Fate/Apocrypha beast~TS変態オヤジの聖杯大戦~   作:あんぱんくん

6 / 10
No.005 イデアル森林攻防戦開幕

 

 

 

 

 

 

トゥリファスを睥睨する小高い丘に、その城塞は屹立していた。

夜闇に薄ぼんやりと浮かび上がるシルエットは亡者が蠢く巨大釜を連想させる。

 

ルーマニアの地を裏から統括する「黄金千界樹(ユグドミレニア)」の象徴。

 

その城内の石畳の廊下をこつこつと歩く音が聞こえる。

すれ違う使用人達が不気味な程に統一された所作で頭を下げる中、ステッキを手にした『老人』は焦りすら感じさせる早歩きで眼前に見える王の間を目指していた。

彼の名はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

様々な技術系統の魔術を吸収して発展してきたユグドミレニア一族の長にして、黒のランサー(ヴラド三世)のマスターだ。

 

「ダーニックおじ様。招集という事でしたが何か?」

 

車椅子で近づいてきたのはフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

ユグドミレニアの次期当主と目され、一族の中で最も有望視されている少女。

 

「時計塔が動いた。トゥリファス一帯を監視していたキャスターによればサーヴァントが一体、昼夜問わずまっすぐ森を突き進み、このミレニア城塞に向かっている」

 

「それはまた……」

 

フィオレが絶句するのは無理もない。

ミレニア城塞には現在、アサシンを除いたサーヴァントの全てが揃っている。

そんな状況にたった一騎で特攻など此方としてはカモ以外の何物でもない。

 

「接敵はもう間もなく。今夜にでもアレはこの城塞に攻め込んでくるだろう。とはいえ敢えてここで待ち構えてやる必要も無い」

 

そう呟き、扉を開くダーニック。

王の間ではダーニックとフィオレ以外の黒のマスターとサーヴァントが集結していた。

 

「状況はどうかねキャスター?」

 

「ダメだな。アレは腐ってもサーヴァントだ。彼の進行はいまだ止まっていないよ。これを」

 

ため息交じりに黒のキャスター(アヴィケブロン)がパチン、と指を鳴らす。

七枝の燭台(メノラー)からスクリーンのように壁一面に映し出されるのはむくつけき半裸の大男。

そして彼が笑いながら行く手に立ちはだかるホムンクルスの兵隊を磨り潰し、戦闘用ゴーレムは薙ぎ払い進撃する光景。

その映像の凄まじさにマスターの誰もが息を呑む中、一人だけ冷静なダーニックが頷く。

 

「映像に問題は無いようだな」

 

空を飛翔するゴーレム達を中継地点として活用するこの魔術は通常の魔術師が行う遠見の魔術の限界距離を遥かに凌駕していた。

画質にも問題はないところは流石キャスタークラスというところだろうか。

 

「軽い怪獣映画だよねぇ…」

 

間の抜けたな感想を漏らしたのは黒のライダー(アストルフォ)

確かにこんな現実味のない光景は映画でも早々お目にかかれないだろう。

玉座に座すダーニックのサーヴァントである黒のランサー(ヴラド三世)が何かを考えこむように閉じていた瞳を開ける。

 

「彼はなんだね?ダーニック」

 

「恐らくバーサーカークラスのサーヴァントでしょう。この痴れ者が数時間前に付近の農村を襲撃した際、呼びかける時計塔の魔術師の説得をまったく聞き入れていないことからも明白です」

 

「サーヴァントが農村を襲撃したのですか!?」

 

フィオレの呆れとも驚きともつかない声が王間に響く。

 

「ダーニックよ。赤のバーサーカーが自陣を飛び出してからここまで来るにはかなりの時間があった筈だ。なぜ直ぐに知らせなかった」

 

返事如何ではただでは済まさないと王の眼は語っている。

片膝をついて頭を垂れるとダーニックは静かに告げた。

 

