Fate/Apocrypha beast~TS変態オヤジの聖杯大戦~   作:あんぱんくん

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注:この作品は主に下品な官能小説オヤジのせいで非常に心苦しいセクハラ発言が飛び出してきます



#1 翼の無い愚者は左向きに崖を歩く
No.000 終わりの彼岸、続きの海辺


 

 

 

 

 

 

────その『人間』は憎しみを募らせていた。

 

 

 

惑星一つ丸々全てに憤怒し恐怖し嘲弄し哀願する程に。

 

 

 

 

 

むかしむかし、せかいさいだいのまじゅつしがまだこどもだったころ。

 

 

 

かれがすんでいたまちは、それはそれはひどいところでした。

 

 

 

かみさまをしんじるおとうさんとおかあさんはわからずや。

 

 

 

『エドワード、あぁ、エドワード!お前はどこまで馬鹿なんだ!?』

 

 

 

がっこうのせんせいはいじわるばかり。

 

 

 

『エドワード、こちらに来なさい。皆を不安にさせたことを謝るのです!』

 

 

 

なのに、うわっつらばかりいいものだから、かれらはみんなまちのかおやくでした。

 

 

 

『どこまで愚かなんだ、こいつらは……』

 

 

 

おさないかれはそんなはきだめのようなまちでくらしながら、こんなうそつきをさばくこともできない、かんたんにだまされる、はんぱなせかいをつくったかみさまなんてたいしたことないんだなとおもうようになりました。

 

 

 

『神を信じ、正しさを振りかざす者達ですら、こんなにも醜態をさらすものなのか』

 

 

 

だったら、わたしがほんものをみせてやろう。

 

 

 

『私が真理を見つけてやる』

 

 

 

はんぱなかみさまにかわってただしいルールをみつけてやろう。

 

 

 

『愚かなる盲信の果てに失われたかつての道を取り戻してやろうではないか』

 

 

 

これが、のちにせかいさいだいのまじゅつけっしゃとなる『おうごん』のもんをたたき、あまたのじゅつしきやれいそうをかいはつしたにんげんのスタートちてんです。

 

 

 

ですが、もちろん すべてがせいこうというわけではありません。

 

 

 

『全ての人は奇跡や運気の奴隷だ。その日のパンの選び方すら知らない間に干渉される。そして時には人の命にまで。わしがこうして薬の選び方に失敗し今も引きずるようにな』

 

 

 

かれがこたえにちかづくためにあちこちからじゃまがはいります。

 

 

 

『愚か者が……俺についていれば成功者のおこぼれを頂戴できたものを!』

 

 

 

きょうこなけっしゃはうちわもめをおこし。

 

 

 

『これは何の真似かねメイザース!わざわざ結社の中から花火を打ち上げてくるとは大した策士だな!』

 

 

 

こどもはたおれ、つまとはわかれ、 かぞくはバラバラになって。

 

 

 

『ふざけるな……黒幕も陰謀もなく、ただ意味もなく偏った世界の中からパンクズにも劣る幸福のために、娘は、リリスは、死んだのか!?』

 

 

 

かれがつまずくたびにいつもどこかでくすくすと『わらうもの』がいるのです。

 

 

 

『お主が蝶よ花よと丹精込めて育てている計画の要とか言うあの『エイワス』じゃがな?ありゃあ完全な失敗作じゃよ、若造』

 

 

 

それでもかれはがんばります。

 

 

 

『私はあらゆる位相を砕き、神秘に終止符を打つ。誰もが当たり前に憤り、当たり前に疑問を持てる、まっさらな世界を取り戻してやる!!』

 

 

 

かみさまにもだせなかったこたえをみつけてせかいをよりよくするために。

 

 

 

『普段はあれだけ悪態をつきていたのに、最後は泣きながらこう、懇願していたぞ?お父さん、助けてお父さん、ってなあ!!!!!』

 

 

 

たとえ、嘆いて泣き叫んで打ちのめされて絶望したとしても。

 

 

 

「答えが分からずにまんまと出し抜かれたからと言って、私の作る流れに何か変化があるとでも?」

 

 

 

