サーバ室に行くと、明らかに状況はやばいことになっていた。
「な、なんや、この気持ち悪い肉塊みたいな生物は!?」
「触らないでください! これ、この生き物の細胞のひとつひとつがナノマシンです! おそらくイロウルの、作中では触れられなかった実体化を伴った姿……!」
笹目は厳しい目で言った。
「コンピュータウイルスとしての定義を離れて、急速に自己進化したんです! 下手をするとこの状態から襲いかかってくるかも……」
「焼いたらどうだ? 焼いて死なない生き物はいないだろ」
「無理です、ヘイヴィアさん。原作でこの生物は、ATフィールドと呼ばれる防御膜のようなものを展開している。核爆弾でも突破できるかどうか怪しいです」
「マジかよデタラメだなおい! くそ、原作ではどうやって倒したんだ!?」
「自死に至る進化の道筋を提示して、結果として自滅させたはずですが……」
笹目は言って、まわりを見回した。
「使えそうなのは、あそこにあるコンソールくらいですか。まだ相手がコンピュータに寄生している状態なら、こちらから入力すればどうにかなるかも」
「やるしかないな。できるか?」
「やってみます!」
笹目は言って、それから素早い身のこなしでコンソールへと身を寄せた。
「イロウルがキーボードを覆っていたらアウトでしたね。それにいまのところまだ襲ってくる気配はない。自己進化しつつ時を待っている、そんな状態ですか……」
「どうだ、できそうか!?」
「演算能力では負けていないはずです。ですが……タイプ速度が問題ですね。相手の演算より速く打ち込めない」
笹目は言った。
つまり、人間がコンピュータに命令を打ち込む以上、その速度はタイプする指に依存する。
笹目の計算力がいかに莫大であろうと、それをコンピュータに伝えるスピードが圧倒的に足りないのだ。これでは相手に致命傷を与えるのは難しいだろう。
「笹目ちゃん! この生き物、少しずつやけど増殖しはじめとるで!」
「とりあえず物理攻撃お願いします! 攻撃に対処するだけでも多少のリソースを割かせられるかも!」
「わかった。『岩井隊』! やってまえ!」
龍驤が出した飛行機状の式神が攻撃したが、それは不思議な防御壁にさえぎられて無効化された。
「ダメか! これがATフィールドかいな!」
「いや、考えがある! 龍驤、いまのもう一回!」
「わ、わかったで!」
龍驤がもう一回、『岩井隊』を呼び出す。それと同時にヘイヴィアが拳銃を発砲。
びしゃっ、と音がして、肉片が飛び散った。
「効いた!? けど、なんでや!?」
「別法則だからさ」
ヘイヴィアは言った。
「拳銃弾による銃撃と、おまえの符術による呪術攻撃。この二つは違う『法則』に則った攻撃だ。
あの『ATフィールド』とやらは、そのどちらかにしか合わせらんないんだよ。元より外世界法則、なにかの方法でチューニングしてると思ったが、ドンピシャだったな!」
「笹目ちゃん! いまの打撃、効いてる!?」
「効いてるので続けてください! うまくすればコンソールにまとまった量の打ち込みができるかも!」
「よし、ヘイヴィア、やるで!」
「おうよ!」
だだだだ、ばばばば、と音がして、びしゃりびしゃりと肉片が飛び散って霧散していく。だが、
「くそ、拡大速度の方が速いか! 笹目ちゃん、どうすればええ!?」
「こっちも押せてはいるんです! けど時間が……!」
「よくわからないけど」
初雪が、間延びしているようで妙に早い口調で言った。
「スピードが問題なの?」
「そうです。なんとかなる当ては?」
「うん。じゃあやる……はあ、面倒……」
初雪はつぶやいて。
そして次の瞬間、世界は突如として、
「なん……や!?」
「あ、気をつけて。この空間だと……たぶん、慣れてないと舌とか、噛むから」
「いや、初雪おまえなにした!? こんな力聞いてへんで!」
「わたしの世界の艦娘にとっては、これが通常」
初雪は言った。
「
だけどすごく疲れるから、あんまり長くは保たない。早く仕事して」
「わ、わかりました! やってみます!」
笹目はわたわたとキーボードを打ち始め、すぐに歯ぎしりした。
「だめです! 相手、自死コード対策の論理防壁を展開済み! 術者が調整しています!」
「くそ、対策が読まれてたか! なんかあとひとつ、切り札ないか!?」
「世界最高のチェスプレイヤーとかいませんか!? このタイプの論理防壁突破はチェス様式のゲームに近いです! とんでもないスピードで展開していきますが、この空間の中のわたしならタイプでついていける。でも戦術が追いつきません!」
「じゃあヤマカワさんにアドバイスしてもらえばいい」
「……ヤマカワさんってあれだよな。おまえのゲームの対戦相手の? ていうか、原作はなんだよ?」
「原作は『血界戦線』。チェスよりずっと複雑な、『プロスフェアー』っていうゲームの達人」
ヘイヴィアの言葉に、初雪はのんびり答えた。
「だから、状況をチェスみたいなゲームに変換してもらえば、アドバイスはできる……と、思う」
「ですが、このゲームのルールをいま理解できてるのはわたしだけです! 言葉で伝えようにも、スピードが……!」
「ああ、なら」
龍驤がそこで、つぶやいた。
「どうした龍驤、なんかあるのか!?」
「いや、まあ、たぶんな」
龍驤はうなずいて、すっ、と符を取り出し、
「偵察機体、『彩雲』の符。状況を報告するのに特化したこいつなら……もしかすると、『ヤマカワさん』と『笹目ちゃん』の間を行き交うことで、情報伝達、できるんやない?」
現実時間においては三秒後。
基地全体を自壊させようとするプロトコルを発動させようとしていたナノマシン型使徒、イロウルは、自死へと至る進化コードを打ち込まれ、死滅した。
