ゼロの使い魔 -エトランゼの憧憬-   作:鈴ノ風

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005 狩り

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したという情報は、瞬く間に学院中に知れ渡った。

 学生たちの多くはルイズを小ばかにした。『ゼロには貧相な平民がお似合い』などという侮辱ならまだかわいい方で、『失敗したからってそこらの平民を連れてきた』などと、不正を疑うような発言をするものさえ出る始末。

 そして呼び出された使い魔、『サイト』と名乗ったその平民も、主人たるルイズと上手くいっておらず、既に幾度か衝突していた。

 そういった状況のせいで、オリアーヌは使い魔召喚が終わって以降、ルイズと、その使い魔『サイト』と接する機会を逃していた。

 彼女が『サイト』と面識を持つのは、召喚の儀式が行われた翌日、昼食の厨房でのことだった。

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

 昼間。

 多くの生徒たちがシュヴリーズの『土』の授業を受けている中、オリアーヌは授業をサボって学院近くの森にいた。

 いつものことである。しかしオリアーヌにとって、今回はただのサボりではなかった。

 自身の使い魔、『スカーグレー』の能力と、自分との相性を確かめるという、重要な目的があった。

 

 …………彼女自身にどんな目的があろうと、客観的に見てそれはサボりでしかなく、学院に戻った後に教師に説教をくらうのだが、それは別のお話。

 

 

 さて、まずオリアーヌはスカーグレーに『獲物を見つけたら知らせろ』と命じると、森に解き放った。

 父ベランジェ伯爵によると、こうして猟犬を放ち、獲物を見つけさせ、メイジがそれを狩るというのが、猟犬を使った狩りの基本だという。

 オリアーヌの前世ではオオカミは食べ物か食べ物に集る邪魔者に過ぎなかったため、そういった経験は新鮮であった。

 だから使い魔としてオオカミを召喚した時、ぜひ一度試してみようと心に決めていたのだ。

 スカーグレーが走り去った後、オリアーヌも気配を殺し、森の中を散策する。

 スカーグレーが獲物を見つけた時、すぐさま駆け寄れるよう、彼の気配を探り、付かず離れずの距離を保ちつつ、森を歩く。

(…………意外と、暇)

 気配を殺しつつ、スカーグレーの気配を探り続ける。常人にはともかく、オリアーヌにとっては呼吸するくらいに簡単な事だった。

 そのため、オリアーヌは退屈を持て余していた。

(しかし、あの使い魔)

 オリアーヌの脳裏に浮かぶのは、『サイト』と名乗ったあのルイズの使い魔。

 黒髪というのは、ハルケギニアでは珍しい。確か食堂で働くメイドに一人いたはずだが、オリアーヌが知るのはその一人だけだった。

 前世では、一度も見かけたことが無い。

 一体どこから来たのだろうか?

 珍しいのは髪だけではない。『ヒラガサイト』などという名前、発音からして全く聞き覚えが無かった。

 おそらくはオリアーヌの知らない言葉を話す、オリアーヌの知らない人間であふれた場所。

(…………なんか、ちょっと)

 オリアーヌの胸がざわついた。

 不快なものではない。むしろ心地よさすらある。

(『興奮』…………楽しんでいる?)

 全く知らない未知の世界。前世でも、今でも、目にしたことのない『何か』。

 それを想像するだけで、胸が高鳴る。喜びに似た感情が、彼女の頬を僅かに緩ませた。

(そうか、これが『好奇心』)

 初めて知る感情に酔いしれていると、オオカミの鳴き声が聞こえた。

「…………来た」

 スカーグレーの鳴き声だ。獲物を見つけたのだろう。

 気配を殺したまま、彼のいる方向へと駆け出す。

 右手に杖を握り、音もなく森を走り抜けながら、意識のいくつかを別の場所に向ける。

 左腕と、左の腰。

 それぞれに隠された『切り札』を意識する。

(左腕のは、いいか。右手(こっち)ので、事足りる)

 となると左腰。

 ポーチにしまってあるガラス瓶、その中身。

(獲物がドラゴンとかなら、必要)