そして、何よりも彼の魂は極彩に輝いておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

気付くと「人間」は静かな浜辺を歩いていた。

目の前に広がる大海、空を見上げれば何処までも蒼の空、その境目に果てしなく広がる地平線。

景色に心を奪われたのはいつぶりだろうか。

エメラルドグリーンに輝く水の美しさに思わず目を細める。

 

「海か。ビルの中に引き込もって狭い世界しか見ていなかった身としては少々眩しすぎる。そうか、こんな世界もあったのだな」

 

綺麗な海など本当に久しぶりだ。

夢で見ることはあってもそのどれもが汚く、淀んで水は冷水のように冷たい。

海の夢は往々にしてその者の精神状態に景観を左右される。

荒んだ心で百年を過ごしていればさもありなん。

故に久々の綺麗な海を見られたのが純粋に嬉しくもあった。

 

「というかそもそもここは何処なんだ?」

 

潮の薫りを吸い込みアレイスターは極めてどうでもいい口調で呟く。

自分の身体を確認すると、いつの間にか格好は手術衣から薄い青の制服に、性別は男から女に変わっていた。

 

「ケダモノの次は叡知の聖母ときたか。これはまた分かりやすい路線に落ち着いたものだ」

 

自分の意識の一つがこのような状態にあるのは謎だ。

しかし人格の引き継ぎ、新たな肉体の形成が完了しているということは苦し紛れの術式が正確に起動していることも指している。

今頃は十億八百三十九万二千八百六十七人に増えたアレイスター=クロウリーがコロンゾンに一泡吹かせているだろう。

 

「くははッッ」

 

死んでいるのに、死んでいない。

彼岸と此岸の理ですら自分に引導を渡すことはなかった。

その事実が酷く愉快だった。

 

「『計画』はまた失敗だ。形を変えた僧院、学園都市は君にくれてやるよコロンゾン」

 

(まぁ必ず『娘』は返して貰うが)

 

それにしても本当にここはどこだろう。

現出するべき位相の計算に狂いはなかった筈だ。

ひょっとすると自分は死んでいて、ここは天国というヤツなのかもしれない。

 

「いや、それはないな」

 

ふと浮かんだ益体もない妄想、苦笑して首を横に振る。

あり得ない。

ここまで散々悪行を積んできた自分が天国とは片腹痛い。

アレイスター=クロウリーが逝くべき場所は地獄以外にはない。

そう結論を下したアレイスターの直ぐ傍から可憐な声が聞こえてくる。

 

『あなたは(beast)?』

 

目を向けると霧。

景色は反転、青から白へ。青い空を白い雲が覆うかのように。海辺の景色は既に亡い。

いつの間にか世界は少女の銀と霧の白で統一されている。

まるで最初からそうだったかのように。

 

やはりこれは夢だ。

 

いくらなんでも荒唐無稽に過ぎる。

 

「そうだとしたら?」

 

思ったよりも白けた声が出た。

思いの外、自分は気分を害していたらしい。

だって夢はいずれ覚める。

銀の少女にはそれが少し、ほんの少し残念だったのだ。

 

『良かったわ。咄嗟の事で手元が狂った可能性もあったから』

 

「私をここに連れてきたのは君だと?」

 

えぇ。

三日月に歪む口角。

嘘、ハッタリではないのだろう。

日溜まりのような光を放つ淡い金髪。

先程の海を象徴するかのような翠のドレス。

この世のものとは思えない可憐。

声の主は霧の向こうだというのに、その姿や表情を細部まで認識させられている。

 

少し面白くなってきた、と銀の少女も笑みを浮かべる。

 

「ここは夢の中かね?」

 

『そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ』

 

酷くあやふやなの。

ソレはそう言って空を見上げる。

 

そう、空だ。

 

上も例外なく霧に包まれた筈なのに、ソレが見上げた途端に元の蒼穹を取り戻している。

 

酷い違和感だった。

 

『夢というよりは意思の世界と言った方が正しいのかもしれないわ。海を望めば海に、山を望めば山に、空の上を望めば空に、と言った具合かしら』

 

「集合的無意識の発露とでも?そのわりには君の意思にしかこの世界は反応していないみたいだが」

 

