Fate/Apocrypha beast~TS変態オヤジの聖杯大戦~   作:あんぱんくん

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明けましておめでとうございます!


No.001 銀の少女

1

 

 

 

 

危うい無垢を彷彿とさせる夜の魔女。

 

赤のアーチャー(アタランテ)が目の前の少女に抱いた印象はそれだった。

美しい銀髪といっそ不健康と取れる白い肌。

服装は薄い青のブレザー系制服を羽織っており、それとは別に黒地のマントや魔女のような帽子を被っていた『それ』は見た目の年齢は十二、三の少女。

しかしそんな見た目とは裏腹に彼女は死と夜の匂いを強く放っており、その佇まいからは清貧も敬虔(けいけん)も純潔も感じられなかった。

 

「一つ聞いていいか?」

 

「一つと言わず何度でも。答えられる範囲でのみ何でも答えよう」

 

そう言って少女はソファーにふんぞり返る。

その堂々とした挙動や不敵な笑みはまったく子どもらしさを感じさせない。

率直に言って苦手なタイプの人間だった。

 

「本当に汝が我がマスターなのか?」

 

きょとんと小首を傾げる少女。

少し間を置いて部屋に笑い声が響き渡る。

 

「あぁ!そうかそうか!今の私の姿は年端もいかない少女のものだったな!確かにこんな子供がマスターだとは普通思わないか!はっはははは!!いやすまない。確かめたければどうぞご自由に。サーヴァントなら因果線でマスターとの繋がりを確認できる筈だ」

 

いまだに肩をゆすって笑う少女に促され、アーチャーは因果線(ライン)がどこに繋がっているのかを確かめる。

 

「……なるほどな」

 

確かに体の中を循環する魔力は目の前の少女を通して流れてきていた。

よく彼女を見れば、マスターの証である令呪もしっかりとその右手に宿っている。

どうやらマスターというのは本当らしい。

気を取り直して銀の少女と向かい合う。

 

「いや、すまない。まさかこんな子供がマスターだとは思わなくてな」

 

「外見などただの記号に過ぎん、重要だがな。君もそうだぞ純潔のアタランテ」

 

思わず息を呑む。

まだ此方は真名を名乗っていない。

ちらりと触媒を見たがあれはアルゴー船の欠片だ。

あれではどの英霊が来るかまでは分かる筈もない。

 

「そこまで驚くことかね。外見は本人が思っている以上にその本質を剥き出しにしている。君の場合は分かりやすいぞ?獅子の耳と尾は獣に堕ちた罪、弓は狩人の記号といった具合でな。正直ここまで分かりやすいと自慢にもなりはしない」

 

そうは言いつつこの少女、どことなく嬉しそうである。

悪戯に成功した子供のようにニマニマ笑っているのだ。

 

「さぁ質疑応答(クエスチョンコーナー)といこう。君と私は今、運命の悪戯によってこれからお互いの背を預け合うパートナーとなっているワケだ。知っておきたい事の一つや二つあるだろう。先程も言ったが何でも聞いてくれたまえ。答えられない質問には嘘を、答えられる質問には律義に答えてやる」

 

アーチャーは不躾に見上げてくる翡翠の瞳を見返しながら顎に指を当てて考える。

信頼に足る相手かどうかはこれから己が決めていけばいい事だ。

邪な事をしでかそうとすれば自分の手で断罪すればいい。

ならば言うことは一つだった。

 

「汝の魔術師としての技量を知りたい。聖杯大戦に名乗りを上げるに足る実力のほどを見せて貰おうか」

 

少女が眉を顰める。

 

「おや?この手に令呪が宿り、サーヴァントを召喚したという事実。それでは満足できないと?」

 

「才能に溢れた子供ならば今までよく見てきた。その者たちが己の才能に呑まれ破滅していくのもな」

 

意外な返答だったのか、考え込むような仕草をする少女。

彼女には悪いが、実力が無いのならば自害してでもこの場から去るつもりだった。

これから起きる苛烈な戦いになるべく子供を参加させたくはないという思いがそうアーチャーに決断させていた。

ソファーから立ち上がると、少女は天井を仰ぐ。

 

「そうだな。そんなに私の力が信用できないのならば見せてやろう」

 

少女は踵を返し、アーチャーに背を向ける。

ついて来いという意味らしい。渋々その背を追う。

 

「ここは昔、ある没落貴族が住んでいた館だ。『梟の館』、前の持ち主はそう呼んでいた」

 

薄暗い室内から出るとそこは回廊だった。

黄色いランプ灯が天井に掛かっており、それが埃の溜まった床を照らしている。

壁の両脇に棚が何段にもあり、書物や年代物のワインが何故かそのまま残されていた。

 

「不思議だろう?この館が廃墟になってから随分経つのに当時の状態がそのまま残っている。ここの存在は勿論地元民も知っているし、防犯対策も別にしていない。これだけそれっぽい雰囲気だと冷やかしで誰かが侵入してもおかしくないのにな」

 

いやに生活感の残った古びた廊下を二人は進み始める。

 

