宇田川巴、あこのおねーちゃん。カッコよくて優しくて、世界一のドラマー。私はおねーちゃんが大好きだから、悲しませたくなくて...できるだけ相談とかはあんまりしないようにしていたんだけど、やっぱりおねーちゃんは優しくて...結局相談に乗ってもらったんだ。ひなちんみたいに、妹ならおねーちゃんのことはやっぱり誰だって大好きになるものなんだな。
「おねーちゃん...」
「あこ...無理な決断を強いるわけじゃないけど、アタシは...Roseliaのメンバーがそう言うなら、それに従った方がお前も悲しまずに済むと思うんだ」
「でも、あこはおねーちゃんに憧れてドラムを始めて、友希那さんと紗夜さんに認めてもらえて、それで...」
「...あこ。残りは自分で決めるんだ。おねーちゃんはもう...話したいことは全部話したから」
そう言うと、おねーちゃんは部屋を出て行った。夕陽はもう消えて、部屋に差す明かりは月の明かりだけになっていた。そんな光景を見て、おねーちゃんのバンドもあこたちと同じようにこの先ずっと続いていくとは限らないのかなと思ってしまった。
「友希那さん...あこは、どうすれば...」
「あの日見た黄昏の空...!」
私たちAfterglowはこの日も練習をしていた。3年生が卒業間近ということもあって、近いうちに送別会的な意味も込めた主催ライブを開こうと考えている。まあ、そのための練習だ。良く言えばいつも通り、悪く言えば卒業ロス解消ってとこ。同じバンド仲間の3年生とは今まで色々な思い出があったから、私だって少しは寂しい。
「らん~、そろそろ休憩にしない~~?」
「そうだね、モカ」
「はぁぁ~~疲れた!」
「巴、ひまり、つぐみ、私飲み物買ってくるけど、何かいる?」
「お、蘭!ありがとな!じゃあ...」
「蘭、ありがとう~!」
「私は水筒持ってきたから大丈夫だよ」
「ちょっと~、私の名前も呼んでよらん~~...」
モカを軽く流して、私は自分の飲み物プラス巴とひまりの飲み物を買うためにライブハウスを出た。そういえば、今日は同じ時間帯にRoseliaが入ってたっけ。
「湊さん...いるのかな」
私にとって湊さんはライバル的存在、なのかもしれない。同じボーカルということもあって、対バンなどで一緒になると割と意識してしまい、上から目線に物を言ってしまう時もある...それは私の悪い癖だ。
その時、前にあった個室のドアが開き、湊さんが泣きながら走り去っていった。
「えっ...?湊さん!?」
今までRoseliaの孤高のボーカルのそんな姿を見たことがなかった。
「ちょっ...ちょっと!」
私は気づくとライブハウスを抜け出し、走り去った湊さんを追いかけようとしていた。しかし、いつの間にか見失ってしまった。
「...湊さん、どうしたんですか、本当に...」
私は気づけば、携帯を取り出して彼女に電話をしていた。以前対バンした時に連絡先は一応交換していたが、まさかこんな状況で使うことになるとは。
彼女はすぐに電話に出た。驚くほど、早く。
「あっ...湊さん!?どうしたんですか、Roseliaの練習はいいんですか?」
「...美竹さん...突然何かしら?私は特にどうもしてないわ...」
「嘘つかないでください!泣きながら走っていったじゃないですか...!」
「...あなた、見ていたの?」
「CiRCLEで同じ時間帯に練習してたら、そりゃ目撃することもありますって」
「...あなたには関係のないことよ、そう、誰にも関係のないこと...これは...私の問題なんだから...」
湊さんはどこか言葉を発するのをためらう感じで電話を切ろうとした。
「待ってください湊さん...!」
「だから本当に何でも...」
「今から会えますか!?会わせてください!」
「は...?」
「いいから!私でよければバンドの相談とか乗りますから!」
この時私は、てっきり湊さんはバンドの技術面で悩んでいると思っていた。しかしそれは大きすぎる間違いであったことに気づくのは、もう少し後だった。
「...それで、どうしてあなたは私の相談になんて乗ろうと思ったの」
彼女は指定した場所にすぐにやってきた。誰が見ても、正気ではなかった。明らかに顔が赤く、泣いた跡も凄かったから。
「私、上手く言えないですけど...あの...今まで...強い口調とかで接したりとか...してしまったので...」
「つまり、罪滅ぼしってことかしら?」
「そういうんじゃないですってば!」
「...まあいいわ」
「湊さんが悩むなんて、珍しいですね。もしかして、スランプとかですか?」
「あなたは...何も分かってないのね」
「...技術面じゃないんですか?まさか、バンドメンバーと喧嘩したとか?」
「ええ、そうよ」
私は今考えれば、どうしてこの時湊さんは喧嘩をしたという嘘をついたのだろうか。彼女の中で、あの一件はそれほどメンバーの仲に亀裂を生んだということなのだろうか。
「...私は、悪くない...!!私は、紗夜が、リサが、裏切ったから...!!うっ...」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
彼女は急に泣き出した。溜まっていたものが、堰を切ったように流れている。
私は号泣する彼女から、Roseliaで今起こっている一連の状況を聞いた。
「...湊さん」
「...ごめんなさい、美竹さん、取り乱してしまって」
「いいです、湊さん」
「...美竹さん!」
「はい、?」
「...あなたは、あなたのバンドは...ずっと続いていく保証がないことは分かっているのかしら」
今まで、私はそのことを極力考えないようにしてきた。幼馴染で結成した、「5人で一緒にいる時間を増やす」ためのバンド、それがAfterglowだった。
「...考えたくはないですが、それでも私はこのバンドをずっと続けていきたいと考えています」
「...あなたも、私と同じ考えなのね」
湊さんは安心したかのように、少し笑顔を見せた。
「ただ...それでも、私はモカや巴、つぐみやひまりが脱退を考え出したら、無理に止めはしません」
「...どうして?」
「私は、メンバーそれぞれがその時に一番やりたいことを優先すると思います」
「...そう」
「私たち、子供の時からずっと一緒で...巴はよく冗談で腐れ縁って言いますけど、まあ本当にそうなんですが...それほど長く一緒にいたからこそ、私は皆の夢とか趣味とかやりたいこととか全部見てきました。だから...その...私自身が皆を強制してバンドをやり続けても、きっとその中で亀裂が生まれてしまう...そう思うんです」
「...どういうことかしら」
「それぞれがバンドよりもやりたいことがある中で私が無理強いしてAfterglowを継続させても、きっとその先に待っているのは仲間割れのゴール、だと思うんです」
「仲間割れの...ゴール...」
「だから私は、誰か一人でも抜けたい、って言いだしたらバンドを終わりにします。終わりにせずにこの先の友人関係が壊れたら、私はそっちの方が...怖いんです」
「...あなたは、素敵な人ね」
「えっ...?」
「今日はありがとう。...もう、会うことはないだろうけど」
「えっ...湊さん!?」
湊さんは走り去っていった。私は、彼女が吐いた最後の言葉の重みで足が動かず、彼女を追いかけることはしなかった。できなかった。
もう会うことはない。彼女のその言葉には、それが現実になってしまいそうなほどの悲しみと諦めが含まれていた。