あこちゃんを宥めるにはやっぱり私だけの力じゃ無理だと判断した私は、氷川さんと今井さんを家に呼び出した。ライブハウスで氷川さんに言われた『いつでも私たちを頼って』という言葉は、思ったよりも私の心を休めるものとなった。
「...宇田川さん、私たちの話、聞いてくださいますか」
「もちろんです!あこにできることなら、なんでも...」
この子は、本当に強い。NFOというオンラインゲーム上で会話しているだけでは到底気づかないであろう彼女、あこちゃんの強さがその言葉からしっかりと感じ取れた。それに比べて、私は...
そこから氷川さんは、今まで私に話した脱退の経緯や理由をさらに詳しく噛み砕いて、2学年下の彼女にも分かるように話した。やっぱり、氷川さんは凄い。そういう気遣いや語彙の力も、尊敬に値する。でも、この時から、少しだけ私の心はチクチクと痛みだしていた。
「...というのが、今回私たちがあなたに伝えたいお話です。理解していただけましたか...」
「...理解できません、そんなの。紗夜さんがそんなに自分勝手な人だって、あこは知りませんでした」
「宇田川さん、それはどういう...」
「あこ、言い方には気を付けなよ」
「リサ姉もだよ!!皆、皆Roseliaが嫌いになっちゃったの!?ねえ!?あこたちが今まで過ごしてきた時間はなんだったの!?一緒に頂点を...フェスの舞台を目指して毎日真剣に練習して、あこだって、ドラム、Roseliaに入った時に...友希那さんに認められて...すっごく嬉しくて、ひたすらずっと頑張ってきたのに...もう終わりなんて...そんなの納得できないよ!!」
あこちゃんは、今までにないくらいの剣幕で怒り、とても悲しそうな顔で号泣していた。私は、この重い場の空気に耐え切れず、下を向いてただ黙っていた。
「...宇田川さん。何回も言っていますが...私たちはRoseliaを嫌いになったわけではないです。今まで話したことが、脱退の理由の全てです。私たちからはもう、これ以上話すことはもうありません」
「紗夜...ここからは私が引き継いでいいかな?」
今井さんが氷川さんの言葉を繋ぎ、補足するような感じで話を始めた。
「あこ...あこがずっとドラムの練習を頑張ってきたの、私知ってるよ。私は、友希那についていく感じでこのバンドに加入したけど、入った当初はまだ他のメンバーの性格とかそういうの分からなくて困ってた...でも、あこがしっかり練習して、辛い練習メニューにも弱音一つ吐かずまっすぐに進む姿を見て、この子は2つも学年が下なのに、私なんかよりもずっと凄い子なんだなって思ってたよ」
「リ...リサ姉...」
「あこは、お姉ちゃんに憧れてドラムを始めて、今ではRoseliaで超カッコよくドラムを叩いてるよね。Roseliaのドラマーは、あこしかいない。世界中どこを探しても、あこよりRoseliaにふさわしいドラマーなんていないんだよ」
「うっ...うぅ...」
あこちゃんは肩を震わせてずっと泣いていた。
「ずっと、よく頑張ったね...偉いよ、あこ。私はそんなあこが大好きだよ」
今井さんは、優しくあこちゃんを抱きしめた。隣では紗夜さんが静かに泣いていた。彼女は話している時は冷静に装っていたが、やっぱり今まで続けてきた人生のかけがえのない宝物がなくなることに耐えられなかったのだろう。
「リサ...姉...!!あこも、だいすき...!!みんなのこと、だいすきだよ...」
「あこちゃんっ!!」
私は、耐え切れずにあこちゃんに抱きついた。涙が止まらない。ずっと、皆でこうしていたい。そう思いながら、そう、思いながら...
「うっ...あこ、やだよぉ...Roseliaが...なくなってほしくないよぉ...」
「宇田川さん...私だって辛いです。この先、必ずRoseliaが続いていく保証がないことが...」
「あこが、なくさないからぁ...!!ぜったいぜったい、何があってもRoseliaはあこが守るからぁ...さよさん...」
私たちは、しばらくこのまま泣いていた。それでも何分か経って、ようやく落ち着いた。
「あこ、お願い、私、ずっとこの先Roseliaを続けていったとして、いつか終わりが来てしまうことが...それが一番、その時辛いと思うの」
「宇田川さん、私にはもう、留学することが決定してしまった現実があるのです。私は、私の夢も大切にしたい、わがままかもしれませんが、ですが...」
「さよさん...」
「...今日は、もう失礼します。今日中に決断しろ、なんて酷なことは私には言えません」
「...わかりました。色々、ごめんなさい...」
「あこが謝る必要なんてないよ、こっちこそ、卒業間近であこは落ち込んでるのにごめん...じゃあ、また、ね」
『また、ね』...。その言葉で、二人が遠い場所へ行ってしまうような気がした。私は、部屋を出ていく二人を見ながらそう感じた。その言葉、あと何回聞けるのかな。
「...あこちゃん」
「りんりん、今日は、もう、誰とも話す気になれない...ごめん」
「そう、だよね...私、帰るね」
私は、あこちゃんの部屋を出た。きっと彼女なら、彼女なりの決断をしてくれると信じながら...
「...あこ、話し合い、終わったか?」
「お、おねーちゃん...」
宇田川巴、あこのおねーちゃん。すっごくカッコよくて、憧れ。あこがドラマーになった、大きな理由。でもこの時だけは、おねーちゃんと話すことも少しだけためらってしまった。
「...あこ、話は全部湊さんから聞いた」
「えっ、友希那さんから...?」
「あの人、蘭と話し合ったみたいなんだ。でも、どうにも上手くいかなかったらしくて...それで、蘭がアタシたちの練習の時に、こっそりその話をしたんだ。もちろん、友希那さんの許可はとってあるけど」
「そ、そうなんだ...」
あこは正直、友希那さんが蘭ちゃんに相談するなんて思ってなかった。
「あこ、これから少し、アタシと話さないか?」
「えっ...でもいいよ、あこが決断しなきゃいけないことだから...Roseliaは、あこが全部、守る...」
「あこ!私はお前のおねーちゃんだ。何でも話せ。じゃないと、おねーちゃん悲しむぞ!」
おねーちゃんはいつもの笑顔で、優しくあこの相談に乗ってくれた。相談というか、あこはその時、これから自分がどうしたいのか迷っていたから、ちゃんと話すことは難しかったんだけど...とにかく、おねーちゃんに今あこが思ってることを全部話した。Roseliaのこと、これまでのこと、皆のこと。全部話した。
「...あこ、アタシな、Afterglowがもしそういう状況になったら、アタシは迷わず、バンドを抜ける」
「えっ、どうして」
「あこ、厳しいことを言うかもしれないが、この先バンドだけをしていては生きていけない」
「それは...分かってるけど」
「この先5人のうち誰かがそういう状況になってバンドを抜けることになったら、私はその時が一番辛いんだ。何よりも、その時が...」
「おねーちゃん...」
「バンド、特に大切な仲間とのバンドは、そういう事態に陥ると、今よりももっと面倒で悲しい結末になることがある。私は、始めた時から覚悟を決めてやってる。誰が欠けても、バンドは成り立たないんだ」
夕陽の差す部屋で聞くおねーちゃんの言葉は、重みが違った。