以上が、この事件の顛末である。
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翌日、都内某所にて。
「というわけで、まあ、うまくいったと言っていいんじゃないですかね?」
紅茶を飲みながら報告を終えた笹目の言葉に、筋肉質の男はうなずいた。
「まあ、XACTSを失ったのは痛いけどな。従者が消えると、再召喚できるためにはけっこう時間がかかるし、術者としてのランクも落ちるから弱いのしか呼べなくなるんだろ?」
「それはそうですが、たいした問題ではないでしょう。わたしはそもそも、従者に頼る戦術をとる気はありません。わざわざ工夫して、人格のないXACTSを呼び出したのもその一例です」
「その辺、変なこだわりがあるよなおまえ。人間不信なの?」
「完全には否定はできませんね。
それより、XACTSを失った顛末を聞かされていません。あそこの防備を任せていたのは『ライフルマン』、あなたです。なにがあって防御に失敗したのですか?」
「『コジマ・パーティクル』だ」
端的に答えた男、『ライフルマン』の言葉に、笹目の表情が曇る。
「彼が……敵に、回りましたか」
「やっかいなやつが出てきたな。モルフェウスとオルクス、そしてノイマンのトライブリード。物質変化と領域支配を駆使して、自在に怪しげな『発明品』を取り出すときた。今回もそれでやられた」
「はあ……まったく、頭の痛い問題ですね」
笹目はそう言って、かぶりを振った。
「私にとってはどうでもいいが」
と、そこに、ピアノの前でただ腕を組んでいたもう一人――老音楽家が、声を上げた。
「そんなにあけすけに情報を流してよいのかね、君たち。私が味方とは限るまい」
「そこは信頼していますよ、『バックギャモン』。あなたはわたしたちとも違って、『真の意味で』中立を保ってくださるでしょう」
「やれやれ、まさかサーティーンナンバーズが
「それで結構です」
笹目は言って、微笑んだ。
「そして、こちらが三勢力に分かれていることも秘匿できたのは僥倖でした。あの『空母探偵』と名乗る龍驤さんという方、コメディリリーフを装っていますが、切れ者です。手札は隠せるだけ隠した方がいい」
「つまり……俺たちの目的も?」
「ええ。『こちらの世界の守護者に協力的なそぶりを見せつつ、隙を見て『姫』の奪還を果たす』こと――これは、伏せておいた方がいいでしょう。もしかすると看破されているかもしれませんが」
「『姫』さんね。まあ、俺たちもずいぶん世話になったからな……やっぱ、ほっとけないよな」
「ええ」
笹目はうなずいて、ポケットに隠したカードにそっと手を触れた。
情報災害にやられてほぼ消えかけているが、そこにはたしかに『ファンクラブ会員No.2』という文字が記載されている。
「待っていてください、『プリンセス・ユカリン』……わたしは、あなたを必ず、お助けいたします」
第参話、了
*『プリンセス・ユカリン』について
このキャラクターは、だいぶ昔に身内でダブルクロスのセッションをやったときのPCの一人です。
ノイマンとソラリスのクロスブリードで、薬品を使って襲ってきた黒服を洗脳しユカリンファンクラブ会員十万一号としてロイス化して、クライマックスでの敵の攻撃に対して『十万一号がかばってくれた。十万一号ー!』と叫んでタイタス化してダメージ無効化という離れ業をやってのけました。あまりにインパクトがありすぎて未だに鮮烈に印象が残っています。
今回出てきたオリジナルキャラクター達は、その『プリンセス・ユカリン』が活躍したキャンペーンのNPCたちです。まあ、『バックギャモン』だけは露骨にすぎ○まこういちテイストですが……笹目ちゃんはユカリンファンクラブ会員二号なので、特にユカリンへの愛が深いです。
おまけ:従者名鑑
No.003 ヤマカワさん
出典:血界戦線
術者:初雪
属性:Neutral-Neutral
性別:男
外見:わからない
得意技:チェスを始めとしたテーブルゲーム
解説:地球を守護する海の精霊、「艦娘」初雪の従者。龍驤たちが「呼び出すのを控えておけ」と言ったのを完全に無視し、ただ単に「暇つぶしのゲームの対戦相手」として召喚された。アクションを含むゲーム一般に強いが、本職はやはりテーブルゲーム。とくに、プロスフェアーと呼ばれる変則的なチェスのようなゲームについては、人外かと思えるほどの冴えを見せる。正体は不明。
No.011 イロウル
出典:新世紀エヴァンゲリオン
術者:『オールランド・マリガン』
属性:Nothing-Nothing
性別:?
外見:肉眼では見えない
得意技:クラッキング
解説:ナノマシンの群体という形式を取った、「使徒」と呼ばれる特殊生命体。物理接触からの自己進化を通じてコンピュータをクラッキングする能力が劇中では示されていたが、これ以外にどのような能力があるかは不明であった。場合によっては、巨大なナノマシン集合体としてエヴァンゲリオンと直接戦う可能性もあったかもしれない。
No.012 シャンク/アナスタサコス恒常時間溝
出典:SCP Foundation
術者:『フロントミッション』笹目いのり
属性:Nothing-Nothing
性別:?
解説:通称XACTS。おそらく「イグザクツ」と発音するのであろうと思われる。現実改変を行う危険な装置や生物や事象が多いSCP世界において作られた「現実改変を阻止する装置」。
その性質から、SCP世界のように絶え間なく現実改変の危機が押し寄せる世界以外ではたいした重要性を持たないし、有益でもない。しかし、『語り部』というまさに現実改変に該当する現象に悩まされるこの世界では、今回のように有益なこともある。