「この館の最初の主はキリスト教の信仰が厚いこの国にしては珍しく邪教を好んで信奉していたらしい。ほら、よくあるだろう。儀式にかこつけて馬鹿げた奇行を繰り広げるようなインチキ宗教。あれにハマった」

 

後ろ手に組み、ゆったりと歩む少女は世間話でもするようにこの館の狂気を紐解いていく。

 

「一説によるとこの館の主はユダヤ人だったとも言われている。かつてこの地ではユダヤ人が迫害されていた。ユダヤ人というだけで裁判もなしに斬首に処されるような時代さ。自分が統治する領土の中ですらユダヤ人に対する暴力的抑圧が増していく中、そいつの心境は察するに余りあるものだっただろう。それを機に邪教に趣旨替えしたのか、それとも徐々に狂っていく心の中でキリスト教の教えが歪んでいったのかは分からない。ある時期からそいつは臨月を迎えた妊婦を館に迎えるようになった」

 

嫌な話の流れだ。

ヒトの腐った匂いがする。

先を歩く少女の黒々とした影を横目で見つつ、アーチャーは鉄の錠前がついた扉の前に着く。

 

「開け」

 

ガコン、体に響く金属音と共にひとりでに錠が外れた。

音もなく開く扉の先には地下へ伸びる階段。

空洞を抜ける風の音が鳴り、生温い空気が吹き上がって頬を撫でる。

岩を切り開いて作ったらしく電気も通っていないのか、ランプ灯もその先には存在していない。

少女はどこからか取り出した燭台に火を灯し、饐えた匂いがする石畳の階段を降りていく。

 

「狂人となった館の主は月が満ちる度に、妊婦の腹を裂き中から胎児を取り出しその肉を喰らった。領民達も薄々気づいてはいたが口には出さない。それが奴を調子に乗らせることになるとも知らずにな。結果的に館の主の奇行はそれだけにとどまらなかった。人食いの業を己の一族の人間にも背負わせようと考えたのさ。事もあろうにまだ幼い息子と妻の腹の中に芽生え始める新しい命に目を付けた。妻の腹を裂き、胎盤を引きずり出しそれを息子に食わせたのだと」

 

鈴を鳴らすような声が階段に木霊する。

 

「権力は腐敗し、絶対権力は絶対的に腐敗する。誰が言った言葉だったかは忘れたがよく的を射ている。館の主は息子と二人で狩りと称し妊婦を攫っては掻っ捌き、赤子を喰らい始めた。被害者の数も単純に二倍、一族の者達も何故か二人の持つ独特の宗教観に傾倒していくからさらに被害者が増える。領民達もあまりの暴挙に立ち上がったが次々に殺されていった」

 

地下室の扉が開かれ、闇が貌を覗かせる。

常人ならば踏み入る事すら躊躇するような闇に少女は気軽に入っていく。

 

「とは言え時代は流れる。怪しげな宗教を持つ館の主は人知れず姿を消し、近代化に伴って穢れた人食い一族も黒死病によって断罪された。前の館の持ち主も立派なキリシタンだったし時代の波には何者も勝てないということなのだろう。しかし次々と持ち主が代わり館が廃墟と化しても、ある噂だけは残った」

 

「噂?」

 

瞬間。ふっと辺りが闇に呑まれた。

少女が手元の燭台の火を消したのだ。

ぞくり、背筋を寒気が走る。

 

「そう。今までに食い散らかされた赤子の怨みと殺された妊婦の嘆きが地下室を這いあがり、館に満ち、森の中を彷徨うのだと」

 

その時アーチャーはある事に気づく。

漆黒の暗闇の中にもかかわらず、少女の姿を克明に見る事が出来ることに。

 

赤い極光だ。

 

血のように真っ赤なもやが少女の全身を薄い膜のように包み込み、ぼうと光りを放っている。

 

「美しい光だろう?」

 

少女の高揚した声が暗闇にこぼれた。

 

「大地にして母の象徴、聖母の光だよ。イシスにカーリー、女性神格の輝きとは即ち赤。大いなる偉業を成し遂げるためには惑星全土を血で染める必要があると定義した私にぴったりの力さ」

 

大仰に両手を広げる少女。

その全身を包むもやがオーロラのように大きく揺らめいていた。

輝きを増していく赤光に照らされ少女の背後に見えるものも鮮明になっていく。

 

「ッッ!?」

 

土剥き出しの床一面に何かが供物のように並べられている。

どれも時代が経ち過ぎていて屍蝋化しているが、それは確かに人間の赤子の物だった。

よく見ると嬰児達は手足や顔が欠けており、その断面はまるで——

 

そうまるで人間の歯型の様だった。

 

底知れない人の業にアーチャーは思わず口をおさえる。

悍ましい。

思わず本音が零れ落ちる。

 

「悍ましい?悍ましいだと?」

 

アーチャーは少女の肩が震えを発している事に気付いた。

 

「ッ」

 

笑っていた。

口角を上げ微笑む口から流暢に流れる。

 

「純粋な狂気はすべからく美しい。理性の壁を取り払われ際限なく昂っていく感情。その前では善も悪も関係はなくなる。ただ一つの想いの為に奪い奪われ滅ぼし滅ぼされるのだ。偽善や建前という殻を破り、己の欲を充たす為だけに争い続ける醜いヒトの性ってやつが露になる。私はねアタランテ、様々な思考を持つ人間達の感情が自然と一つの方向に向かい極限まで単純化するその瞬間が堪らなく好きなんだよ。いやがおうにも人間とは殺し合う生き物だと実感させられる。そうさ、このあり方を美しいと言わずなんと言う?」

 

これは本当に子供か?

