空母探偵龍驤ちゃんと七人の駆逐艦たち   作:すたりむ

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第肆話:龍驤ちゃんと『サイレン』(4)

「……おい」

「なんだ?」

「どうしておまえは、俺をかばった?」

 

 長門の下敷きになって、『緋眼のゼルマン』と名乗った少年は言った。

 対する長門は――少年を押し倒した格好のまま、憮然として、

 

「火だ」

「火?」

「ああ。妙に得意げに使ってただろ、火。アレだ。まあ――」

 

 長門は、姿勢を一切動かせない状態のまま、苦笑した。

 

「元の世界ではステータスだったんだろうなと思って、だからたぶん、()()()()()()()()()と類推した。

 そして雷撃というのは熱を発生させる。ならば、私が受けるべきだろう?」

「その結果、おまえは動けなくなっているようだが?」

「やっかいなことに電探に直撃した。しばらくは……平衡感覚に異常が出てな。

 我が従者。悪いがしばらく保たせてくれ。すぐ復帰する」

「……そういうところが気に入らないんだがな。まあいい。俺も反抗期のガキってわけじゃない。

 仕方ないから、代わりに敵は焼き殺しといてやるよ」

 

 憮然とした顔のまま、少年は長門を押しのけて立ち上がった。

 正門の方を見る。そこには、一人の男が立っていた。

 長身である。褐色の肌、白髪に近い金髪、ギリシア彫刻のように眉目秀麗な男。目は灰色。身体のどこにも隙がない、完璧な美男子であった。

 先ほどの、長門と少年の激しい同士討ちに、この男が不意打ちで割り込んだ、ということなのだろうが……しかし。

 

「解せんな」

 

 少年はいぶかしげに、尋ねた。

 

「なぜ、悠長に立っている? 話している間にでも、とっとと追撃すればいいだろう」

「故郷の習俗でね。ニンジャソウル憑依者は、いにしえの戒律に囚われざるを得んのだよ」

「戒律?」

「ニンジャのイクサにおいて、アイサツ前の不意打ち(アンブッシュ)は一度きり。そういう掟だ」

「はン」

 

 少年は鼻で笑った。

 

「ニンジャと来たか。いいね、俺は好きだぜ。神秘的で、()()()()鹿()()鹿()()()

『ピガッ……ガー……ザリザリ……をつけ……気をつけてください!』

 

 先ほどの戦いの余波で沈黙していたスピーカーが回復し、野分の声が響く。

 

『気をつけてください! その男はシバタ・ソウジロウ! 私の故郷の世界において、ネオサイタマの知事代理だった男です!

 それにオムラ・ニンジャソウル検知器にかかったソウル名はゼウス・ニンジャ! 太古のニンジャ伝承に曰く、()()()()()()()()()の中でも最強とされるものです! どうか気をつけて!』

「ほう。私の名前を……それに職業と、ニンジャソウルまで知る者がいようとはな」

 

 正体を明かされたことを一切気にせず悠然と男は語り、それから手を合わせてお辞儀しながら、

 

「ドーモ。アガメムノンです」

 

 と言った。

 一方で少年は愉快そうに顔をほころばせ、

 

「我が主どのよりは礼節を知る敵と見える。いやはや……」

 

 つぶやいて、それから姿勢を正した。

 

「はじめまして、アガメムノン。我が名はゼルマン・クロック。『闘将アスラ』の血に連なる者。黒き血に染まりて八百年もの歳月を得ながら、血の導きを見失って彷徨う未熟者。さらには異界に放り出されて血族の意味も失い、右も左もわからぬ有様だ。我ながら情けないが――」

 

 と、ここでその表情が、怒りと笑いの中間のように変わる。

 

「年端のいかない小娘にかばわれて、平然としていられるほど無様にはなれん。ま、そんなところだ」

「そんなにこだわることかね?」

 

 アガメムノンは、丁寧ながらどこか嘲弄を秘めた口調で言った。

 

「たかだか()()()()の一人、しかも自身を従者として扱おうとするサンシタを相手に義理立てすることもあるまい。幸い、私のデン・ジツはこの状況を打開するに適している」

「なんの話だ?」

「君も従者として呼ばれたならば知っているだろう? 『語り部』の魔術で呼び出された者は、術者と紐付けされている。術者が害されたり、遠くへ行ってしまえば自分が消える故、使役されざるを得ない。絶対服従というわけだ。だが」

 

 アガメムノンは口の端をゆがめた。

 

