前回のあらすじ
王女キレる
夕日に照らされた住宅街の道路を、学生服に身を包んだ数人の少女が並んで歩いていた。年頃の少女特有の話題に花咲かせており仲睦まじさを感じさせる。
「じゃあね那月。また明日」
「ああ、また明日な」
分かれ道で高校の友人と別れた那月は、暫く歩くと自宅があるマンションへ入ると、エレベーターに乗り最上階で降りる。
そこから通路を少しばかり進むと、自宅のドアノブに手をかけドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい那月」
玄関で靴を脱いでいると、台所に続く扉だ開きエプロンを身に着けた女性が姿を見せる。神代志乃、身寄りのない那月の保護者の1人であり、彼女にとって母親のような存在である。
そして、トトトッと何かが駆けるような音と共に、リビングに続く扉が勢いよく開いた。
「お帰りなさ~い!那月お姉ちゃん!」
扉が開くのと同時に、志乃を幼くしたような外見をした少年が駆け寄ってくると、那月目がけて飛び込んでくる。対して那月は慣れた手つきで少年を受け止めた。
「ただいま勇」
飛び込んできた少年――神代勇の頭を微笑みながら撫でる那月。志乃の息子であり、那月にとってかけがいのない弟と言える存在である。
「♪~~」
撫でられた勇は、気持ちよさそうに目を細めて那月に抱き着く。
「ほら勇。那月が着替えられないからそれくらいにしなさい」
「は~い」
母親に言われて少し名残惜しそうに離れる勇の頭を、もう一度軽く撫でると那月は自分の部屋に向かい、制服からゴスロリチックなドレスへと着替えた。
そこからリビングへ向かい。扉を開けると、椅子に腰かけた勇がテーブルに広げられた洗濯物をせっせっと畳んでいた。
「お、お手伝いか。偉いぞ勇」
「えへへ~」
那月が褒めると、満面の笑みを浮かべる勇。
彼は誰に言われるでもなく進んで家事を手伝い、積極的に母からコツ等を教わろうとするのだ。実に褒めがいのある弟である。
余りの愛らしさにまた頭を撫でる那月。癖になる程の撫で心地に思わず口元が緩む。
「たっだいまぁ~!!」
勇を愛でていると、玄関からやたら元気はつらつな声が響いてきたかと思えば、リビングの扉が勢いよく開かれた。
「帰ってきたぞ我が子らよぉぉぉおおお!」
スーツ姿の男が姿を現すなり、那月と勇を抱きかかえると頬ずりを始めた。
「ちょ、ちょっと勇太郎さん!いい加減に私には止めて下さいってば!」
「だが断る!」
恥ずかしさの余り、那月が抗議の声を上げるも。一家の大黒柱こと神代勇太郎は、構わず頬ずりをしまくっている。ちなみに勇はキャッキャッとはしゃいでいる。
「お帰りなさ~い!お父さん!」
「おお、マイエンジェル勇ゥ!もう、こうしてるだけでハッピーやわぁ!」
そういって頬ずりの速度を上げる勇太郎。もうこうなるとどうしようもないので、諦めて溜息を吐きながらなすがままになる那月。
「それぐらいにして、ご飯にするからさっさと着替えて来て下さいあなた」
「うほぅ!?」
いつの間にか背後に立っていた志乃が、勇太郎の尻を蹴り上げる。
「おう、流石我が妻よ。見事な蹴りでゾクゾクするぞい」
「はいはい」
恍惚な笑みを浮かべる夫を、適当にあしらいながらキッチンに戻る妻。
そんな妻の冷たい反応に、俺のツボをよく理解しているなどとほざきながら那月と勇を降ろす豚野郎。
「よし勇。ご飯を食べたらお父さんとお風呂に入ろう!」
「今日はね那月お姉ちゃんと入る!」
「あ、そうですか…」
那月に抱き着きながら無邪気な笑顔を見せる勇の返答に、勇太郎はしょんぼりとする。反対に那月はしょうがないなぁと言いながらも、嬉しそうに勇の頭を撫でた。
「しゃあない、母さんと一緒に入るか!」
「嫌ですよ。あなたと一緒に入れる程、家の風呂はでかくないんですから」
さも当然のように言い放つ勇太郎に、キッチンから志乃のツッコミが飛んできた。
「…いいもんいいもん。1人で入るもん」
年甲斐もなくその場に座り込んで、地面に人差し指でノの字を書きながらいじける勇太郎。
「お父さん元気出して~!」
そんな父親にぎゅ~と抱き着く息子と、相変わらず子供のような人だと呆れ気味な那月。キッチンからは、那月と同じ気持ちなのだろう妻の雰囲気も感じられた。まあ、そこが彼の魅力でもあるのだが。