『当然でしょ?世界とはそうあるべきだもの』

 

どこまでも純粋、どこまでも傲慢。

その思想は魔術を極めた神の如く歪んでいた。

 

『ほんの少し待っていてくれるかしら?急な事だったから帳尻を合わせるのに時間がいるの』

 

グニャリ、三百六十度見回しても霧しか見えない世界に変化があった。

目には見えない、しかし明確に世界を歪める何か。

創造の前兆ともなるべき力の波動を感じ取ってアレイスターは目を細める。

 

「世界の書き換え……いや、新しい位相を差し込んでいる?」

 

十字教、イスラム教、仏教、カバラ、日本神話、北欧神話、ケルト神話、ギリシャ神話……アレイスターが元いた世界では数多くの宗教や神話があった。

そしてそれらには決まって語られる神、天使や悪魔などの超越存在が住まう異世界が存在する。

天国、地獄、六道、四界、黄泉、ユグドラシル、アヴァロン、オリンポス、冥界、ミクトラン、ティティカカといった具合でだ。

位相とはそういう異なる層が幾重にも重なった世界の事を指している。

 

「次元が異なるため人の身では観測することが出来ない世界の側面、それらを粘土のように捏ね繰り回している……?」

 

『根底の発想からして違うわ』

 

退屈そうな調子でソレは言う。

 

『七本の蝋燭で示される四界の例を持ち出すまでもなく、この世は常に多重に重なり合っている、確かにそうよ。そこからアプローチを試みる方法が存在するのも勿論知っているわ』

 

だけど、とソレは続ける。

 

『位相を差し込んで世界の見せ方を変える?そんな面倒臭い事を一々する必要なんてあるのかしら。そんな事をするくらいなら既存のベースを元にして似せた世界を創り上げてしまえばいいじゃない』

 

こいつは何を言っている?

話が合わない、いや最初から合わせようという努力すら見られない。

恐らくは創造についてのスケールの差で話が食い違ってきているのだろうが、ソレは全くお構いなしだ。

 

『並行世界説って知っているかしら?SF、物理学の世界、果てはフィクションの世界で良く用いられる話なんだけど……そうね。ここは一つの世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界っていうのが一番正しいかしら』

 

まぁだからこそ宝石のお爺様に邪魔されないようにしなくちゃね。

そう言って少女の形をした怪物は嬉しそうに舞う。

 

『安心して?素敵な所よ。様々な命が綺羅星のように舞い散って、退屈なんてさせないんだから』

 

無限に続くと思われた霧の光景に変化があった。

霧で覆われた世界が輪郭を持ち始めたのだ。

あやふやだった距離感がハッキリしていく。

 

「────ッッ!?」

 

残りの霧も風が吹き払っていくことで、視界が開けていく。

 

すなわちビルが摩天楼の如く立ち並ぶ、夜空と大地へと。

 

「これは……」

 

どこかの建物の屋上のようだった。

吹き抜ける風に清涼感を覚えながら銀の少女は屋上を横断して縁まで歩く。

いつの間にか、もう一人の少女は姿を消していた。

落下防止用のフェンスに寄りかかり、下に広がる街並みを睥睨する。

 

「……、」

 

眼下の建物群には一つ一つ明かりが灯っている。

何事もなかったように車が道路を走行し、早めに出勤するためサラリーマン達が駅へと向かって歩いていく。

まさにいつも通りと言った日常の一幕。

今さっきの事が無ければアレイスターとて気にする事のない平凡そのものといった風景。

 

「まぁだからこそ、違和感が拭えないわけだが」

 

下へと注いでいた視線を上へ。

夜空に散りばめられた星々が燦然と煌めいている。

 

「さて、どうしたものか」

 

そうボヤいてアレイスターは風に靡く銀の髪を掻き上げた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

二年後、東京都内にて

 

蒼崎橙子はウンザリしていた。

自分が設計に関わった件についての報酬で話したいことがあると呼び出したはいいが、相手が指定してきた場所が問題だったのだ。

 

「はぁ……」

 