「ならば()()()()()()()。それで我々は自由だ。今回は術者どのと利害が一致したからこうして出向いているが、なに、所詮私にかかればあんなものは、存在力を保つための電池の一種に過ぎん」

「…………」

「どうかね。君と私は利害が一致しているように見える。ここは手を組まないかね? その術者も電池たる傀儡に落として見せよう。なに、たいした手間でもない」

「ああ、なるほど」

 

 ゼルマンはのんびりと言って、

 

「ガキが。いきがってんじゃねえぞ」

 

 淡々と、罵倒の言葉を吐いた。

 

定命の者(モータル)だと? じゃあさしずめ自分は神の一種(イモータル)か。はは。たかだか寿命の概念から解き放たれた程度で、思い上がったものだな。所詮おまえも俺も人間崩れ。しかもおまえは百年も生きてないと見える」

「…………」

「あげくに、消えるのが怖いなら手を組もう? ああ、まあ、おまえが信用できないって話には完全に目をつむるとしてもだ。この俺が、千年に近い時を生きた吸血鬼(ブラック・ブラッド)が――いまさら、ガキのように命が惜しいと泣きわめくと思ったか。理解者気取りで図に乗るのも大概にしろ、三下」

「どうも我々は、基本的な価値観が異なるようだ」

「そうだな」

「では死にたまえ!」

 

 朗々と叫んだアガメムノンの指先から、突如として雷撃がほとばしった――が。

 それはゼルマンの目の前で四散して周囲に拡散し、流れ弾がスピーカーに当たって今度こそ完全に破壊した。

 

「は――」

 

 嘲弄の笑みを浮かべたゼルマンは、しかしそのまま表情を元に戻し、

 

「違うな。いまのは()()()()()()()の確認……そして挑発か。近づいていたら、俺は蒸発していたわけだ」

「ご明察」

 

 アガメムノンはうそぶいた。その身体から、ばち、ばちという小さな破裂音と稲光が漏れ出ている。

 

 そしてその次の瞬間にはそのアガメムノンの眼前にゼルマンがいた。

 

「な……」

「眠い遅さだ」

 

 ゼルマンは言葉と同時にアガメムノンの目をのぞき込む。視経侵攻(アイ・レイド)。催眠による精神操作はアガメムノンの内なるニンジャソウルに阻まれたが、さらなる隙を作り出すのには十分だった。

 続いてゼルマンは、とっさに反撃のデン・スリケンを放とうとしたアガメムノンの右手を無視し、左肩と右足に力場思念(ハイド・ハンド)で逆方向の回転をかけた。左肩は押し、右足は引く。結果としてアガメムノンは、左足から右肩の軸を中心に見事にスピンし、無様に地面にたたきつけられた。それでも一瞬のニンジャ判断力で、ストンピングを警戒して防御姿勢に入ったアガメムノンだが、

 

「そして甘い判断だ。死ね」

 

 ――その身体が、まるで松明のように燃え上がった。

 

「グ、グワーッ!?」

「雷電なにするものぞ。しょせん物理衝撃だ。力場思念(ハイド・ハンド)の盾すら貫けないものを、どう恐れる必要があるって?」

「おのれ!」

「おっと」

 

 伸びてきたデン・ヤリを、身体を反らして悠々避けるゼルマン。

 そのままカウンターで、ゼルマンは槍のような蹴りを突き込んだ。だがアガメムノンはいない。

 

「ほう」

「死ね!」

 

 電撃崩拳(デン・ポン・パンチ)。致命の雷撃を乗せた形意拳系の縦拳中段突きを、ゼルマンはむき身の片手で止めた。

 バチバチと音がしてゼルマンの手が焦げるが、ゼルマンは豪胆にこれを無視して笑うのみ。その身体から少量の霧が噴き出す。強大な吸血鬼が力を振るう際に現れる、眩霧(リーク・ブラッド)と呼ばれる現象だ。

 

「やはり眠い。我が主の鉄拳の方が十倍重いぞ、若造!」

「おのれーっ! たかだかカトン・ジツの使い手ごときが……!」

 

 アガメムノンは叫んで、やはり電光の速度で飛び退くと、自分の身体を模した電撃の構成体を八体、まわりに作り上げた。デン・ブンシン。それは稲妻が地を舐めるがごとく、方々に散りながらゼルマンに迫る。

 ……が、それはポケットに両手を突っ込んだゼルマンの双眸が光った瞬間、跡形もなく爆散した。さらにアガメムノンの身体も炎に包まれ、絶叫が上がる。

 

「が、ふ、ざ、け……!」

「終わりだ」

「否! 否だ! 栄光ある鷲の一族、この程度で終わるかよ!」

 