騒がしくも穏やかな日々。それが彼女のかけがいのない宝物なのである。
夕暮れ時の時刻。幼い勇は1人で住宅街の道路を慌てた様子で駆けていた。だが、その速度は同年代と比べものにもならない程早く、大の大人をも優に超えるだろう。
ここ数日、姉である那月は勇の前ではいつものようにふるまってたが。勇は彼女がどこか思い詰めていることを感じ取っていた。
そしてこの日、学校から帰ってきた那月と家で遊んでいたが。恐らく父から連絡を受けたであろう彼女は、勇にお留守番しているよう告げると外出してしまったのだ。
那月の表情から何か事件が起きたと勇は察するが。そういったことは神代家では決して珍しいことではない。
だが、この時の那月の様子はいつもと違い。まるで、何か大切なものをなくす覚悟を決めたかのような表情をしていた。
そのことが忘れられない勇は、言いつけを破って那月の後を追いかけてしまったのである。
「那月お姉ちゃん…!」
いけないことをしているという自覚はある。それでも、那月の悲しげな顔を思い出すと足を止めることはできなかった。
少しでも早く那月の元へ駆けつけたい。そう想う程体の奥から力が湧き上がり、普段では考えられない速度で走ることができた。
夕日に照らされた彩海学園。その屋上に空間転移を用いた制服姿の那月が姿を現す。辺りを確かめるように見回す彼女は、いつもと違う、どこか切迫した様子であった。
「――来たな那月よ」
静寂に包まれていた屋上に凛とした声が響くと、何もなかった建物の陰から
「阿夜…」
那月をこの場に呼び出した友である火眼の女性の名を、那月はなぜか寂しそうに呼んだ。
「
まるで迎え入れるように手を差し出す阿夜。
彼女の眼球は、まだ燃えるような真紅に染まっていない。そのせいか今の彼女からは、仙都木優麻と共通した、快活で人懐っこい雰囲気が感じられた。
「
「そのための闇誓書か」
優しさを帯びた声で告げる阿夜。だが、対する那月の目には明確な拒絶の色が浮かんでいた。
「なぜ、躊躇う?この島の者達に情でも湧いたか?」
阿夜が悲観するように声を荒げる。
「忘れるな、公社が
「…心配してくれるのか。優しいな、仙都木阿夜」
阿夜を憐れむように見つめて、那月はかすかに微笑む。
それはかつての友人を気遣う優しい微笑だった。そして決別の表情でもあった。
「闇誓書を渡せ、那月。
阿夜が
「私の記憶を奪うか、阿夜」
那月が諦観したような口調で訊いた。
闇誓書と呼ばれる魔導書は、既に失われている。那月が数日前に焼き捨てたのだ。その結果、阿夜が引き起こした”闇誓書事件”は収束を迎え、彼女の実験は失敗した。
だが、闇誓書の知識は、那月の脳内の記憶野に今も残されている。その知識があれば、闇誓書を復活させることができる。
例え那月が協力を拒んでも、彼女の記憶を奪えばいい。そのための魔導書を握ったまま、阿夜が最後の警告を放つ。
「
「……」
那月は阿夜の言葉に微笑んだ。”空隙の魔女”南宮那月が、仙都木阿夜と敵対したのは、彩海学園の同級生達、そして家族として自分に接してくれる人達を護るためだった。人工島管理公社に雇われた攻魔官としてでも、魔女としてでもなく、友情と愛情という不確かなもののために、彼女は犯罪組織の長を敵に回したのだ。
そんな自分を誇るでもなく、自嘲するでもなく、らだ淡々と那月は告げる。
「阿夜。私には夢ができたよ」
「夢、だと?」
那月の言葉に阿夜は困惑の色を浮かべた。そんな彼女に那月は言葉を続ける。
「教師になって多くの生徒の成長を見守り、その背中を押していきたいんだ。あの人達が私にしてくれたように」
ある日突然であった2人の男女。どちらも破天荒で、彼らがやることなすことに驚きの連続だったが、それでも楽しかった日々を思い出す那月。
自分の秘密を知っても、それがどうしたと笑って受け入れてくれるどころか、家族として接してくれた。
夢はないのかと聞かれた時。そんなものはないと言ったら、2人してそれでは人生損だと自分を置いて真剣に考え始め。そんな彼らに触発されて自分でも考えるようになると、真摯に相談に乗ってくれた。
例え定められた未来があろうとも、自分の生き方は自分で決められると気づいてからは、生きることが楽しいと胸を張って言えるようになった。
