ストライク・ザ・ブラッド~神代の剣~   作:Mk-Ⅳ

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第一話

前回のあらすじ

どうにか五巻までこれました。

 

監獄結界にて雪菜と協力して優麻を止め、身体を取り戻した古城。

那月も守り通せたので、これで事件は解決したかと思った瞬間。優麻の守護者である”(ル・ブルー)”が突然制御不能に陥り、那月を剣で突き刺したのだ。

那月が致命傷を負ったことで、結界の制御が乱れ本来の姿を晒す監獄結界。

そこで現れたのが仙都木阿夜。彼女が”(ル・ブルー)”を操ったのだ。

元々”(ル・ブルー)”は阿夜が優麻に貸し与えたものだったのだ。阿夜は優麻のことなど気にかけることなく、強引に”(ル・ブルー)”を奪い取ってしまう。

魔女にとって、守護者は悪魔に差し出した魂の代価。肉体の一部なのである。それを失うことは死を意味しているのだ。

その所業に激怒する古城。しかし、先程優麻を止める際に、奪われていた自身の肉体に雪菜の”雪霞狼”を突き刺していた。

あらゆる魔力を無効化し、真祖ですら殺しうる槍で負った傷は決して軽くはなかった。加えて古城の眷獣では、監獄結界を傷つけずに阿夜を攻撃することは不可能だった。

監獄結界を壊せば、術者である那月を反動で傷つけてしまうのだ。

そんな古城を嘲笑う阿夜とは別の人影が、いくつか監獄結界から現れた。

 

「何だ、こいつらは!?」

 

猛烈な悪寒を覚えて、古城は無意識に身を硬くした。

黒い要塞の上に立つ人影は六つ。老人。女。甲冑の男。シルクハットの紳士。そして小柄な若者と、繊細そうな青年だ。年齢にも服装にも統一感は無いが、特に不気味な容姿の持ち主はいない。そのことが逆にどこか恐ろしい。

 

「まさか…彼らは…」

 

鬼気に満ちた大気に抗う様に、槍を構え直して雪菜が呟く。

彼女が飲み込んだ言葉の続きは、古城にもすぐに理解できた。

仙都木阿夜以外の監獄結界の囚人達。

通常の手段では無力化できなかった、最凶の魔導犯罪者達も脱獄してきたのだ――

 

「最悪…じゃねーか…」

 

恐れていた事態に、傷ついた優麻を庇ったまま、古城は表情を歪めて呻いた。

胸の傷が痛みを増し、流れ出した血が古城のシャツをじっとりと濡らしていく。

 

「仙都木阿夜…”書記(ノタリア)の魔女”か。あの忌々しい監獄結界をこじ開けてくれたことに、まずは礼を言っておこうか」

 

最初に口を開いたのは、シルクハットの紳士だった。年齢は四十代の半ば程。がっしりとした筋肉質な体型だが、服装のせいか知的だ穏やかな雰囲気がある。上流階級の人々が集まるサロンやオペラハウスに紛れ込んでも、不審に思われることはないだろう。

しかし、彼の全身から発散されているのは、隠しきれない強大無比な殺気。怒りに燃える彼の瞳が睨みつけているのは、南宮那月の安否を気遣う古城達だった。

監獄結界の囚人達にとって、彼らを捕らえ、異世界に閉じ込めた”空隙の魔女”の仲間は、八つ裂きにしても足りない憎しみの対象なのだろう。そして、那月や古城らを始末したら、那月と共に彼らを捕らえたある夫婦にも復讐しようと考えていた。

そうやって殺意をみなぎらせる脱獄囚達を見返し、阿夜が傲然と問いかける。

 

(オマエ)達六人だけか…他はどうした?」

「どうした、じゃねー!こいつだ、こいつ!」

 

塀の上にいた小柄な若者が、阿夜の質問に荒々しく答えた。

短く編み込んだドレッドヘア。派手な色使いの重ね着に、腰穿(こしば)きのジーンズ。流行遅れにストリートフッションだが、少なくとも見た目の年齢は、古城達とそう変わらない。

だが彼も、やはり監獄結界に収監されていた凶悪な犯罪者の一人なのだ。その証拠に彼の左腕には今も、鉛色にくすんだ金属製の手枷が嵌められている。

 

「見ろ!」

 

