Fate/Apocrypha beast~TS変態オヤジの聖杯大戦~   作:あんぱんくん

7 / 10
コロナで大変な中、皆感想や誤字報告本当に感謝しかありません!!これからも感想・誤字報告どしどし待ってます!!


No.006 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

1

 

 

 

 

それは異常な光景だった。

地面がえぐれ、木が倒壊し、岩が弾け飛び、熱風が空気を焼く。

 

歩みは止まらない。

 

「はは」

 

森の木々から飛び出してきた無数のホムンクルスがその手に持った斧槍で分厚いその身体を貫く。

 

彼は止まらない。

 

「ははは」

 

木陰からのっそりと出てきた二メートルを超す体躯。

戦闘用ゴーレムの分厚い拳がその顔面に叩き込まれる。

 

これでも彼を止めることは出来なかった。

 

「うっ……!!」

 

どのような攻撃でもその足を止める様子がない。

それどころか深い微笑みを浮かべる彼の姿に気圧され、思わず迎撃していた彼らの攻撃の手が緩む。

殺し合いの最中、相手の息の根が止まるまで決して止めてはいけない攻撃を止める。

 

そのツケは直ぐに支払わされることになった。

 

「ははははははははははははははは!!!!これしきの圧制で我が歩みは止められぬ!!!!ぅぅおおおおおおおおお!!!!!!」

 

タックルでゴーレムが吹き飛ぶ。小剣でホムンクルスが斧槍ごと斬り潰される。

もはや悲鳴も無かった。

圧倒的な力を持つ個の前で数の寄せ集めなど無力。

ヒトの形をした災害を前に二十を超える黒側の迎撃部隊はあっという間に壊滅した。

 

「おーおー相変わらず滅茶苦茶やりやがる」

 

繰り広げられた阿鼻叫喚の光景。

木の上から文字通り高みの見物をしていた赤のライダー(アキレウス)は呆れた顔でのっしのっしと先を進む赤のバーサーカー(スパルタクス)に声をかける。

 

「おーいバーサーカー!止まる気は無いのか?このまま行くと多分だけど死ぬぜ、お前」

 

「ははははははは!止まる?ライダーよ、歩みを止める事こそが死なのだ!!私はあの城塞に赴かねばならない!!圧制者を叩き潰さなければならない!!!撤退という言葉は私にはないのだよ!!!」

 

話にならないとライダーは嘆息する。

六騎ものサーヴァントが手ぐすね引いて待ち構えているというのにたった一騎で何が出来るというのか。

 

(ここまで話の噛み合わねぇ奴がこの世の中にいるとはね。伊達にバーサーカーのクラスじゃねぇってことか)

 

暴走する人間台風をもはや放置しているライダーも元々はその無謀な特攻を諌めるようここに遣わされていた。

しかし蓋を開けてみればバーサーカーの狂化ランクは想像以上に高く、到着早々に説得を諦めていた。

 

「ったくこんな面倒な奴を唆しやがって。キャスターの馬鹿が」

 

そもそもの発端は赤のキャスター(シェイクスピア)の悪ふざけが原因だ。

バーサーカーにわざわざ地図を開いてミレニア城塞の場所を示し、そこに圧制者がいると煽ったそうだ。

馬鹿を揶揄いたくなる気持ちは分からなくもないが、結果的にそれで農村が一つ壊滅しているのだから悪ふざけにしても度が過ぎている。

 

「それにしても酷ぇ戦いだったな。避けるくらいしても良いだろうに」

 

暇潰しがてらに観察していて分かったがバーサーカーは全ての攻撃を敢えて受けている節がある。

爆裂術式に飛び込み、ホムンクルスの斧槍を迎え入れるように受け入れ、正面から来るゴーレムの鉄拳を避けずにまともに喰らう。

 

そしてその上で一撃のもと全てを粉砕していくのだ。

 

(そもそも再生能力が高すぎるんだよ。何だよあれ)

 

つい十秒くらい前に負ったバーサーカーの傷がもう跡形もなくなっている。

治癒能力が暴走しているのか、受けた傷が即座に再生されてしまうのだ。

おまけに彼は痛みも全く意に介していない。

 