醸し出す退廃的な雰囲気、鼻をくすぐる死の薫り、その何もかもが外見のそれとちぐはぐで堪らなく嫌になる。

 

「汝はその……一体何なのだ?」

 

「ようやく名を聞いてくれたかフロイライン。私はアレイスター=クロウリー、数あるうちの可能性の一つだよ」

 

囁く言葉は毒が混ざっている。

 

「私はある魔術師の魔術回路を取り込んでね。その際、魔術回路が歪んでしまったんだ。ほら本来あれはその血族にしか譲渡できないものだし。結果的に魔術回路の回転速度は段違いによくなったが、代わりに魔力を溜め込むだけの代物になってしまった。まぁ得になることもあったと言えばあったがね」

 

深く暗い淀みがばくん、と蠢く。

そんな錯覚に陥る。

 

「君にも見えるかね?」

 

見えない。

ただ恐ろしい数の怨念やら嘆きやらが部屋を埋め尽くさんばかりに膨張しているのをアーチャーは肌で感じ取っていた。

今ならここに人が訪れない理由も分かる。

きっとこの禍々しい怨念は地元住民の深層意識にすら干渉するのだろう。

ここだけは本当に危ないから近づいてはならない、そう無意識の自己防衛本能を刺激させるのだ。

 

「極東の島国でいう物忌みの一種と言えば分かるかな?この館の主は己に向けられた負の情念を取り込み力を為そうとした。生憎失敗だったみたいだが」

 

だから正しい手順をもって完成させた。

銀の少女(アレイスター)は嗤う。

正気ではない。とてつもない恨みを逆に利用しようという思考回路もその真っ只中で平然としている彼女も。

 

「儀式場は恐らくここだったんだろうなぁ?館の中でも特にここは負の力場が凄まじい。ここにあるものが年代物なのも助かった。古い物ほど想いは染み付く。そう今ここは『力』が無尽蔵に溢れ出す負の井戸なのだよ。こことリンクを繋げるだけで私は魔力を溜め込みさらに強くなる」

 

その言葉は嘘ではないのだろう。

証明するかのように銀の少女は赤い輝きを増していく。

即座にアーチャーは『天穹の弓(タウロポロス)』を顕現させた矢を番え構える。

 

「何のつもりかね?」

 

アレイスターの瞳からは危機感は感じない。

やり過ごす自信があるわけではないのだろう。

見れば分かる、彼女は一々慌てる感性が無いだけなのだ。

 

「もう一つ答えて貰おうか。断ってもいいがその場合は汝の頭蓋が弾ける事になるぞアレイスター」

 

この言葉に嘘はない。

アーチャーは超一流の狩人にして神域の弓術の使い手である。

それを抜きにしてもこの距離なら猿でも眉間に外さず当てられるだろう。

 

「汝が聖杯に賭ける願いだ。汝がその命を賭すに値すると考える奇跡は?」

 

パートナーとしてお互いが聖杯に賭ける願いを知ることは重要だ。

嘘や誤魔化しはアーチャーには効かない。

何か邪な願いを抱えているようだったら即座に矢を撃つ心算で、再び目の前の少女を見据える。

 

「何だ、そんなことか」

 

そう言ってアレイスターは臆するどころか、躊躇なくアーチャーの眼前まで踏み込んできた。

翡翠の瞳と翡翠の瞳が交差する。

銀の少女がゆっくりと口を開いた。

 

「……娘だ、その為なら私はどんな外道だってしてみせる」

 

不思議な言葉だった。

この見た目で娘の存在など普通は有り得ない。

だというのにその言葉はすとん、と腑に落ちた。

 

「射ろうというなら好きにするがいいさ。しかし君がその矢で私を撃った後の責任は取らないことを告げておこう。マスターの供給無しで魔力がいつまで続くのかも勘定に入れて矢を放ちたまえよ?」

 

アレイスターは己の額を細い指でトントン叩く。

相変わらずその表情は不敵で、何を考えているのか分からない。

ただこれ以上の詮索は許さないと口調が語り、瞳にはハッキリと拒絶の意思が込められていた。

銀の少女にとってこの話はタブーらしい。

アーチャーは溜息を吐くと弓を下ろす。 

 

「もし無闇に罪なき者達を巻き込み、必要のない犠牲を出せば私は即座に汝を見限るが良いな?」

 