大音量の音楽が撒き散らされ、きらびやかというには毒々しい明かりが店内を満たしている。

周囲のテーブルでは酔っ払った男達がある一点を食い入るように見つめて下品なヤジを飛ばしていた。

その視線の先は中央のステージ。

中央のステージでは何人もの女性が下着姿で扇情的なダンスを披露していた。

耳が腐る様な猥雑な喧騒にいい加減ウンザリだ、と『魔眼殺し』の眼鏡を外す。

 

「こういう店には男を連れてくるのをお勧めするが?」

 

目の前でつまらなそうに酒をらっぱ飲みしている少女がキョトンと首を傾げた。

プラチナブロンドの髪といっそ不健康と取れる白い肌が特徴のどう見ても十四歳ぐらいの彼女の名はアレイスター=クロウリー。

 

「おや?酒池肉林はお気に召さなかったかね」

 

「あぁ、まるで新手の拷問だな。同性の裸なんぞ見た所で一文の得にもなりゃしない」

 

「それはそれは」

 

二年前、突如としてある倒産寸前の企業の社長が逝去した。

後釜として指名され表舞台に出てきたのは社長の娘を名乗る齢たった十四歳の少女。

誰もが見てくれだけの飾りだと失笑する中、彼女は持ち前の天才的な科学分野の知識をもって自分の会社を軍事技術分野に特化させながら瞬く間に経営を立て直し、巨大化させた。今では様々な企業を取り込んだ会社は日本有数の大手企業にまで成長を遂げている。

もはやその筋の人間にとっては生ける伝説として話題に上るほどの時の人なのだ。

 

(それがこんなのとはねぇ……)

 

近寄って来るダンサーの下着に細長く折った紙幣を挟む銀の少女に思わず橙子はため息を吐いた。

 

「まぁ内緒話をするにはうってつけだし、そこは構わないんだけどさ」

 

「内緒話、か。さては報酬の件というのは建前だな?」

 

大金用意して損した、と鼻を鳴らすアレイスターに肩を竦めてみせる。

報酬の話は別に建前というわけではない。

ただ金の代わりにある条件を飲んで欲しいだけだ。

そしてそれは天才美少女社長アレイスター=クロウリーに対してではない。

 

「なぁアレイスター。お前は聖杯戦争って知っているか?」

 

そう橙子がこの話をしたいのは天才魔術師アレイスター=クロウリーに対してだった。

 

彼女が魔術師であることは周囲に認知されてはいない。

恐らく知っているのは橙子を含め数名だろう、もしかしたら橙子以外居ないかもしれない。

最初はどうせ名も無き廃れた血筋の家系の一人だろうと思っていたが、これがどうも違うようで橙子の設計図に口を出す彼女の魔術知識はとても豊富だった。

天才は天才を嗅ぎ分ける。

橙子はアレイスターが途方もない才能の塊である事を看破した。

 

(だからこそこの話をこいつに持ってきたんだが……)

 

銀の少女の反応は冷ややかなものだった。

手元の酒を豪快に一気に嚥下するとぶへぇ、と酒臭い息を吐きかけてくる。

 

「はっ!知っているとも。魔術協会の魔術師共があちこちでやっている乱痴気騒ぎだろう?あらゆる願いを叶える『聖杯』とか言うのを奪い合う戦争ごっこ。おまけに碌に願いも叶えない不良品なせいで毎度泣きを見る奴が後を絶たないとか」

 

確かにそうだ。

召喚されるサーヴァントも多くて五体という物であり、願望に至ったという話もトンと聞かない与太話にも似た魔術儀式。

そんな劣化聖杯で呼び出されるのはサーヴァントにとってもたまったものではないのだろう。

召喚を拒絶する者や、マスターに叛逆する者すらいたという。

そもそもがプライドが高い連中なのだから当然だろう。

 

まぁそれは今までの『亜種聖杯戦争』の話なのだが。

 

「『冬木の聖杯戦争』は知っているか?」

 

「話のさわりだけなら」

 

冬木の聖杯戦争。

霊脈を涸らさないように数十年掛けてマナを吸い上げた聖杯を求めて七人のマスターと契約した七騎のサーヴァントによる殺し合い。

全世界各地で無数に行われている亜種聖杯戦争とは違い本家の聖杯戦争だ。

 