「炙り出しです、王よ。我々魔術師には神秘の隠匿があります。元々、考え無しのバーサーカーの進路には時折り人里が含まれておりました。ならば彼奴を押さえる為に時計塔がルーマニア周囲に配属させている者達を動かす事は明白。現に隠れていた時計塔の魔術師達もその為に奔走しております。流石にバーサーカーが農村を壊滅させる程の考え無しとは思いませんでしたが」

 

炙り出し。

確かに良い作戦ではある。

だが、圧倒的に倫理観に欠けていた。

その為だけに村一つが犠牲になった事を密かに憂いたフィオレが辟易しながら溜息を漏らす。

そして、それはルーマニアを自分の縄張りとするランサーも同じだった。

 

「ダーニックよ。今回は目を瞑るが以後このようなことが無いよう敵は発見次第報告せよ。聖杯大戦とは関わりのない彼らを巻き込むのは余も気分が悪い」

 

「仰せのままに」

 

相変わらず自分の領民には甘いことだ。

顔を伏せながらダーニックは笑う。

散々敵も見方も蹂躙し串刺し公などという不名誉極まりない二つ名をつけられておいて、今さら民草もクソもなかろうに。

そもそも住民の被害などダーニックの知った事ではない。

先に仕掛けてきたのが赤側の時点で戦いの正当性は取れている。

そしてそれが全てだ。

むしろ時計塔側の管理体制を責めるのに良い口実になるので、一定数死んでくれれば幸いとすら考えていた。

話に一段落着いたのを見計らいキャスターが口を開く。

 

「バーサーカーは敵を求めて暴走状態に陥っている。恐らく狂化ランクが高いせいだろう。この機を逃す手はない、僕はそう考えている。君もそうだろう?ダーニック」

 

「あぁ。私としてもこの絶好の機会を逃すつもりはない。捕獲も視野に入れた作戦を考えている」

 

ランサーが己のマスターであるフィオレの隣で沈黙を守っているサーヴァント、黒のアーチャー(ケイローン)へと視線を移す。

 

「アーチャー、大賢者である君の意見が聞きたい」

 

「此度の大戦における唯一無二の好機だと私は思いますよ。映像を見る限りではサーヴァントを三騎も出せば事足りるでしょう。しかも順当にいけばこちらの手数を増やせる。正直、初戦にしてはこの上なく良い出だしだと言えます」

 

問題は援軍の数だとアーチャーは言う。

それはダーニックも危惧していた。

赤側とてバーサーカーが暴走しているのはもう時計塔から情報が行き届いている頃合だろう。

 

「援軍か。バーサーカーの足は鈍重だからそろそろ足の速い向こう側のサーヴァントは追いついてもいい頃合なのだがな」

 

訝しげに顎を擦ったランサーの言葉にキャスターが頷く。

 

「援軍かどうかは知らないが、この上なく不審なものならばゴーレムの監視網でも確認出来ている」

 

「一応見せて貰おうか」

 

「了解した」

 

パチン、と。

再び鳴る指の音ともに映像が切り替わり────

 

さらに一同は唖然とすることになる。

 

「なんだ、これは?」

 

 

────……

 

 

 

青く澄んだ空、まばらにかかる白い雲。

雲の切れ目から太陽の光がカーテンのように幾重にも差し掛かっている。

まさにドライブには最高の日和。

 

しかし赤のセイバー(モードレッド)が運転を務める同盟一行にその景色を楽しんでいる余裕は全くといっていいほどなかった。

 

「おいおいマジかマジか!?」

 

舗装されてない道を爆走するメルセデスに獅子劫の絶叫が響き渡る。

それと同時に鉄パイプ並の大きい太枝がフロントガラスにぶち当たり、後部座席にいるアレイスターの耳がガアァァンとなった。

 

「ちゃんと車道を走れと言うべきかね、これは」

 

耳を手で押さえてうんざりと呟く。

ゴトゴトと激しく上下を繰り返すメルセデスの様子は、さしものアレイスターでもタイヤが持つのか心配になってくるレベル。

助手席の獅子劫はもちろん隣の座席に押し込められている赤のアーチャー(アタランテ)も青い顔をして車にしがみついている。

 