獰猛な唸り声を上げながら、ドレッドヘアの若者が右腕を一閃した。

その直後に何か起きたのか、古城には理解できなかった。分かったのは、若者の前にいた紳士の身体が、爆発した様な勢いで血飛沫を撒き散らした、と言うことだけだ。

 

「シュトラ・D、貴様――!」

 

グボッ、と血塊を吐き出しながら、紳士が増悪の眼差しをドレッドヘアに向ける。

 

服装や雰囲気から察するに、彼は魔導師なのだろう。それも監獄結界にぶちこまれる程の大罪を犯した魔導犯罪者だ。その肉体は強力な魔術障壁によって保護され、生半可な攻撃では傷もつけられない。だからこそ凶悪犯として異世界に封印されていたのだ。

だがドレッドヘアの攻撃は、そんな紳士の防御を紙の様に引き裂き、無防備になった肉体に瀕死の重傷を負わせていた。肩口から腰部までを叩き割られ、反撃することもできずに紳士は両膝を突く。

 

「ハッハァ――!恨むなら(もれ)ェてめぇの肉体を恨みな、魔導師!来るゼェ!」

 

ドレッドヘアが興奮気味の口調で叫んだ。

魔導師の左手に嵌められていた手枷が輝いたのはその直後のことだった。鉛色の手枷から、奔流の様に吹き出したのは無数の鎖だ。それらは瀕死の魔導師の肉体を容赦なく縛り上げ、何も無い虚空へと引きずり込んでいく。行き先は恐らく監獄結界の内側だ。

 

「ぐおおおおおおおぉぉ――!」

 

シルクハットの紳士は傷ついた身体で必死の抵抗を試みる。しかし彼の繰り出す魔術にはもう、鎖を断ち切るだけの力は残されていなかった。底なし沼の中に沈んでいく様に、彼の肉体は虚空に飲み込まれて消滅する。

 

「…なる程な。監獄結界の脱獄阻止機構(システム)はまだ生きている、と言うこと…か」

 

仙都木阿夜が、平静な声で呟いた。

彼女も、他の脱獄囚達も魔導師が消滅したことに対しては、何の感情も抱いていないらしい。当然、彼を攻撃したドレッドヘアに対する怒りも無い。彼らはたまたま同じ監獄に収監されていたと言うだけの関係だ。もとより仲間意識など微塵も無いのだ。

 

「魔力や体力の弱った奴は、こうして結界内に再び連れ戻されるって訳だ。分かったかよ。もっと(もれ)ェ連中は、最初(ハナ)から外に出ることもできねェんだけどよ」

 

シュトラ・Dと呼ばれていたドレッドヘアの若者が、忌々しげに犬歯を剥いて言う。

 

「他に一人出られそうな娘がいたけど、「興味無いから、放っておいて」て言ってたから置いてきたわ。とにかく”空隙の魔女”を殺して監獄結界が消滅するまで、ワタシ達は完全に自由にはなれないみたいなの。ふふ…おわかりになったら、さっさとあの女の居場所を教えて下さる?同じ魔女として、心当たりの一つや二つあるんでしょう?」

 

ドレッドヘアの言葉を引き継いで阿夜に問いかけたのは、菫色の髪をした若い女だった。美人と言うには退廃的な雰囲気で、その分みだらな色気を感じさせる。長いコートの下の衣装は露出度が高く、どことなく娼婦めいた気配を漂わせていた。

だが、仙都木阿夜を見つめる彼女の瞳は、凄絶な殺意に彩られている。

その殺意を平然と受け流して、阿夜はゆるゆると首を振った。

 

「悪いが、知らんな。あの女を殺したければ、せいぜい自分で捜すことだ」

「そーかよ。面白ェじゃねーか…図書館(LCO)総記(ジェネラル)さんよ。だったらあんたにも、もう用はねェなあ」

 

シュトラ・Dが、好戦的に唇を吊り上げて笑った。シルクハットの紳士を攻撃をした時の様に、右腕を振り上げて阿夜を睨む。協力しないのなら、阿夜も殺す、と言う不遜な態度だ。彼にとっては利用価値の無い人間は全て敵と言う認識なのだろう。

阿夜が気怠げな表情のまま、長い袖に包まれた左腕をシュトラの前に掲げてみせた。握られていたのは一冊の古びた本だ。

 

(はや)るな山猿…南宮那月の居場所は知らんが、手を貸さないとは言っていない」

「あァ?」

 

腕を振り上げたままの姿勢で、シュトラが動きを止める。阿夜の言葉の意味を理解できずに、困惑しているらしい。

 