そんな彼らへ少しでも恩を返すために、彼らから教えられたことを未来を生きる若者に教えられる教師を目指そうと心に決めたのだ。
「愚かな」
清々しさ感させる那月の表情を、阿夜は憤怒の眼差しで睨みつけた。その目眼球が火の色に染まると、彼女の背後にゆらりと顔のない漆黒の騎士が出現する。
対抗するように那月の背後にも、金色に輝く巨大な影が浮かび上がった。
「そうすることで、
落ち着きはらった雰囲気を纏っていた阿夜が、怒りに満ちた声で叫ぶ。
自分の知らない存在になっていく友への困惑と、変えてしまった者達への怒りが混ざり合い、不快感となって彼女の心を蝕んでいた。
「あの2人とて、
感情のままに叫ぶ阿夜の声を那月が遮った。静かに発せられた言葉だが、阿夜の耳にはなぜか鮮明に聞き取ることができた。
「それ以上あの人達を侮辱してくれるな。いくらお前でも『許せ』なくなってしまう」
今まで阿夜に向けられていた那月の優しい眼差しが、鋭く怒りを含んだものへと変わる。
阿夜が大切な人達を危険に晒そうとも、那月は彼女に怒りも憎しみも抱いていなかった。だが、恩人達の偽りなき善意を汚すことまでは許容することはできなった。
「……」
「……」
睨み合ったまま動かない両者。
魔女同士の戦闘は、正面切っての魔力のぶつかり合いではない。相手の隙を衝き、騙し合い、一瞬でも早く相手に攻撃を届かせた方が勝利する。
一見すれば、何もせずただ睨み合っているだけだが。その裏では相手の行動を予測し、先手を取る機会を伺う高度な駆け引きが行われていた。
那月も阿夜も互いの手の内を知り尽くしており、うかつに手を出せば反撃され敗北が決まるだけに動けずにいた。
永遠と思えるような静寂の中。それを打ち破るように、屋上と校舎を繋ぐ扉が開かれる音が那月の背後から響いた。
「那月ちゃん――!」
「ッ!勇!?」
扉が開かれると同時に屋上に足を踏み入れた勇の声に、反射的に那月は振り返ってしまった。
「
そして、その隙を阿夜が逃す筈はなかった。彼女が命じると、漆黒の騎士が手にしていた剣を投擲した。
高速で投げ出された剣は那月――にではなく、彼女の背後にいる勇へと向かっていく。
「くッ!
那月が素早く自身の守護者を勇の目の前に転移させ、黄金の騎士が飛来した剣を弾く。
だが、そのために無防備となった那月に。阿夜は指で空間に文字を書くようにして魔術を発動させた。
那月の体に魔術的な文字が浮かび上がると。体の自由が奪われていき、那月は地面に両膝を突いて倒れてしまう。そして、制御が不可能となった守護者の姿が薄れていき消滅してしまう。
「
動けなくなった那月へと、阿夜がゆったりとした足取りで迫る。その手には
「那月ちゃん!?」
事態が呑み込めず呆然としていた勇が、本能的に那月に駆け寄ろうとする。
それを見た阿夜が、自身の守護者に勇を捕まえさせる。
「あう!?」
「勇ッ!」
首を掴まれ持ち上げられた勇が苦悶の声を漏らすと、那月が悲鳴じみた声を上げた。
「よせ、阿夜!その子には手を出すな!」
「…なる程。そやつが神代勇太郎と神代志乃の子か」
那月の反応から勇のことを推測した阿夜は、冷めきった目を勇に向けた。
「奴らに払わせる代償としは十分だな」
「阿夜…!」
阿夜の意図を察した那月が、顔だけを動かして睨みつける。
その視線をものともせず阿夜が命じると、漆黒の騎士が勇の首を掴んでいる手に力を込めていく。
「――ぅ、ああぁ…」
気道を塞がれていき、苦悶の声を漏らす勇。掴まれている手を両手で離そうとするも、幼子が魔女の守護者に敵う筈もなく、ジタバタともがくだけとなる。
「止めろ、止めてくれ阿夜…。お前に協力する、何でもするから勇を傷つけないでくれ…」
「…いいだろう」
額を地面に擦りつけながら震えた声で懇願する那月。そんな彼女を見て、阿夜は守護者を止めさせる。
「――ん、なさい」
「勇…」
「ごめん…な、さい…。お姉ちゃんが…悲し、そうな顔…してたから…心配、で…力になって、あげたくて…」
涙を流しながら告げる勇に、那月は胸を締め付けられる感覚に襲われる。
友と敵対することに抵抗がなかった訳ではなく、何度も迷い躊躇い、それでもこの島に住む大切な人達を護ることを決意したのだ。