「お、前、これ、滅茶、苦茶、だ────!!!」

 

「うるせぇ!」

 

助手席にて怒鳴る獅子劫にそう叫び返すセイバー。

同時に乱暴に切られるハンドル、山中の道を外れて道ともいえない崖同然の急斜面をメルセデスが駆け下りる。

 

「なぁマスター!セイバーは本当に騎乗スキル持っているのであろうな!?汝の見間違えではないのか!?」

 

時速百キロを超える速度で地面に真っ逆さまの状況になり、とうとう耐えられなくなったのか隣のアーチャーがアレイスターの肩を乱暴に揺する。

 

「私が、知る、か!」

 

凄まじい車の揺れに舌を噛みかけたアレイスターはこれ以上何も考えたくないと頭を振る。

ロード・エルメロイⅡ世の送られたメールによりトゥリファス東部にあるイデアル森林とわかってそこまで車で向かったところまでは順調だった……筈だ。

車だってアサシンなどの奇襲に備えて出来るだけ防御力の高いものを選んだつもりだった。

しかし、流石のアレイスターでも現代に車で鵯越の逆落としを実現させるようなイカれた運転は想定していない。

 

「そぉらよっ!!!」

 

地面に激突の直前でハンドルをセイバーが左にグルグル回す。

直角に曲がる車の進路方向、アクセルをベタ踏みすることでさらに加速する速度。

法定速度を軽く無視して暴走する車に助手席から何度目かの金切り声が上がる。

 

「こいつはひでぇアレイスター!ここまで乱暴な運転はドミニク・トレットでもしないに違いねぇ!」

 

まったくだ。

アクション映画は比較的楽しんで見れる方だと自負していたが、現実に目の前でされるとただただドン引きである。

きっと運転している獅子劫のサーヴァントは、車は空でも飛べると思っているに違いない。

 

「ははっ!まったく最高だぜマスター、俺のハンドル捌きにコイツも喜んで唸ってらァ!」

 

鼻歌交じりに高らかに笑うセイバー。

悪路を爆走するメルセデスのエンジン音はなるほど唸り声にも聞こえる。

とはいえそれが喜びから来るのかと問われれば否だ。

 

「エンジンが限界を迎えつつある悲鳴にしか私は聞こえないがね」

 

「あァ!?なんか言ったかクソガキ!!!」

 

その言葉にカチンときたのだろう。

セイバーがバックミラーを使わずアレイスターを振り向く。

 

「おいセイバー!」

 

悪路にも関わらず一番前を向いていなければならないドライバーが後ろを振り返って怒鳴り込んできたのだ、たまったものではない。

あまりの蛮行に驚愕した獅子劫が慌ててセイバーに前を向くように揺さぶる。

 

「ちょっ……前向けッ前!頼むから!」

 

「いや構わない。セイバーなら問題ないだろう」

 

「はぁ!?お前まで何言ってんだ!こんなとこで死ぬのなんざ俺はごめんだぞ!!」

 

気が動転している彼には言葉よりも目の前で起きている現実を見せた方が早いか。

 

「論より証拠。ほら、前を向いて見たまえよ」

 

「あぁ!?ったくお前はホント肝が据わったガキだよな……マジか」

 

気づいたか。

前を向き直した獅子劫がピシッとフリーズするのを見てアレイスターは笑みを浮かべる。

 

「まったく非常識なドライバーだな君は。頭の後ろに目でもついてるのかね?」

 

木々の残像さえ霞む速度で蛇行しながら悪路を疾駆する車がそれでも強引に障害物を躱し続けている中、忙しなくハンドルを回しつつそれでも此方を見据えるセイバーがニッと笑い返してくる。

 

「直感スキルがあればそれくらい当然だろうが」

 

そう。セイバーは相変わらず前をまったく見ずに、ただ直感でハンドルを切っていた。

なるほど、直感持ちなら確かに可能な芸当だろう。

しかしどうすればそこまで自分の直感に頼り切り、こんな命知らずな運転を実践出来る精神状態になれるのだろうか。

 