 左手を腰のポーチに近づける。いつでも中身を取り出し、飲み干せるように。

 そうしているうちに、オリアーヌはスカーグレーに追いついた。

 獲物は大きなイノシシだった。体高は150サント(約150cm)を超え、口からは鋭い牙が伸びている。

 足も速く、その突進をまともに喰らえば、メイジすらただでは済まないだろう。

 よそから来た獣が森を荒らしているという噂をオリアーヌは思い出した。おそらくはこのイノシシがそうなのだろう。これほどの巨体、この1年間森で狩りをしたが、一度も見たことが無い。

「『マジックアロー』!」

 まずは小手調べ。

 魔法の矢を生み出し、イノシシに向かって飛ばす。

 イノシシは足こそ速いが、その移動はほぼ直線。予測して当てることはそう難しくない。

 『マジックアロー』は急所に当てれば人を殺すほどの威力を持つ。分厚い毛皮を持つイノシシを殺すことは不可能だろうが、その動きを鈍らせることくらいはできる。

「プギャアアア!?」

 オリアーヌの予測通り。『マジックアロー』はイノシシに直撃すると、イノシシを怯ませた。

 オリアーヌはすぐさまイノシシに近づく。

 遠距離の魔法であれほど巨大なイノシシを仕留めることは難しいだろう。ラインやトライアングルのメイジならともかく、オリアーヌはドットだ。

 少々危険が伴うが、一撃で屠るには、接近して魔法を使う必要がある。

 候補となるのは、杖に魔力を絡め刃を生み出す『ブレイド』の呪文だ。オリアーヌが得意とする魔法であり、岩でさえ両断する威力を持つ。イノシシの分厚い毛皮とて障害になるまい。

 しかし、イノシシもただやられっぱなしではない。『マジックアロー』のダメージが残っているであろうに、すぐさま体勢を立て直し、オリアーヌに向かって突進してきた。

(問題、ない)

 それもまた予測の範囲内。

 オリアーヌは対抗するための呪文をすでに唱え始めている。

 それは『ウォーター・シールド』。水の壁を生み出す魔法だ。

 イノシシの突進を防ぎきる…………ことはたとえできなくとも、生き物というものは人間を含めて、唐突な事態に直面すると驚き、動きを止めてしまう習性を持つ。

 目の前に発生した『ウォーター・シールド』に驚いたイノシシは一瞬動きを止めるだろう。その隙に近づき、『ブレイド』で斬り殺す。

 例え止まらなかったとしても、水の壁はイノシシの視界を覆う。目標を失った獣の突進を回避するのはオリアーヌには朝飯前だ。

さて、『ウォーター・シールド』の呪文が完成しようとする、まさにその瞬間。

「ガルルルッ!」

 何かがイノシシに飛びついた。スカーグレーだ。

 スカーグレーの大きなアギトがイノシシの毛皮を食い破り、肉を切り裂く。

 イノシシはそのダメージを無視できず、思わず立ち止まった。

「…………上出来」

 オリアーヌはすぐさま『ウォーター・シールド』の呪文を止める。

 スカーグレーに吼えるイノシシの鼻先に立つと、『ブレイド』の呪文を唱え、その刃でイノシシの頭を両断した。

 

 

 

 

 イノシシの血抜きを終えると、オリアーヌは内臓を取り出してスカーグレーにあたえ、残った体を周りの木で作った即席のソリに乗せ、学院に運び出した。

「よくやったよ。スカーグレー」

「クゥゥン」

 褒められたのが嬉しいのか、スカーグレーは尻尾を激しく振った。

 当初の目的は果たされた。スカーグレーは優秀だ。使い魔として申し分ない。

「…………使い魔」

 脳裏に浮かぶのは、やはりルイズとその使い魔。

 二人はあまりうまくいっていなかった。貴族と平民だからだろうか。オリアーヌにはそういうものがいまいち理解できなかったが、両者の間に溝が存在するのは確かだろう。

 それが深いのか浅いのか。浅いのなら、オリアーヌはそれを埋めてあげたかった。

 使い魔とはメイジの大切なパートナー、らしいのだ。だったらそういう形に落ち着く方が最善だろうし、ルイズも負担が減るだろう。

(帰ったら、話そう)