「構わんよ。信頼するパートナーとは薄っぺらい主従関係などではなく対等な関係を望みたいと思っていた所だ」

 

再び燭台に火を灯し地下室の外に出ていくアレイスターの背を追う。

 

「さて?ギリシャの女英雄は聖杯に何を願う?まさか人に聞いておいて自分はだんまりなんて信頼関係にヒビが入ることはしないよなあ?」

 

この少女、度胸と口は一級品の様だ。

半ば呆れつつアーチャーは律義にも己の切なる願いを口にする。

 

「私の願いはこの世全ての子供が愛される世界だ。父に、母に、人に愛された子らが育ち、また同じように子供を育てていくという循環だ。誰であろうとこの願いを妨げるなら容赦はせん」

 

くすり。

階段の先で失笑があった。

 

「それは素敵な世界だ。すべての事象に然るべき理由があるのなら、どれほど願っても空から突然与えられることはないように本来なら永遠に叶えられない夢物語だろう」

 

「貴様……我が願いを愚弄するか!!」

 

明らかな嘲弄にカッと全身が熱くなる。

子供の平和を望む、只それだけの事が何故笑わなければならないのだ。

 

「まぁそう怒るなよ。女の子の日というわけでもあるまいし」

 

怒らせた張本人の発言とは思えない言葉だった。

先を行くアレイスターは足を止め、気色ばむアーチャーに人差し指を立てて前に突きだした。

そのまま指を左右に振りながらチッチッと言う。

 

「そもそも、だ。個人の努力で叶えられる範囲の外になければ要求としての価値がない。良いだろう。私に付き従うと言うのなら聖杯は必ずやその破格に応じる。勝ち得るものから自分で叶えられる範囲を差し引いた分だけ戦いたまえ」

 

耳元でアレイスターが涼し気な調子で囁く。

掴めない少女だ。

英霊に本気の殺意をぶつけられたというのにその不敵な笑みは崩れない。

どういう人生を送ればこうも捻曲がってしまうのか。

まぁどうせ考えてもわからないし、わかりたいとも思わないが。

 

「はぁ…中々に業腹だが仕方あるまい。改めて汝をマスターと認めよう」

 

「それは僥倖、君にとっても私にとっても」

 

先程とは違う種類の笑みだ。

にっこり、と子供らしく微笑む銀の少女に先程までの妖しい面影はない。

階段を上りきると扉を開く。

暗い空洞の中にいたせいか、外から入ってくる風が新鮮なものに感じた。

窓から射し込む夕焼けの光がやけに眩しい。

さて、と少女が振り向いた。

 

「ここから先はもう引き返せない。七騎対七騎の英霊による空前絶後の闘いの幕開け、最後の一人になるまで殺し合う文字通り修羅の道だ。それでも来るかね?」

 

大仰な言い回しに苦笑する。

人を英霊の座から呼びつけておいて今さら何を言うのか。

願いがある以上撤退はありえない。元々前に進むことしか自分は知らないのだから。

 

「答えるまでもない」

 

暗がりの世界から光に向かってアーチャーは古ぼけた扉の外へと一歩踏み出す。

いい覚悟だ、と銀の少女は笑った。

 

「ようこそ身の程知らずのバカ野郎。賽を振ったからには何処までも付き合って貰うぞ」

 

からかうような声を背に、窓の外から森の先に広がる街に想いを馳せる。

今日も人々は夕食を食べ、平和な眠りにつくのだろう。

今までと同じように、ありふれた明日のことを考えながら。

これから起こる事など何も知らないに違いない。

 

それが少し、ほんの少しだけアーチャーには羨ましく思えた。

 

 

 

2

 

 

その報告は獅子劫界離にとって寝耳に水だった。

 

「あん?お前さん、聖杯大戦でないのか!?」

 

「あら?言って無かったっけ」

 

逆に何故驚いているのか分からないという調子で蒼崎橙子は目を丸くしながら、煙草に火をつける。

ここは時計塔の離れにある喫煙所。

どうやらロッコ=ベルフェバンを主とした嫌煙家達の努力の甲斐あって最近、時計塔でも分煙が決まったらしい。

時計塔は至る所で煙草吸い放題の楽園だった為、獅子刧は残念でならない。

しかし、あの科学嫌いのロッコ老がわざわざ本を買って受動喫煙の危険性やニコチンやタールのメカニズムを自分の研究よりも熱心に調べていたという噂には笑わされた。

にわかに信じがたいが、その反面あの煙草の嫌いっぷりならあり得るかもしれない。

 

「そりゃ私は何かを叶えたいなんて大それたモノを抱えているわけじゃないからねぇ」

 

煙を曇天に向けて吐く。

そのまま風に拐われて彼方へ消えていく紫煙を眺めながら獅子刧は肩を竦めた。

 

「色々あんだろうが。根源への到達とか人形師として更に高みへ行くとかよ」

 

「馬鹿ね。人形師の高みだって根源への到達だって自分の力で成さないと達成感無いじゃない」

 

己の力一つで冠位の位までのしあがった天才は流石、言うことが違う。

この女にとっては根源への到達ですらゲーム感覚なのだろう。

ゲームもそんなに上手くなく、魔術の力量も平々凡々な獅子刧としては理解出来ない境地だった。

 

「まぁカッコいい言葉を並べてみたけど結局の所そこまでして欲しいものが無いだけって話よ。死者を甦らせて再び会いたいなんて切実な願いを持ってるわけでもないし」

 

ねぇ?

