「師匠、とうとう私も「従者」が呼べるようになりました!」
はきはきとした声で、朝潮が言った。
龍驤はうろんげな目で彼女を見て、
「その……師匠ってなに?」
「なんかそう呼べって大淀さんに言われました!」
「あの腹黒めがね、今度話つけなあかんな。……で、あさたん。従者が呼べるようになったって?」
「はい! 魔道書読破です!」
「キミ、なかなか早いなあ。まだ一週間やで?」
「速読術には自信があります!」
「なんでドヤ顔で監視カメラに目線送ってるのか知らんけど、まあよかったわ」
龍驤は言って、それからテレビに目線をやった。
「なにしろ……現状、これやからね」
テレビの中には、ヘリコプターから撮られた東京湾と。
『テレビの前の皆さん、ご覧ください! 怪獣です! 怪獣が実在したのです!』
その中から姿を現した、超巨大生物が映し出されていた。
「まさかこんな手で来るとはなぁ……考えよったでぇ」
「でもなにを考えているんでしょうね、敵は。攻めてくるならさっさと攻めてくれば、こっちも対応できないのに。あんなところに怪獣呼び出すだけ呼び出して、待機だなんて」
「まあ、普通に考えると、ただの目くらましやろな」
会議室。
横須賀自衛隊基地の一室であるそこで、龍驤と朝潮は言い合っていた。
横にいる双葉はとんでもない量のラーメン(……ラーメン? あれが?)をおいしそうにかっくらっている途中なので無言。もうひとりの参加者の初雪は会議が始まると同時に机に突っ伏して以後微動だにせず。
必然的に残った二人だけで話していることになるのだが。
「このタイミングでこんな騒ぎ起こすところ、前の魔術結社しかあらへんやろ。そっち系の潜伏先の内偵もかなり進んできとるってタイミングで、よりによって怪獣や。本来なら怪獣対策の専門家である、のわっちを呼び戻すところやろな」
「ですが、そうしなかったんですよね。なんでです?」
「そらキミ、相手の思うつぼやろ。のわっちがいいとこ突いてるから相手が動いたんやで。この場合、どうにかして居残り組だけでなんとかするしかないねん」
龍驤はそう言って、腕を組んだ。
「とはいえ猶予はあまりあらへん。相手がなにもせんっちゅう保証もないし、それ以上に――」
「はい。報道されてること、それ自体が世界のリアリティに対する攻撃になるわけですよね」
朝潮の言葉に、龍驤はうなずいた。
「実際、あれで本気で攻め込んで来られたら、それはそれでどうにかできないことはないんや。っちゅうか、そうなったらもう天使たちの方が黙ってない。うちらの対処する規模の事態を超えた、世界規模災害って話になるんやな。けど……」
「攻めてこない。てことはつまり、こっちにリソースを使わせるだけ使わせて、実際には別のこと企んでる可能性が高いわけだねー」
「おう小田切。もう食ったんか。早いな」
「へっへー。それほどでもー」
「褒めてない」
ジト目で龍驤は言って、それからこほん、と咳払い。
「ともかく、世界のリアリティをぶっ壊す代物や。可能な限り早く消去した上で時間を使って記憶風化させないと、あかんことになる」
「記憶風化ってアレ? 人の噂も七十五日ってやつ?」
「そやね。まあ、天使どもの術で噂化を促進するんやけど……実際には、年単位は必要やな。しかも、この必要時間は、事態の深刻さと共にどんどん長くなる」
「だからなるべく早く解決してって悲鳴が大淀さんから来てるわけだねー」
「そうですね。なるべく早く解決しましょうっ。一刻も早く!」
「あさたん張り切ってるなー。けど、事情わかってる?」
「? あの怪獣を倒せばいいんでしょう? なにしろ場所は海上ですし、艦娘にとっては有利――」
「いや、これがそういうわけにはいかんのや」