「バーサーカーの宝具の事は神父の奴から聞いていたが……まさかここまでぶっ飛んでやがるとはな」

 

歴史を振り返ってみよう。

スパルタクスと言えば第三次奴隷戦争の実質的な指導者であり、その名をローマに轟かせた男である。

仲間と共に剣闘士養成所から脱走した彼が、第三次奴隷戦争において戦闘経験に乏しい奴隷や子供と老人といった、ほぼ烏合の衆に過ぎない反乱軍を指揮し強力なローマ軍に連戦連勝したという史実を見ればそれがどれ程の物かは分かるだろう。

そして肝心な事が一つ、彼は『必ず逆転によって勝利する』英雄だった。

 

────反乱軍の兵士達が絶望的であればあるほど、その先にある勝利は確かなものだと奮い立つ程に。

 

赤のバーサーカーの宝具『疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)』はそんな彼の伝説がそのまま宝具へと昇華されたものである。

 

(受けたダメージの一部を魔力に変換してやがるのは報告通りか。貯められた魔力の用途はステータス強化と治癒能力の増幅に転用されてるみたいだが……それもいつまで続くか)

 

現在、バーサーカーの姿はライダーが教会で最初に目にした時よりも一回り大きくなっている。

魔力の変換は出来ても無尽蔵に貯め込むのは無理があるという証だ。

全体的に人の形を保ってこそいるが、その体が真っ当なヒト型から抜け出すのも時間の問題だろう。

そうすれば回収も自然、難しくなってしまう。

 

「どうしろってんだチクショウめ。もう少しまともなツレが欲しかったぜ……ん?」

 

膨大な魔力の渦を感知したライダーは前方を進み続けるバーサーカーから視線を背後の森へと向ける。

魔力量からして人間ではない。恐らく此方の援護に来た赤側のサーヴァントだろう。

だがそれよりもライダーが気になったのは森の奥でジッと動かない二つのそれとは比較にならないほど巨大な魔力の塊だった。

 

「何だこりゃ……誰か神霊でも召喚したのかよ」

 

二つの魔力も勿論大きい。

しかし森の奥のそれは別格だ。

凄まじいまでの存在感、絶対的な人間以上。

サーヴァントとは何かが決定的に違うそれはまさに異物だった。

 

(まったく七騎対七騎ってだけでも心が踊るのにこんな化け物までいるとはね。さっさと黒をぶっ殺して第二ラウンドで殺り合いたいもんだ)

 

とはいえそれはまだ遠い先の話、いずれ敵となる味方に思いを馳せつつライダーは己が武装を召喚する。

赤のランサーの重厚なそれとは違う、シンプルかつ堅実な作りの槍『宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)』。

やはり白兵戦ならこれに限る。

本来の武器である『騎乗』を使わずに白兵戦を挑むのは彼の性格故か。

その戦闘スタイルは史実以上に彼が図抜けた英傑である事をよく表していると言える。

 

「さて敵さんも近い事だしやるとしますか……ッ!?」

 

その時だった。

 

背後の森から天へと上がるものがあった。

キラリと光ったそれは、彼の頭上にどこまでも広がる天空を瞬かせる。

風を切る雨の様な密やかな音に、ライダーは唖然とした表情で呟いた。

 

「……おいおいマジか」

 

彼の視線は自然と敵が待ち構える戦場へと吸い込まれる。

 

人々が行き交うよう整理された草原が一拍遅れて

 

────爆発に呑み込まれた。

 

 

2

 

 

 

 

話は少し前に遡る。

 

手足で木の幹にしがみつき、弓を背に爛と目を輝かせる獣がいた。

人間が獣を模したように野生を発露させる少女は百メートル先でニタニタと狂笑する狂戦士を視界に入れて嘆息する。

 

「何が楽しくて笑うているのやら……サーヴァントなら敵が待ち構えていることも分かっているだろうに。数では圧倒的に不利な状況だぞ」

 

いや、それすらも彼にとっては喜ばしいのか。

先程から見ていると数に勝っている敵との不利な戦いはスパルタクスの宿命であり好物でもあるらしい。

確かにそういう戦闘スタイルの英霊は探せばいるし、逆境を跳ね除けるのは英霊に必要な資質だと赤のアーチャー(アタランテ)も理解はしている。

しかし有利不利を度外視して笑っている辺り、やはり彼は正真正銘の狂戦士(バーサーカー)と言わざるを得ない。

 