「だが、あの聖杯戦争における最重要基盤である大聖杯は第三次聖杯戦争後に消息を絶ったと聞いている。今の彼らではかの大聖杯を再現するのは不可能な筈だ」

 

その通り、今の魔術協会ではかの神域に達した大聖杯は再現できない。

まぁ今回そんなことは関係がない。

グラスの酒を煽って橙子は言った。

 

「なら、それが見つかったとしたら?」

 

翡翠の瞳がギラリと光る。

なんとも分かりやすい奴だ。

だがそれくらいでなければ此方も話し甲斐がない。

 

「一か月前の話だ。ある一族が時計塔から離反した」

 

「ほう、一族全員でか!肝が据わっている奴もいるものだな」

 

それは橙子も同じ意見だ。

時計塔に離反するという事はただでさえリスクを孕む。

今でこそ封印指定を解除された橙子もかつては封印指定を受けた際に出奔し、時計塔から追跡者や殺し屋をプレゼントとばかりに送られた。

全員返り討ちにしたものの、とにかく鬱陶しかったのを覚えている。

それが一族全員だ。

時計塔は明確に顔に泥を塗られた形となる、重鎮達は怒りで顔がロブスターみたいな色になったことだろう。

 

「で?誰なんだ」

 

「『八枚舌』」

 

橙子の言葉に、ふぅんと呟く銀の少女。

どうやら知っているらしい。

ならば話が早い、と懐から写真を取り出す。

 

「ダーニック=プレストーン=ユグドミレニア。現当主ということになるが、もう百歳を超える。そう奴は『八枚舌』と呼ばれている。これまで起きた派閥抗争や権力闘争で裏切り寝返り、信じる者は勿論信じていない者まで利用することからついた通り名だ。時計塔の最高階位である王冠(グランド)にして第三次聖杯戦争を超えルーマニアを牛耳ってきたフィクサーの一人でもある」

 

写真を手に取るとアレイスターは訝しげな声を上げる。

 

「百歳ね。見たところ年は若いようだが?」

 

その通りだ。

写真の中の彼は既に100歳近いはずだが外見は若々しい。

第三次聖杯戦争に参加した時から外見が変化していないという噂だった。

 

「奴は不老の研究をしていてね。魔術において変換不能で役立たずの栄養分とされる魂に着目し、他者の魂を己の糧とする方法を模索した結果だろう。赤子の魂を食らったって噂だ」

 

「馬鹿馬鹿しい。そのアプローチでは精神に異常をきたすだろうが。不老の魔術だってもっとマシなやり方があるだろうに」

 

ナンセンス極まりないと言わんばかりの反応だった。

突き返された写真を受け取り橙子は話を続ける。

 

「話を戻そう。ユグドミレニア一族。そもそも連中は貴族(ロード)じゃない。その所為で時計塔でも格下と舐められることが多々あった。まぁそれを抜きにしても連中は魔術継承の考え方や一族の概念そのものが違う。色々鬱屈したモノを溜め込んでいたんだろう」

 

「それで絞りカスの連中を率いて離反か」

 

口元をニヒルに歪めた銀の少女はウェイターを呼ぶとさらに酒を追加し始めた。

橙子は呆れてテーブルに転がる酒瓶に目をやる。

大したものだ。

無数に転がる酒瓶の銘柄はどれもこれも一般人では手が届かない高い酒ばかりである。

 

「問題は連中が離反と同時に公表してきた内容だ。新たな協会を結成し、その象徴を大聖杯にすると。ユグドミレニア一族の首魁ダーニック=プレストーン=ユグドミレニアは第三次聖杯戦争の参加者だ。何のことはない。消えたと思われていた大聖杯は奴が所有していた」

 

「しょうもない種明かしだ。時計塔にはシャーロック=ホームズが必要なほど末期なのか?六十年もの間そんな事さえ分からないとは」

 

「懸念はあった。なんせ冬木市から大聖杯を強奪したのはドイツ軍だしな。連中と手を組んでいたダーニックが一番疑われていたのは事実だ……けど誰も手を出せなかったのさ。あいつは教師としての質は三流だが政治的手腕は一流、追及を上手く躱して今まで生きてきたんだろう」