「まぁいいか。そのままでいてくれた方が此方としても好都合ではあるのだし。それなら私もやれることをやってしまおう」

 

移動する車内は隔絶された霊的空間でもある。

つまり内緒話にはもってこいだ。

おまけに都合が良いことに悪路からなだらかな道に入ったのだろう、明らかに揺れが小さくなっていた。

今のうちに出来ることは全てやっておきたい。

 

「さて、聞いてもらおうか。これからの作戦についてだ」

 

アレイスターは懐から折りたたまれた紙を取りだす。

その紙に書かれた内容に獅子劫が胡乱げな顔をした。

 

「地図か?こんなもん無くてもロード・エルメロイの送ってくれたGPSをナビに入れてんだからバーサーカーの居所は常に分かっている。今さら何の為に使うんだよ」

 

「分かるのはバーサーカーの所在地のみだ。ここがどんな地形をしているのか把握出来てないだろうが馬鹿め。足並みが揃わなければ全員死ぬ」

 

そう言ってアレイスターの指が、バーサーカーが暴れた農村からミレニア城塞へのルートをなぞる。

 

「奴が目指しているのはミレニア城塞だ。それは間違い無いと思う。しかし黒側がただ黙って待っているとも思えない。敢えて城にいる貴重な魔術具やマスター達を危険に晒す理由がない以上、絶対に迎え撃ってくる。決戦場となるのは恐らく……ここだ」

 

アレイスターが指した場所は森を抜けた先にあるミレニア城塞へと続く草原だった。

 

「遮蔽物がなく城塞からも若干距離がある。対軍宝具もここなら打ち放題だろう。しかしここは良くない」

 

遮蔽物が無いという事は隠れ場所が無いということにもなる。

これでは奇襲も地形を利用した撹乱作戦もまったく意味をなさない。

平たく言えば単純な力勝負のみとなってしまう。

今の所、此方に向かっている赤のサーヴァントでアレイスターが把握しているのはバーサーカーの他にアーチャーとセイバーの三騎。

向こう側はアサシンを除いた全サーヴァントを揃えているので数だけでも倍近くの差がある。

どうしようもなく圧倒的不利なのだ。

そこは獅子劫も分かっているのか頷く。

 

「数の差をひっくり返すにはここは悪すぎるわな。しかしそれでも森の中は危険じゃねぇのか?肝心要の俺らがサーヴァントに奇襲されたらどうすんだよ」

 

「考えてもみろ。向こう側はアサシンを揃えていない。つまり気配遮断を利用した奇襲はないと考えていいだろう。マスターである私達は何時でもケツを捲れるように離れた場所にて待機しつつ、主たる戦闘はサーヴァントに任せる。私達は敵サーヴァントの観察と宝具解放、そして撤退の判断だけを考えていればいい」

 

その言葉に今まで二人のやり取りを傍観していたアーチャーが異を唱える。

 

「確かに私のスキル『アルカディア越え』があれば多少有利には立ち回れるであろうな。しかしそれもやはり草原の前に広がる森の中での話だ。止まる様子の無いバーサーカーを草原にて待ち伏せされれば此方にはどうしようもないぞ?」

 

アレイスターはニヤリと笑った。

 

「考えはある。待ち伏せされるのならば此方に向かわざるを得ないようにしてやればいい」

 

「何だその悪辣な顔は。また良からぬことを考えているのであろ?そもそも汝はッ────!!!??」

 

ガクンッッ!!!

