私は氷川紗夜。ついさっきまで、白金さんの要請で宇田川さんの説得にあたっていた。説得、というよりは、彼女に今のRoseliaの状況を分かってもらうため、説明に行ってたって感じかしら。この時の私は、正直言って冷静さを極端に欠いていた。宇田川さんとの話し合いでは突然泣き出て、メンバーに迷惑をかけてしまった場面もあった。そんなこともあってか、その日はもう何も考えたくなかった。そうして話し合いも一段落ついて、私は家に帰った。
「...ただいま」
何も考えたくなかった私にとって、家に帰ることは少し心配なのだけれど。
「おねーちゃーん!!おかえり~~!!」
「日菜!!やめなさい!!」
やっぱり。私は、つい抱きついてくる日菜に向かって怒鳴ってしまった。何も考えたくない日は、彼女のその性格が私を苦しめる。
「あっ...ご、ごめんね...」
私、本当にダメね。妹に八つ当たりなんて...
私は再び涙が出てきた。姉としての不甲斐なさもあったし、何より今までの状況で精神状態はかなり不安定になっていたから。
「い、いえ...こちらこそごめんなさい、日菜」
私は駆け足で自室へ戻ろうと階段へ向かった。しかし...
「...おねーちゃん、何か辛いこと、あった?るんっ、としてないよ、おねーちゃん」
いつの間にここまで人の心を読むことが上手くなったのかしら。ただそのことは、今知りたくなかった。
「...何にもないわ」
「隠さないで!!」
日菜が私に向かって大声をあげることは今までほとんど無かったから、私は動揺してしまった。
「...嫌だよ、あたし、おねーちゃんの辛い顔、見たくない」
「...日菜、もういいのよ、あなたには関係のないこと...」
「おねーちゃん!!どうして!?どうしてそんな寂しいこと言うの!?私は大好きなおねーちゃんの力になりたいの!!」
...私は、優しい妹を持ってしまった。私なんかよりもずっと優秀で、だからこそ今まで近寄りがたかったはずなのに...気づけば私は、日菜を抱き寄せて号泣していた。
「日菜...Roseliaが...」
「Roseliaがどうしたの!?」
「私の留学で、今井さんが、宇田川さんが、湊さんが...うっ...あぁ...!!」
「...おねーちゃん」
私は日菜に、今までの経緯を話した。彼女は持ち前の理解力で、すぐに状況を、私の悲しみを、人に言えない私の弱い部分を察してくれた。
「大丈夫、大丈夫...!おねーちゃんには、いつだってあたしがついてるよ!だから...ゆっくり...落ち着いて、ね」
「日菜、ひなぁ...!!」
「おねーちゃんは、頑張りやさんだね...!留学するのだって大変だったのに自分の夢を追いかけて、でもバンドも真剣にやって、偉いね...。生徒会とか、身の回りのこととか...うまく言えないけど、あたしはおねーちゃんがずっと頑張ってきたこと知ってるから。ずっと近くで見てきたから。だから、大丈夫...!」
「うぅ...うっ...」
「あたしは、そんなおねーちゃんのこと、だいすきだよ...!」
私は、日菜の胸の中で泣いた。ひたすら泣いた。このまま時間が止まればいいのに、そう、何度も思った。昔の私なら、ありえないわね...
...私は、湊さんとの邂逅の後、すぐにライブハウスへと戻った。幸い今日は練習を長めにとっていたから、モカたちはまだいるはずだ。
「...はぁ...はぁ...!」
強くドアを開け放った私の形相に驚いたのか、皆が演奏を止めた。
「蘭!お前、どこ行ってたんだ!?」
「らん~~、心配したよ~」
「ごめん、皆。あたし、湊さんと話してた」
「えっ!?」
「...蘭が自分からあの人と話すなんて、どうしたんだ?」
「...ちょっと、少しあたしの話を聞いてくれる...?」
私は湊さんが今置かれている状況を、自分の分かる範囲でメンバーに伝えた。彼女がどれほど追い詰められ、極限状態にあるのかはRoseliaの当事者しか分かりえないことだけど、それでも私は仲間に伝えた。
「...蘭、お前の決断はそれでいいのか?」
「決断って、もし誰かが脱退するってなったら、の話?」
「そうだ」
「らん~、多分、本当にAfterglowがそんなことになったら、その時蘭は絶対あたしたちのこと止めると思うな~」
「アタシも、モカに同感だ」
「えっ...あたしは本気で言ってるんだけど」
「蘭は、本当にそれで納得するの?」
「ひまり...?」
「口で言うのは簡単だけどさ...その頃にはきっと、このバンドは結成10年は越えてると思う、それだけ私たちが長く一緒にいたのに、急にその一緒にいたかけがえのない場所を無くす決断、蘭は本当にできる?」
「だからあたしは...!Afterglowは5人で一つだと思ってるの!誰かが欠けるなら...私は続ける気はないよ」
「蘭ちゃん...」
「お前...」
「らん...いつもはツンデレキャラなのに、素直になると可愛いね~~」
「ちょっとモカ、やめて...」
「その先、なんて確かに保証されたもんじゃない。けど、続くものにはいつか必ず終わりがくる...その終わりを指をくわえて待つか、今ここで終わりにしてしまうか、湊さんはその狭間で悩んでるんだろ?」
「そう、なのかな...」
「アタシ、家に帰ったら少しあこと話してみるよ。あいつも多分...いや湊さん以上に落ち込んでると思うから...」
「あこちゃん、巴ちゃんをお手本にドラム頑張ってきたもんね...」
「あぁ...。あいつの努力、アタシは今までずっと見てきたからよく分かる。あいつがどれだけRoseliaに真剣だったかも...」
色々話しているうちに、気づけば外は夕焼け色に染まっていた。あたしは...少しだけ暗い気分になっていた。
「おっと...そろそろ練習終わりの時間だな!出ようぜ、皆」
「そうだね...」
「...蘭ちゃん?大丈夫?」
「いや...なんでもない、大丈夫」
さすがつぐみ、人の心の機微を掴むのが上手い。あたしは極力、今抱えてる「漠然とした将来の不安」を顔には出さないようにしたつもりなんだけど。
「...蘭ちゃん、何か悩んでる?」
「...私たち、本当にどうなるんだろうね」
「らん...?」
「さっきの話し合いで、ちょっと考えるようになった。あたしたちのゴールって、いつになるんだろう、って」
「蘭ちゃん...」
私の一言で、少しの間沈黙が続いた。
「...もう、蘭!そんな暗い顔しないの!」
「そ、そうだよ!アタシらの友情は、いつまでも続くんだー!ってな、そう、考えようぜ...」
「巴...」
あたしには分かる。皆もあたしと同じように、漠然とした「Afterglow存続の不安」というものが芽生えだしてきたことが。
「...あたし、この後バイトだから、お先に失礼しま~す」
「あっ、モカ、じゃあね」
はいは~い、Roseliaメインのお話でAfterglowの話ばかりじゃ皆も飽きちゃうよね~。ということでモカちゃんに語り手は変わりま~す。あたし、国語得意だから分かりやすくお話しちゃうよ~。
蘭があんなこと言うから、あたしも少し、その先のことを意識しちゃった。こんな時、相談できる相手、というか今はあたしが力になってあげたい相手はあの人しかいない。
...バイト、行ってきま~す。
いるといいな、リサさん。