『聞こえるか?此方は戦闘範囲外に出たぞ』

 

後方に控えるアレイスターから念話が繋げられる。

感度は良好といえた。

ノイズが混ざることもないので魔術的な妨害は無い。

 

『どうするつもりだ?大まかな話は聞いているが矢を放つタイミングまでは聞いていない。まさかバーサーカーを突貫させてからアレを放つわけにもいくまい』

 

『アリかナシかで言われたら個人的にはそれもアリだとは思うがね』

 

冗談ではない。

敵味方の区別なく纏めてデストロイなどそれこそ本末転倒だ。

何より味方を背後から討つような真似は出来る限りしたくない。

 

『なんやかんやで君は優しいな。流れ弾で無能を粛清など良くある話だろうに。それとも君の時代には無かったのかね?』

 

あるにはあったがそれとこれとは別だ。

たとえ考えなしのバーサーカーであってもサーヴァントなのだから敵相手に時間稼ぎくらいは出来る。

味方はなるべく有効活用するべきなのだ。

 

『まぁ足を遅くする為に腱は射抜いておくべきだと思うが』

 

『ははっ!そんな中途半端な事をすればアレは迷わず此方を敵認定して混戦になるぞ。どうやら赤のバーサーカーは敵味方の区別をハッキリつけてない部分が見受けられるからな』

 

確かにそれはあるかもしれない。

そもそも冷静な判断力があれば農村を壊滅させたりはしないだろう。

 

『分かった。そのことはいい。どれから手をつけていく?』

 

『盤の状況を鑑みて一つ一つ順番に潰している余裕はない。本音を言えば赤側の援軍も黒側も両方平らげたいところだがね。まぁ現実的な路線なら黒のランサーは赤のセイバーに、黒のセイバーは赤のライダーにってところだろう。君を特攻隊長(スパルタクス)と共に黒のバーサーカーとライダーにぶつけられれば取り合えず戦力は拮抗する。問題は報告にない黒のアサシンだ。漁夫を狙いに来るかもしれないから、その事は頭の片隅に入れて戦うように』

 

首肯したアーチャーはその判断に納得しつつ同時に微かな畏怖を抱く。

銀の少女は最初から黒のアーチャーとキャスターの存在を考慮にも入れていない。

分かっているのだろう。連中がマスターのいる城塞をガラ空きにするわけがないと。

アーチャークラスは城からの援護射撃担当、工房にて実力を発揮できるキャスタークラスは城塞に引き籠らせて防御を固めると相手の動きを最初(ハナ)から読み切っている。

アーチャーも黒側が幅広く戦うにはその人選でまず間違いないと思っていたので口を挟まなかったがこの判断は尋常ではない。

 

これはゲームではないのだ。

 

平常時ならば冷静なおツムも極限状況の中では素人は酷く鈍る。

殺し合いの中、一切の妥協を許さず物事を冷静に判断できる人間がどれだけいるか。

傭兵上がりの赤のセイバー(モードレッド)のマスターがこれを考え付いたならアーチャーも疑問を持つことは無かっただろう。

しかし、この結論に至ったのはまだ十代後半にも満たない少女だ。

一体どんな世界を見て来ればこんな風に染まるのか、アーチャーはそれが恐ろしくて仕方がない。

 

『かなり距離が離れているが。ちゃんと敵影を視界に入れられるのか?』

 

銀の少女の言葉にハッと我に返る。

今は考え事をしている状況ではない。自分がしくじれば後方にいる銀の少女だけでなく同盟を結んでいるセイバー達まで危険に晒される。

 

『……索敵を開始しよう』

 

目を凝らして夜を見透かす。

人間のそれから掛け離れたアーチャーの視力なら暗い森の中から標的を見つけることなど容易い。

 

『やはりいるな』

 

アレイスターの予想した通りだった。

森を抜けた先の草原には四騎のサーヴァントが待ち受けているのが分かる。

それどころか今までバーサーカーに放たれた尖兵達とは比較にならない数の石人形が動員されていた。

 