 

アーチャーのアレイスターをたしなめる声が唐突に途切れる。

理由は単純明快、車の唐突な減速。

急ブレーキがかかった時にも似た衝撃が襲いかかることでアタランテが顔を思いっきり助手席の背にぶつけ、説教が途切れたのだ。

隣の後部座席でシートベルトをつけていたアレイスターはその様子を見て爆笑する。

 

「ふははははははッ!ちゃんとシートベルトはつけておくべきだぞアーチャー!知らなかったのか?」

 

「そんなこと……一言も言ってなかったではないか……汝は……」

 

鼻を押さえて姿勢を戻したアーチャーが苦言を呈するも、聞かれてないからな、とアレイスターは悪びれる様子もない。

己のサーヴァントに起きた悲劇に腹を抱えて笑う銀の少女に嘆息しつつ獅子劫が元凶のセイバーに非難の声を上げる。

 

「無茶な減速はするなよセイバー。せめてなんか一言あってもいいだろうが」

 

「いやいやマスター、オレのせいじゃねぇって!いきなりこのへっぽこが言うこと聞かなくなってよ……あれ?」

 

ただでさえ勢いを失っていた車がガクガクと振動し、どんどん失速していく。

シューと掃除機の吸入口を細めたときのような音がどこからか聞こえだしていた。

その症状に思い当たる節があったアレイスターが笑いを止める。

 

「恐らくエンストだ。早くブレーキをかけろ!私のメルセデスがもたない!」

 

「無理だ!ブレーキが効かねぇ!」

 

思ったよりも不味い事態に焦ったセイバーが前を向き直す。

しかし状況は好転しない。

それどころか先程よりも明らかに運転が雑になり、所々で木に車体がぶつかり始める。

 

「どうしたんだよ一体!」

 

「分かんねぇ!ハンドルが急に重たくなりやがった!クソッ上手く動かねぇ!!」

 

「サーヴァントだろ!その馬鹿力で何とかしてくれよセイバー!!」

 

応、と獅子劫の言葉に頷いたセイバーが思いっきりハンドルを回す。

しかし力を入れすぎたのだろう。バキリ、ともげるハンドル。

取れたハンドルを見て絶句している獅子劫にセイバーが頭を掻きながら笑う。

 

「あぁーその……なんだ?取れちまったよマスター」

 

「取れちまったよ、じゃねぇーよこの馬鹿!どうすんだよこれ!?」

 

「知るかよ!!馬鹿力出せって言ったのはマスターだろうが!!」

 

「限度ってもんがあるだろうが!!」

 

獅子劫とセイバーがギャーギャー言い合う中、なだらかな道に入っていたことが幸いしたのか減速していく車は大木に正面衝突したり崖から落ちることもなく森の中で静かに止まった。

 

「良かった…ホントに良かった…マジで死ぬかと思った……」

 

獅子劫とセイバーがホッと安堵する。

何も良くはない。

自分の車が廃車になって茫然としている銀の少女をアーチャーが珍しく気遣うように仰ぎ見る。

 

「マスター……どうするのだ?これ」

 

その質問には珍しくアレイスターも持ち合わせる答えがなかった。

まさか装甲車並の強度を誇る自慢の車がスクラップになるなどこれっぽっちも考えてなかったのだ。

 

「……どうするもこうするもあるか。いったん外に出るしかあるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 

二十分後。

車の修理を獅子劫に丸投げすることに決めたアレイスターは赤のアーチャー(アタランテ)赤のセイバー(モードレッド)の二人と今後の段取りを決めていた。

アレイスターの提案にセイバーが満足気に頷く。

 

「そいつは悪くない作戦だぜ。それなら向こうから森に飛び込まざるを得ない」

 

「私もそのやり方に異論はない。だがその方法では汝の魔力が持たないのではないか?」

 

こちらの負担が大きすぎるとアーチャーが言い募る。

 

「安心しろ。そこら辺の問題はない」

 

確かに通常のマスターならば難しいに違いないが作戦に使われる魔力消費量は今のアレイスターにとって問題のない範囲だ。ならば使えるものは使う。

正直バーサーカーが突貫などしていなければ、と思うところはあるが始まってしまったからには言っても仕方のない話である。

言いたい事を言い終えた銀の少女は話を切り上げ、背後の車に声をかける。

 

「それで?車の調子はどうだ?Goライオン」

 