そう言って笑いかけてくる人形師にため息で返す。

全く嫌な女だ。獅子刧自身、もういつ言ったか思い出せないほど昔に酔った勢いで話したことまで覚えている。

才能の無駄遣いも良いところだ。

しかも狙いバッチリ、核心を突いている辺り最悪。

煙を深々と吸い込む。

 

「……替えの奴はちゃんと使えるんだろうな?」

 

「そこは安心してちょうだいな。何なら英霊を単独撃破出来るくらいの逸材よ」

 

「サンキュー、お陰様で頭痛の種が増えたぜ」

 

英霊を単独撃破出来る戦力の投入、まったく馬鹿げている。

最終的には獅子刧もそれと戦わなければならないと考えると今から胃がもたれる気分だ。

ロッコ老には前金をかなりぼったくっていて申し訳ないが、ケツ捲る準備もしなくてはならない。

まぁやれるだけの事はやるが。

 

「てか大丈夫か?そんな勝手な事したら他の連中だって黙ってないと思うんだが」

 

主にその差配の為に聖杯戦争の人選から外された魔術師達が。

獅子刧の懸念を笑い飛ばすかのように煙を吐き出すと橙子は眼鏡を外す。

 

「まぁな。お察しの通り来たっちゃ来たさ。ロットウェルのトカゲ野郎、わざわざ来日して私の事務所を吹っ飛ばしやがった。ご丁寧に私をあの名で呼んでね」

 

「ったくとことん不幸な男だ」

 

話に出てきた魔術師のその後は目の前の酷薄な顔で大体察しが着く。

 

────傷んだ赤色

 

この言葉は時計塔では赤信号より危険なのだ。

今まで橙子は己をこの名で呼んだ者達を例外なくぶち殺している。

そして、別に目立った傷もなくここで彼女が談笑しているということはそういう事なのだろう。

後で手帳に書いてある仕事仲間のリストからロットウェルの連絡先を消さなきゃな、と獅子刧はぼんやり思う。

 

「にしても聖杯大戦かぁ。よくもまぁそんな面倒臭いことに首を突っ込もうと思うもんだ。元々叶えられる筈の無い願いなんだから諦めて妥協すればそっちの方が楽だろうに」

 

「誰もがお前さんみたいに解脱した考えに至れるってわけじゃないさ」

 

橙子がくすりと笑う。

 

「解脱ねぇ?私を指すのにその言葉も悪くはないが止めておけ。私が解脱なんてしたら荒耶の立場がないだろう」

 

言われてみればそうだ。

ヤニカスで自分の妹の金を勝手に引き出し買い物をする性悪女には解脱なんて言葉は似合わない。

日々、精進している坊さん連中に申し訳ない話だ。

 

「とはいえ己の切なる願いが為に他者を出し抜き殺し合うって話には些かのロマンがある。そこまでして欲するものが有るってのは羨ましいものだよホント」

 

「そりゃ此方のセリフだぜ。願いが必要ないくらい満たされてるってことだろ?良いことじゃねぇか」

 

ただ面倒臭いだけなんだけどね。

そう言って気怠げに煙草を咥える人形師は笑う。

珍しく疲れた笑みだった。

 

「そういや今回、聖堂教会から派遣される神父についてちょいと聞きたい事があるんだが」

 

「なんだい?私も最近まで封印指定の身の上だったから協会内部の動静に関しては詳しいことは分からんぞ」

 

煙をゆるゆると吐き出して、橙子が息をつく。

 

「シロウって神父のことを知ってるか?」

 

「……シロウ、か。確か璃正神父のとこの息子だと耳にした事はあるな」

 

灰を落とした橙子は再び煙草を咥えてそう呟く。

 

「言峰の?彼には綺礼という一人息子しかいない筈だが」

 

「養子だよ、養子。それだってもう何十年も前の話だ。覚えている奴の方が少ないだろう。そしてそいつに関しては一つ面白い話がある」

 

「面白い話?」

 

くくく、と零れる笑み。

これはいけない。こいつがこんな風に笑う時、大抵ロクなことが起きない。

案の定、吐き出される煙と共にロクでもない噂が彼女の口から飛び出した。

 

「あぁ。何でもその神父、歳を取らないって噂だ。何十年も時が止まったみたいにずぅっとそのまんまなんだと。まったく今のご時世、不老不死って言葉すら有り難みが無くなってきたよなぁ?」

 

まったく同感だった。

ダーニックとは別種の理論で不老長寿の妙を手に入れた存在。

そんな怪物の参戦に獅子刧は目を細める。

 

「そういえば前回の聖杯戦争の監督役が言峰璃正だったな。なんか繋がりがあんのか?」

 