『流石一枚岩なだけあるか。向こうは完全に臨戦態勢だぞ?』

 

『当然だろう。マゾ野郎の土俵に乗ってSMプレイを興じてやる酔狂な者の方が珍しい。当たり前過ぎて皆忘れている事だが、弱者を蹂躙するのが戦争というものだよ』

 

確かにそうかもしれない。

戦場を自分の都合が良い方に設置することが出来るのだ。

敢えて不利な森に行く必要も無い。

 

『どうする。予定通りにやるか?』

 

『いや待て。確かめたい事がある。そこから黒のセイバーは狙えるか?』

 

『……それでは奇襲にならないぞ』

 

『出来るのか出来ないのか。YESかNOか』

 

出来ないことはないが。

アーチャーは嘆息しながらも、射るべき相手を正確に視界に捉えた。

弓は手先ではなく感覚で扱う物、獲物がどれだけ機敏でいようと矢を確実に当てる自信がある。

ましてや相手はスパルタクスに気を取られている絶好のカモだ。

 

「…今!!!」

 

静かに矢を番えたアーチャー、は射線の確保を完了し、音よりも疾い矢を放つ。

枝の入り組んだ森の向こうの的へ確実に打ち込む力と技はやはり人間のそれではない。

 

「ふむ?」

 

射った矢は、ほぼ狙い通りに着弾した。

いきなりの敵襲に四騎が身構えるのが分かる。

それは良い。

問題なのは標的であった黒のセイバーに傷一つついていない事だ。

それどころか、まるでダメージを負った様子もなく矢が飛んできた方向を平然と見ている。

 

『おかしいな。ランサーとの戦いでは多少なりとも傷はついていた筈だが』

 

『獅子劫が言っていた特殊な防御形の宝具とはこれの事だろうよ。アーチャー、脚と頭部に軽く一発ずつ』

 

『了解した』

 

二本の矢を纏めて引き絞ったアーチャーは間髪入れずに撃ち放つ。

予定通りの射線コースをなぞりながら二本の矢が標的の頭部と脚部と正確に吸い込まれていく。

頭部と脚部の矢……着弾。

やはり効いた様子がない。

 

『次は胸に一発。限界まで引き絞った重いのをくれてやれ』

 

言われた通りにもう一本、渾身の力を込めて弓を引き絞った。

胸部へと放たれる強烈な一撃。

 

「なるほど」

 

今まで痛みの反応すら示さなかった黒のセイバーの胸に矢が突き立ち、その衝撃で吹き飛んでいくのが見えた。

他三騎が浮かべる驚愕の表情に幾分かスカッとする。

 

『アーチャー、今ので凡そのことは分かった。恐らく黒のセイバーの宝具はBランク以下の攻撃や魔術を完全に無効化するといった類のものでほぼ間違いない』

 

「一定以上の威力が無ければ攻撃は通じない、か。こいつがあって良かったな」

 

アーチャーは自身の弓を撫でる。

彼女の宝具『天穹の弓(タウロポロス)』は引き絞れば引き絞るほどにその矢の威力を増すというものだ。

そして限界を超えて引き絞られた矢はAランクの防具すら貫通する凶手となる。

 

『予定通りに行こう。ちまちまやってもキリがないし、雑兵の存在も面倒と言えば面倒だ。纏めて食っちまおう。宝具『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』の使用を許可する』

 

出来るだけ魔力の消費をせずに事を進めたかったがこうなってしまえば異論はない。

即座にアーチャーは己が手に二本の矢を現出させた。

求められるのは速度よりも威力、狙うのは点ではなく面。

凡そ弓兵に求められるものでは無いがこれも致し方なし。

アーチャーは嘆息しながらも、射るべき相手を正確に視界に捉える。

 

「我が弓と矢を以て太陽神と月女神の加護を願い奉る」

 

驚くなかれ、彼女の宝具の本質は弓で放つ矢ではない。

弓に矢を番え放つという術理そのものが宝具なのだ。

ギリシャ最高の女狩人が二本の矢を天穹の弓に番える。

神に加護を求める触媒が怪しく輝きだした。

 

「この災厄を捧がん────『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!!」

 

空へと昇る二神への願いは天を淡い光で満たす。

ただただ巨大な災厄が矢の豪雨という形を以て、大地に撒き散らされた。

 