アレイスターの呼びかけにエンジンを点検していた獅子劫がボンネットの中から顔を上げる。

色々手を尽くしてくれたのだろう、その手は煤で真っ黒だった。

獅子劫は重い溜息をつきながら肩を竦める。

 

「うん、ダメだな。エンジンが動かねぇ。こりゃこっからは必要な分だけ持って徒歩かねぇ」

 

セイバーの無茶な運転によって破損したドアや(へこ)んだ外装を直す目処を立てていた彼もこれだけは手も足も出なかったらしい。

 

「勘弁して欲しいものだ。ここからミレニア城塞まで近いとはいえ、この山道だぞ。普通に公道を歩くのとはワケが違う」

 

ボヤいて役立たずのエンジンを叩いたアレイスターは眉をひそめる。

金属同士の摩擦部分が内部の過熱によって溶けて固まってしまっている。

どうにも再びメルセデスを動かすにはエンジンを分解して、ピストンの磨き込みや必要であればピストンやシリンダーなどの交換を行う必要がありそうだった。

 

「これは酷い。どうやったらエンジンをここまでお釈迦に出来るんだ。熱したトースターみたいだぞ」

 

「お前こそもっと頑丈な車を持って来いよアレイスター。マスターもそう思うだろ?」

 

人の車を一台パァにしておいてこの言い草だった。

そのあまりにあけすけな物言いに放任主義の獅子劫も「本気で言ってんのかよ。お前さんの運転にゃ戦車でも耐えられねぇよ」とセイバーに苦言を呈する。

 

「……まさか初乗りドライブで廃車コースとはね」

 

あらためてアレイスターは目の前の鉄の塊へと成り果てた高級車全体に視線を向けた。

外から見ただけでもフロントもサイドもベコベコに凹みタイヤも所々歪んでいるのが分かる。

恐らく内部はエンジン以外も何箇所か破損部分がある筈だ。

正直なんでここまで運転できたのか分からない。

獅子劫が申し訳なさそうに哀愁漂う銀の少女の背に声をかける。

 

「いや本当に申し訳ないことをした。あいつにも悪気があった訳じゃないんだが……」

 

「……別に構わない。どうせどの道こうなっていたんだからな。それにドライバーに君のサーヴァントを推薦したのは私だから気負う必要はないさ。それともこの車に掛かった金と改造に掛かった金の両方を君が払ってくれるのかね?」

 

アレイスターが冗談めかしてそう言うと途端に獅子劫の顔色が悪くなった。

獅子劫家も名家だと聞いていたが、そう簡単にホイホイ大金を渡せるような状況ではないらしい。

くすりと笑みが零れる。

 

「冗談だ。車そのものの値段は経費で落ちているし、元々紛争地域のお偉いさんに売り出す目的で造られた試作車だから何も問題はない。むしろ耐久性が確認できてこちらは大助かりだ」

 

それよりもあれを見ろ。

そう言って自分の背後を指すアレイスターの言葉に振り返る獅子劫。

羽音と共にやってきたのは一羽の鳩だった。

口に紙切れを咥えていたソレは二人の足元に紙を落として上空へと飛び去っていく。

 

連絡(メッセージ)の使い魔に鳩、ねぇ。誰だと思う?」

 

「十中八九あの神父だろう。かのアッシリアの女帝の出自は男の誘惑に負けた母が姦通の末に産んだものだと言われている。水辺に捨てられた半神の彼女を鳩たちが養育したともな」

 

なるほどね、と得心がいったような顔で地面の紙を拾った獅子劫が顔を顰める。

 

「良くない知らせかね?」

 

「いや。状況が状況だしありがたいかもしれねぇな」

 

渡された紙にはバーサーカーを追う為に赤側からライダーを派遣したという知らせが丁寧な字で書かれていた。

 

「どう思う?」

 

「援軍というのは間違いあるまい。こちらの監視も兼ねてはいるだろうがね。とはいえそれならこちらもこちらで手数が広がるというものだ」

 

懐から銀の輪を取り出しながらアレイスターは囁くように言う。

その瞳の中に意地の悪いものを感じ取った獅子劫が眉を顰めるが、そんなことは気にもせず銀の少女は近くの木の枝を拾って地面に逆三角形の陣を描き始める。

 