「”NO.014”…固有堆積時間(パーソナルヒストリー)操作の魔道書ですか。なるほど…面白い」

 

シュトラの代わりに、訳知り顔で頷いたのは。繊細そうな面差しの青年だった。

 

「どういうことだよ、冥駕?」

「馴れ馴れしくその名前を呼ばないでもらいたいのですが…まあいいでしょう」

 

不愉快そうに眼鏡のズレを直して、冥駕と呼ばれた青年がシュトラを見る。

 

「要するに、呪いです。仙都木阿夜は魔道書の力を借りて、”空隙の魔女”に呪いをかけた。今の南宮那月は、恐らく記憶を無くしている――そうですね、南宮那月?」

「そう…だ。正確に言えば、奪ったのは記憶だけでなく、奴が経験した時間そのものだがな」

「他人の肉体に堆積された時間を奪い取る…それが”図書館(LCO)の総記にだけ与えられると言う魔道書の能力ですか。なるほど…興味深いですね…」

 

平坦な口調で青年が言う。シュトラ・Dが不機嫌そうに喉を唸らせて会話に割り込み、

 

「記憶だか時間だかを奪った…って、そんなことしてなんか意味あんのか?」

「今の南宮那月は魔術を使えない、と言うことです。恐らくは彼女の”守護者”の力も」

 

青年が酷薄な笑みを浮かべて告げた。

南宮那月は空間を操る強力な魔女だ。魔女の力を手に入れるために、彼女が支払った契約の対価は、監獄結界の管理者と言う凄まじい重責。その代償の大きさに比例して、彼女には桁外れに強大な魔力が与えられた。そして、十年以上にも及ぶ魔族との戦闘経験が、彼女をさらに狡猾な攻魔師へと育て上げた。監獄結界に囚われていた魔道犯罪者なら、誰もが南宮那月の恐ろしさは知っている。

だが仙都木阿夜の魔道書は、那月から、力の源を根こそぎ奪い取る――

 

「そうか…その魔道書は、あの女が手に入れた力を…いや、力を手に入れるために使った時間や経験そのものを、なかったことにしちまった…ってことか」

 

ようやく状況を理解して、シュトラが愉快そうに唇を曲げた。

 

「十年かけて策謀を張り巡らせ、実の娘の肉体を囮にして、”空隙の魔女”に一矢報いる機会を得た。ほんの一撃…だが、我が魔道書を発動させるには十分…だ」

 

愛おしげに魔道書の表紙を撫でながら、仙都木阿夜が独りごちる。監獄結界から脱獄するためには、南宮那月を斃さなければならない――阿夜はそのことを知っていた。

だからこそ彼女は待ち続けていたのだ。那月が見せる一瞬の隙を。切り札である魔道書の効果が、彼女に届く瞬間を。

 

「完全に魔力を失う直前に、南宮那月は逃走した様ですが、あなたが魔道書を起動させている限り、彼女はもう二度と魔術を使えない。後は我々の中の誰かが彼女を見つけ出して止めを刺せばいい、と言う訳ですか。仙都木阿夜?」

 

眼鏡の青年が、冷静な口調で阿夜に確認する。

阿夜は無言。好きにしろ、と言う態度なのだろう。

 

「そう言うことなら、手を貸してあげても良いわよ、仙都木阿夜。あの女を殺したいと思っているのは皆同じ――早い者勝ちと言うことでいいのかしら?」

 

菫色の髪の女が、自分の左腕の手枷を眺めて、艶っぽく微笑む。

シュトラ・Dがふて腐れた様に、ドレッドヘアをかきあげた。

 

「ケッ、面倒な話だが、まあいいか。長い牢獄暮らしで身体も鈍っていることだしな。リハビリには、ちょうどいいかもしれねェな」

 

彼の言葉に同意した様に、他の脱獄囚達も無言で頷く。

逃走した那月を捜し出して始末する。少なくともそれまでは、互いに共闘すると言うことで脱獄囚達の意見が一致したらしい。

那月の魔術は、仙都木阿夜に封じられたままだ。力を失う前に逃走したと言っても、そう遠くまでは行けない筈。那月は恐らく絃神島のどこかにいる。脱獄囚達をこのまま行かせてしまえば、発見されるのは時間の問題だろう。

記憶を失っている今の那月は、すでに限界近くまで追い詰められた状態だ。監獄結界の囚人達を相手に戦えるとは思えない。

ざけんな、と唇を歪めて前に出たのは、古城だった。

血まみれの優麻を雪菜に任せて、脱獄囚達を睨め上げる。

 