 そうやって考え事をしながらオリアーヌは学院に帰還した。

 時間は丁度昼食時。学生たちで賑わう食堂を傍目に、オリアーヌは厨房に向かった。

 そしてそこにいるコック長のマトー親父に、イノシシの肉を渡す。

「ほぉ! こいつはまたデカいな!」

「終わったら、毛皮」

「分かった。んじゃこれ代金な」

 マトー親父はイノシシを受け取ると、オリアーヌにスゥ銀貨を数枚渡す。

「ありがと」

 オリアーヌは狩りをすると、その獲物をマトー親父に売っていた。

 この世界に転生して、オリアーヌは『お金』というモノの重要性をある程度学習した。

 実をいうとお金にはあまり困っていない。実家からの仕送りがある。そもそもオリアーヌは散財とはあまり縁が無く、仕送りはたまる一方だ。

 だが父ベランジェ伯爵曰く、『稼げるときに稼いでおくのも大切』とのことなので、こうして狩りの成果で商いのまね事をしている。

 貴族嫌いのマトー親父も、貴族でありながら自分たちを見下さず、こうして肉を卸してくるオリアーヌのことは気に入っており、時折肉の代金を少し多めに支払っていた。

「っと。そういやオリアーヌの嬢ちゃん、昼間まだなんだろ?」

「うん」

「じゃあ食ってけ」

 そういうと、マトー親父はオリアーヌに食事をよそった皿を渡した。オリアーヌは狩りで付いた汚れを洗い落とすと、それを受け取る。

 出されたのはシチューだった。貴族に出した食事のあまりから作られたもの。貴族が食べる物ではないが、オリアーヌは気にしない。すでに何度も肉を卸すたびに、こういった賄い食をもらっていた。

 そもそもの問題として、貴族の食事は、オリアーヌにはどうも合わないのだ。ルイズとの食事は楽しいが、堅苦しさは無視できなかった。

 だからこうしてもらう賄い食は、オリアーヌのお気に入りの一つだった。前世で食べる物は狩った肉か積んだ草で、調理など茹でるか焼くか程度。『味付け』という概念すら、生まれ変わって初めて知った。

 オリアーヌは壁に寄り掛かると、もらったシチューを食べ始めた。

 ガツガツと、上品さのかけらもない食べ方だが、マトー親父的にはその粗野な食べ方が、貴族でありながら身近な雰囲気を感じるからと、嬉しそうにしていた。

「マトーさん」

 厨房に一人の少女が入ってきた。

 ハルキゲニアには珍しい、黒髪の少女。このトリステイン魔法学院で奉公をする、平民の一人だ。

「どうしたシエスタ?」

「賄い食を一食いただきたいのですが」

「さっき食っただろ? なんだ足りんかったか?」

「いえ、そこに例の使い魔さんがいらして」

 オリアーヌが誰も気づかないほど小さく反応する。

「おなかを空かしてらっしゃるので、食べさせてあげようかと」

「そうか。わかった、ほらよ」

「ありがとうございます」

 シチューの皿を受け取ると、シエスタと呼ばれた少女は厨房を後にする。

「…………ありがと」

 オリアーヌは食べ終わった皿をマトー親父に返した。

「おう。美味かったか?」

「うん」

「そいつは結構」

 返事もそこそこに、オリアーヌは厨房から出る。シエスタが出て行った扉から。

 

「おいしいよ。これ」

「よかった。お代わりもありますから。ごゆっくり」

 

 外に出ると、シエスタが受け取ったシチューを、少年が食べていた。

「…………」

 シエスタと同じ、黒い髪。

 見たこともない、変わった服装。

「…………サイト」

 その名を小さく口にする。

 それは先日ルイズによって召喚された、あの使い魔の少年だった。

 


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