 

 

 

3

 

 

 

 

イデアル森林に赤々と日が沈んでいく。

樹海のように入り組んだ森の中がたちまち暗闇に飲み込まれる。

森の奥の方では早くも戦闘音がちらちらと聞こえていた。

こちらに進撃している赤のバーサーカーが迎撃に放ったホムンクルスやゴーレムをものともせず鎧袖一触している音だろう。

彼の相手をする羽目になったホムンクルス達を思い黒のライダー(アストルフォ)は憂鬱そのものといったため息を吐く。

 

『あそこまでやるのは例外的じゃないかなぁとボクは思うんだけど』

 

『惨い有様だ。あのバーサーカーは技術ではなく傲岸な力で敵を誇る怪物ですね。術技の一切を不要とし、ただ戦う為に生まれ落ちたような英霊。バーサーカーとして強化されたからああなったのではなく、彼にはバーサーカー以外に適合するクラスが存在しないのかもしれませんね』

 

念話で同意を示す黒のアーチャー(ケイローン)の声にも苦いものが混じっている。

 

『ボクらサーヴァントでも同じようにやっちまうかなぁ』

 

『あの馬鹿げた力ならば十分に有り得ます。たった一騎と侮ることだけはしないように。直撃はなるべく避けて下さい』

 

『……へーい頑張りまーす』

 

気の抜けた返事を返してライダーは隣にいる黒のランサー(ヴラド三世)をチラリと見る。

森の奥で好き勝手狼藉を働く赤のバーサーカーに憤怒しているのだろう、彼は徐々に暗くなっていく赤い空を睨みつけている。

その後ろに控えている黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)と黒のセイバーも既に臨戦態勢だ。

二者とも無言ではあったが、その顔を見れば待ちに待った戦いに喜び勇んでいるのが分かる。

自由と遊戯を愛するライダーとしてはどうにもこの雰囲気は好きになれない。

率直に言うと気が乗らなかった。

 

『気もそぞろという感じですが、ここで万が一にでも死んでしまえば彼は助かりませんよ』

 

『ッ!わ、分かってるさ!!』

 

全体ではなくライダー個人に向けて届けられるアーチャーの念話にピシッと背が伸びる。

ここで自分が死ねば折角自分が助けたホムンクルスは簡単に見つかってしまうだろう。

そうすれば元々の予定通り黒のキャスター(アヴィケブロン)の玩具にされてボロ雑巾のように死んでしまう事は想像に難くない。

自身の頬を張ってライダーは気合を入れ直す。

 

────その時だった。

 

「……ッ!?」

 

森の奥からこちらに向けて放たれるものがあった。

 

正体は音より先に飛来した不可視の矢。

 

幸い矢は黒のサーヴァントの中では一番の頑強さを誇るセイバーを狙ったようで直撃するも彼に目立った傷はない。

 

『……赤のアーチャーか。予想よりも早いな、此方に来るのはもう少し遅れると思っていたが。バーサーカーの付近の敵はもう一騎だけ、それもライダークラスだという話ではなかったのかね。報告を誤るとは君らしく無いぞキャスター?』

 

赤のバーサーカー捕獲作戦へと動員されていたゴーレム兵達が敵を探そうと周囲を見回す中、ランサーが城塞の七枝の燭台(メノラー)にて森を見張るキャスターに声をかける。

 

『いや、有り得ない。先程から使い魔の視界には赤のライダーしか映っていない。矢の放たれた周辺を探させてはいるが魔術的な妨害なのか視界を塞がれている。赤のアーチャー自身も余程隠れるのが上手いのか防衛用のゴーレム達が起動する気配もない。少し離れた崖付近に赤のセイバーらしきサーヴァントもいたがきちんと防衛網が機能して足止めをしている』

 

ライダーは王の間にて映された廃車同然に乗り捨てられた車を思い出す。

相手のアシが廃車同然になった場所はここからかなり離れていた筈。

故に接敵はもう少し先だと思っていたが、どうやら赤のアーチャーはかなり早い移動手段を持っているらしい。

 

『思ったより赤の援軍は多そうだな』

 

『そうですね。最低四騎はいると考えていいでしょう』

 