「どうしてですか?」
「あの怪獣」
びっ、とテレビの中の映像を指さして、龍驤。
「一兆度の炎吐くねん」
「…………その。物理は?」
「いまさらやろ」
龍驤は深くため息をついた。
「ま、ガブリエルの話によると、本当に一兆度の炎を吐けるかどうかは未知数やっちゅう話やけどな。『語り部』の呼び出す従者の再現度は、語り部の術者としての格に左右される――けど、それはつまり」
「本当に、一兆度の炎を吐けるかもしれない……?」
「もしそんなんなったら、吐かれた時点で終わりや。映像通りの大きさの『一兆度の炎』が発生したら、その総熱量は太陽系を丸ごと焼き滅ぼして、なお余りあるレベルやろ」
「……なるほど。それで」
「そう。それで、や!」
ばん、と机をたたいて龍驤は言った。
「だからこそ、あさたんがここで従者を呼べるようになったことは意味を持つんや!」
「おおー、なるほど。助っ人さんに丸投げしようって腹だね!」
「小田切の言うとおりや! ……ん、言うとおりか? まあええ!」
「しかし、助っ人と言っても、誰が来るかも不明なのでは?」
「……そこで提案」
「うわあ!? 起きてたんかい初雪!」
ひょこっ、といきなり顔を上げた初雪に絶叫する龍驤。
初雪は特に気にした風もなく、
「魔術詠唱に『光の国からぼくらのために』という一節を追加することを……提案……」
「?」
「ああーなるほど! それなら確かに、
「あの、ええと、追加と言われましても……そんなことができるのでしょうか?」
「心配いらへんよ。体系こそ違うものの、ウチも魔術には若干の心得があるねん。その程度のアレンジはちょちょいのちょいや」
「なるほど! さすがです師匠っ」
「あっはっはっは! もっと褒めて褒めてー!」
そう言って龍驤は馬鹿笑いし……そして。
「でこうなったと。馬鹿じゃねえの?」
「馬鹿言うなアホたれ! ウチかてここまでの大惨事は予想外やわっ」
悪態をつく男に、龍驤は怒鳴りつけた。
「あーもう、なんで光の国から来ないんや助っ人ー! このシチュであの魔術詠唱で、誤差なんか起こりようがないっちゅーのに!」
「っていうか、それ以前の問題だと思うけどな俺は……なあ、ひとつ聞いていいか?」
「なんや。ヘイヴィア」
「アンタの言うとおり、『光の国』とやらから助っ人が来たとしてだ。直接戦闘しちゃいけないって縛りがあったら、どっちにしろどうにもできなくね?」
「……あ」
固まる龍驤。
男――たったいま呼び出されたヘイヴィア・ウィンチェルと名乗るレーダー分析官は、はぁ……と長いため息をついた。
「まあ……その一点だけは、悪運だったな。よくわからんが、その、宇宙の戦士系のなんかが来て、脳筋のノリで戦い始めて地球滅亡なんてことにならなくてよかったんじゃねえの?」
「うぐう……マジでなんも言われへん……」
「申し訳ありません師匠。私の……未熟のせいで……」
「あああいや、あさたんが悪いわけやないねんて!」
「そうだぜ嬢ちゃん。おまえは全力出したんだろ。だから落ち度があるのはあっちのまな板だ」
「あっはっは。いま決めたであさたん、こいつあの怪獣のエサにして餌付けしよ」
青筋立てながら笑う龍驤。
「とはいえ、こりゃどーしよーもないなー。よりによって呼べたのがレーダー分析官一名とは。お手上げしてのわっち呼び戻すしかないか……」
「ヘイ、ヘイ」
「なんやヘイヴィア。一応言っとくと、アンタのにやけ顔、自分の想像以上にうっとうしいで」
「いきなりトゲ付きまな板かよ! いや、そうじゃなくてな? このヘイヴィアさんをただのレーダー分析官と侮ってもらっちゃ困るって話よ」
「ん、実は手からビーム出せる系レーダー分析官なん?」