さぁね、と眼鏡をかける橙子。

 

「調べて見る価値はあるんじゃない?璃正神父がどの時期にどのような理由で彼を養子に迎え入れたのか。第三次聖杯大戦が起きたのはいつでどのようにして終わったのか、その生存者は?彼らのその後は?って具合でね」

 

投げ渡される煙草の箱。

 

「前祝いだ。くれてやる」

 

いつも橙子が不味そうに吸っている銘柄だった。

危なげなく飛んできた箱を受け取った獅子劫は思わず苦笑いをする。

 

「いらねぇよ。いつもクソ不味いって愚痴漏らしてるじゃねぇか」

 

希少なんだがな、と煙草の吸殻を携帯灰皿に入れた橙子は獅子刧に背を向ける。

 

「私の代わりの参加者に会いにいくのなら、そいつがあれば問題ない。ま、助言をするとくれぐれも見た目には騙されるなって感じかな」

 

「何だそれ?」

 

会えば分かるよ。

そう言って橙子の背中は喫煙所の扉の向こうに消えた。

 

「……やれやれだ」

 

懐からコーヒー缶を取り出した獅子刧はプルタブを倒し、夜空を仰ぐようにそれを飲んだ。

苦く喉を通り越す液体の味は人生の味によく似ている。

 

「時間は、と」

 

腕時計を見る。

飛行機に乗るまで時間はまだある。

まずはルーマニアの地で令呪を発現させなければ何も始まらない。

まぁそこで令呪が出なければ、すごすごと引き返しいつもの日常に戻る羽目になるのだが。

それに関しては仮にも歴史ある獅子劫の血筋だ、予選落ちは避けられると信じるしかない。

 

「さてと」

 

缶を握りつぶし、近くの茂みに放り投げる。

これから臨む戦いは過去通ってきたどんな修羅場よりも激しく、どんな戦場よりも奇怪なものとなるだろう。

 

(関係ないね)

 

そうだとしても叶えたい夢がある。

死ぬのは構わない。

財産を失うのもいい。

だがこの戦いに負けるのだけは駄目だ。

 

「聖杯、か」

 

コートのポケットに手を突っ込む。

中には円卓の欠片、最強の十二騎士を呼び出す触媒。

これさえあれば作戦も極単純なもので済む。

 

「────掴んでみせるさ」

 

 

 

3

 

 

 

その日、夜のシギショアラ山上教会に珍しく来客があった。

 

重い扉が開く音、続いて響くか細い少女の声。

 

「夜分遅くに失礼するよ。シロウ神父はいらっしゃるかね?」

 

鈴を鳴らすような可憐でありながら、孕んだ闇を感じさせられる声に眉をひそめる。

 

(おや?今日はもう来客の予定は無い筈なのですが)

 

散歩がてら立ち寄ったとばかりにふらりと現れた来客は女だった。

 

それも年端もいかない少女だ。

 

透き通るような白い肌をマントに包み込んだその姿はどこか死神を思わせる。

万物を見透かすが如き翡翠の瞳、月の光を反射するプラチナブロンドの髪を風に靡かせて。

 

「初めまして。今回、赤のアーチャーのマスターとして参戦することになった者だ」

 

アレイスター=クロウリー。

そう名乗った少女の唐突な登場に神父であるシロウ=コトミネは少々面食らう。

 

「……アーチャーを引き受けるのはミス蒼崎と聞いていましたが?」

 

「押しつけられたんだよ。一ヶ月とはいえ急な人事異動だし、そっちには伝わってなかったのかもな」

 

そう言われてしまえば納得するしかない。

マスターであることは右腕にある令呪で確認済みだ。

まぁその幼さの為、二度見返したが。

 

「そうですか。自己紹介が遅れましたね。今回は聖杯大戦の監督役を務めさせて戴きます、シロウ=コトミネです」

 

よろしく、と長椅子にどっかり座る少女。

そのふてぶてしさは年季が入っていて苦笑するしかない。

それにしてもおかしい話である。

無数に張り巡らした探知用魔術術式には引っ掛かった形跡がない。

シギショアラ一帯に放っている使い魔達からも知らせはなかった。

そしてその疑問はアレイスターが懐から取り出した使い魔の残骸を見ることで解決される。

 

「君、今時鳩の使い魔など流行らんぞ?連中は鳥目だから夜の監視には不向きだ。探知用術式も同様、何より作り方に捻りが無さすぎる」

 

「では貴女は数多の監視を潜り抜けてここまで来たと?」

 

頷く銀の少女。

アサシン特有の気配遮断スキルでも使わない限りそんな芸当が有り得るのだろうか?

