私は、あこちゃんの家を出た後、羽沢珈琲店に向かっていた。もちろん、こんな状況で一人でカフェに行く余裕なんてない。向かう理由は、ある人に呼び出されたから。
その人とは今まであまり関わりがなかったけど、テレビとかによく出てる有名人だから、性格とかは、少しだけ察することができる。それでも私はまだちょっと怖いけど。
商店街...あまり私は構造を知らないけど、Roseliaのメンバーでファミレスに行く時にはよく通ったなあ。そんなことを思い出して、私はまた少し寂しい気持ちになった。
「羽沢珈琲店、ここかな...」
私は一人でカフェに来たことがなかったから少し緊張していた。ここは確か、Afterglowのキーボード担当である羽沢さんのご実家だったっけ。同じ楽器だから少しだけ認知はしてる。氷川さんからもよく彼女の話が出るからね。
「いらっしゃいませ~!」
「あっ、席...空いてますか?」
「お一人様ですか?」
「いえ...あと一人、来るはずなのですが...」
そう言うと、私は奥のテーブル席に通された。その時、店のドアが開いた。
「白金さん!すみませ~ん!遅くなりました!」
「あっ...どうも...」
「フヘヘ...ジブンたちが二人きりって、なんか新鮮ですね」
この方は、大和麻弥さん。Pastel*Palettesというアイドルバンドでドラムをやっている方だ。私は彼女から、例の件についての相談に乗りたいという電話を受けてここに呼び出された。
「あの...Roseliaの状況を...ご存知なのですか」
「はい!先ほど日菜さんから電話がきまして...彼女、酷く泣いていて...まあ日菜さんが泣く時は基本紗夜さんが絡んでいるので、心配になって訳を聞いてみたところこうなった感じですね」
「そ、そうですか...わざわざすみません」
「いえいえ!ジブンも、悩んでる時に誰かに相談を聞いてもらうと気持ちがすっきりするので...」
「大和さんも...以前そういうことがあったのですか?」
「はい。自分がアイドルとして本当に成り立っているのか...そういう点で自分の存在価値を見失ってしまう場面が前にありまして」
「そ、そうなのですか...。でも...私は大和さんはれっきとしたアイドルだと思ってますよ。人気もありますし...あとドラムの腕前も凄いってネットでも評判ですし」
「そ、そうですか~?フヘヘ...嬉しいです!」
「あっ!ご、ごめんなさい...!上から目線に褒めてしまって..」
「いえいえ全然大丈夫ですよ!ジブンも自信が持てました...!」
彼女の笑った顔は、凄く可愛かった。私が男の人なら、すぐにファンになってしまいそう...
「あぁごめんなさい!ジブンの話なんていいので、白金さんの話を聞かせてください」
「分かりました...」
私は、ライブハウスでの一件、あこちゃんの家での話し合いなど、今まで起こった全ての出来事を長々と話した。その間、大和さんは嫌な顔一つせずに真摯に話を聞いてくれた。本当に優しい人だ。
「...そんなことがあったのですか」
「はい...。氷川さんも今井さんも、自分の夢を追いかけて重い決断をしました」
「夢、ですか...」
「将来のこととか、私たち三年生は考えて当たり前の時期になってしまいましたね」
「ジブンは...まだ明確には、将来やりたいことは決まってませんね。もちろんアイドルは続けるつもりですが...まあパスパレは事務所がありますし、解散ということも考えにくいですしね」
「大和さんは、進学はされるんですよね?」
「はい!ジブン、アイドルというフィールドが無くなったら、昔みたいに何の取り柄もない人間に戻ってしまうので...その先のことを考えて、大学には進学しますよ」
「...大和さんは、取り柄がないなんてことないと思います。そんなこと、言わないでください!」
「し、白金さん...?」
「こうやって、私の話を嫌な顔一つせず聞いてくださっていますし...凄く優しい所、それが大和さんのまず第一の取り柄だと思います」
「て、照れますよ...!」
「他にもたくさん取り柄ありますし...例えば...」
「あーっ!!そ、それ以上は...恥ずかしいです...から......」
「ふふ、可愛いですね」
「そ、そんなことないですってば!」
「...大和さん、今日は本当にありがとうございます。昔の私なら、こうして誰かと面と向かって話すなんてこと、絶対にできませんでした...。でもそれができたのは...Roseliaがあったから。あこちゃんの家での話し合いでこれを言ったら、氷川さんに少し怒られてしまいましたが...。私は、Roseliaが大好きです!心から、そう思います。けれど...」
「その先を見据えて、解散する時は今、そう考えているんですよね」
「...はい。でも、あこちゃんを悲しませたくない気持ちもあって...」
「...ジブンなんかがこんなことを言っていいのかは分かりませんが...あこさんを悲しませたくないのなら、より一層、解散の方針を固めるべきかと」
「ど、どうしてですか?」
「先ほどの白金さんの話を聞くに、恐らく紗夜さんとリサさんも、あこさんを悲しませたくなんてないはずです。だからこそ、彼女たちは...自分自身の夢のためというよりは、いつかくる悲しすぎる別れを懸念して、今ここで解散という選択肢を選んだのかもしれません。その別れがどんな理由で訪れるかは誰にも分かりませんが、Roseliaがゴールを迎える時を先延ばしにして、その長い時間で固く結ばれた絆が今よりも多くなっていくほど...あこさんは悲しむ...それが一番、彼女たちにとって耐えられないことなんでしょう」
「...やっぱり、それが一番的確な手段なのかもしれませんね...」
「ジブン、Roseliaの演奏技術はプロ顔負けだと思ってますし、あこさんのドラムテクニックも目を見張るものがあります。だからジブンにとってもRoseliaというバンドの解散はかなり寂しいですし、辛いです...でも、仕方がないことなのかもしれません」
「大和さん...」
「...白金さんは、Roseliaが解散したらメンバーとはもう関われなくなる、そうは考えていませんよね?」
「それは...まだ分かりません...。私はもちろん関わりたいとは思っていますが、他のメンバーがどう考えているかは...ちょっと...」
「...ジブンから言っておきたいことはただ一つ。あこさんを説得するのなら、メンバー全員の前で『Roseliaが解散した後でもメンバーとの交流は続ける、不仲にはならない』ことを白金さんが約束してください」
「...分かりました。というか、私もそのつもりです」
「ならよかったです。ジブンが思うに、きっと、あこさんは怖いんだと思います。バンドが解散したら、今までずっと一緒にいたメンバーと全く関われなくなってしまうのではないか、ということが。だからこそ、彼女に一番近い存在である白金さんがそれを否定してあげることこそが、Roseliaが円満にゴールを迎えるための最善の方法のはずです!」
「...大和さん」
「はい?」
「私、あなたに相談して良かったです。心の整理がつきました」
「フヘヘ...!それはよかったです!あっ!すみません、バンドの練習があるのでジブンはここで抜けさせていただきますね。今日はありがとうございました!また何かあれば連絡してくださいね!」
「はい!本当に、ありがとうございました!」
言い終わると、大和さんは席を立ち、頼んだコーヒーの会計を済ませて店を出ようとした。
「あっ、そうだ、白金さん!」
「な、なんでしょうか」
彼女は急に振り返り、私に呼びかけた。
「...ジブンはいつでも、白金さんの味方ですよ」