「どういう系統だよ実例出せよ! いや、そうじゃなくてだな、俺の原作知らない?」
「知らん。予想外すぎて、調べる手も回っとらんのや」
「全長100メートルで核でも壊れないロボ相手に相棒とふたりで戦ってたんだぜ?」
「なるほど! じゃあ今回もそれで解決やな。乗り物はミサイルでええ?」
「まじめに聞けっつーの!」
「まじめに聞ける与太話かっちゅーねん!」
「原作はホントにそうなんだからしょうがないでしょーが! いや、マジでね? ああいうデカブツ相手に弱点探してなんとか立ち回るなら俺は一応、専門家って言っていいんだぜ?」
「……具体的に、どんな案があると?」
「それはこれから考える」
「さあ次の従者呼ぼうか初雪。あさたんはまあ……ハズレ従者引かせてごめんなー」
「やめてそういうの地味に心が傷つく! ていうかしょうがないでしょうが、まだ事情とか半分も聞かせてもらってないんだぜ俺!」
「はあ……まあええけど。んじゃ少し状況を整理するかいな」
「あ、その前に重要なこと聞くけど、報酬はどうなってんのこれ?」
「従者の報酬? 天使から一応、生活費と諸経費は振り込まれることになっとるけど……」
「おいおいそれじゃ無欲すぎるぜおまえら。あっちは俺たちがいないと困るんだ。せいぜい吹っかけて豪遊しようぜ」
「アンタそういうとこはしっかりしとんな……」
「具体的にはこれ終わったら海外旅行行きたい! ラテン系のおねーちゃんとにゃんにゃんできるとこがいい!」
「自分、あさたんへの情操教育とかちょっとは考えんかいッッ!」
「仕方ないだろーが! ここには俺の婚約者も色気あるねーちゃんもいねえし! あーせめて目の前にいるのがまな板じゃなけりゃなー!」
「今度長門っちゅうボインなねーちゃん紹介したるからそれで我慢しとき」
「よし少しやる気でてきた! さあまな板、情報出せ情報!」
「よっしゃまかしとき! あと今度ドサマギで鉄砲玉として使ったるから覚悟しとけよ」
「龍驤ちゃんさー、息巻くのもいいけど、完全に取り残されてる朝潮ちゃんをフォローしないとダメだよ?」
「お、小田切はええこと言うな。あさたん、えーと、ドンマイ?」
「フォローの仕方が違うだろッッッッッッ!」
「えーと、まとめるで」
そんなこんなで。
改めて席に着き直したヘイヴィア、双葉、朝潮、初雪を見回して、龍驤は言った。
「問題となってるのは、数日前から東京湾に出現した怪獣。アルファベットとひらがなの最後の奴っぽいアレやな。とはいえ、おそらくその正体は見た目とちゃうな」
「なんで?」
「だってその通りの奴なら、あの呪文で光の国の戦士が呼ばれない理由がないねん。魔術にはちと詳しいウチが言うんやからマジやで」
双葉の言葉に龍驤は答えた。
「じゃあ、あれはその怪獣のそっくりさんってこと?」
「せやな。まあ、そんなのを出す作品がどっかにあったんやろ。
そんでまあ、目標としては可能な限り早くあの怪獣を消すことや。そうでないと人間達の持つ世界へのリアリティが壊れてまう」
「壊れるとどうなるんだ?」
ヘイヴィアが言った。
龍驤は腕を組んで、
「守護者の力の低下に直結するんや。
リアリティっちゅうのは、世界に対する信頼性やからな。信頼できない世界には力を貸せない――そうなった結果、天使たちの力が目減りする。そうなると今度は、世界の危機が起こったりした場合に、なんとかできる存在がいなくなってまうんやね」
「なるほどなー……てことは、可能な限り早く対処しないとまずいって感じか?」
「まあ、早ければ早いほどええよ。ただ、今回の場合は、相手と直接対決するのはあらゆる意味で危険やね」
「例の、一兆度の炎か」