 

「驚きましたね。サーヴァントが張った結界もあった筈ですが」

 

「この程度の出来で万全の守りと驕るのは片腹痛いな」

 

つまらなそうに返すとアレイスターは教会内をぐるりと見回す。

 

「これまた大きな教会だ」

 

言葉こそ感嘆のそれだったが、その口元は皮肉気に歪められており口調もどうでもよさげである。

シロウはそれに気づきながらもニッコリと笑い返す。

 

「えぇ。シギショアラ自慢の教会です」

 

「大きく作り過ぎだろう。神職者なら馬小屋でお祈りをするべきだ。初心に帰ればまだ教えの本意を知る機会もあっただろうに」

 

成る程、仮にも聖人と呼ばれた自分を未だ道半ばと笑うか。

別に異論はないがその口の悪さに内心辟易とする。

少女らしくニコニコ微笑んでいれば世間も渡りやすかろうに。

 

「……大きい教会は嫌いですか?」

 

「そもそも教会は嫌いでね」

 

この宗教に関しては良い思い出が無いんだ。

そう呟く彼女の瞳はどこか遠くを見ている。

 

「お連れのサーヴァントはどうしました?いらっしゃるのでしたら実体化させて戴きたいのですが」

 

「もちろん。しかしその前に、だ」

 

じろりとアレイスターが自分の座っている長椅子の隣に視線を向ける。

 

「エンターテインメントか何か知らんが隣の奴をなんとかしろ。ここまで殺気と悪意が駄々漏れでは隠れている意味もないだろうが」

 

何もない空間を凝視し、銀の少女が吐き捨てるように呟いた。

応じる様に礼拝堂内にアレイスター以外の女の笑い声が木霊する。

 

「────ほう?気配遮断スキルを使っていたのだがな?ククク……変わった小娘よ」

 

まさに彼女の目と鼻の先だった。

ヌゥッと退廃的な雰囲気を振りまく美女が銀の魔女と向かい合うように何もない空間から現出した。

 

「ッ!!マスター!!!」

 

霊体化して事の成り行きを見守っていたのだろう。

彼女のサーヴァントが弓に矢を番がえて現界する。

それに対して一番間近にいて焦るべき少女は構えを取る動作すら見せない。

それどころか朗らかに笑ってすらいた。

 

「こちらのレディが君のサーヴァントかね?良い趣味をしている」

 

「……!!この距離で物怖じしないとは。まったく大したものよな」

 

闇を具現化したようなドレスを身に纏い、狡猾、野心に満ち溢れた表情をした女は怪しげに微笑みながらそう囁く。

 

「ところでクラスは?」

 

「気配遮断スキルを使っているのだ!アサシンに決まっているであろ!!!」

 

のんびりした様子のマスターに対し、アーチャーが声を荒げる。

少女はというと喧しいとばかりに嘆息しながらアルゴー船の残骸を取り出している。

 

「やれやれ、落ち着きのないヤツですまないね。彼女の真名はアルケイデス。アルゴー船の乗組員にしてギリシャの大英雄『ヘラクレス』の若い頃らしいんだが。妻に騙されて毒で苦しみ抜きながら死んだもんだから貴女のような美しい女性を見ると情緒不安定になるんだ。許してやってくれ」

 

「ッ!?何、を……?」

 

勝手に真名を明かされたからからだろう。

視線を揺らし動揺する彼女を銀の少女は微笑みをもって黙らせる。

 

「仮にも英霊を名乗るのならこの程度の些事で一々動揺するな」

 

ゾクリとする笑みだ。

可憐にして妖艶。シロウも経歴上多くの人間を見てきたが、これほど異質な者も随分と珍しい。

無邪気とは程遠い老獪な雰囲気もそうだが、隙だらけなように見えてその実まったく隙がない。

才気に溢れ、サーヴァントを犬のように侍らせる姿はとても齢十代前半とは思えない。

 

(子羊の皮を被った狼、というところですか)

 

『マスターよどうする?傀儡にするとはいえ疑いを持たれては事を運びにくくなるぞ。まさか他の赤側のサーヴァントもいる中、力ずくというわけにもいくまいて』

 

飛び込んでくる念話。

確かに此方は強大な力を持つサーヴァントを既に二騎揃えている。

彼ら……特にランサーに企みがバレればその時点で計画はご破算となるのは想像に難くない。

 

『えぇ。時計塔から送られてきた情報と一致しますし、真名を名乗る事を許可します』

 

伺いを立てる様に見てくる己のサーヴァントにシロウは柔らかい笑みを浮かべて頷き返す。

 

「我が名はセミラミス。アッシリアの女帝にして世界最古の毒殺者だ。我が味方で良かったな。アレイスターとやら」

 

高飛車な小娘を丸め込んでやったという喜びが透けて見えるようだ。

その不快な笑いのせいで明からさまに向こうのサーヴァントが不機嫌になっている。

当の本人はスンスンと鼻を鳴らしながらニッコリしているので問題ないと信じたいが。

 

「うん。やはり美人のサーヴァントは沸き立つ香りも非常に良い。そのはち切れんばかりの二つの双丘も見ていて心穏やかになる……触っても?」

 

「「は?」」

 

唐突な下ネタに一瞬、アレイスターが何を言っているのか分からなかった。

しかも此方に聞く時には既に銀の少女は赤のアサシン(セミラミス)の胸をその細い指で鷲掴みにしている。

 

