基地の廊下を歩きながら、龍驤は初雪に説教していた。
「まったく……勝手に従者呼ぶなっちゅーとったろうが! 切り札なんやで、この術式!」
「だって……暇だったし……」
「あのな初雪。この戦いには、うちらが元の世界に帰れるかどうかがかかっとるんやで。元の世界、未練ないんか?」
「あるけど……快適な引きこもりの方が重要……」
「……ようわかった。今度から教育方針を改めたる」
ばっきぼっきと指の骨を鳴らして、笑顔の龍驤が言った。
ヘイヴィアは肩をすくめて、
「それより、廊下を移動中に聞いときたいことがあるんだがな。笹目ちゃん」
「はい。申し訳ありませんが、知人からスリーサイズは秘匿するようにとの助言を受けております」
「誰がそんなこと聞くか! ていうか、助言がなければ言ったの!?」
「それほど重要な情報とは思えませんし。どうしても必要と言われたら、まあ」
「…………」
ヘイヴィアは一瞬まじまじと笹目の体型を上から下までじろじろ見て、
「って違う! だからいまはそんな話じゃねえ!」
「ヘイヴィアー。うちの目の黒いうちはJKへのセクハラは御法度やで」
「知ってるよやらねえよそんなん!」
「いうて、性的快楽のためにJSを搾取しようとした奴やからなー。ヘイヴィアは」
「まだその誹謗中傷すんの!? あれは朝潮の言い方が悪かっただけの誤解だっつってんだろ!」
言ってからヘイヴィアは、ふと真顔になり、
「ていうか朝潮ってJSなの? JCかどうか、わりとデリケート案件じゃない?」
「ヘイヴィア的にはどっちがツボなん?」
「そりゃJCの方が……ってなに言わせるんですかねこのまな板は!」
「聞いたな笹目ちゃん。これがこの男の正体やで。二人きりとかには死んでもなったらあかんで」
「はあ」
笹目は生返事をして、
「で、なにを答えればいいのでしょうか。他にもいくつか、同僚から禁止されている案件はありますけど」
「たとえば?」
「下着の柄はNGだそうです」
「パンツの色なに?」
「黒です」
「エッッッッッッッッッぎゃあああ!?」
「笹目ちゃん。いまから禁止事項追加なー。下着の色も回答禁止や」
一気に盛り上がろうとしたところを腕を極められて絶叫するヘイヴィアを抱えつつ、笑顔で龍驤は言った。
(天然無防備系なんかなー……これは守ったらんとあかんで)
「それで、なにを答えればいいと?」
「だ、だから……目的! ほら、俺たちを助けたのは取引なんだろ!? だからその代わりの目的をって痛い痛い痛い折れるあとまな板の胸に腕押しつけられてもぜんぜんうれしくない!」
関節技を掛けられて絶叫しながら尋ねるヘイヴィアに、ああ、と笹目はうなずいた。
「そういえば、それを説明してませんでしたね。わかりました。
まず、目的は単純で、わたしたち『サーティーンナンバーズ』の全員を回収して、元の世界に送り返して欲しい、というものです」
「サーティーンナンバーズ……十三人って理解でええのん?」
「はい」
笹目はこくん、とうなずいた。
「元々、人数自体は隠せなかったので。それ以外の目的とかをそれとなくぼかすために、どうとでも取れる名前にしました。メンバーも、ゲームを由来とするコードネームとかつけてましたね」
「笹目ちゃんはどんな名前なの?」
「ナンバー2。コードネームは『フロントミッション』です。
先日、あなたと交戦した朝田さんは『フィールド・オン・エネミー』という名前でした」
「ふむ…なるほど」
龍驤はうなずき、いい加減うるさくわめくヘイヴィアが邪魔だからと関節技を一応解いた。
そして抗議するヘイヴィアを足でいなしながら、
「あのとき、その朝田に指示を与える謎の放送があったね。『スリザーリンク』という名前も聞いた記憶があるわ」
「さすがは空母探偵。慧眼ですね」
「いや、その肩書き適当だからあんまり真に受けんなよ?」
ジト目のヘイヴィアが言ったが、笹目は特に気にしていないようだった。
「その通りです。残念ですが、我々は二つのグループに分裂しております。「すぐに元の世界への帰還を目指そう」という『メガドライブ』率いる一派と、「この世界で目的を果たそう」という『スリザーリンク』一派に、です。わたしは『メガドライブ』に賛成しているのですが……」
「目的とは?」
「『姫』です」
笹目は言った。
「かつて我々を導いていた『姫』がいました。我々のいまの目的は、世界の狭間へと消えた『姫』を奪還・復活させることです。そのためには、元の世界よりも、神秘の多いこちらの世界の方がやりやすいというのが『スリザーリンク』の見解でした」
「君たちは違うと?」
「異世界で守護者への敵性勢力として振る舞うこと自体がリスクだ、というのが『メガドライブ』の考えです。
わたしもそれに賛成します。『姫』を奪還できたところで、追われる身となって元の世界に帰れなくなれば意味がない。だからわたしの依頼は、『スリザーリンク』一派を殺さず拘束し、我々とともに元の世界へと送り届けることです」
「なかなかヘビーな問題やね……まあ、わかったわ」
龍驤はうなずいて、
「で、今回の攻撃は」
「おそらく、『オールランド・マリガン』が『語り部』でしょう。彼は容赦がなく、攻撃的で、やっかいです。このやり口は彼の嗜好と一致しています」
「やりにくいな、敵が知り合いやと」
「そうでもありませんよ」
笹目は不敵に微笑んだ。
「なにしろ、わたしは『ノイマン』のピュアブリードですからね。頭脳戦、裏のかき合いで他者に負けるつもりはありません。『スリザーリンク』たちにとって、わたしがこのスピードであなたたちと接触したのは予想外のはずです」
「……逆に言うと、うちらの情報はそっちは織り込み済みっちゅうことかいな」
「いえ、従者が呼ばれ切っていない以上、未知数なところは多いですけどね。
そういうわけで、ここであなたたちに死んでもらうわけにはいかないのです。イロウルの対処にわたしというカードを切ったのは、そのためです」
「りょーかい。まあ、そのあたりの細かい話はおいおいしようや。それにしても……」
龍驤は言った。
「これだけ歩きまわっとるのに誰とも会わへんとはな。人払いか、それとも……」
「ひとつひとつの部屋を当たるのはあまり生産的ではありません。生存確認は後回しにして、まずはサーバルームを目指しましょう」
「ねえ」
「サーバルームに行けばなんとかなると?」
「イロウルの『群体』としての特性は面倒ですが、基本的にはコンピュータへの干渉以外の能力は封じられています。ですから、メインのコンピュータをいじくればなんとかなるかと推察しております」
「ねえってば」
「なんや初雪。いま忙しいから用があるなら簡潔に」
「うん。それが」
初雪は言った。
「その封印……たぶん、解けてる……よ?」
「は?」
目を丸くした龍驤に、
「ほら、わたしも同じ、超自然系だから」
ぶんぶんと腕を回して、初雪。
「さっきいきなり眠気が取れて調子がよくなった。たぶん封印、解けてる」
「え、でもそんなはずは……」
言ったそばから、基地全体に響く大きな警報音。
「これは!?」
「……『ライフルマン』からの非常事態通報ですかね。まいったな」
笹目は言って、龍驤を見た。
「とにかく急ぎましょう。まだ、間に合うかもしれない」
「わかった!」
言って四人は、一斉に駆け出した。