ランサーとアーチャーが話し合っている間にも黒のセイバーへ矢は射られる。

脚部と頭部を狙った速射。

やはり悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)に護られる彼に傷はつかない。

 

「……?」

 

おかしな話だ。相手も素人ではない、幾千もの戦いを経た英雄豪傑である。

アーチャークラスなら最初の一撃が効かなかった時点で黒のセイバーを護る宝具が特殊なものだと気づいてもいい筈だ。

そこまで考えてライダーは重要なことに気づいた。

 

「セイバー!!赤のアーチャーは君にどんな攻撃が効くか試してッッ」

 

簡潔に言おう。

その言葉は遅かった。

 

ゴドンッッ!!!

 

凄まじい音と共に黒のセイバーが後方にもんどりうって吹き飛ぶ。

 

「ッッ!」

 

宝具を貫通する一撃に驚愕するライダー。

黒のセイバーの正体はマスターであるゴルドが慎重派……というか臆病者な為に味方であるサーヴァント達ですらその真名を知らない。

しかし彼の宝具に関してBランク以下の攻撃や魔術を完全に無効化する物だという情報はゴルドから全員へと通達されていた。

 

(こりゃちょいと不味いね……)

 

どうやってか知らないが向こうのアーチャーは放つ矢の威力を調整することが出来るらしい。

Aランクの防具を貫通する矢などサーヴァントにしてみれば大砲と同じだ。

一発喰らっただけでもお陀仏な状況、おまけにライダー達は見晴らしの良い草原にいる。

 

『相手からしてみれば完全にカモだよ!どうするの!?』

 

『ゴーレム兵を盾にしつつお互いに一定の距離を保ちながら森の方に進んで下さい!あくまでも優先は赤のバーサーカーを最優先に……ッ!?』

 

キラリと天が光る。

荒ぶる神々が生贄を求める為、災厄(カタストロフ)という名の豪雨を撒き散らさんとする輝き。

一直線に草原へと降り注ぎ、その全てを覆い尽くさんとする輝く矢の雨はさながら落ちてくる流星群を場にいる者に思わせた。

 

「うわわわッ!!!」

 

ライダー達はサーヴァントの膂力に任せて全速力で森の中へと飛び込む。

 

一瞬遅れて爆音。

 

動きの鈍い事が災いしたのだろう。

背後の草原で四十以上の数を誇っていた石人形達が呆気なく吹き飛び、不純な存在として粉微塵にされる。

あまりの熱で空気が爆発し、矢が降り注いでいない範囲の大木すら焼き払われていく。

 

「冗談じゃないよ!まったくもう!!」

 

走りながらライダーは頭を抱える。

これでは捕獲作戦がパァだ。

赤のバーサーカーを固める為のゴーレム兵が纏めて吹き飛ばされる事など想定外。

味方のサーヴァントに傷一つないのは良いことだが、黒陣営は完全に出鼻をくじかれた形となる。

 

しかも────

 

「ちょッ!?」

 

急いで他のサーヴァント達と連携を取るため念話を繋ごうとするライダーの真上で再び天が瞬く。

それを見てライダーは今度こそ顔色を失った。

 

「やばいよやばいよやばいよやばいよやばいよ!!!」

 

空から降ってくる光の矢にただでさえ乱れた戦列は更に乱れる。

少し歩けば集合出来た味方のサーヴァントの気配が三々五々に散っていくのが分かった。

このまま味方とはぐれれば完全に相手の思う壷。

しかし分かっていてもどうにもならないことはある。

上から降り注ぐ矢の回避を最優先に黒のサーヴァント達は更に散開していく。

 

おまけに更に良くないことが一つ。

 

爆音が鳴り止み、漸く一息つこうとしたライダーの前に立ち塞がるものがあった。

ゆっくり視線を上げていく。

そこには不気味な程に笑顔の巨漢が佇んでいた。

 

叛逆(こんにちわ)

 

「ウソぉん……」

 

 

 

 

4

 

 

 

木々を薙ぎ倒しながらゴーレムが赤のセイバー(モードレッド)に迫る。

それを『魔力放出』によって一時的に筋力が跳ね上がった細足が蹴り上げる。

身体能力が更に強化されたその蹴りは、車よりも重い石人形を容易く真上に吹き飛ばした。

 