「おいおい何を始める気だ?もうここは向こうの陣地だぞ。俺らの場所は割れてる。急がないと黒の連中が突貫してくる恐れがある」

 

「まぁ待ちたまえよ。早漏は嫌われるぞ」

 

アレイスターは陣を描き終えると銀の輪を放った。

ゴトリ、と音を立てて転がる金属の塊。

文字も文様もないそれの正体を一目で看破した獅子劫が呆れ顔で銀の少女を見る。

 

「手錠か?サーヴァントを逮捕でもしようってのかよ。悪いが敵さんと監獄プレイやってる暇はねぇぞ」

 

「馬鹿かね君は」

 

これはこうやって使うんだ、と銀の少女が車から取り出した蜜酒を大地に蒔く。

 

「人の業に手を伸ばして背中を押す山の魔性よ。呪いを行い死の種を撒く執行人が命ずる。その罪の重さにより然るべき者を縛る鎖となりたまえ」

 

ずるりと何かが蠢いた。

手錠の足りない部分を補うように指先大の鎖が際限なく飛び出し、のたくり互いに絡まり合う。

何時しか人間の骨格を形成したそれは次第に透明な血肉を纏いながら怪しい虹色の光を発し始めた。

 

「気持ち悪いな。なんだそれ、人間?」

 

「さてね。それより君はどうする」

 

アーチャーもセイバーも役割を振ってあるので後は彼だけである。

銀の少女の問い掛けに獅子劫は難しい顔をした。

 

「本来ならお前さんと二人で行動するのが楽ではある。だが、それじゃマスターである俺らを狙われた時が面倒だ。少しでも戦力を分割させる為にお互いに単独行動をとるっていう事でどうだ?」

 

悪くない思考回路だ。

己の命すら囮として割り切れるという冷静さはこういう時に強い。

流石は傭兵なだけあってそこら辺は一般の魔術師と覚悟が違うということか。

 

「良いだろう。開始の狼煙は私の判断でアーチャーに伝える。君には戦闘の俯瞰を任せよう。撤退の指示を出すのは戦場での戦いに慣れている君が適任だろうからな」

 

「あいよ。任された」

 

ズズゥン……

微かな地面の揺れにアレイスターはバーサーカーがいるであろう方向に目を向ける。

今の揺れは恐らく衝撃波によるものだろう。

目を凝らして遠くを見ると大地の破片があちこちに被弾して、木を薙ぎ倒し地面を抉っているのが分かった。

サーヴァントが奮う力の凄まじさに、驚きを通り越して呆れた獅子劫が肩をすくめる。

 

「ありゃりゃ。ここも危ねぇか。俺はもうちょい森の奥の方に逃げる。後は任せた」

 

「何だマスター。オレの勇姿は見届けんのか?」

 

いつの間にか全身に鎧を纏い戦闘態勢に入っているセイバーが訝しげな声を上げる。

 

「まさか。使い魔でちゃんと見ているさ。精々派手に暴れまわって場を盛り上げてくれよ?俺とお前の命に係わる案件だ、しっかりな」

 

肩をすくめた獅子劫がバックから人間の頭蓋骨を取り出す。

それは獅子劫の手から離れ、ひとりでに宙に浮かび始めた。

空中を浮遊する不気味な人骨を、セイバーが鬱陶しそうに手で払う。

 

「わぁってるよ。さっさと逃げな」

 

言うべき事を伝え終えたのだろう。

手をしっしっと振る己のサーヴァントに、はいはい、と獅子劫が背を向ける。

 

「あぁ…とそうだ。連絡手段はどうする?メアド教えた方が良いか?」

 

今まで行動を共にしていたのですっかり失念していたが、確かに連絡手段は必要だ。

アレイスターはポケットから取り出した携帯電話を獅子劫に投げ渡す。

 