 

運ばれてきた酒瓶を開けて呷るアレイスターがクスクス笑った。

 

「まさかダーニックは自分の一族で聖杯戦争をやるつもりかね?七騎を召喚した後に一騎を残して自害させるとか?それともまさか身内同士で殺し合い?どちらにせよゾッとしないな」

 

「はっ!まさか。それなら私はこんな話をわざわざお前にしない。大聖杯には状況に応じて令呪の再配布を行うシステムが設けられてるのさ。例えば七騎のサ―ヴァントが一勢力に統一された時ならばそれに対する対抗策も当然あるといった具合でな」

 

橙子は煙草に火を点けた。

紫煙を胸一杯に吸い込み、毒が肺を満たす感覚に酔いしれる。

そして煙と一緒に話の核となる部分を吐き出した。

 

「時計塔側である『(ロート)』とユグドミレニア一族側の『(ブラック)』の2組に、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七騎分の令呪が振り分けられた。よって今回のサーヴァントは合計十四騎ってわけ。時計塔の連中は今回の聖杯戦争をこう呼称する事に決めたそうだ────『聖杯大戦』と」

 

流石に予想外だったのだろう。

ふむ、とアレイスターはテーブルに肘をつき頬杖を突く。

 

「一騎当千のサーヴァントが十四騎……成程な。確かに大戦って言葉はうってつけってわけだ」

 

そこまで呟いてやおら銀の少女は顔をしかめた。

どうやらこちらの言いたいことが分かったらしい。

橙子はニンマリ笑う。

 

「察しの通りさ。この話のネタ元は召喚科学部長の狸からでね。時計塔の七人のマスターの内の一人になって欲しいんだと。私としては根源の渦に辿り着くって話は魅力的なんだけど今回は事情が別。時計塔もそれなりに動くだろうしやりかけの仕事もあるし。で断ろうと思ったんだけど、あの狸の奴もやらしくてねぇ……かつての恩師であるイノライ=バリュエレータ=アトロホルムを通して来たのよ。ここまでされると私としてはズバッと断る事が出来ない。そこでフリーの強力な魔術師を紹介するからそれで勘弁して欲しい。これで妥協したわけ」

 

銀の少女の口角が僅かに上がる。

それはそうだ。

サーヴァントもマスターも一流の猛者達が集うのは想像にかたくない。

人外の怪物共が謀略を巡らせ、覇を競い合う聖杯戦争、しかも賞品は「大聖杯」。

目の前の魔術師が心を震わせない筈がないのだ。

アレイスターが慎重に口を開く。

 

「……私には関係のない話だ。君も知っての通り私は時計塔の魔術師達とは縁がない。魔術刻印だって持ってはいないんだぞ。どうしてこの件を私に持ってきた?」

 

「代わりの人間の候補条件が問題でね。清教派の魔術を使う者を入れろって言われてしまった。まぉそれには恐らく時計塔の事情が絡んでいる。一応向こうの顔も立てないといけないって言うことさ。下手に声をかけなかったせいで黒の陣営に肩入れされても困るんだと」

 

「それなら清教派の魔術師に声をかければいい。それが一番手っ取り早い筈だ。わざわざ私にこの話を持ち掛ける理由にはなっていない」

 

ふむ、中々粘る。

これは正直に言ってしまった方が良さそうだ。

そもそも隠すほどのことでもない。

 

「だって面白そうじゃないか?時計塔と千界樹。互いに互いしか見ていない状況の中、横から連中の賞品を第三者がかっさらうのは。きっと最高に痛快だろう。それに魔術刻印のことだってちゃんと私は考えているさ」

 

そう、彼女が魔術刻印を持っていないのは知っている。

アレイスターの扱う魔術が協会派と違う清教派の扱う魔術である事も。

ドン!と鞄から取り出した水晶を橙子はテーブルに置いた。

 

「これは?」

 

「私に生意気言った奴がいてさ?魔術刻印を毟ってやった。まぁコレクションの中では結構優秀な方だから令呪の件についての心配もいらないわ」

 

「……触媒は?」

 