 アガメムノンは燃える身体を起き上がらせた。その半分以上はすでに生身ではなく、炭化した部分を補うように電気で置き換えている。ひゅう、とゼルマンの口笛が鳴った。

 

「見直した。面白い技だ」

「そうか。こちらは見抜いたぞ」

 

 アガメムノンは、電撃に覆われた顔をぐぐぐと醜くゆがめた。

 

「貴様のジツは『目』に依存するようだな。ならばこれはどうする!」

「ほう!?」

 

 ゼルマンが目を見張る。

 アガメムノンは、目の前から中心に巨大な光の壁を作ったのだ。否、実際は絶えず動き回る巨大な雷の流れなのだが、あまりにも密度が濃すぎて壁に見えるのである。

 

「かつて胡乱な復讐者と相対したときに用いたデン・スフィアは、残念ながらこのような開けた空間には向かん。が、デン・ウォールならどうかな!」

「…………」

 

 ちっ、とゼルマンは舌打ちした。

 実際、彼は珍しいことに、少しばかり攻めあぐねたのだ――完全なる一枚の壁となって迫る電撃をどうにかする方法は、ある。あるが……

 

「悪いな、待たせた」

 

 声に、ゼルマンが横に視線を向けると、相変わらず倒れたままの長門がいた。

 

「相変わらず動けないようじゃないか、我が主。いいから寝ておけ」

「馬鹿たれ」

 

 長門は不敵に笑った。

 

「隠し切れていないぞ。なんらかのエネルギー補給が足りてないな? 先ほど血と言っていたからには、人間の血といったところか。それが足りないせいで、力を出し切れないのだろう?」

「……忌々しい。否定できないな」

 

 本当に忌々しそうに言ったゼルマンに長門は笑いかけ、

 

「動けないが、砲だけなら撃てる。なにか役に立つか?」

 

 問われたゼルマンは少し考え、

 

「砲というなら、放物線に飛ぶんだな?」

「ああ」

「なら簡単だ。あの壁の向こう、()()()()してくれ」

「心得た」

 

 長門は言って、そして即座に41cm連装砲が火を噴いた。

 つんざく轟音にゼルマンは再び顔をしかめたが、今回は味方だし、すでに経験済みの現象である。ひるむことはせず、事態を見つめる。

 果たして。

 絨毯爆撃によって地面を攻撃されたアガメムノンは、跳躍による回避を選んだ。デン・ウォールの上まで一気に飛ぶ。

 だがアガメムノンは、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「ふん。こざかしい。『目視』するために上に追い出したつもりのようだが――誰がデン・ウォールを一枚しか張れないと言った!?」

 

 そんな言葉とともに、空中に二枚目の光の壁が現れる。

 だがしかし、ゼルマンは軽く笑った。その目の前に、赤い光が灯る。

 

「たしかに、呼ばれたばかりで血が少ないいまだと、連発は難しいが……一発だけならいまでも、()()が撃てるんだよ、馬鹿者」

 

 その言葉と同時に。

 なにもかもを塗りつぶすような巨大な火球が空に現れ、轟音とともにアガメムノンのいた場所を含む、圧倒的な広さの領域を爆発させた。

 その威力は壊滅的。ミサイルの炸裂にも勝るとも劣らないほどの火力が、一瞬であたりを舐め尽くしたのだ。

 最後にアガメムノンは「サヨナラ!」と叫んで爆発四散したのだが、その叫びすら誰にも届かず。

 後には本当になにも――()()()()()()()()すら、残らなかった。

 

「最初から、近くの住宅街への被害を許容すれば撃ててたんだよ、馬鹿が。俺がこれを撃つのをためらっていたのは、一応正義の味方らしい我が主どのに義理立てして、人的被害を可能な限り減らそうとしていただけだ――結局最後まで、彼我の戦力差すら見誤っていたな。アガメムノンよ」

 

 ゼルマンは静かにそうつぶやくと、長門の方を見る。

 長門は、改めて不敵に笑うと、

 

「よい戦いだった。――改めて問おう。名は?」

「ゼルマン・クロック。おまえの従者だ」

 

 簡潔にゼルマンは答え、そして笑う。

 彼はこのとき、本心から喜んでいた。

 それは単に戦いに勝ったからという浅い理由などでは、もちろんなく。

 

(異世界だから、だろうな。久しく失われていた血の導きが――()()()()()()

「喜べ長門よ。どうやら、『闘将アスラ』の血は、おまえと共に戦うことを選んだらしい」

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