だと言いたいが。

だから別に焼きそばぐらいは知ってるだろうけど、日本生まれじゃ無ければ日本通でもない俺はなんで知ってんのってことかな。たぶん。

まあ聞かれたらミッドで食ったって言っとけばいいだろう。別に大したことじゃない。

 

「さ、荷物持ちの仕事をしなきゃな」

 

「あたしも持つよ」

 

「お前は散歩する犬だろ。犬になれ。俺は犬を連れて近所を練り歩きたいんじゃ」

 

「なんだいそれは」

 

先々のための布石さ。

そう言っても、当たれば八卦ぐらいのものだがね。

 

「うん。綺麗に出来たわ」

 

「うまいもんですね」

 

リンディさんが丁寧に買ったものを詰めて行ったら、なんかパズルみたいな感じに収まった。

さすがは年の功と言う所。俺だったら問答無用でデバイスに収納しちゃうね。

 

「それじゃお願いね」

 

「イエッサー」

 

バッグは普通の子供には重いぐらいだろうが、俺は普通の子供ではないので問題なし。

なんならあと二つぐらいは持ちたいね。訓練になる。

 

「大丈夫?」

 

「平気ですよ」

 

「良かったわ。じゃあ帰りましょう。皆お腹空かせてるでしょう」

 

確かに。ユーノなんて死に体だった。

死にかけた後の飯はさぞかし美味いに違いない。

 

リンディさんとアルフ。それから少し遅れて歩き出した俺の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ヴィータ。またアイス欲しいん?」

 

「だってアイスうめえんだもん」

 

「しゃーないなー。シグナムには内緒やで」

 

「やったー」

 

車いすの少女と、赤い髪にぬいぐるみを持った少女。

それに付き添う優しそうな金髪の女性。

 

中々に微笑ましい会話をして、ぬいぐるみを持った少女がアイスの置いてある方へ走って行った。

 

「なんや。やっぱりヴィータは子供さんやなあ」

 

「はやてちゃんの前だとそうなっちゃうみたいですね」

 

「シャマルもそうなってええんよ?」

 

「え、いえ私は……」

 

「嫌なん?」

 

「……じゃあ私も甘えたくなったらお願いしますね?」

 

「ドンとこい、や」

 

ニコニコと笑い合う二人。

遠くでアイスを選んでいる少女も含めて、見覚えのある三人。でも、向こうは俺のことを知らない。

 

俺が車いすの少女を見ていると金髪の女性が振り返った。

その視線を避けるように目を逸らす。我ながら露骨だったと思う。今ので顔覚えられたりしちゃったかな。

まあ問題はないだろう。

 

「ライ?」

 

アルフの声に我に返る。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや……なんでもない」

 

行こ行ことアルフを急かしてスーパーを去る。

今はまだ何の準備も出来ていない。接触するには早すぎる。

 

監視がついているだろう。準備を整える必要がある。

ギル・グレアムに管理局、ヴォルケンリッターと無限書庫。

 

相手がデカすぎて手が震えそうだ。時間もないが、焦る必要はない。少しずつクリアして行こう。

なに、簡単さ。救えばいいんだから。そうだろう?

 

 


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