ようやくやる気になったらしい。

そうでなくては面白くない。

幻想種に比べれば蝉のようにあっという間に過ぎていく人生。

どうせなら少しでも楽しいことをして墓の下に入らなければ損なのだ。

鞄からさらに木片を取り出し水晶の隣に置く。

 

「ギリシャの英霊達が乗ったかの名高きアルゴー船、その残骸さ。よっぽどのハズレを引かない限りそれで一級のサーヴァントを呼び出すことが出来る筈だ」

 

まさかここまで用意が良いとは思わなかったのだろう。

アレイスターは背後で腰を妖艶に振るダンサーに紙幣を差し込む事さえ忘れて考え込むように俯いている。

 

「さて、どうする?」

 

「……そうだな」

 

その瞬間、ぞくりとしたものが橙子の背を這った。

垣間見えた表情。

口角を真一文字に結んだ無表情の中に、ちらりと色が見えたのだ。

ちりちりと周囲すら引き込むほどの感情の色。

鮮やかな焔の昂りは決して錯覚ではない。

 

「その泥舟、乗らせて貰おう」

 

そう呟いてアレイスターはゆっくりと顔を上げた。

 

 

2

 

 

1ヶ月後、ルーマニア。

 

鬱蒼と広がる森の中、酷く閑散とした小さな館があった。

使用人すら一人も居ない廃墟の中、かつては来客用に用意されていたであろうだだっ広い空間。

薄暗い部屋だった。仄暗く部屋の光源は中央の燭台の明かりのみ。

距離感が歪なその室内は信じがたいほど広くも見えるし、圧迫されるほど狭くも見える。

室内に唯一存在する古ぼけたソファー。

それにもたれ掛かり銀の少女は刺青のような文様が刻まれている右手を見つめている。

 

「……」

 

この世界には魔術が二種類存在していた。

 

まず、一つ目の魔術の特徴はどのような系統・効果の魔術を習得するかが術者によって選択可能なことと、数に制限なく複数の種類を使えることであり、自分の目的に沿った魔術を自在にセッティング出来るため、原理としては、異世界の法則をこの世に適応することによって、通常の物理法則を超越した現象を発生させるというもの。

恐らくはアレイスターの扱っているモノであり前の世界の魔術。

 

『黄金』をベースにアレイスターの扱う魔術の影響を何かしら受けているであろう技術体系。

 

 

勿論というのもあれだがアレイスターの知っている魔術が存在しているようにイギリス清教も存在していた。

結局いくら位相がずれようともいずれ人間はこの学問に辿り着くということなのだろうと嘆息したのは記憶に新しい。

 

そしてもう一つの魔術。

 

これはアレイスターの知っている魔術とは根本的に違っていた。

世界のあらゆる事象の出発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因────「根源」。

語弊を承知で有り体に言えば、「究極の知識」である。

全ての始まりであるがゆえに、その結果である世界の全てを導き出せるもの。

最初にして最後を記したもの。

 

この一端の機能を指してアカシックレコードと人は呼んだ。

 

こちらの魔術師とは、この「根源」への到達、究極にして無なるものを求めてやまない人種のこと。

元をただせば、魔術師とは根源を探求する学者であり根源へ至る手段に魔術を用いるから、魔術師と呼ばれるだけであるらしい。

応用性の違いもさることながらアレイスターの知っている魔術とは根本的に目指しているものが違い過ぎる。

そして、それを統制しているのが『魔術協会』と呼ばれている自衛、管理団体。

 

今のロンドンは魔術教会における三大部門の一角である『時計塔』と世界最大の宗教団体十字教三大勢力の一つの『イギリス清教』がお互いに牽制しあっている構図となっている。

 

「……もうやるしかないのか」

 

この世界に来て二年が経った。

目についた会社の社長を催眠魔術で操り、自身を後継者に指名させ戸籍を手に入れた。

前の世界での知識を利用し、様々な事業を手掛けながら世界中の情報を死に物狂いで漁った。

勿論元の世界に帰る為だ。

 

しかし現実は厳しく、元の世界に帰る為の情報はまるでない。

 