「たかいたかいってなァッッ!!!」

 

背後から襲い掛かるゴーレムの拳を片手で受け止めたセイバーが、もう片方の手で剣士の命とも言える剣を真上に投擲する。

宙空にてゴーレムの体をピンポイントで貫く『燐然と輝く王剣(クラレント)』。

 

「ぬぅおおおおッッ!!!!」

 

間髪入れず腕を絡めてゴーレムを捕らえると、裂帛の気合と共にセイバーは串刺しになったまま落ちてくるゴーレムに向かって放り投げた。

空中で石人形達が激突し、双方派手に砕け散る。

 

「全然来ないじゃねぇかサーヴァント」

 

欠片と共に落ちてきた剣を受け止めるとセイバーは溜息を吐く。

今ので、破壊したゴーレムの数は十体の大台に乗った。

殺戮したホムンクルスの数なら、その倍を行くだろう。

敵を倒しては移動し、移動先で敵と遭遇しては殲滅する。

そんな事を繰り返しているが、本命はいまだに姿を現さない。

 

『しょうがねぇだろ。アーチャーの爆撃みてえな宝具で敵さんが散開しちまった。あれじゃ誰が何処にいるのかも分からねぇ。それよりもセイバー。ゴーレムはどうだった』

 

「オレは石人形と闘うのは初めてだったが……存外やるな。創作者がアホなのか動きは読みやすかったが」

 

傍らでプカプカ浮かぶ骸骨がカタカタと笑う。

この人骨はどういう仕組みか、獅子劫の声をそのままセイバーに届けていた。

なんにせよ悪趣味である事に変わりはない。

 

『うん。現在の魔術師が人生を賭けて作ったゴーレムもお前さん相手に二合は持たんだろうな。あ、羊皮紙は取っておいてくれよ?持ち帰って調べたい』

 

思い出したような獅子劫の言葉に、セイバーは再び溜息を吐く。

 

「こんな紙切れで何が分かるってんだか」

 

そう言いつつも、セイバーは砕かれたゴーレムの欠片から羊皮紙を毟り取った。

紙にはびっしりと命令が書き込まれていて、見ているだけで目が痛くなってくる。

おまけにどうした事か、ひとりでに燃え始めた。

 

「ったく」

 

今さら炎の一つや二つで驚くセイバーではない。

炎ごと羊皮紙を握り潰して、淡々と消火を完了させる。

 

『用意周到だな……手がかりが消えちまったぞクソが』

 

その場に在った全ての羊皮紙が炎に包まれていく中、骸骨から呻く様な声が漏れ出た。

散らばっていたゴーレム達の破片も急速に風化し、塵となって消えていく。

獅子劫が頭を抱えている姿が容易に想像できたセイバーはくすりと笑みを零した。

 

『そういや、最後らへん剣をブン投げてたけどアレ有りか?』

 

「馬鹿だなマスター。勝てばいいんだよ勝てば」

 

そんな言い合いをしている内に森の木々が途切れ、切り立った崖が姿を現す。

散歩がてらに暴れ回り続けた結果、とうとうこんな所まで来てしまった。

 

「ったくアーチャーの宝具で森に追い込んだのは良いがこれじゃ何処にいるのか分かりゃしねぇ」

 

『そう言うなよ。戦っている最中に城から黒のアーチャーに一方的に矢を射られるよりずっと良いだろうが』

 

それもそうか、と不貞腐れつつセイバーは足元の石を蹴飛ばす。

あの状況はどうしようもなく不利だった。

上はガラ空き、敵は多い、味方の一人は役立たず。

あんな状況で戦う羽目になるくらいなら森の中で黒のサーヴァント探しの方がずっと良い。

 

「ん?」

 

ふとした違和感に崖の方に足を進める。

 

『どうした?』

 

ある予感があった。

外れていないことは、目を凝らして遠くを見れば直ぐに分かる。

森の開けた場所に向かって一直線に伸びて伸びて伸びる獣道。

その先に、誰かがいた。

 

「やったぜマスター……お客さんだ」

 

