私は湊友希那。女子高生ガールズバンドの「Roselia」のボーカリスト、と共に、2週間後には卒業を控える高校3年生。日々練習を重ねて頂点を目指してきた。けれど、私は「その先」が見えていなかった。いや、あえて見ようとはしていなかったのかもしれない。
「留学...?」
「はい。高校を卒業したら、海外の大学に留学することになりました」
紗夜は、高校を卒業する1ヶ月前に唐突にそのことを伝えた。この場には、私とリサ、それと燐子が招かれた。
「ちょっと紗夜、それ本当なの?」
リサが驚きを隠せないという表情で紗夜に問いかける。
「ええ、本当です。私は...既にその資格を得ました。試験にも合格することができましたから」
「あなた...!ちょっと待ちなさい!」
「友希那さん...?」
燐子が私の方を向く。
「湊さん、あなたが怒る理由も、確かに分かります。私は...もっと早くこの事をRoseliaのメンバーに伝える勇気が...ありませんでした」
「私が怒っているのはそんなことに対してじゃないのよ!?」
「ちょっと、友希那、抑えて」
正直、この時の私は怒りに身を任せていた。
「リサは少し黙っていなさい!紗夜、人一倍真摯にギターと、Roseliaと向き合ってきたあなたがどうして今更そんな決断を...」
「そんな決断!?私は本気です!!」
「じゃあ何で...」
「Roseliaのことはもちろん大切に思っています!このメンバーで頂点を目指してきたことは全く無駄なことではない!ただ私は、『その先』を考える時期になってしまったんです」
「その先...?」
「初期の私は、バンドに馴れ合いなど必要ない、技術こそが全てだと思っていました。しかし、日が経つにつれ、私は...Roseliaが...」
紗夜は、泣き出した。私は今まで紗夜のこんな姿を見たことがなかったから、反論することをやめて素直に話を聞いてみようと思った。
「Roseliaが...大好きに...なったんです...!」
「紗夜...なら、どうして」
「どうしても、大好きなものだけを続けていてはダメだ、と私の中で感じるようになったんです...だから私は...もう、Roseliaを脱退したい、そう決心しました」
私は、心臓を撃ち抜かれたような気がした。恐らくそれは、涙を流しながら話を聞いている燐子とリサも同じだろう。
「脱退...?本気なの...?」
「私が言う『その先』は、私の将来のことです。このバンドは、高校生の内の私の宝物として留めておきたかった...だから、将来のために経験を積むという意味で、卒業したらすぐに日本を離れようと決めました」
「氷川さん!!」
「白金さん...?」
「私たちは...どうなるんですか?ただでさえ、あこちゃんは学年が2つ下だし、私たちが卒業したらどうしようかと悩んでいるところなんです...そんな時に氷川さんが抜けたら...きっと、バンドの存続自体危うくなると思います」
燐子のその言葉で、私たちは凍りついた。確かに、信頼している紗夜が抜け、さらに私たちも卒業となればあこの精神状態は揺らぐはず。
「...紗夜、私は、紗夜のやりたいことを止める権利はないから、応援するよ」
「リサ...?」
「でも、紗夜は本当にそれでいいの?」
「今井さん...私は本気なのです」
「...そっか、凄いね、紗夜は。強いよ、私なんかよりも...私なんか...この話を聞いて、紗夜に辞めてほしくないとしか考えられなかったよ」
「今井さん...」
「リサ...」
「...皆、私からも一つだけ話があるの」
リサの顔が、暗く見えた。
「私も、Roseliaを脱退したい」
私は、この時の記憶はあまりない。重なる衝撃に、正常な思考ができなくなっていたんだろう。
「リサ...嘘よね?」
「今井さん...どうして」
「私は...紗夜と同じ理由かな。Roseliaも、友希那も、紗夜も、燐子も、あこも、ベースも、私は全部大好き。私のこれまでの人生の中で一番輝いていたのが、このRoseliaでの活動なんだ。でも、この先バンドがいつまで続けられるかもわからないし、私が限界を迎える時がくるかもしれない。それに、私も、将来やってみたい職業ってのが見つかったんだ...そんな時、紗夜の話を聞いて、もしかしたらこの先、皆同じ考えになってしまうかもしれない可能性もあるのかな、って思い始めた」
リサは、笑顔で話すが、泣いていた。
「...どうして...どうしてリサまでそんなこと言うの!?私には理解できないわ!大切な仲間の言うことだし、理解したいとは思うけど、今の状態じゃとても無理よ!」
私は、気づくと泣きながらライブハウスを抜け出していた。私が目指す頂点は、もうゴールが近いのかもしれない、そう考えると涙が止まらない。
「あれ?友希那さん?」
「あこ...」
曇り空の中、あこが前から走ってきた。
「今日は練習ないですよね?どうしてライブハウスに...あと、泣いてません!?どうしたんですか!?あこ、話聞きますよ!」
「ありがとう...少し、私に付き合ってくれるかしら」
私はあこを連れて、私の家に帰った。
「友希那さん、なんでも話してください。Roseliaっていう仲間なんですから!って、こんな言い方、昔だったら怒られちゃいますね...」
「いいのよ、私だってあなたのことは大切な仲間だと思っているもの」
「ゆ、友希那さん...!」
笑顔のあこ、泣く私。私はこの先、この辛い現実をこの無垢な笑顔の前に突きつけることになる。いつまでも真実を隠し通していたい。紗夜の気持ちが、少しだけ分かった気がした。けれど...
「あこ、今から燐子と話しなさい」
「は、はい?」
「燐子と、話し合うの。私は、とてもそういう状態にないから」
「友希那さん、今日変ですよ?それに、友希那さんが話があるって言ったんじゃないですか...」
「いいから燐子と話しなさい!!」
「ひっ...ごめんなさい...わかりました」
あこは、部屋から出て行った。私はこの時、私のことを心底嫌いになった。何の価値もない人間だと感じた。
「りんりん...急にごめんね。今からうち来れる?」
「あこちゃん...いいよ。私も話したいことがある」
「あっ、ありがとう...!」
私は、驚いた。あこちゃんから電話をかけてくるなんて。そして私は言われるがまま、あこちゃんの家に向かった。
友希那さんが出て行った後、氷川さんと今井さんの話を聞いて、私はこのバンドで何かが崩れだしていると感じた。もちろんそれは、友情の亀裂とかそういう類のものではない。でも、この先円滑にバンド活動ができなくなってしまいそうな、そんな不穏な空気を感じた。
「あこちゃん、あこちゃんは、Roseliaのこと好き?」
「何言ってんのりんりん!当たり前じゃん!私はカッコよくて楽しいRoseliaが大大大好きだよ!!」
「そっか...そうだよね。安心した」
あこちゃんは、変わらずRoseliaを愛していた。まるで、友希那さんのように。
「もし、Roseliaがこの先なくなるようなことがあったら...あこちゃんはどうしたい?」
「そんなこと...考えたくないよ」
「そう、だよね...私も、考えたくない。でもね」
「りんりん...?」
私は、泣いてしまった。
「私は思うの、頂点を目指すバンドにも、いつか終わりが来てしまうのかな、って。私は、それが怖いんだ。だから...」
「りん...りん?」
「私は、Roseliaを辞めようと思うの」