ここで第二の人生を謳歌しようとも考えたこともある。

だがその度に過るのは娘達の顔と、あの世界に置いてきた百年越しの因縁。

何よりやられっぱなしなのはしゃくでならない。

 

「始めよう」

 

隅に置かれた禍々しい臭いを放つ陶器の壺。

それを片手に銀の少女は蝋燭を突き立てた部屋の中央に向かう。

これから始まるのは戦争だ。

選りすぐられた七騎対七騎のサーヴァント達による壮絶な殺し合い。

怖いという感情はとうに失せた……いや元々持ち合わせていないというのが正しいかもしれない。

触媒であるアルゴー船の欠片を徐に置き、壺を逆さにして中身である黒炭を床にぶちまける。

 

「────描け」

 

途端に先程まで何の変哲もなかった床の真ん中でモゾモゾと蠢き始める黒炭。

言葉とは最も原始的な魔術の一つ、極めた者の声はそれだけで超常を顕現させるのだ。

複雑巧徴に編まれていく召喚陣。

今回、陣の作成に使用したのは珍しいことに雄鶏ではなく己の血を混ぜたものだ。

よって作り上げられたモノも今まで作り出してきたモノとは根本的な意味で違ってくる。

神経を研ぎ澄ましアレイスターはすいっと令呪の宿った右手を掲げた。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける色は『赤』。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

全身がヒトでありながらヒトでない者へと切り替わる瞬間。

内臓を他者に弄ばれるような不快感と共に借り物の魔術回路が活性化して大気の魔力を変換していく。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

哀愁、歓喜、相反した感情を込めながら一言一言に魔力を籠めていく。

既に光源は蝋燭だけでは無かった。

召喚陣が赤く光り輝きだしており、それどころか荒れ狂う暴風すら顕現している。

 

「告げる汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば答えよ」

 

詠唱が一つ終わる度に加速していく赤い輝き。

アレイスターは召喚陣から生み出される風の塊を見て目を細める。

 

(力の発生源がおかしい────召喚陣の力はどこから発生している?……いや)

 

 

即座にどうでもいいと疑問を切り捨てる。

天国へ昇る階段を探すのもいいが、地獄へ落ちる大穴を調べることでも方程式は学べるのだ。

正確な発音で体から空間へと伝播させていく。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者……」

 

目の前の召喚陣の光が赤から金へと塗り変わる。

複雑奇怪に編みこまれた召喚陣が黄金の光を放ち、風という風が吹き荒れる。

スタングレネードにも似た強烈な光はアレイスターが思わず目元を手で隠すほどだった。

重圧にも似た力の波が押し寄せ、一点に収束されていく力の圧がビリビリとアレイスターの皮膚へ錯覚を送ってくる。

 

英霊がこの世界に招かれようとしていた。

 

これより先は後戻り出来ない。

全身の危険信号が金切り声を上げる。

 

「……ははっ」

 

知ったことか。万能の願望機、そんなものが目の前にぶら下げられたのならば掴み取るまで。

魔術師は最後の一線をあっさり踏み越えるべく大きく声を張り上げた。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ!天秤の守り手よ!!!!」

 

光が満ち、彼岸と此岸が交差する瞬間。

風に明確な指向性が生まれた。

召喚陣の中で膨大な力を秘めた光の粒子がヒトの形を模っていく。

 

「ッ!」

 

暴風が和らいでいくのを感じ銀の少女はうっすらと瞼を開いて息を呑む。

 

そこにあったのは奇跡だった。

 

人の幻想(ユメ)を肉体とする、人でありながら人ならざる域に達した英霊。

ヒトよりもヒトらしく、不条理で不合理な存在の顕現に思わず感嘆の息が出る。

 

「君は……」

 

光が薄れていく召喚陣の中では翠緑の衣装を身に纏った少女が佇んでいた。

眼差しは獣のように鋭く、髪は無造作に伸ばされ、貴人の如き滑らかさは欠片も無い。

しかし、その野性味溢れる顔立ちには不思議と合っている。

 

「サーヴァント(ロート)のアーチャー。召喚の招きに従い参上した。汝が私のマスターだな」

 

運命がカードを混ぜた瞬間だった。

 

 

 

 




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