「待てよ…そんな話を聞かされて、お前らを行かせると思ってるのか」

「…アァ?何言ってんだ、このガキは…?」

 

ようやく古城の存在を思い出した様に、鬱陶しげな視線を向けてきたのはシュトラだった。

胸の傷口を押さえながらも、古城は、彼らから目を逸らさない。

監獄結界は、まだ完全に破られた訳ではない。彼らを再び封印できる可能性は残っている。

だが、そのためには、逃走中の那月を護らなければならない。脱獄囚達に彼女を追わせる訳にはいかないのだ。

 

「そう言えば、あなたがいましたね。第四真祖。この際、先に排除しておきましょうか――」

 

物静かな口調で、眼鏡の青年が告げた。

コートの女が、美しく目を細めて古城を睨んだ。甲冑の男は無言で背中の剣に手を伸ばし、老人が干からびた様な腕を掲げて笑う。

誰一人古城を恐れている者はいない。世界最強の吸血鬼を相手にしても、自分が敗北することはあり得ないと、彼らは当然の様に信じているのだ。

それでも、古城には脱獄囚達を止めなければならない理由がある。

何しろ監獄結界を破るために利用されたのは、第四真祖の魔力だったのだから。

そのことに古城は責任を感じずにはいられない。監獄結界の封印を護るために、那月が支払い続けていた代償を知らされては尚更だ。

そして、このまま奴らの好きにさせては、自分を信じて送り出してくれた親友である勇に顔向けができないのだ。

 

「ったく…たかが吸血鬼の真祖風情(・・・・・)が、この俺を止める気かァ?」

 

シュトラが蔑む様に言い放って、塔の上から飛び降りてくる。

古城までの距離は十数メートル以上。素手の攻撃が届く距離では無い。しかしシュトラはそれに構わず。大上段に構えた右腕を振り下ろした。

放たれた殺気は強烈だが、シュトラの右腕からは魔力を殆ど感じない。ただの威嚇だと判断して、古城はそれを避けようとしなかった。が、

 

「――駄目です、先輩!」

 

雪菜が緊迫した表情で叫んで、古城の前に出る。その直後、雪菜の頭上へと叩きつけられたのは、大地を轟然と振るわせる程の爆風だった。

雪菜の掲げた銀色の槍がシュトラの放った烈風を受け止める。鉄槌を振り下ろした様な轟音が鳴り響き、槍が軋んだ。凄まじい荷重に耐えかねたかの様に、雪菜がその場に膝を突く。

 

「姫柊!?」

 

突き抜ける衝撃の余波に圧倒されながらも、古城は呻いた。

十数メートル離れた相手にも攻撃できる、不可視の斬撃。それがシュトラ・Dと呼ばれる者の能力らしい。先程紳士風の魔導師に重症を負わせたのも、恐らく同じ技だろう。

しかし古城を驚かせたのは、シュトラの攻撃を、雪菜が防ぎきれなかったと言う事実だった。

彼女の槍は、ありとあらゆる魔力を無効化できる筈なのだ。シュトラ・Dの攻撃は、その”雪霞狼”の防御をも突破する、と言うことか。

 

「…何だ、その槍?俺の轟嵐砕斧(ごうらんさいふ)を受け止めやがっただと?」

 

しかし、動揺していたのは、シュトラ・Dも同様だった。自分の必殺の攻撃を、よもや雪菜の様な非力な少女に凌がれるとは思っていなかったのだろう。

 

「やってくれるじゃねーか。プライドが傷ついちまったぜェ!ちっと本気出すかァ!」

 

荒々しく吼えながら、シュトラが再び腕を振り上げた。これまでとは比較にならない凄まじい殺気が、練り上げられていくのが伝わってくる。

このままだと古城や優麻も危険と判断した雪菜が、古城に優麻を連れて逃げる様に告げようとした時。何者かが空からシュトラ目掛けて落下してきた。

 

「うおっと!?」

 

咄嗟に危険を察知してシュトラが後ろに飛び退き回避すると、何者かがそのまま地面に着地し、その衝撃で地面が陥没した。

あのまま攻撃を続けていれば、押しつぶされていただろう自分の姿を思い浮かべて、冷や汗を掻くシュトラ・D。

 

「チッ。避けたか…」

 