「せや。……刺激するのもまずいレベルやな。ミサイル攻撃とかも、そうそう簡単にはできないねん」
龍驤は、そう言ってため息をついた。
「結局ここに帰ってくる感じやな……問題は変わらへん。戦えん相手をどうやって打ち破るか、や」
「ねー。それについてわたしから一言あるんだけど」
「なんや小田切」
「いや。前の事件の時、殺人あったじゃん?」
「ああ。鵜堂の奴が自分の主を斬り殺した案件やな」
「あーゆー風にさ、術者を直接攻撃するのはダメなの? 確か、術者が死ぬと従者って消えるんじゃなかったっけ?」
「それがそうも簡単にはいかへんねん」
「なんで?」
「いや、すっかりサツバツ時空に染まってるとこ申し訳ないけどな、小田切。日本では、正当防衛以外の殺人は犯罪なんよ」
「おおっと、そうだった忘れてた!」
「……一般人に殺人見せるとアレやな。やっぱ価値観汚染するんやな。今後リハビリさせんとあかんな」
「や、やだなあ。わたし壊れてナイヨ? ちゃんと普通のかわいい小田切双葉ちゃんだよ?」
不自然なぶりっこポーズで言う双葉に、ため息をつく龍驤。
「ま、そういうことや。現状、あの怪獣は誰も殺してへんねん。となると、術者の暗殺っちゅうのもなかなかやりにくい」
「それ以外にあの怪獣を間接的に消す方法はないのか?」
「ん、ヘイヴィア、ええ質問やな。実はないこともないんや」
「と言うと?」
「『語り部』の、「従者」の術式な。あれ実は、術者と従者を離した状態で時間が経つと消去できるねん。
具体的に言うと、ヘイヴィアがいまから二泊三日の単身ブラジル旅行に行ったとすると、だいたい初日の夜におねーちゃんとにゃんにゃんしている間に消える寸法やね」
「たとえが不穏すぎるッッ! ちょっとこのまな板、俺に対してきつくない!?」
「そういうのは自分のウチへの呼び方見直してから言え。
ちなみに距離と時間、両方が重要やね。正確な距離限界はわからんけど……まったく接触のない、離ればなれの状態に一日以上置いとくと、だいたい消えるみたいやわ」
「ん、じゃああの怪獣さん、実は従者が定期的に接触してるってことか?」
「そういうことやね。まあ、接触って言っても触る必要まではないねんけどな。
足下に潜水艦でも置いてるか、船で接触してるか、その他なにかはともかく、なんかの方法で術者が定期的に近づいとるっちゅうことや」
「それができなくしてしまえば……?」
「いやあ、まあその考えもないわけではないんよ」
龍驤はうなずいた。
「実際、すでに手は回して、東京湾付近であの怪獣に船で近接することは政府経由で制限しとる。その上で監視カメラも回してるんで、こっそり近づく船があったらバレバレっちゅう寸法やね。けど……」
「近づく船はなかったってこと?」
「そうや、小田切。
ちゅうわけで、さっきはああいったが、船で接触してる可能性はボッシュートや」
「じゃあ、潜水艦の可能性が高いの?」
「ところがそこが問題やねん。
この事件が発生してから、自衛隊は海中の音波探査をずっと実行しててな。その記録がこっちにも来てるんやけど……怪獣の足下には、怪しいもんはなにもないんよ」
「てことは……」
「そう。ここでお手上げになるねん。
原理的には、従者と術者との接触を断てばどうにかなるはずなんや。ところが接触を断っているはずなのに、どうにもなってない。このパラドクスを解消せん限り、次の一手が打とうにも打てへんっちゅうわけやな」
「……割と簡単に、解消できる気がするぞ。そのパラドクス」
「? ヘイヴィア、なに言うてるねん」
「ほれ、テレビ見てみろ」
ヘイヴィアが指さしたテレビの中には。
『ご覧ください、怪獣の姿を! なんとまがまがしい姿なのでしょうか!』
「あ」