「その携帯を君にやろう。私お手製の盗聴防止の術式が組み込まれている。恐らく君の持っている連絡手段のどれよりも信頼出来る筈だ」

 

「あいよ。じゃ、まぁ生きてたら連絡してくれよ」

 

森の更に奥へと隠れるのだろう。

受け取った携帯を懐にしまうと獅子劫の姿が何かに紛れるように揺らいで見えなくなった。

 

(周囲の色彩を利用した迷彩術式か……)

 

恐らくどこかでこちらの出方を伺っているユグドミレニアに動向を知られないためなのだろうが用心し過ぎな気がしないでもない。

てっきりその見た目から魔術を組み込んだ力任せの戦闘スタイルを好むタイプかと思っていたが存外、獅子劫界離という男はかなりの慎重派なようだった。

お目付け役がいなくなって清々したらしく、セイバーがうーんと背を伸ばす。

 

「これで話は終わったな?オレも行かせてもらうぜ」

 

素っ気ない言葉とは裏腹にドンッッ!!と超人的な脚力で踏み込まれる大地。

ようやく始まりを告げた聖杯大戦に焦れていたのだろう。

セイバーが餌をお預けにされた大型の猛獣を思わせる動きで飛び出していく。

直ぐに見えなくなった後ろ姿に銀の少女は人知れずため息を吐いた。

 

「兵器としては優秀なのだろうが……好戦的過ぎるのも困りものだ」

 

いや、それはこちらもか。

背後を振り返ってアレイスターは頭を掻く。

いつの間にか背後に控えていた己のサーヴァントの姿が見えなくなっていた。

 

「まったくどいつもこいつも。彼らは一度、自重という言葉を辞書で調べるべきだと思うね」

 

そう言うアレイスターも実は我慢の限界だったりする。

一週間以上待ちに徹したのだ、悪目立ち好きの自分にしては良く我慢した方だろう。

なにより此方もそろそろ優秀な側面くらい見せないと本気でアーチャーに裏切られそうである。

 

「とはいえ私としても出し惜しみをするつもりはない。この二年で進んだ私の力が世界にどこまで通用するのか。この聖杯大戦はそれを見極めるには非常に良い機会だからな」

 

そう。いきなりこの世界に放り出されて二年だ。

そしてこの聖杯大戦に巡り会うまでの期間、銀の少女はただ表に出て自身の社会的地位を上げていたわけではない。

その裏で密かにこの世界に根づくもう一つの法則を理解し、己の魔術の底上げを出来ないか研鑽もしていた。

 

「今こそ大いなる目的を達成しようではないか」

 

すいっと掲げられる右手。

握りしめられているのは黄金の杯。

とある聖母の象徴たる神具を手に銀の少女は朗々と語る。

 

「我は迷い子、母の手により導かれ真の意思を引き出す者。無限の空間(ヌイト)を右手に抱き、全ての中心点(ハディト)を左手に宿さんと欲する者なり」

 

大淫婦の具現たる銀の少女の言霊はそれだけで遠く離れた大地の龍脈を引き寄せる。

空の杯が赤黒い液体で満ち、溢れ出した雫が地面へと落ちていく。

 

「全てが生まれ全てが還る母なる大地、其の名はペイバロン。黄金にて大地を照らし内なる本能に巣食う父なる衝撃、其の名はセリオン。礎たる青い星は血で満ちた。金の杯を導とし今こそ大いなる聖母の辿るべき道をここに示せ」

 

ボゥッ!!と地面に浮き出た膨大な魔術回路。

無数のそれらはアレイスターの足元へと伸び、身体の魔術回路と繋がっていく。

ザワリ、と銀の髪がうねった。

同時に幼い少女の身体から吹き出る赤い極光。

呼応するように森林全体がドクン、と脈を打つ。

 

「さぁ待ちに待った戦争だ。騙し、殺し、犯す凄惨な日々を始めよう。散々嫌い続けた外法に手を出したんだ。肩透かしなど許さない。期待はしないがルール違反のしがいがあったと喜ぶくらいの歯応えは見せて貰うぞ」

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。