着地の際の衝撃で巻き上がった砂塵の中から、舌打ちと不機嫌そうな声が聞こえてきた。

そして砂塵が晴れると古城と雪菜がよく知る人物が姿を現した。

 

「「勇(神代先輩)!?」」

「よう。無事そうだな二人とも」

 

予想外の登場の仕方に唖然としている古城と雪菜に、軽い感じで話す勇。その身には”獅子の鬣”を纏っていた。

 

「勇…跳ぶなら言って下さい。急には心臓に悪いので」

 

勇にお姫様抱っこされていたラ・フォリアが、責める様な視線を向ける。

 

「む、すまない…」

 

申し訳なさそうに勇が謝ると、ラ・フォリアを地面に降ろす。

 

「悪い勇。那月ちゃんを護りきれなかった…」

「状況は大体分かっている。相手が一枚上手だったてだけだ。気にするな。那月ちゃんはまだ生きているんだ、まだどうとでもなる」

 

古城が謝ると、酷く落ち着いた表情で励ます勇。

そこで古城は、勇が冷静過ぎることに違和感を覚えた。

勇は家族や友人をとても大切にする少年だ。普段の勇であれば、姉である那月が傷つけられたのなら、烈火の如く怒って相手に噛み付く筈なのだ。

それが今の勇は驚く程に落ち着いていた。隣に立っているラ・フォリアは、どこかそんな勇を心配しているみたいであった。

一体キーストーンゲートで別れてから、二人に何があったのだろうかと不安な気持ちになるのだった。

 

「何だてめェは!?俺に喧嘩売るとは殺されてェのか!!」

「やかましい。黙っていろ雑魚」

 

威嚇する様に吼えるシュトラを鬱陶しそうにあしらうと、顔を真っ赤にして怒りに身体を震わす。

そんなシュトラを無視して勇は一点を見つめていた。

 

「あの時の小童か…。久しいな」

「ああ、貴様の顔は二度と見たくは無かったがな」

「私もだ」

 

そう言って互いに笑い合う勇と阿夜。だがその目は笑っておらず、隠す気の無い殺気をぶつけ合っていた。

 

「無視、してんじゃねェ!!!」

 

相手にされていなかったシュトラが、怒りのままに右腕を勇目掛けて振り下ろす。

大気が猛烈な勢いで勇へと押し寄せてくる。先程古城らに放った轟嵐砕斧とシュトラが名づけた技である。

人間では決して見ることのできない、風を用いた回避不能の一撃。それに対して勇が取った行動は――

 

「ふんっ」

 

つまらなさそうに鼻を鳴らして、鞘から獅子王を抜刀すると頭上へと振り上げただけだった。

それだけで、押し寄せてきていた大気が吹き飛ばされたのだ。まるで団扇で仰がれたかの様にあっさりと。

 

「なッ!?」

 

驚愕に目を見開くシュトラ・D。自慢の技が、こうもあっさりと破られるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「気をつけろ。奴はあの神代勇太郎と神代志乃の息子だ」

「なんですって!?」

 

阿夜の言葉に、菫色の女がまさかと言った顔をし、脱獄囚達の間に衝撃が走る。

かつて南宮那月と共に彼らを叩きのめし、監獄結界へと放り込んだのは勇の両親である勇太郎と志乃だったのだ。

彼らにとって勇は、当時世界中で指名手配され、人々から畏怖された彼らのプライドを完膚なきまでに粉砕し、永遠の牢獄へ閉じ込めた仇敵の子と言うことになる。

 

「なる程。そう言われれば面影がありますね、母親のだけですが…」

 

冥駕がずれた眼鏡を直しながら、苦々しそうな表情で勇を見る。よほど勇太郎と志乃に酷い目に合わされたのだろうか、顔色が随分と悪くなっていた。

 

「…ならばヤツをチマツリにし、あのモノらへのフクシュウのノロシとせん」

「うむ。それには賛成だな」

 

甲冑を着た男の言葉に老人が同意する。他の脱獄囚も異論は無いらしい。それぞれが猛烈な殺意を勇へと向けながら戦闘態勢に入る。これ程恨まれるとは、勇太郎と志乃は彼らに一体何をしたのだろうか…。

 

「古城、姫柊。そいつ(優麻)を連れて逃ろ。奴らは俺達が抑える」

 

一方の勇はどこ吹く風と言わんばかりに、古城らと話していた。

 

「二人で戦う気か!?いくらお前達でも無茶だ!」

「そうです!だったら私も残ります!」

 