夜の闇に溶け込みそうなほどに黒い貴族服。

その黒と相反するようなぞっとするほど青白い端正な顔。

いや、見た目の話などどうでもいいか。

遠目からでも分かる威圧的な王気、セイバーにとってはそれが全てだった。

わざわざ真名を探らなくても分かる。

あれが黒の首領だ、あれこそが叛逆の騎士たる自分の宿敵だ。

王気を纏う者を破壊しろと叫ぶ本能に任せて、崖を一思いに飛び降りる。

 

『おい!!ここ崖だぞ!?大丈夫なのか!!!』

 

下から吹き上げる疑似的な風圧を、マスターの言葉ごと無視したセイバーは二本の足を揃えて着地に備える。

激突の寸前で『魔力放出』による赤雷を足の裏から噴出させ、落下速度を一気に落とす。

そのまま一気に『魔力放出』で身体能力を底上げしたセイバーは一歩目からトップスピードを叩きだした。

 

『どうするセイバーッ!相手が黒のランサー(ヴラド三世)だった場合、機動性ではお前が上回っているが総合的な攻撃性では相手に及ぶかどうか分らんぞ!』

 

骸骨の使い魔では今のセイバーのスピードについていけないと判断したのだろう。

獣道を爆走するセイバーに念話が飛び込んできた。

即座に行われる念話を介しての高速で意思の疎通。

 

『あぁん!?なんでだよ!!!』

 

『ワラキア公ヴラド三世の名前はドラキュラ伯爵の名のお陰で世界中に有名だ!!だが、ここルーマニアではトルコ侵略に際し、ゲリラ戦術で戦い抜いた英霊としての側面が強調されてるんだよ!!!!おまけにトゥリファスはトランシルヴァニア地方だ!!ヤツの知名度補正は最高レベルだろうな!!』

 

『知名度でそんなに実力が変動するもんなのか?』

 

『いい質問だ!普通、それほど変動は大きくない!が、ここは別なんだよ!!ガキからジジイまであのイカレ串刺し野郎を知ってやがるし、信仰している奴も多い!!!それ以外にも多分まだありやがるが……とにかくだ!!お前の攻撃を直撃させても致命傷を与えられるかは分からんぞ!!!!』

 

『試しに適当に戦いながら国の外まで逃げてみるか?』

 

『追ってきてくれるなら、是非そうしてぇよ……セオリーであるのは認めるがね』

 

面白半分で告げたセイバーの提案に、獅子劫が呆れたような声で返してくる。

獅子劫はああ言ったが、セイバーの真の宝具は対軍宝具だ。

直撃させれば、絶対に魔力を大量に消費した分の効果は見込める筈である。

 

『宝具開放すっか』

 

幸い、ここは人気のない森の中だ。

一般人を気にして威力を押さえる必要も無い。

 

『いいだろう。戦っている連中やマスターである俺達とも、そこからはある程度距離がある。宝具解放を許可する。遠慮は要らねぇ、全力でぶっ放してやれ!!』

 

全力での宝具解放、魅力的なその言葉に口元が思わずニヤける。

万が一にも味方を巻き込むことはないというのはデカい。

 

だが、それは相手側としても同じである。

 

まるでセイバー達の行く手を阻む様だった。

木々が横倒しになり地面が大きく盛り上がる。

 

『来るぞ!!!!!』

 

「では、マスターの許可も下りたことだ。こちらも宝具で対抗させて貰おうか」

 

顔を覆っていた重厚な兜が二つに割れて鎧と一体化する。

セイバーの構える『燐然と輝く王剣(クラレント)』にも変化があった。

白金の刀身が血の極光に包まれ、奇怪な音を立てて歪んだ災厄の魔剣へと変化していく。

 

我が麗しき(クラレント)────」

 

宝具とは英霊の必殺の武器であると同時に、絶大な誇りだ。

そしてセイバーにとって父の名を冠したこの宝具は誇りを超え、ある種の怨念と化している。

 

どうしようもない怨嗟を籠めて。

 

その真名を解き放つ。

 

「────父への叛逆(ブラッドアーサー)!!!!」

 

応じる様に、地面を食い破って幾千もの杭の群れが飛び出す。

 

宝具対宝具。

 

千を優に超える杭と直線状に放たれた赤雷が激突し、黒と赤の戦いの幕が開けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。