そのことで勇に心配をかけないように振舞っていたが、それが逆に彼をこの場に向かわせてしまった。自分を顧みず、誰かのために手を差し出せる優しい子なのだ。
隠さず素直に話していれば、心配こそしても、自分のことを信じて帰りを待ってくれていただろう。そんな弟を信じきれなかった自分の愚かさが、このような事態を招いてしまったと、那月の目から涙が零れたのだった。
「(僕のせいだ…)」
倒れ伏す那月の姿を見て。勇は阿夜の守護者に首を掴まれながら、己の過ちを後悔することしかできなかった。
全ては自分の愚かな行いの結果だった。那月の言うことを聞いていれば、今頃は彼女が事件を解決して、いつもの日常が戻っていたのだろう。
大切な人のためにと行動した結果、逆に苦しめることとなったことに、胸が締め付けられる感覚と共に涙が流れ出た。
「(どうにかしないと…)」
このままだと楽しかった日常が永遠に失われる。幼いながらも漠然と勇は、そう感じ取ることができた。
だが、5歳児である勇にこの状況できることなどある筈もなく。自分の無力さを認識させられるだけであった。
「一歩を、踏み出す…勇気」
それでも諦めたくない勇は、以前父が話していた言葉を思い出したのだった。
「なあ、勇」
「何、お父さん?」
ある日の休日。家の近くの公園で、勇を膝に乗せながらブランコを漕いでいた勇太郎が、不意に勇に話しかけた。
「我が家には、先祖代々伝わる言葉があるんだ」
「先祖代々?」
言葉の意味が解らず、首をこてんを傾ける勇。
そんな息子に、あ~とどのよう説明するか少し思案する勇太郎。
「俺の親父や爺ちゃん。そのまた親父や爺ちゃんって意味だ。まあ、とにかくとても大切な言葉だ」
「ほんと!どんなのどんなの!」
父の言葉に目を輝かせる勇。そんな息子の頭をブランコを止めて撫でる勇太郎。
「『一歩を踏み出す勇気』だ」
「一歩を、踏み出す勇気…」
言葉を忘れないように、優しく包み込むように反復する勇。
「どんな大変なことや悲しいことがあっても。それに負けないために、まずは最初の一歩を踏み出すことから始めよう。そうすれば、大抵のことはなんとかなるさって意味だ」
「おお、なんかかっこいい!」
意味は深かくは伝わっていないのだろう。それでも、幼き獅子の胸に刻まれたことに満足した様子の父は、勇を背中から抱えてブランコから立ち上がった。
「さあ、そろそろ夕食の時間だから帰ろう」
「うん!」
勇を肩に乗せて肩車の状態で歩き出す勇太郎。勇はこの態勢が一番のお気に入りのため、上機嫌に鼻歌を歌っている。
「勇。お前には特別な力をい持っているんだ」
「特、別?」
再び言葉の意味が解らず、首をこてんを傾ける勇。
「ああ、多くの人の笑顔を護れる力だ。これも先祖代々伝わるものだ」
「ね、ね!じゃあ、僕もお父さんみたいなヒーローになれるの!」
常人離れした力で、日夜人々の平和を守っている父は。まさに勇にとってテレビに出てくるヒーローそのものなのである。
「なれるとも。お前が諦めない限りな」
「ほんと!なる!僕もヒーローになる~!」
キャッキャッと頭の上ではしゃぐ息子に、勇太郎は誇らしげに笑うのであった。
「(諦め、ない!)」
涙は止まり目を見開いた勇は、自分を掴んでいる阿夜の守護者の手を掴んだ。その目には父と同じく勇気の灯が宿っていた。
「む?」
阿夜が異変に気づき、自分の守護者へと目を向けると、その目に驚愕の色が浮かんだ。
「なっ!?」
勇を掴んでいた黒騎士の手が、その勇によって徐々に押し広げられていっているのだ。
「こんなことが…!?」
「いさ、む?」
予想外の光景に阿夜と那月は唖然としてしまう。
神代の血を引くとはいえ幼子である勇が魔女の、それも上位に位置する阿夜の守護者に対抗することなどありえないことだった。
そして勇の体から、最初は微弱に感じられた霊力がみるみると膨大していき。その影響で周囲のコンクリートに亀裂が広がっていく。
「あぁぁあああああああああ!!!」
勇が力の限り叫ぶと、爆発するように放出された霊力によって。掴んでいた黒騎士が弾き飛ばされ、フェンスに激突してめり込んだ。
「くっ!?」
阿夜自身も、解き放たれた霊力の波動に吹き飛ばされそうになり、咄嗟に防壁を張って耐え凌ぐ。
そして。その波動は、那月を縛り付けていた術式を打ち消すのだった。
「ッ!