「おぉ!やはりこのモッチリとして手にのしかかる重量感!それでいて水も弾くであろう肌に相反して手に吸い付くマシュマロパイパイ……いやはやこの包み込むような母性の塊、控え目に言って最高だなぁ!」

 

「マスター……?」

 

自分のマスターの突然の蛮行にサーヴァントも呆気に取られた様子で自分のマスターを見ている。

どうやら彼女にしても唐突な事態らしく、シロウはこれが日常的でない事にどこかホッとしていた。

 

『前言撤回だ!シロウよ、やはりここで殺しておくべきだぞこの小娘……ッ!!』

 

ワキワキモミモミ手を動かすアレイスターよりも無遠慮に触られた女帝のプライドの方が問題かもしれない。

シロウも今だけは怒りに染まった彼女の顔を見たくなかった。

 

『気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。あと少しの我慢ですから』

 

そうこうしている内にアサシンの胸を飽きたとばかりに放すとアレイスターが言う。

 

「ふむ、良いおっぱいをありがとう。この通り私の胸は小さくてね。胸の豊かな女性を見るとすぐに触りたくなってしまうんだ。さて、お互いの名前は分かった。私がおっぱいの他に知りたいのは両陣営のサーヴァント達のことだ。黒の陣営はもう既に召喚を?」

 

「え、えぇ。現状でユグドミレニア一族はランサー、ライダー、バーサーカー、セイバー、キャスター、アーチャーの六騎を保有しています。アサシンだけが合流を果たせていないようですが、それも時間の問題でしょう。真名は分かりませんでしたが、ステータス程度ならもう纏めてあります。読みますか?」

 

シロウから手渡された書類を受け取るとアレイスターはパラパラと流すように見聞を始める。

固有スキルや宝具といった最重要情報こそ記載されていないが、乗っている六騎のステータスを見るだけである程度判断は出来るだろう。

 

「難敵になりそうなのはやっぱりと言うべきかセイバー、ランサー、アーチャーの三騎士だな。ステータスが図抜けて優秀だ。バーサーカーは純粋にスペックが低いから障害にはならんと思うが。ライダーやキャスターは宝具や扱う魔術にもよるから評価は保留ってところだな……とは言ってもランサーは心当たりがあるがね」

 

苦笑して頷くシロウ。

 

「まぁ、ここルーマニアである事を踏まえるとこの国の英霊を引っ張り出さない道理はありませんからね」

 

「……分かったのはランサーのワラキア公ヴラド三世だけか。まぁ七騎全てが正体不明よりはずっとマシと考えておこう」

 

小さくため息を吐くアレイスター。

期待していたほど情報が集まらなかったのだろう、明らかに白けていた。

 

「まぁ気を取り直して味方の戦力といきましょう。こちらのランサーもライダーも向こうのランサーに引けを取らないと思いますよ?」

 

「それは結構。ところで一つ質問がある。私はかなり遅れて合流したと自負している。他のマスターはどうしているのかね?」

 

「全員、奥の方でお待ちしておりますよ。未だに決まっていないセイバーのマスターを除いてですが。時間も時間ですし合流してから話すのも悪くはありませんね」

 

さぁ、と奥に続くドアに向かって手で促すシロウ。

この言葉に嘘はない。

全員、アサシンの毒で夢現の判断が出来なくなってはいるが。

 

「ふむ」

 

長椅子で足を組んだままアレイスターはそのドアを無表情で見つめている。

僅かな沈黙の末、長椅子から立ち上がった銀の少女は身廊を歩き出す。

 

シロウに背を向け、元来た道を引き返す形でだ。

 

「遠慮させて貰おうかな。私は清教派の魔術師だし色々と肩身が狭い。何より団体行動は昔から苦手なんだ」

 

「お言葉ですが、アーチャー単体ではこの聖杯大戦を乗り切れるとはとても思えませんが?」

 

くすり、と笑みが返ってくる。

 

「問題ない。幸いにも私のアーチャーは優秀だし此方も手持ちは良い方だ。『軍隊』くらいは持っているしな。そちらもセイバーを加えれば十分組織として成り立つだろう?」

 

「参りましたね。確かにそうですが……」

 

そう言われてしまえば返す言葉がない。

少し困った、と頭を掻くシロウ。

 

「待て」

 

お流れになる共闘に異を唱えたのはやはりと言うべきか、このまま彼女を帰るせば触られ損となるアサシンだった。

 

「共闘を拒むというのか?我々と共におれば味方は勿論、敵の情報にも事欠かんぞ。考え直せ」

 

「魅力的な提案だがねレディ。申し訳ないが情報は自分の足でかき集めた物しか信じない主義なんだ」

 

取りつく島もないとはこの事か。

あっさりとフラれたアサシンが歯噛みする中、夜分遅くに失礼したねと言い残し、銀の少女はアーチャーを引き連れさっさと教会から引き払ってしまった。

 

「……触られ損でしたね」

 

「喧しいッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




エルメロイの影がちらつくのはどうにも縁起が悪いので編集しました……

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