目の前にいる脱獄囚達は、シュトラ・Dの実力から鑑みて、どれも並外れていると見て間違い無い。

流石の勇とラ・フォリアでもそんな者達を同時に相手するのは、危険過ぎると古城と姫柊は反論する。

 

「姫柊は古城と仙都木優麻を守れ。勘だが、この事件その二人が鍵になる。それに、あいつらは俺を狙ってくる。一緒に逃げるとあいつらを連れて来ることになるんだよ」

「…分かりました。お気をつけて」

 

どうやら最初から囮になるつもりでここに来たらしい勇。こうなったらテコでも動かないことを古城はよく知っていた。

こういう時の勇の直感は、よく当たることを理解している雪菜も指示に従うべきと判断した様だ。

 

「カッコつけるのはいいが、無茶はするなよ?」

「お前に言われたくはないがな」

「うるせ」

 

互いに軽口を言い合って笑う。実際二人共何度も死にかけていると言うか、古城は聖遺物の件で一度死んだこともあるので余り笑えることでもないのだが。

優麻を抱えて逃走経路を探す古城。勇達の邪魔にならないために早急に離脱したいが、古城は傷の影響で激しく身体を動かせない状態である。何か乗り物が欲しい所であるが――

 

「逃がすかよ!クソったれ共!」

 

シュトラが再び腕を振り上げたので、迎撃の構えを取る勇とラ・フォリア。

 

「ん?」

 

勇らが激突しようとした時、最初に異変に気がついたのは古城だった。吸血鬼の聴力がこちらへ迫ってくる音を捉えたのだ。

音の方向を向くと、なっ!?と驚愕に満ちた声を上げる古城。雪菜もその方向を向くと、え!?と同じように声を上げた。

なぜなら、巨大な軍馬に牽引された古代騎馬民族風の戦車が迫ってきていたのだ。さらに、それに紗矢華が乗っていることが古城と雪菜の驚愕を倍増させていた。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が願い奉る」

 

ポニーテールを風に靡かせ、金属製の洋弓を構えながら、祝詞を紡ぐ紗矢華。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり―!」

 

祝詞を完成させるのと同時に、つがえていた矢を空目掛けて放った。

放たれた鏑矢は独特の怪音を撒き散らしながら飛んでいく。その残響が灼熱の稲妻となり脱獄囚に降り注いだ。

流石にこれだけで倒せる相手では無いが、目くらましには十分過ぎる効果があった。

巻き上がる砂塵の中から、シュトラ・Dの罵詈雑言が途切れ途切れに響いてきている。

 

「煌坂!古城達を連れて離脱だ!」

 

脱獄囚達が足止めを喰らっている間に、勇が呪矢を打ち続けている煌坂に叫ぶ。

 

「あんたと王女はどうするのよ!?」

「お前達が逃げる時間を稼いだらずらかる!だから行け!」

 

煌坂も勇とラ・フォリアを置いていくことを躊躇うが、古城らの傷の具合を見て、それが最善と判断し戦車に乗せていく。

こういう時は彼女の思いきりのよさは頼りになるなと考えながら、

 

「できれば、お前にも行ってもらいたいんだが」

 

視線は脱獄囚らから逸らさず、隣に立つラ・フォリアに話しかける勇。

それに対してラ・フォリアは静かに首を横に振った。

 

「もう置いていかれるのは嫌です。あんな思いをするくらいなら、共に傷つくことを選びます」

 

前回起きたエンジェル・フォウ事件で、勇がエンジェル・フォウにされた夏音と初めて戦った時、何もできずにただ待っていることしかできなかったのは、耐え難い程に苦痛であった。

もうあんな思いはしたくない。守られるだけでなく、共に守り合いたい。それがラ・フォリアの願いであった。

 

古城達を乗せ終えると煌坂が戦車を操り離脱していく。同時に呪矢の弾幕が無くなり巻き上がっていた砂塵が晴れていくと、無傷の脱獄囚達が現れる。

やはりあの程度の攻撃では、さしてダメージは与えられなかった様だ。

特にシュトラ・Dは、散々邪魔されているのが頭にきているらしく、獣の様に目が血走っていた。

 

「どいつもこいつも、人をコケにしやがって!百万回殺してやるよォ!!」

 

シュトラ・Dが両腕を振るうと、生み出された風の刃と勇が振るった獅子王の刃がぶつかりあった。

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