黒騎士の手を離れたことで地面に落ちようとしていた勇を、再び呼び出した自身の守護者に受け止めさせる那月。
そして、怯んでいる阿夜を、周囲の空間に描いた魔方陣から呼び出した鎖で拘束した。
「くッ!那月ィ!!」
鎖が巻き上げられ、阿夜の体が魔方陣へと引き込まれていく。鎖によって力を封じられた彼女に、抗う術はない。
「許しは請わない。恨んでくれ阿夜」
「
悲痛な表情で魔方陣の奥へと消えていく阿夜に、那月も悲痛な表情で見つめていた。
阿夜の姿が魔方陣と共に消えると、那月は静寂に包まれた屋上で暫く呆然としていたが。ハッと勇のことを思い出し、守護者に抱えられている彼の元へ駆け寄った。
「あ~う~」
グルグルと目を回しながら伸びている勇。どうやら急激な霊力の放出に、まだ幼い体への負担が大きかったようである。
幸い大事には至っていないようで、那月はホッと胸を撫でおろすのであった。
「うぅん…」
勇が目を覚ますと。見慣れない天井が視界一杯に広がる。
「うにゃぁ…」
暫くぼ~と寝ぼけていたが、ハッとしたように上半身を起こす勇。
「那月お姉ちゃん!那月お姉ちゃんどこ!?」
あわあわと辺りを見守すが他に人の姿はなく、今自分がいるのが病室であることしか分からなかった。
何も分からない恐怖と不安で泣き出しそうになった時、部屋のドアがノックされた後、開かれた。
「勇?」
部屋に入った制服姿の那月は、勇が目覚めていることに気がつくと。安堵したような表情で駆け寄るとギュッと抱きしめた。
「よかった。無事で本当に…」
「那月お姉ちゃんは?お姉ちゃんは大丈夫?」
「ああ、私は大丈夫だ」
その言葉を聞いてホッとしたかと思えば、涙を流し始める勇。そんな弟にギョッとして慌てだす那月。
「ど、どうしたんだ勇!?どこか痛いのか!?」
「だって、僕のせいで、お姉ちゃんに迷惑かけちゃった…から…」
俯いて掠れた声で話す勇に、那月は今度はそっと抱きしめながら頭を優しく撫でる。
「お前は悪くない。悪いのは私だ。お前を信じきれなかった私が悪いんだ」
「でも…」
「なら、互いに迷惑をかけてしまった。だから、これでおあいこだ」
「うん…じゃあ、おあいこ」
どうにか納得した様子で、那月の胸に顔を埋める勇。そんな弟の頭を那月は、もう一度優しく撫でた。
暫くそうしていると。再び部屋のドアがノックされた後、開かれた。
「入るぞ。む、おお!勇起きたのかぁああ!」
部屋へと入ってきた勇太郎が、勇目覚めていることに気がつき、飛び込むと那月もろとも抱きしめた。
「ちょ、勇太郎さん。なんで私まで!?」
「そこにお前がいたから」
「なんですかそれ!?」
羞恥心で頬を赤くしながら不満をぶつける那月に、勇太郎はさも当然のように答えた。ちなみに勇は、そんな2人に挟まれながらキャッキャッとはしゃいでいた。
「嬉しいのは分かりますけど、病院ではしゃぎすぎないで下さいねあなた」
勇太郎の後に続いて入室していた志乃は、お見舞いのリンゴを剥きながら、家族の一時を愛おしそうに見守っていたのだった。